表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/369

090:ミッション

 男爵家は混乱の渦中にあった。

朝早くからやって来た伯爵家の双子、レイルドとミーアから告げられた言葉に、男爵は失策を後悔せずにはいられなかった。

それもこれも、貴族同士の暗黙のルールが問題だった。下位から上位の貴族に話しかけるのは、重大なマナー違反だからだ。

これが仕事絡みなら、報告しなければならない事もあるが、基本的に上位貴族からの言葉には「承知しました」「ありがとうございます」といった、肯定の意味でしか返事は出来ない。


 公爵家と伯爵家、どちらが上位と考えれば、まだ伯爵家の方がものを言うことが出来る。

ローラに伝えれば、全てに伝わると思っていた男爵のミスだった。

これから仕事に出ようとしていた男爵は、家人に出勤時間が遅れることを伝えてもらう為に使いをだした。

ミーアが公爵家の名代ならば、ミーアに断りを入れれば用事は済むかもしれない。

そう考えた男爵が、ミーアに話しかけようとした所で、屋敷の裏口から異常を知らせる笛の音が聞こえてきた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 男爵家の裏口は、商人や家人などの通用口になっており、門番として二人の男が槍を持って立っていた。

正面玄関に比べ、やや態度がぞんざいなのは、ある意味実力主義だからかもしれない。

賊が侵入するとしたら裏口の方が多いし、正面は貴族の表の顔を現すからだ。

屋敷を囲う塀は2.5mくらいあり、屋敷に入るには通常表口か裏口の二択になる。


 そんな裏口に、一人の少年が現れた。

今王都で流行しているフード付のグレーのローブを着ていて、体格と背丈で少年と分かってしまう。

見たところ帯剣している訳でも、不審物を持っている訳でもない。

後数歩、門に近付けば門番から誰何されるだろう。


 『裏門を通ろうとするのか?』と思った門番は、持ち場を離れず注意深くローブの少年を見ていた。

そして、何かを諦めた少年が門番から十分に距離を取り、塀をよじ登ろうとジャンプをしていると、ようやく門番の一人が動き出した。門番が動いた事により、少年はゆっくり離れようとする。たまにではあるが、裏門ではお嬢さまへの求婚を行う者もいる。

正直、門番はこんな一般の男爵家へ忍び込んでも、何も盗る物はないと知っていた。

一番価値があるとすれば、次期男爵を継げるミレイユの夫のポジションだった。


「おいおい、もうちょっと追う姿勢を見せろよ」

「そうは言うけどな。ここを突破されるのが一番の問題だろ? 俺達は言われた事をやっていればいいんだよ」

「違いないな。それで、あのローブの少年はお嬢さま狙いか?」

「多分な。大声で叫ばないだけマシな部類だろ。今日だけは特に気合を入れて警備しろって……。おい、またやってきたぞ」


ただでさえ塀の高さがあるのに、少年という身長的ハンデがあったら、塀を乗り越えるのは不可能だ。

一番端の塀までは距離がある。何回かジャンプしている少年が門番に向けて、目元を隠したまま口元を見やすくして、にぃっと笑うしぐさをした。


「あれは、何をしているんだ?」

「口元を見せたって事は、こっちを挑発してるんだろうな」

「少し教育が必要だな。ここは任せてもいいか?」

「やめとけ、やめとけ。どうせ、あそこは……おい、走れ!」


 にぃっと笑ったローブの少年が、突如信じられないジャンプをした。

片手が塀の縁に届いていて、少しもがいているようにも見える。

門番が急いで駆け寄るのを嘲笑うかのように、ギリギリのタイミングでローブの少年が塀の向こうに消えていった。

甲高い笛の音を鳴らすと、裏門にいた門番も塀の向こうのローブの少年がいる方に向かった。


 通常、この音が鳴らされたら、正門の門番が駆けつけ、侍女頭が正門に向かい、執事が裏門に駆けつける事になっている。

そして屋敷内は速やかに施錠され、侍女頭と執事が戻ってくるのを待つのだ。

ところが、侍女頭は男爵が仕事に遅れるのを連絡する使いとして出ていた。

守るべき男爵と伯爵家の使いがいる為、正門の門番は男爵についていた。


 塀を越えた先には樹木などがあり、探し出すのは少し骨が折れる。

ただ、あくまで少年だし、四人も門番が揃えばあっさり確保出来るはずだった。

塀を越えられた門番は、裏門を経由し反対側へ向かう。そして、一足先に到着した門番にローブの少年の行方を確認した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 昨日は、念入りに打ち合わせをしていた。

ウォルフとコロナはダンスホールからの合流となり、街歩きは危険があるので待っていてもらうことにした。

なので、レイルドとミーアの協力を最大限活用することになった。

二人が乗っている馬車から降りると、作戦は開始になる。


 まずは不審者を装い、裏門からギリギリ近づける距離を探る。

門番の二人は動きからしてかなり優秀であり、油断させる為に道化を演じる必要があった。

この場所をよく覚えてから、門番を釣れる行動をして距離を測った。

そして、門番を挑発すると、ジャンプ力が増す方のリープを唱えた。


 笛の音が木霊するかのように、門番の反応は早く、動きは素早かった。ただ、隠れるところはいくらでもある。

レイルドとミーアが正門にいるならば、警備の仕方が変わってくるだろう。

一足先に駆けつけた門番から身を隠すと、もう一人の門番が合流するまで息を潜める。

そして、合流を確認すると、先ほど覚えた場所へリープした。


 堂々と裏門を潜ると、裏口が僅かに開いていた。

執事がまだ到着していなかったので、門番の二人のうち一人は裏口を度々確認していた。

そして、こちらの姿を確認した優秀な門番が、もう一人の門番を呼び、遠い場所から槍を構えて走ってくる。

胸元に集中していた魔力を、ウォーターボールとして解き放つと、槍で迎撃しようと止まった二人の門番は、地面に根ざしたように足を踏ん張り、ウォーターボールに槍を叩きつけて衝撃を和らげようとした。


「油断するなよ、魔法使いだぞ」

「ああ、お前もな」

槍で攻撃する瞬間、ウォーターボールは突如弾けて霧状に広がった。

衝撃を和らげる為、防御姿勢を取ろうと二人は倒れこむ。

すぐに起きてローブの少年を探すと、その姿は掻き消えていた。


「お嬢さま、お客さまです」

ノックをした執事に、室内からすぐに返事が聞こえてきた。

ミレイユ付侍女が歩み出てお礼の言葉を述べると、「本日はお願いします」と礼をして執事と一緒に部屋を後にした。

「ごめんね」と言うミレイユに、「今日は楽しもう」と言うと、「目を閉じて」とお願いをする。

若干紅潮しているミレイユの頬が印象的だったけど、ゆっくり手を引くと静かにゲートを潜った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 馬車の中からノックが聞こえた。それを合図に、レイルドとミーアが乗った馬車は走り出した。

目を開けたミレイユは、どんな手段か分からないが、無事屋敷を脱出したことを悟った。


 しばらく進むと双子が住む別邸に案内してもらい、伯爵家の夫妻が不在の中、四人でカードゲームを楽しんだ。

そして、少し時間を置いた後、伯爵家がお忍びで行ける料理屋に行くと、軽めの昼食をとった。

それからグリーンフレグランスでファンシーグッズを一緒に選ぶと、この店は初めてのようで笑顔を振り撒きながら、結構な時間を過ごした。そして、ダンスホールに向かった。


 基本的に、このダンスホールには徒歩で入ることになっている。

近くで馬車から降りると、二組に見られることになった。

一人はミレイユの父である男爵で、もう一人は子爵家の三男であるゲッペイだった。

ミレイユが教えてくれなければ、ゲッペイの名前は分からなかったけど、覚える必要はないと思った。


「ミレイユさんだよね? どんな格好をしていても僕には分かるよ」

「もう、しつこく付きまとうのは止めてください。私個人だけではなく、男爵家として断っているはずです」

「ミレイユ、もう気が済んだだろう? さあ、一緒に帰ろう」


 レイルドとミーアは、一足先にダンスホールに入ってもらった。

いくら男爵家当主とはいえ、このダンスホールに入ることは出来ない。ましてや、ゲッペイは関係者でさえない。

二人の後にミレイユを敷地内に入れると、ミレイユは父親に「今日だけはお願いします」と一生懸命頭を下げている。


「ミレイユさんをこんなに悲しませる、お前は許せない!」

「いいから、あなたは帰ってください」

「ミレイユさん。今、こいつを退治して助けてあげるよ」


 『何を言っているんだ』というような表情で、男爵はゲッペイを見た。

懐から白い手袋を出したゲッペイに、男爵は唖然としていると、男爵はパーティーを行う原因の、デュエル事件を思い出した。

「いかん、それだけはいかん」

男爵の制止も聞かずゲッペイが手袋を投げると、アキラはその手袋を簡単に避けた。


 ゲッペイを助ける為、飛び掛った男爵の後ろに馬車が到着した。

やってきたのは公爵とローラで、男爵は体を強張らせて公爵の方を向いていた。

公爵は自分に対して、手であっちに行けというゼスチャーをしている。

お言葉に甘えてダンスホールの中に行くと、ゲッペイが公爵に向かって「爺さん、邪魔するな!」と怒っていた。


 ローブを脱ぐと、本格的にキッドに着替える。

そして、ウォルフとコロナ、レイルドとミーアに軽く挨拶をしながら席に着くと、綺麗に着飾ったミレイユがやってきた。

ウォルフも仮面を被っているので、ボウイとして応援してくれるらしい。

みんな距離を置いてくれているので、二人きりで話をすることが出来た。


 キッドとしてアルバイトを始めた当初、ミレイユは不真面目なグループとキッドをよく観察していたそうだ。

何回か男性のパートナーが仕事として来ていたが、長続きをすることはなかった。

ある時は女生徒側の問題で、ある時はストーカー化した男性の問題で、そして家格の問題などで。

だから、今回もどうせ長続きはしないと思っていた。そして、その時期はシャドー練習や女性の相手に限界を感じていた。

そしてキッドの手腕に、ミレイユは早く一緒に踊ってみたいと思うようになっていた。


 不真面目な相手のやる気を出させる為に、講師がミレイユをパートナーとして指名したのは、かなり後の方だった。

そして、ボウイがやってくると徐々に順番が繰り上がっていく。

初めてミレイユがキッドと踊った時には、心臓の鼓動がキッドに伝わらないかドキドキしたものだった。

いつもより体を寄せて、鼓動を抑えようとする。後になって考えてみると、そちらの方が余計に伝わってしまっただろう。


 ギレン料理長が、事前に依頼をしていた材料を持ってきてくれた。

それはボウルいっぱいに具を作ってあって、丸く白い皮が用意されており、バターナイフのようなものが添えられていた。

皮に具を包み込み、木枠の中に順番に並べていく。ミレイユにも餃子を包んでもらいながら、二人の話は続いていた。


 一人っ子であるミレイユには婿を取る必要があった。

男爵家としては、長子を獲得出来なかった為、親戚から男の子を養子に迎えるか、ミレイユに婿を取る必要があったが、それは急ぐことではなかった。ミレイユが優秀でなかったなら、こんなに悩む必要はなかったようだ。

幼い頃から、大好きな男爵家を継ぐ事は、ミレイユにとって当たり前の事だった。

だから、公爵の縁者との縁談も大歓迎だった。貴族は上位に行くほど、ハズレは少ないからだ。


 話が届かない距離にいるはずなのに、啜り泣くような声が聞こえてくる。

奥の方では公爵達も着席しており、着々と色々な準備が進んでいた。

結構な長話をしていると、餃子の包みも一段落を迎える。ギレン料理長がやってくると、席の移動を促された。


 一旦席を外して二人して手を洗うと、ローラがやってきた。

「折角だから、最後に踊ってきたら?」

「え? 最後ですか?」

「うん、ミレイユからも男爵からも、今日迄って聞いてるわ」

「ごめんね、キッド君。楽しい毎日が続いていたから、言いそびれちゃった」


 先程の場所に行くと、レイアウトはがらっと変えられていた。

二人っきりなのはさっきまで。この後はみんなで餃子パーティーとなる。

たった一人の奏者がいて、二人が踊り始めるのを今か今かと待っている。

キッドがミレイユを迎えるようにホールドの体勢で待つと、二人の最後のダンスが始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ