096:心配性
「ミレイユ……、ミレイユゥ」
「うるせぇ。貴族だからと言って、酒場で剣を抜いたんだから捕まるのも当たり前だ」
「きちんと金を払っただろうが。何故、喧嘩を売ってきた奴らがお咎めなしで俺だけ……」
「相手は口を出しただけで、お前さんが剣を抜いたからだ。子供でも分かる理論だな」
衛兵に向かって「子爵家の者だ」と恫喝し、嘘か真か分からない衛兵はそれなりの対応をした。
そして格子状の個室に入り、今は見張りの男と噛み合わない話をしている。
それなりの個室なので、ここに長居する者は少ない。
放っておいてもこの男には逃げ出す術はない。だから、見張りは少しくらいウトウトしても大丈夫だと思った。
一人の男がコツコツコツとそこに近付いた。
「ミレイユ……。何故だ、あんなに愛していると言っていたのに」
「無様だな」
「だ、誰だ。オッ……いや」
「学習能力もないようだな。お前のせいで、四月から閑職に回される親父殿が可哀想になる」
家の為と思い、ミレイユと結婚しようと決意をした。
幸いにして顔もスタイルも良く、家格は落ちるが婿養子で、男爵家を継げるとなれば話は別だ。
だから精一杯想いを伝え、優しい言葉も囁いた。
暴言を吐いた相手が、この国の王女や公爵なのは不幸な事故だったはずだ。
現に公爵家や王家からは苦情は来ていない。忖度するとは、器が小さい貴族が多い証拠だろう。
「お主には力が足りない。騎士にも文官にもなれなかったのだから分かっているだろう」
「ふん。俺の実力が分からない者が多いだけだ」
「幼子が見ても強さが分からなければ、理解出来ぬものだ。では、そんなお主にチャンスをやろう」
「チャンスだと? ミレイユが掻っ攫われた時点で興味はない」
「そうか。その娘が婚約者と自領に戻るらしいが、愛する者が会いに来たら嬉しかろう。そうは思わないか?」
甘い言葉に男は、「騙されないぞ」と最後の強がりを言った。
すると、「私も子爵家の当主だった。今は表に出られる立場ではないがな」と男に告げた。
ウトウトしていた見張りは、ふと格子の向こうを見た。子爵家の者と言っていた男が倒れている。
まだ、貴族家の者は来ていないので、本人確認は出来ていなかった。
もし、男の言う事が本当だったらまずい。しがない下っ端の役人なんて、貴族の一息で簡単に消し飛んでしまう。
こちらは警棒を持っている。もし、相手は倒れている振りをしていても、武器などは取り上げてある。
優位な状態だったからか、無造作に鍵を開けてしまった。すると……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
木曜日、ウォルフとアキラが学院に行くと、スチュアート達はローランド王子に会いに行った。
レイシアは先に子供達を連れて、ローランドの妻であるセレーネに挨拶をすると、ミーシャとロロンを二人の子供達と一緒に侍女にお願いをした。ローランドとセレーネの子供は三人とも男の子で、普段は男の子の遊びしかしたことがない。
王家という存在ならば、貴族は等しく家格が下になる。しかし、レイルドとミーアもそうだが、従兄弟となると価格の差はなくなる。
子供達は兄弟に於いて、女性には敵わないと後で知ることになる。
レイシアとスチュアートは、王子の私室へ行くとノックをする。
不機嫌な声で返事があると、レイシアが先に入室した。
「ハァ、母上をこちらに」
「はい。ただいま」
キリッとした侍女が、ローランドの求めに応じて退室した。
彼女はローランドが幼い頃から、教育係りとして勤めている女性だ。
王妃が慌しくやってくると、その後ろからお茶を用意した侍女がやってきた。
「レイシア、ごめんなさい。ウォルフ君は大丈夫なの?」
「お母さま、ご心配には及びません。あの子は強い子ですから」
「それで、厳しく叱ったりはしていないわよね」
「それについては私が。ウォルフもアキラも、あの時の事は反省していました。周りから暖かい言葉を貰えるくらい頑張ったのですから、許しても良かったのですが、罰を与える事にしました」
王妃は組んでいた手に、ギュッと力を込めて身構える。
ローランドも王妃も、スチュアートの生真面目さを理解していた。
「スチュアート、報告は聞いているぞ。何故、アーノルド領に連れて戻らないなんて言ったんだ」
「それは本当なの? 二人とも、あの子達はまだ小さいのよ」
スチュアートは、二人がそれぞれ違う点を問題と考え、それを謝罪したことをローランドと王妃に話した。
決して大人達や精霊さまの責任とせず、自分達に何が足りなくて、何をしないといけないか理解していた。
だから出来る限りの安全を考慮して、子供達を冒険に出す決意をしたのだ。
「話は分かった。……でも、時期が悪い。何とか考慮はできんのか?」
「あら、お兄さま。時期が悪いとはどういうことかしら?」
「言えん!」
「では、仕方がありませんわ」
王妃はローランドに、「家族にも言えない話なの?」と質問をする。
現在、国政の判断の大部分をローランドが差配している為、ローランドは義弟にも増して生真面目さを前面に押し出していた。
スチュアートも心配そうな顔をしてローランドを見るが、もう昔のような王子と近衛という主従関係ではない。
それぞれ、国や領といった大きさ違いはあるが、民を守る主として責任を持っている。
「それで、二人には誰を護衛につけるんだ?」
「お兄さまは旅の時に、護衛を撒いていたと聞きましたが……」
「レイシア、いつの話をしているんだ。それにこれは王家の儀式ではないんだぞ」
「ええ、ですから護衛はいりませんよね?」
含みのある会話の応酬なので、王妃には今一つ、両者の言いたい事が理解出来なかった。
レイシアの子供と言えば、王家にとって初孫なのだ。
アーノルド家側の祖父母も待望の孫であり、王妃にとっても会いたくて仕方がなかった孫であった。
いくら男爵家次期当主としての務めがあるからと言って、昔より安全になった王国でも、この世界は危険は満ち溢れている。
そして、ローランドの口ぶりからすると、今大きな事件に巻き込まれている可能性もあった。
「はぁ、スチュアート、俺の苦労も少しは察しろ」
「はっ、心中お察し致します」
「手駒が少ないのに、優秀な奴ほど外にいるとは……。ヴァイスも近衛とは別の仕事で忙しいし」
「あいつは頑張っているようですね」
「ああ、上手く周囲を押さえてくれているな」
後輩の活躍に、スチュアートは嬉しくなる。
問題は父であるセルヴィスが育てた人材を、片っ端から青田刈りしているダールスのせいかもしれない。
それでもマイクロを使って、上手く騎士に登用しているんだから、大きな出世と言えば出世だ。
アンルートのような人材が出てくるのも頷ける結果だった。
「ねえ、ローランド。ウォルフ君とアキラ君のことは、やっぱり心配だわ」
「母上、後で説明しますが、実の所、然程問題はありません。彼らは……後で説明致します」
「お兄さまも、分かっているじゃないですか」
「それでも、悪意のある誰かが、追っ手としてつけていくのは確実だ。護衛をつけないなら覚悟をしておけ」
正直な話、夜盗くらいなら二人は問題ない。しかも、今回はきちんとした装備で行動するようにも伝えてある。
特別な魔法を使う相手や、数で攻めるタイプ、モンスターの方が危険の度合いが高いだろうとスチュアートは思った。
レイシアは話が終わると、今日はミーシャとロロンを連れてきている事をローランドに話した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
木曜のお昼、三人でGR農場の昼食を堪能していると、二人のエルフがやってきた。
ランディールとソフルレーヌはテーブルの前に立つと、ウォルフを危険な目にあわせてしまった事を謝罪をした。
「あ、謝らないでください。俺の努力不足だったんですから」
「いや、君の才能は分かっていた。でも、俺は君達の年齢を加味しなかった。青年期が長い我々の落ち度だった」
「ウォルフ君、あれから大丈夫?」
「ええ、きちんと睡眠をとったので全快しました」
エルフの二人からは、コロナもウォルフも火の属性の才能があると言っていた。
コロナには、「女神さまへ祈りを捧げる、『浄化の炎』が向いているかな?」と、ソフルレーヌがアドバイスをする。
ウォルフには、まだコントロールも上手くいかないだろうし、リストバンドによって制御されているので、自分が得意とする運動に熱心に取り組むと良いかもしれないと、ランディールがアドバイスをした。
ウォルフの可能性としては、瞬間的に肉体を強化する魔法や、炎を武器に付与する魔法が、現時点で向いているらしい。
強力な火力で敵を焼き尽くすような魔法は難易度が高く、どの魔法もそうだけど徐々に上位の魔法を覚えていった方が良い。
そう考えると、コロナの兄であるフレアはやっぱり相応の実力者で、きちんと制御出来ているならば、秘密兵器というよりは現実的な抑止力となりえると思う。多分、この話をするとコロナは嫌がるのでしないけどね。
コロナはあれ以来、瞑想くらいしか魔力の制御を行っていない。
ウォルフは精神集中が合わない手段と分かっていながら、瞑想の講義では杖を持って集中していた。
今日サリアルに時間をとってもらい、長期間休む事と今後について報告してある。
ウォルフはもう学院に来ることはないと思うが、教え子として困った時には相談に来なさいと言って貰ったようだ。
本日の王妃は、公務で忙しいらしい。本来は気軽に会える人ではない。
あまりにもGR農場に居すぎるので、ここに来れば会えるものだと思っていた。
後でブラウニーのブラウンにガレリアの居る場所を教えてもらい、ウォルフが元気なことを伝えて貰おうと思う。
エルフの二人が去っていくと、入れ替わるようにタップがやってきた。
「サリアル先生から聞いたぞ。俺のところにも来いよ」
「あ……。順番に回っていたら忘れていました」
「アキラ……。その素直さがグサリと刺さるんだぞ」
タップが来た用事は、明日の午後にある手押し車の打ち合わせだった。
現物はソバット診療所にあるようで、明日持ってきてもらい、学院で関係者を交えて打ち合わせをするようだ。
ほぼ形になったので、自分の手を離れても良いかと思ったけど、そう簡単な話ではないらしい。
この話をしに来るのにお昼休みまで待ったらしく、タップはタップで各方面の根回しを忙しくしていたそうだ。
今日の午後と明日の午前は、ウォルフが最後の講義になるので、しっかり勉強する予定だ。
コロナにもしばらくは会えないと伝えてあるので、一緒に行動出来る数少ない講義になると思う。
タップは自分とウォルフを隅に呼び出すと、王都を出る具体的な日時を聞いてきた。
別に隠すべき事柄でもないので、月曜日の早朝に旅立つことを伝える。
きっと、誰かしらの監視はあるとは思っているけれど、同行しないならば初日で別れることになるだろう。
事情を知っているタップだから日時を話したと伝えると、マークの魔法で覚えている場所について聞かれた。
王都のセルヴィス家・アーノルド領の家・隣国のダンジョン10Fは固定の場所だ。
そして覚えられる場所は後二箇所で、毎日到達地点をマークし、翌日はそこをスタートにするつもりだった。
「アキラ、まだ1枠開いているなら、ギルドを覚えて貰えないか? 緊急時は忘れていいから」
「別に大丈夫だと思いますが……。ウォルフもそれでいい?」
「ああ、タップさんが協力してくれるってことだろ?」
スチュアートからの規制は、自分達の足で歩くことだけだ。
今回は冒険者として行動するのも許可されていて、道程では旅人と一緒に歩いたり、護衛をしても良いらしい。
午後の講義が始まる前にその場所を覚えると、残り少ない講義を三人でワイワイ言いながら一緒に受けた。




