091:バイバイ
レイシアが言っていた。「運命のパートナーと出会った時には、向かい合った時から音楽が鳴り響くものよ」と……。
ミレイユに出会えた事は忘れない。これが最後のダンスだとしても、自分に出来るのは精一杯踊るだけだと思う。
奏者にはミレイユからリクエストをしていたようで、三曲連続で躍ることになった。
ホールドの体勢で待っていると、一曲目は優雅なワルツだった。
他の人より二人の距離は密接しているので、ドギマギしてしまう。
今日の踊りにはミス一つ許されないと思い、ミレイユの全てを受け止める覚悟で優雅に踊り始めた。
「今日のミレイユは、特に綺麗ねぇ」
「お母さま、何故ですか? 技術で言えば、上手い人はいっぱいいるのに」
「ミーア、覚えておきなさい。人はいつでも綺麗になれるの。それは輝かせてくれる人がいるからなのよ」
「お母さま。ミレイユさんにとって、アキラ君が運命の人なのでしょうか?」
「そうだったら、こんなに悲しい気持ちでいないわ。これは、お別れの踊りなの」
二人の愛しい気持ちが近付いたり離れたり、そしてこの世界の喜びをミレイユは踊りで表現していた。
父親である男爵は涙ぐみ、公爵は満足そうな表情をしている。二人の時間を邪魔するものは何もない。
ミレイユにとって、この時間が永遠に続けば良いのにと願うものだっただろう。
音楽が終わると、客席に礼をしてから次の曲に備えた。
二曲目はタンゴを踊り、最後の曲はパソドブレとなる。
この曲は本来闘牛を模しているはずだったけれど、この世界では『魔女と勇者の戦い』を模していた。
勇者にとって魔女は、魔女にとって勇者は相容れない存在である。
そして、お互い出会う運命にあった。たとえ敵同士だったとしても、必ず出会う『ある意味、運命の相手』だった。
勇者の剣が魔女を傷つける。この世界に仇なす存在を許す訳にはいかない。
魔女の魔法が勇者を傷つける。自由に生きたいと願う同胞を守るために。
しかし、二人が争う姿に祈る者はいない。この世界のパソドブレとは、運命の相手との愛憎劇のようだと思った。
そして、このダンスの最後には、必ず決着がつくことになっている。どちらかが倒れるか、両方倒れるか。
それはお互いの呼吸によってアドリブで決まるようで、これがこのダンスの難しいところだった。
最後のダンスは、ミレイユの決意を示すものだった。
最後に立っていた者は当然ミレイユであり、最後はトドメを刺すポーズで決まるところを、蹲っている自分の背中に手を差し伸べている姿で踊りは終わった。
「キッド君、ありがとう。これで一生分踊れたのかもしれないわ」
「ミレイユさん、これからだって踊れますよ。だって、明日には素敵な人に出会えるんでしょ」
「その言葉は、キッド君から聞きたくなかったな。女心が分からないとは、まだまだおこちゃまだよね。もうちょっと大きくなったら相手してあげるわ」
差し伸べられた手を握ると、頬を紅潮させたミレイユは軽口で返してきた。
連続で踊ったので、少し汗が気になる。みんなに許可を得て、二人とも着替えに行った。
「さあ、こちらはミレイユお嬢ちゃんが包んだ餃子だぜ。プレートの準備はOK。戻ってくるまでは飲み物だけで簡便してくれ」
「ギレン料理長、楽しそうね」
「ああ、こういう役目は、トルテさんやマイクロに任せてたからな」
公爵をはじめ、男爵を含めた大人達は侍女達にワインを注がれていた。
一足先に合流すると、空いている席に腰をかける。男爵家に迷惑をかけていないか、ふと心配になった。
あの時はローブを着て姿を隠していたし、男爵夫人をはじめ執事まで協力してもらえたから問題ないだろう。
そういえば男爵の仕事は大丈夫だっただろうか? 一緒にいるのが公爵とローラなら、今日くらい休んでも大丈夫かもしれない。
ミレイユがやってくると、パーティーが始まった。
大人達はワインで、子供は葡萄ジュースで乾杯をする。ミレイユは明日があるので、ワインは控えるようだ。
「今日は見事な踊りを見せてもらった。まずは乾杯をしようかの」
「そうですね。無粋な話は後にして、乾杯をお願いできますか?」
「わ、私がですか?」
「ああ、経緯は置いといて、きちんと見守ったのだからな」
「はっ、では僭越ながら」
男爵による乾杯の音頭が終わると、ギレン料理長がメイン料理の蓋をあける。
中央に置かれたホットプレートからは、キレイに並んだ餃子の列があり、中の具の色が少しだけ透けて見えていた。
レイルドとミーアが子供らしく「「わぁぁぁ」」っと言うと、お互い声を出しちゃいけなかったと、口を押さえてローラを見る。
そんな二人にローラは優しく微笑んだ。
侍女がそれぞれの皿に取り分けると、色々なトッピングを用意してくれた。
醤油を基本に酢やラー油、一味唐辛子や味噌ダレなどギレン料理長から説明があった。
ノリノリな料理長だったけれど、ローラのお誘いで一緒に食事を取ることになっている。
やっぱり公爵が食べるのが先のようで、みんなで最初の食レポを待った。
公爵は熱々の餃子に入念に息を吹きかけ、酢の中に一滴だけ垂らした醤油のタレにくぐらせると、おもむろに一口で食べた。
「ほっほっほ。ふむ、やはりこの料理は美味いな。ギレン料理長、また腕を上げたようだな」
「公爵さま。もしそう感じたならば、素材とミレイユ嬢ちゃんの包み方が上手かったせいですよ」
「ほう。おおぉ、皆を待たせては申し訳ない。熱い物は熱いうちにだな」
ローラは、レイルドとミーアに念入りに注意している。
特に熱さを考えず口にいれると、あの男爵みたいに……見なかったことにしよう。
公爵の勧めと、娘のおかげと言われたせいか、男爵は餃子の熱さを甘く見ていたようだ。
それからギレン料理長の説明が続いた。
「リュージさんやトルテさんと多くの料理を作ったが、包む料理というのは思いの他多いんだ」
「ほう、そんなにかね?」
「ええ、具材は同じなのに包み方が変わるだけで料理名が変わる事がある。この餃子に材料で近いと言うならば、ロールキャベツだな」
「やはり、技術的に難しいのだな」
「そこは、ハイともイイエとも言えます」
ギレン料理長の説明によると、自由に作れる裁量がある料理は味に幅が出るらしい。
逆にケーキやデザートになると、正しく計り決まった調理が必須になる。
包むという事は、『中身を隠すという意味が含まれているのでは?』と、ギレン料理長は語る。
人は本心だけでは生きていけない。それぞれの立場という鎧を纏い、優しさというマントを羽織る。
触れてみなければ分からない、食べてみなければ分からない。
「随分、詩的だの」
「年を取ったということでしょうか?」
「確かに、昔は塊肉などを見ると血が沸き立つようだったが。今ではこの餃子の優しい味に満足よの」
「餃子を食べてエールを飲む公爵さまは、まだまだ若いですよ」
いつの間にか、公爵はエールを飲んでいたようだ。
それにしても、公爵やローラ一家など器用に箸を使っているのが凄いなと思う。
男爵に水を飲ませたミレイユは、こちらを見てクスッと笑ったけれど、座席としては距離がある。
新鮮なサラダや、スープ・少量の炒飯など、今日は全体的に中華テイストのようだ。
そんな餃子パーティーも、男爵家からの迎えが来たという知らせでお開きが近くなった。
公爵とローラがレイルドとミーアを連れて先に帰り、ウォルフにはコロナを送ってもらうことにした。
通常、侍女達がきちんと送ってくれるはずだけど、今日は玄関には誰もいなかった。
「ミレイユ。きちんとお別れをしてきなさい」
「はい、お父さま」
玄関でミレイユと二人きりにされる。
男爵は先に馬車に乗ったようで、ミレイユとはこれが最後の時間になるようだ。
「キッド君。今日は連れ出してくれて、ありがとう」
「今日は、楽しめたかな?」
「うん、今までで一番だった」
「キッド君が目を閉じてと言った時から、今日は夢のような時間だったわ」
「まさか、あんなに協力者が多いとは思わなかったよ」
「後でお父さまにも聞いてみるけど、無理させちゃったようね」
「今度、警備が必要なら冒険者として行くよ」
「あのね。……最後にお願いがあるんだ」
「うん、自分に出来ることならば」
「夢のような時間もそろそろ終わりなの。最後に別れる姿を見られたくないっていうか……」
「うん」
「昨日までのミレイユはいなくなるから……。目を開けたら忘れて欲しいの」
「うん」
「だから、目を瞑って心の中で十数えて。ゆっくりだよ」
「分かった。約束する」
最後に涙が零れそうなミレイユをしっかり目に焼きつけ、これが最後の別れだと目を瞑った。
ゆっくり数を数える……。すると、唇に暖かい温もりがそっとやってきて、一瞬のうちに消えていった。
「バイバイ」と声がすると、扉が閉まる音が聞こえた。そして、どこかで鐘の音が聞こえてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レイシア、どうしたんだい? 笑ったり難しい顔をしたり」
「だって、うちの子供達がモテているのよ。親としては嬉しいわ」
「ああぁ、アキラ君とミレイユさんの事か。気になるかい?」
「うん。何だかレンの昔を思い出したの」
レイシアとレンは親友だ。
社交の場でパートナーを探す事なく、二人で王国を良くする為に何が出来るかよく語ったものだ。
今ではレン博士という呼び方が定着しているが、伯爵家の娘であるレンは兄が病弱の為、伯爵領を継ぐ覚悟をしていた。
あの頃は食料事情も今ほど良くなく、領民一人一人の命の重さが自分に圧し掛かると思うと、逃げ出したくなる程だった。
覚悟を決めた上で両親に猶予期間を貰い、学園を卒業したら然るべき相手と結婚し、伯爵領を継ぐ予定だった。
今でも近くで寄り添っているザクスと、特待生として学園生活で多くの仲間に出会い、兄であるルオンの病の原因を見つけ、今のポジションを確立した。
兄のルオンはルオンで、親身になってくれた侍女のアデリアと、ポライト家を通して嫁に迎える事が出来た。
「ミレイユさんの相手、良い人ならいいね」
「おじ様の紹介なら間違いないわ。あなたも少しは知っているでしょ」
「ああ、そういえば。優秀な弟の為に身を引いた彼だったね。馬で有名な公爵家で、実力を隠す為に牧場で頑張っているうちに、婚期を逸したというあの彼だね」
「愛情溢れる感じで馬には接するのに、女性関係は苦手だって言ってたわ」
「ミレイユさんは大丈夫かな?」
「あら、女はしたたかよ。レンだって、きちんと彼を捕まえたんだから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうか、アンルートに会ったか」
「はっ、ローランドさま」
「子爵の死因についての報告は朝に聞いた。得に指摘するような事もないので、次に会った際には問題なく子爵領を継ぐだろう。それで、何と言ったのだ?」
次期子爵家当主はアンルートに一言耳打ちした後、「お前はカエラさんとゆっくり戻ってくればいい。用事が済んだら、ゆっくり戻って来い」と言っていたようだ。久しぶりの兄弟の再開は、思いの他あっさりしていたと報告があがっていた。
「アーノルド家の噂を楽しんでいるのは一部だ。レイシアには悪いが、少し情報を操作させてもらうか」
「良いのですか? 後で恨まれる事はなるべく無くした方が……」
「へたに動かれても困るだろう。アーノルド家には自領の統治に集中して貰いたいからな」




