097:出立
金曜日の午後は、大勢が集まって会議を予定していた。
午前の講義を受けてから挨拶回りをすると、学院生活は一旦休止になる。
コロナはしばらく自分達とは離れることになるが、元来明るい性格なので、すぐに新しい仲間が出来るだろう。
最後まで付き合ってくれたコロナには感謝しかない。
タップからの紹介で、一人ずつ軽く挨拶をしていく。
協会からは、アンジェラ・上司のヴィンター・聖女の『寄り添う者』が静かに着席している。
先代会からは、学院長のセルヴィス・木材に強い商会であるパーシモンが楽しそうに話をしていた。
商業ギルドからは、グラント・GR農場担当のレイクが、レーディスの置いていった手押し車を見ていた。
その他には職人数名にソバット診療所の婦長、ウォルフ・コロナ・自分と会議をするには多すぎる人数だった。
まずは、それぞれの立場をはっきりさせた。
協会は利益追求を目的としていない。
多くの資金は国や貴族からの援助で賄っており、先代会や各種ギルド以外からも補助が出ることがある。
人が生活する上で欠かせない冠婚葬祭も司り、国内で生活する上で多くの互助精神から成り立った組織だからこそ、儲けるという事にある種の忌避感があった。
先代会は、主に商会を息子に譲った者や、顔役として活躍する者が集まっている。
そして商売の枠を超えた、『みんなが幸せになる為に何が出来るか?』ということを考えながら、懇親会を開くのがメインだ。
商会の会頭ならば、利益を追求しなければならない。ただ、先代会は必ずしも、目先の利益だけを追求するものではなかった。
先代会から見て孫に当たる組織に、バカ旦那の会も存在していた。
ソバット診療所は先代会から支援を受けているので、先代会の判断を全面的に受け入れるスタンスらしい。
商業ギルドはレイクから、特区で自然発生的に生まれた物は、その管理者に一任すると説明を受けた。
今回連れて来た職人は商業ギルドの商品開発部門とは別で、王国と農場の共同事業として行っている、支援団体に登録した職人にお願いをしていたらしい。どうやら支援団体として行動した、『バカ旦那の会』の父親達が息子達に触発されて、発想だけの拙い技術ではなく、実力を見せるべきだと思ったようだ。
結論を言うと、どこがどう管理しても問題がないようだった。
アイデア料はきちんと支払われるらしく、一括で支払うか売れた商品に対して割合で支払われるかは交渉次第らしい。
最初に考えなければならないのはレイクの話で、特区の管理者と言えばヴァイスという男性だった。
ヴァイスは、リュージ達が特待生だった頃の仲間で、今は家名を取り戻してほぼ貴族のような存在だ。
今は王都の土地にありながら、特区の管理者となっている。そんな彼が、今回の会議に出席しなかったのには理由があった。
セルヴィスはヴァイスからの伝言を、「今回の商品は、出来るだけ多くの人に利用して貰いたい」と話していた。
商品を作った時、間に入る組織が増えれば増える程、中間マージンの分だけ価格が上がってしまうのだ。
ヴァイスはここでの決定事項を、全面的に受け入れるようだ。
利権を求めて喧々諤々の議論になると思いきや、驚くほど反応が薄かった。
「アキラ君、君はどんな形が理想だと思う?」
「はい、レイクさん。多くの組織が関わっているので、いっその事新しい事業形態を作ってはどうでしょう?」
「それは面白そうだわ。何か構想でもあるのかしら?」
「うーん。例えばですけど、専売契約ということで、協会がその商品群に認可を出すんです」
今回関係する商品は、歩行補助器・松葉杖・手押し車・乳母車だ。
ジャンルとしては生活応援商品と言うべきだろうか? 協会が「この商品を勧めます」と推す事によって、購買意欲を増加させる目的だ。勿論、一般の王国民に手が届く金額までに抑え、量産体制で薄利多売を狙う。
協会は安全性と利便性により、王国民の健康に寄与する。
「面白い考えだな。それならば協会の理念にも外れることはない」
「ヴィンターさま。ソバット診療所は、ある一定層に高い需要があります」
「ああ、病や怪我は長引きやすい。協会はもっと民に寄り添うべきだな」
「アキラ君と言ったね。セルヴィスから話は聞いている。先代会として協力はするが、そこまで大きな話にする商品なのかな?」
「パーシモンよ。いずれ私達も世話になる物だぞ」
「その、老人向けの需要というものが分からないのだ。確かにその商品は良い物に見えるがな」
グラントは商品の素晴らしさをみんなに説明する。
ところが説明すればする程、何故か商品の良さが分からなくなっていった。
『どれだけの購買層があるのか?』『怪我人を無理やり歩かせる必要はあるのか?』等、実際その問題に直面しない人間が集まった会議では、商品の良さは分かっても効果までは見えてこなかった。
そんな会議室へ、アンルートが大勢を引き連れてやってきた。
アンルートが先頭に立ち、カエラの車椅子を押している。
その周りでは手押し車と乳母車を中心に、年配者と若い奥さん達が楽しく喋りながらやってきた。
「婦長さーん、ごめんねぇ。順番で使っていたら遅れちゃった」
「ラリーニャさん、何度も試したじゃないの?」
「だって、次から次へと並ぶのよ。私も並んでってぐるぐる回ってたら遅れちゃった」
「あら、随分楽しそうね」
「ああぁ、もしかすると聖女さまでしょうか? お会いしたかったです」
ソバット診療所で、試しに使ってもらった手押し車と乳母車がやってきた。
二台の乳母車にはそれぞれ可愛い赤ちゃんが乗っていて、片方はスヤスヤ熟睡をし、片方は興奮しながら腕を振っていた。
やはり赤ちゃんには癒しの効果があるらしく、セルヴィスとパーシモンが元気な赤ちゃんをあやし始める。
「ほう、これが乳母車か」
「ああ、やっぱり現物がないと分からないな。使っている姿を見たら納得するものがある」
「分かるか? セルヴィス」
「パーシモン。お主にも孫はおるだろう。この安らいだ姿を見てなんとも思わないのか?」
「ああ、それは分かるぞ。そして、赤子の重さも知っておる」
赤子が軽い軽いと言っても、抱きかかえれば重さは色々な場所に負荷をかけ、下ろせば泣き出す事も多々ある。
母親の温もりを理由に世話を任せるのは簡単だが、この乳母車一台で赤子の快眠と、母親の負担を軽減出来るなら安いものだ。
「婦長さん。で、どうなんだい?」
「それがね。商品は良いと分かっても、いまいち……」
「よし、この私が全面的に支援しよう」
「パーシモン。変わり身が早いな」
「セルヴィスよ。我々の使命は、『みんなが幸せになる為に何が出来るか?』だ。職人の利益は確保するが、極力この国の誰もが買えるくらいに抑えるぞ」
パーシモンの提案により、ソバット診療所と隣接する場所に、手押し車と乳母車の販売所を作ることになった。
受注生産品でセミオーダーが出来るようにし、材料はパーシモンの息子がやっている商会から支給。各パーツの組み立ては商業ギルドの商品開発部で行う予定だ。配送は商業ギルドがまとめてソバット診療所に納め、引換札と交換をするという形にする。
協会からは認定の代わりに焼印を用意してもらい、教会の責任者が見ている前で焼印を行うことにする。
「よし、バカ旦那の会に小遣いでもやるか」
「働いた金で飲む酒は格別だからな。しっかり働いてもらおうか」
「これで製作の目処が出来ましたね。では、初期ロットはいくつ……」
「それでしたら、既に注文をもらっていますよ。金額も決まってないのに注文を出すなんてね」
この後に行われた先代会でも議題にあがり、このシステムは満場一致で承認された。
尚、バカ旦那の会に依頼が行き、お小遣いと技術アップの為、こちらも受けざるを得なかった。
ただセミオーダーなので、慣れた頃に色々な改造を施すことになる。
一般王国民は、ノーマルタイプの量産品で十分なので、貴族の自慢合戦にこの商品は大きく利用された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会議が終わると、アンルートが挨拶に来た。
ソバット診療所には毎日通っているようで、良い診療所を紹介してくれたと両手で握手をしてきた。
カエラも後ろで車椅子に手を置いている侍女も、とても良い笑顔だった。
一通りリハビリやマッサージの仕方を学んだようで、診療所のみんなで予定している花見に参加してから、男爵領にゆっくり戻るそうだ。男爵領に戻った後も、この件については秘密にするらしい。
アーノルド家は、明日自領に帰る事を伝えた。
自分とウォルフはペナルティーで別行動する事になったと話すと、「僕達が迷惑かけたせいかい? もし良かったら一緒に行動して、きちんと送るよ」と言ってもらった。
今回の件はアンルートには関係ないので、カエラの完治を優先して欲しいと告げた。
「カエラの足が治った頃に、遊びにきてくれよ」
「ええ。その時は冒険者としてこっそり行きますね」
「あはは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。その時までには、住みやすい街に出来るようにするよ」
「カエラさん、遊びに行った時には街を案内してくださいね」
「コロナがそう言うと、エスコートは俺達がしないとだな」
この世界では、一部を除いて旅をする人は少ない。
冒険者でさえ、寒い時期は仕事を休んでゆっくりするのだ。
ただ、冬に休める冒険者はある意味成功者だ。
日雇いの肉体労働で、次のシーズンの一攫千金を夢見る者が多い。
アンルート達とは色々あったけれど、幸せになって欲しいと思う。
一緒に花見が出来ないのは残念だけど、スチュアートが期待してくれていると思えば、一回くらい花見が出来なくても良いかなと思う。それにしても、貴族家の二人と侍女が、平民と混ざって花見をするのは凄い事だと思う。
やっぱりアンルートが騎士を辞めてしまうのは、王国にとって残念な出来事だと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はい、お弁当。これから毎日渡しますからね」
「おいおい、これから旅をするんだから、頼まれた時だけで良いんだぞ」
「「お婆さま、ありがとうございます」」
土日のアルバイトは特に変わりなく行い、ローラとアデリアには特に挨拶はしていない。
毎日セルヴィス家に帰る予定だし、土日のアルバイトも続けるからだ。
後の事はセルヴィスに連絡が届く事になっている。
共同事業については順調に進んでいるようで、売価に対して四半期単位で配当を貰えるらしい。
「いってきます」と二人に挨拶をすると、すぐに別のグループが待ち構えていた。
正門にタップがいて、その周りには学園の魔法科のサラとルーシー、騎士科のグレファスに冒険科のシーンがいた。
タップの説明によると、四人が今日一日一緒に行動してくれて、安全を確認したら帰ってくるらしい。
馬を二頭連れてきているが、収納は自分達の分しか入れていないので、荷運び用と帰還用の馬だった。
「アキラ、早く言えよ。お前がセルヴィスさんの孫だって……」
「あら、グレファス。きちんと稽古をつけてあげるんでしょ。ウォルフ君にもしっかり教えてあげなさいね」
「シーン、余計な事を言うな。俺より強かったら立ち直れないだろ」
「約束は約束よね。私達もまだまだ強くなるから、約束は引き伸ばしておく?」
楽しそうにグラファスをからかっているが、この旅はきっと穏やかなものになる。
六人での移動で襲ってくるバカはいないだろうし、旅装束にしては本格的な装備だ。
稽古という言葉に反応したウォルフに、「やるなら後でね」と話し、六人は足取り軽く王都を出立した。




