093:活動限界
「自分は水の属性魔法が使えるので、二人の魔法を見てもらえますか?」
「ああ、いいぞ。そういえば、さっき火の適正があると言っていたな。それはどうやって分かったんだ?」
エルフの男性であるランディールの質問に、王妃が先日行った儀式から説明を始める。
ソフルレーヌは杖を腰から取り出すと、何かに祈りを捧げていた。
すると水の精霊様が現れて、ソフルレーヌの肩に腰をかける。
精霊さまは自身の意思によって、姿を見せることも隠すことも出来るらしい。
「挨拶はその辺でいいわ。説明を続けて」
「はっ、では。高名なるサリアル師より指導を受けているようなので、細かい説明は省略しよう」
ランディールは目の前に水の精霊さまがいるので、その属性魔法について自分に向けて説明を始める。
水の属性魔法は、歪みのない水面のように、静かな精神集中が必要になる。
形に囚われずどんな容器にも嵌り、何かの反応があった場合には同心円状に広がる。
それは正確にして緻密な操作が必要であり、水の属性魔法を使える者が多くても、使いこなせている者は少ないようだ。
ソフルレーヌは水の属性と親和性が高く、『精霊さまによく声が届く』と説明していた。
続きをソフルレーヌが説明を引き継ぐ。火の属性魔法は、燃え上がる炎のように、瞬間的な勢いを大切にする。
考えるより声や行動が先に出るタイプが多く、考えずに魔力を引き出す精神集中とは対極の魔力の使い手が多い。
熾火のように長期的な魔力の使い方も出来るけれど、そういうタイプは稀らしい。
火の属性魔法が破壊によく使わるという偏った先入観の為、粗暴な人物や破壊衝動の塊に見られるが、必ずしもそうとは限らない。火が司るものには、暖かさや再生もあるのだ。四大属性には、それぞれ癒しの力が存在するとも言われている。
「まるっきり正反対ね。それだと、教えるのは難しいんじゃないかしら?」
「はい、王妃さま。なので、私達はこの方法を使います」
「二人とも、安全は私が保証するわ」
「「はい、水の精霊さま」」
ランディールは、自身の杖を腰から抜くとソフルレーヌに頷く。
やっぱり火の属性魔法の暴走を抑えるのは、水の属性魔法の役割らしい。
ランディールは、杖の先を自身のおでこにつけると、スパークと唱えた。
手持ち花火のように杖の先に火花を点すと、ランディールはウォルフに振り下ろす。
とっさに後ろに下がったウォルフは杖を抜くと、「何をするんだ」と声を上げた。
無言で距離を詰めたランディールは、なぎ払うようにウォルフの胴を狙う。
こういう杖は打撃用には作っていないので、そのまま胴に打ち付けられても、たいしたダメージは受けようがない。
ただ、よく分からないまま無抵抗に攻撃される気は、ウォルフには更々なかった。
火花が点った杖をウォルフは杖で受ける。明らかに戦い慣れていない攻撃なので、これを捌くのは余裕だった。
ランディールは攻撃を止める気がないようで、ウォルフは魔法使いの戦い方の指導かと思い応戦を始める。
二人とも、相手を倒すのが目的ではないのが分かった。
ウォルフは模擬戦に面白くなっているようで、重ねあった杖と杖に火花が散っている姿が、ある意味美しくも見える。
「ソフルレーヌさん、これ私もやるんですか? とても無理です」
「コロナさん……だったよね。あれは男の子用だから大丈夫よ」
「私は急いで覚えなくても大丈夫です。兄のようにはなりたくないって言うか……」
「あら、あなたはもう目覚めているわよ」
水の精霊さまの言葉に、ソフルレーヌとコロナは二人して水の精霊さまを見る。
戦闘が始まってから水の精霊さまは、ふよふよと浮いて応援していた。
コロナはどういう事か質問しようとすると、「間もなく終わるわ」とランディールとウォルフの戦いに促される。
最後の一合が交わされると、二人の杖はそれぞれ宙に舞っていた。
「まあ、こんなもんだろ」
「ランディールさん、あれのどこが火の属性の……。ウォルフ、なんかキラキラ光ってないか」
「え? どこがだ?」
「コロナは分からない?」
「ええ、変化があるように見えないですが……」
ウォルフとコロナが不思議がっていると、水の精霊さまがパチリと指をならした。
すると、王妃とウォルフとコロナが驚きを示した。
ウォルフを囲むように、まだ明るいのにはっきりと存在感を示した、蛍のような淡くオレンジの光が、不規則な飛び方でウォルフの周りを飛んでいた。コロナはあっけに取られたのか、ウォルフを見て「キレイ……」と呟くと言葉を失っていた。
「さあ、コロナさん。あなたはウォルフ君に密接するように抱き合って」
「え? 抱き合うんですか?」
「こら、ソフルレーヌ。からかうのはその辺にしないか。手を握るだけで大丈夫だよ」
「そうですか、それなら」
コロナは何のためらいもなく、ウォルフの手を両手で握る。
すると、ウォルフを囲っていた淡い光が、コロナも含めてグルグル回りだした。
ウォルフは自然と瞑想状態になり、コロナは心を鎮めて瞑想状態になった。
「そろそろ治まるわ。さて、どうなるかしら?」
「きっと大丈夫です。水の精霊さま」
「あなたも準備を宜しくね」
光が治まっていくと、ウォルフの体の表層が淡くオレンジ色に発光し、コロナの体の表層は淡い蒼色に発光する。
魔力がウォルフからコロナ、コロナからウォルフに巡回しているようで、二人の魔力はお互いを傷つけたりしない。
水の精霊さまから、「もう手を離しても良いわよ」と許可を得ると、離れる間際に二人は惜しむようにゆっくりと手を離した。
ソフルレーヌは静かに詠唱を始めており、ランディールは火の精霊さまへの祈りを捧げていた。
「二人は大丈夫なのですか?」
「王妃さま。このまま放っておけば、二人は死に至ります。ただ、その為に私達がサポートをしているのですよ」
「まずは二人の安全を第一に。私に出来ることがあれば、協力を惜しみません」
ランディールはまず、コロナに語りかける。コロナが持つ火の属性は珍しい特性のようで、攻撃魔法に向くものではないらしい。
感情を第一とする火の属性魔法使いには珍しく、瞑想も他の属性と同じように、精神を集中して行うのが何よりの証拠だった。
その蒼い炎をゆっくり維持をするように伝えると、コロナはランディールの指示通り問題なく保つことが出来た。
この特性を持つと、長時間維持するような魔法を得意とするらしい。コロナの発光は薄くなり、自然とその魔力は消滅していった。
問題はウォルフだった。ソフルレーヌが静かにウォルフを見守っている中、ウォルフのテンションはかなり高かった。
「なあ、アキラ。これ火の属性の魔力だよな。俺もとうとう、魔法を使えるようになるのか」
「ウォルフ、大丈夫なの? 熱いとか痛いとか苦しいとかない?」
「ああ、逆に体がとても軽いんだよ。なあ、さっきのじゃ物足りないから、剣術の稽古でもしないか?」
「帰ったら付き合うから……。本当に大丈夫?」
ウォルフは、何かをして誤魔化そうとしているように見える。ソフルレーヌを見ると、何故か首を横に振った。
嫌な予感がしたのでウォルフを見ると、頭を少し下げ苦しむ姿を見せ、均等に覆っていたオレンジ色の魔力に乱れが生じた。
「ウォルフ、落ち着いて……」
「ダメよ、その子にはその方法は合わないわ」
「じゃあ、どうすれば」
「ウォルフ君。あなたはさっき、ランディールに勝ったと思ったのでしょう。手加減されたのよ、子供だからね」
「違う! あれは俺の勝ちだ」
「油断していると手痛いしっぺ返しをされるわ。私達があなたの敵だったら、まず身内から狙うでしょうね。それも弱い者からね」
「そんなの許さない。グッ……いや、貴方達はそんなことはしないはずだ」
「ここに無防備な国の要人がいる。私達には姿を隠す手段もあるわ」
水の精霊さまが王妃を手だけで制している。それをこちらに知らせるように、水の精霊さまから目で合図があった。
どう動くのが正解か理解できない。何かをしようと頭の中で、高速でシミュレーションをしていると、先にコロナが動いた。
「ウォルフ君、落ち着いて」
「アぁ、コロな。オレはダいジョウぶダ」
「ゆっくり気持ちを落ち着かせて。あなたの言う通りここには……きゃっ」
ウォルフを包む魔力が大きくなると、偏りも激しくなる。
意識せずに放たれたオレンジ色の魔力が、コロナめがけて一直線に向かった。
その魔力は、ソフルレーヌの杖の一振りで霧散する。
そして、魔力に驚いたコロナが尻餅をつくと、その体には蒼い魔力が再び点っていた。
「ワルイ、コロナ。セイギョガデキナイ」
「ウォルフ、とにかく杖を抜いて。自分が受け止める」
「アキラ、クルナ。ミンナモニゲテクレ」
ソフルレーヌは、まだ能動的にウォルフに何かしようとはしない。
再び杖を抜くと、ウォルフもモタモタしながら杖を抜いた。
「アツイ……。チカラガワイテクル……ケド、コレハオレノチカラジャナイ」
「こい、ウォルフ。そのままじゃ体に負担が掛かりすぎるよ」
「ダメダ、カゲンガデキナイ。アキラ、ミンナヲツレテイケ」
「ここまでか。ソフルレーヌ、そろそろまずい」
「まだ早かったようね。封印しかないわ」
その言葉を引き金に、ウォルフの体を包む魔力が更に膨れ上がった。
いつの間にか水の精霊さまが、水の幕をオーロラのように布地を折ったような形で周りを囲んでいた。
全ては人の手に委ねられているように、ウォルフに対しては行動していない。
ソフルレーヌは短く祈りを捧げた後、呪文を唱え始める。
突如、ウォルフはアンルートに負けないくらいの突進をソフルレーヌに見せると、その間に滑るようにランディールが割り込む。
先程の続きをするように、ランディールに攻撃しようとするウォルフに、ソフルレーヌは水の鞭を撃ちつけた。
ウォルフの利き手である右手に鞭が当たると、打撃を与えることなくその鞭の先が千切れて、手首に水色の魔力が巻きつく。
そして少しすると、ウォルフの魔力が落ち着いていくのが分かった。水の魔力が波紋を広げ、火の魔力を沈静化させていく。
「ア……キラ、わる……い」
「ウォルフ!」
「ウォルフ君!」
魔力を使い果たしたのか、ウォルフの体がグラッと傾く。慌てて抱きとめると、コロナも近くに来た。
ふよふよと飛んできた水の精霊さまが、ウォルフの右手首に残っている魔力に触れると、銀色のリストバンドに変わった。
水の精霊さまからの許可が出たので、王妃がウォルフを抱きしめる。
「王妃さま、申し訳ない。思ったより、ウォルフ君の精神力が強かったみたいだ」
「そうね。戦いに身を委ねながら、きちんと自制をしていたわ」
「精霊さまも見守ってくれたのです。貴方達の責任ではありません」
「んん……。あ、おうひ……さま」
「あなたには力があるわ。でも、今はゆっくり眠りなさい。誰も傷つかずに済んだのだから」
「は……、はい。」
ソフルレーヌの説明だと、その銀色のリストバンドによって、魔力が外に溢れ出す事も暴走することもないようだ。
火の属性は感情に呑まれる事が多いらしい。ただ、今回のウォルフはそれを意志の力で押さえ込んでいた。
魔法とは何の意思を込めて、何を具現化させたいかによって、魔力の使い方が変わってくる。
蛇口から出る水を指で一生懸命に押さえ込んでは、いずれ限界がくると水の精霊さまが言っていた。
今日で二人は、火の属性のきっかけを掴めたようだ。
翌日は両親を安心させる為学院に行き、アンジェラが管理する保健室で終日休んでいた。
自分とコロナはそこで瞑想しながら、一日でも早いウォルフの回復を願った。




