098:歩こう歩こう
シーンの持つトライデントが異彩を放つ、グレファスの持つタワーシールドが攻撃を踏み止らせる。
歩くには早く、走るにはゆっくりな、何とも言えないペースで街道を進んでいく。
あくまで自分達にペースを合わせてくれるようで、少し後ろを四人で護衛してくれていた。
「なあ、アキラ。ここはまだ安全だよな」
「うん、自分もそう思う」
「サラさんとルーシーさんは、ダンジョンを案内して貰ったから分かるけど、あの二人って強いのかな?」
「ウォルフは気になる?」
ウォルフには隣国のダンジョンについて、かなり詳細に話していた。
見た目の派手さで言えば、サラとルーシーの鳥籠の魔法が思い当たるけど、二人の矛と盾はそれぞれ特出していると思う。
少し後ろを見てみると、四人は前より仲が良くなっているようにも感じた。
「ねえ。今、私達の話をしている?」
「シーン、私達はなるべく護衛に徹して……」
「いいじゃない、サラ。この子達かなり強いと思うよ。グレファスも気になるでしょ」
「ああ、歩き方で分かるな。でも、ウォルフは……なんて言うか自然体すぎないか?」
ウォルフは毎日毎日、剣術の訓練をしている。
それはアーノルド領にいた頃から変わらずに行っていた事で、ここ最近魔法の修行も平行して行っていた結果、身体に対して程よい休息がとれていたようだ。平時は自然体で、騎士団や学院で剣術の稽古をつけて貰う時は、急激にテンションを上げる。
ある意味、火の属性の特性に近い行動を自然と行っていた。
「シーンさん。俺、強くなりたいんです」
「強くか……、ウォルフ君の強さって何かな?」
「俺の妹は体が悪かったんです。弟もまだ小さいし、命を狙われる事も多くて……」
「結構ヘビーな話ね。誰かを守るなら騎士科の領分かな? はい、模範解答をグレファスどうぞ」
「おい、無茶振りするなよ。うーん……、守るべき人が多いなら、仲間を増やしたらどうだ?」
「グレファスにしては良い事を言うわね。それは冒険科の考え方でもあるわ」
引っ越す前のアーノルド家は、少数精鋭で別邸を守り、そこそこ穏やかに暮らしていた。
襲撃が分かりやすい開けた土地で、子供達も遠くに行かせないようにしている。
一緒に遊べる子供達がいないので、不意に誰かがいなくなるという可能性も少なかった。
子供達は寂しい思いをしていたが、ミーシャの体を思えばそれでも幸せな日々だった。
スチュアートや大人達が引っ越しを決意したのは、ミーシャの体が良くなった事で、未来の可能性を見出したからだ。
初めてこの世界に来た時と、後で聞いたミーシャの体のタイムリミットを考えれば、ギリギリの時期だったのかもしれない。
領民との触れ合いを持つこと、貴族として付き合うこと、自分の身は自分で守ること。
特に最後の一つは、ミーシャの体が良くならないと無理なので、引っ越しが視野に入った時点で奇跡に近いことだった。
「なあ、アキラ。ウォルフと一緒に、剣術も訓練しているんだろ?」
「はい、ルーシーさん。ウォルフには全然追いつけませんが」
「アキラは俺を買いかぶっているぞ。俺はアンルートさんに勝てる気がしない」
「はいはい、謙遜のし合いはそこまで。ねえ、ウォルフ君。アキラ君は君と同じ強さだとして、一緒に行動してれば強さは二倍にも三倍にもなるわ。アキラ君は魔法も使えるみたいだし、君と同じ戦い方をする必要もないでしょ」
「はい、アキラには背中を預けられます」
ウォルフの信頼に、少しくすぐったくなる。
もうすっかり横に広がって話しながら歩いているけど、邪魔になるほどの道幅でもない。
前後には旅人もいるが、冒険者の近くを歩くのは旅人の基本らしく、商売人なら馬車を使うのが普通のことだ。
しかし、出掛ける前にタップから注意されていた件が少し気になる。
「刺客に注意しろよ」と……。
自然と後ろに下がったシーンに、グレファスはサラとルーシーに合図を送る。
「アキラ君、ウォルフ君。ちょっと息が切れてきたから、少しだけ待って」
「はい、サラさん」
「大丈夫ですか?」
「うん、邪魔になるから少し避けておこ」
少しだけ街道から避けて道を譲ると、後ろの旅人達が自分達を追い越して通り過ぎる。
そして、立ち止まり一言二言話しているのを見た。
振り返った二人の旅人がゆっくり近付き、「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
「動きは商人ではないわ。精々、傭兵崩れね」
「はい、大丈夫です。私達は冒険者なので、気にしないでください」
「ここは行くも戻るも結構な場所だぞ。大声を出しても誰にも気付かれないな」
「訂正するわ。三流以下の悪党ね」
シーンは小声で言っているので、こちらの六人にしか聞こえていない。
サラの大声での拒絶に、その前を歩いていた旅人まで集まってきた。
「アキラ、ウォルフ。今回はゆっくり休んでおけ」
「グレファスさん、俺も戦います」
「俺達は今日だけの護衛なんだよ。長旅なんだろ? 少しは体力を温存しておけ」
「では、回復は任せてください。多分、大丈夫でしょうけど」
「大人の忠告は、素直に聞いておくものだぞ」
「ああ、そうだな。その子達を素直に渡せば、お前達には危害は加えないよ」
「おいおい、優しくしてやれよ。お嬢ちゃん達が怖がっているじゃないか」
「ああ、安心してくれ。俺達は紳士だからな」
ゲスな笑いで四人に増えた雑魚は、テンプレのように片手剣をスラリと抜いた。
サラとルーシーを守るようにグレファスがタワーシールドを構え、シーンは四人に対して一人少し前に出てトライデントを構える。
念の為、ウォルフは自衛用に剣を抜き自分も杖を構えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「サラさん、良かったんですか?」
「何がかな? ああ、あの雑魚?」
「ええ、念入りにロープで縛って森に投げるなんて」
「だって、盗賊の末路は縛り首よ。寝覚めが悪いから、森の意思にお願いするの」
シーンとグレファスは旅人もどきに対して、それぞれ違った縛り方をしていた。
残り二人を自分とウォルフに縛るように言うと、絶対に抜け出せない縛り方を指導してくれた。
そういえば前の仕事で、操船の際にロープの使い方も教わった記憶がある。
自分が変わった縛り方をすると、一人は目立つように樹にぶら下げようという話になった。
これは一般的に制裁用に行われる技法で、一般人ならまず近寄ろうとしないらしい。
獣がジャンプすればギリギリ届く距離。他の三人はピクリとも動けない程の縛り方。
思わず合掌して、彼らの無事を祈りつつ旅を再開した。
別に背後関係が判明したからと言って、証拠を残した訳でもないし、傭兵崩れっぽいなら切り捨てられるだろう。
武装を解除して収納に仕舞った。お金を出して命乞いをしてきたので、四人の護衛報酬として渡すことにする。
自分達が最後に見た姿は生きていたから、きちんと命乞いを聞き届けた事になる。
お昼休憩はウォルフと一緒に、お婆さまの弁当をありがたく頂いた。
学園からの特待生は農場でお弁当を作って貰ったようで、セルヴィスが言っていたようにピクニックのようだった。
「ウォルフ、アキラ。食後の腹ごなしとして訓練するか?」
「はい、グレファスさん」
「あ、自分はまた今度でお願いします」
「もー、グレファス止めときなよ。恥かくだけだよ」
「いや、ここは年長者の強さを見せる必要がある」
二人の木剣が交差する、ウォルフの攻撃をグレファスが柔らかく吸収する。
ある意味二人の戦い方は似ていた。それは騎士の模範となるべき大地にどっしりと根差し、全身をバネのようにしながらもエネルギーは適度に地面に流す戦い方だ。騎士の誇りとして、一対一で戦うことは基本的にはありえない。
騎士の誇りとは、『守るべき誰かの為』に発揮するのが美徳とされるからだ。
こういう時のウォルフは、最後にきちんと相手を立てることを知っている。
剣術の稽古は相手を叩きのめす事が目的ではなく、『自分がどこまで努力をしたか?』『相手から吸収できることはないか?』を学ぶ機会でもある。マイクロの理想型の動きを見るとまだまだだけど、グレファスの盾裁きは以前よりスマートに動かせていると思う。
それより特出するところは、以前はボス戦だけ持ち歩いた大きな盾が、旅の間ずっと持っている体力だった。
二人は健闘を称えあっている。グレファスはウォルフに、「先に騎士団に入っているから、早く強くなって俺の後を追って来い」と言っていた。ウォルフはアーノルド領を継ぐ前に、「騎士団で実力をつけるのが目標だ」と常々言っている。
二人は師弟のように抱き合っていたけど、見ていた四人は若干しらけた目で見ていた。
午後も軽快に歩を進めていく。自分とウォルフは革鎧に片手剣や杖など、比較的軽装で歩いていた。
グレファスとシーンは、自分達と比べると少し重装になっている。ルーシーは農場で小さい収納袋を預かっているようで、旅の間は許可を得ているようだけど、極力使わないようにと言われているらしい。冒険者として行動するならば、体力をつける必要があるし、緊急時に動けないようなら、便利アイテムはむしろ害悪というスタンスのようだ。
半日近くも歩けば、結構な距離を進んでいる。
日も傾きかけたところで、学園の特待生チームに護衛の終了を申し出る。
特待生の四人には二頭の馬がいるので、次の休憩場所まで馬を走らせれば十分間に合う距離にあったからだ。
「二人とも、本当にほんっとうに良いのか?」
「グレファス、タップさんに言われたでしょ。本来は二人だけの旅なんだから」
「シーンは、ここに二人を置いていくのに……」
「はいはい。二人には二人の予定があるんだから行くわよ」
ルーシーはグレファス達の武装を解除して収納に仕舞うと、さっさと撤退の準備を整えてしまう。
自分の時空間魔法に真っ先に反応したのはルーシーだし、秘密にしたい魔法があることを魔法使いの直感として理解していたのかもしれない。サラは基本的に、ルーシーと同じような行動を取ることが多い。
馬への負担を軽くして、四人は日が暮れる前に次の休憩場所へ向かった。
最後までグレファスが、「次の場所までの安全は、俺達が確保する」と言っていたが、四人の姿が見えなくなった時点で、安全な場所を覚えてゲートで帰宅した。
最初の五日間は色々あった。怪しそうにこちらをじっと見るだけの旅人や、森の方から誰かを呼ぶ悲しそうな男性の声がした。
こちらに危害を加えないなら問い詰めるような事をしないし、少し距離を置いたらそのまま進んで行ったので勘違いかもしれない。森の方からの叫び声は、初日に犯罪者を森に放置したので、何も危ない目に会いに近付く必要はなかった。
順調に進んだとしても土日でアルバイトをすると、刺客達はあっさりとこちらの動向を見失ったのかもしれない。
二週目に入るとまるで平穏な旅で、街に入ると色々な店を巡り、家族や家人達のお土産を物色する。
そんな旅を季節が変わるまで続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新リッセル子爵が王都での挨拶回りを終えて自領に戻る頃、カエラの実家であるナーゲル男爵家に、リッセル子爵家の家人から何やら重要な話が届けられた。ヘルツはリッセル子爵領で情報収集を行っており、家人一人一人にまで気を配る事は出来ない。
ただ、前リッセル子爵が亡くなったのは、毒だということは多くの者が知っていた。
ただ毒殺なのか服毒自殺なのかまでは分からない。何より死体はもう荼毘に付されているのだ。
ナーゲル男爵家はアンルートが戻ってきたら、領内の治安維持に関する仕事をお願いしようとしていた。
この男爵領はリッセル子爵家のおこぼれと、有能な代官で持っている。
ところが、ナーゲル男爵の独自の営業により、第三勢力への足掛かりを手にいれていた。
それはカエラの車椅子を使った営業だった。
今まで通り、リッセル子爵の腰ぎんちゃくとして暮らすのか、それとも自分達を認めてくれる組織からのし上がるか、ある意味勝負の時期だった。そんな折降って湧いたように、アンルートとカエラの婚約の話が出たのだ。
家人も何名かは「カエラさまのお世話をしたい」と、二人が住む家に勤める事が決まっていた。
そして、しばらく第三勢力への距離を取り始めた時、リッセル子爵家から伝言が届いた。
ナーゲル男爵家は混乱していた。もう頼るべきリッセル子爵はいない。そしてまだ次期当主であるアンルートの兄が脅してきたのだ。『リッセル子爵家を取るのか?』、それとも『危険なあの勢力と組むのか?』、全てを知られているとは思わなかった。
自分勝手に関係を切るのは難しい。誠意を示す為には、次期当主である息子と妻と一緒に謝罪する必要があった。
外には監視があると、リッセル子爵家の家人から聞いていた。
家人が監視をしていた者を不審者だと騒ぎ立てる。
言い争って意識を逸らしていると、執事が御者をしてナーゲル男爵家の馬車が飛び出した。
まるっきり意表をつかれたのか、監視者は動くことが出来なかった。
だから、ナーゲル男爵一家がとある場所で惨殺されたのは、ある意味不幸な事故だったのかもしれない。
盗賊による仕業と認定されたが、その太刀筋は見事なものだったと、後に監視者は語った。




