089:作戦会議
カエラは夢の中にいた。
何故それに気がついたかというと、自身の姿が黄色いカナリヤになっていたからだ。
周りの檻は、いくら羽ばたいても悪い気分にはならない。
ただ難を言うならば、止まり木から足に長い長い鎖が巻き付いていた。
檻の外は遮るものがなく、森からは小鳥達の囁きが聞こえてくる。
決まった時間に餌は来る。何故か雨に濡れることもない。
この世界は完成されていて、足りないものは何一つないはずだった。
では、何故こんなに寂しい気持ちになるのだろう?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「気分はどう?」
「あ、はい。久しぶりにゆっくり眠れた気がします」
「そう、それは良かった。みんなはもうすぐ戻ると思うわ」
カエラはベッドから起き上がり、腰を掛ける位置に座りなおすと、何故かこのまま歩ける気がした。
一歩進もうとすると、婦長が「まだ早いわよ」と肩を抱きしめるように止めた。
用意されたお茶を飲んでいると、程なくして診察所にいたメンバーが戻ってきた。
「おかえりなさい」
「お、お嬢さま。宜しいのでしょうか?」
「ええ、もう良いわ。アンルートさまが、昔とちっとも変わってないって分かったのですから」
「カエラ、辛い思いをさせてしまったね」
カエラの本当の傷は、心にあったのかもしれない。
季節は間もなく春を迎える時期だけど、カエラの足が良くなって、本当の意味での雪解けが早く来たら良いなと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アンルートと分かれて診察所を出ると、グラントとタップがディスカッションをしていた。
ウォルフとコロナは、明日のデートについて相談している。
明日は昼からミレイユと街でも歩き、ダンスホールでお喋りして終わる予定だった。
映画館も遊園地も動物園も水族館もない。有名な建物といっても、度々GR農場に行くのは良くない気がした。
「アキラ、気をつけて帰れよ」
「タップさん、用事はもう良いんですか?」
「ああ、これから商業ギルドに寄らないとな。各種、打診もしとくから安心しておけ」
「本当に細工屋として来たんですね……」
何故か焦っているようにも見えたけれど、コロナもきちんと送る予定だし、ウォルフと二人ならば安全性については問題ない。
喋りながら歩くタップとグラントに、そっちこそ危ないんじゃないかと思った。
「明日は学院で、二限まで受けてから迎えに行くけど、二人はどうする?」
「さっきコロナと話したけど、こっちは瞑想の講義まで受けてから行くよ。街歩きってグリーンフレグランスだろ?」
「よく分かったね」
「それは分かりますよ。あのお店は王都で有名ですし、王家の方も石鹸を使っていると聞いています」
念の為、はぐれた時にはダンスホールで合流することにした。
ウォルフの付き添いは自分のお願いだし、コロナは自主的参加だ。
「アキラが、わざとはぐれるなら問題ないぞ」と、ウォルフがこっそり囁いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少し街を散策してからコロナを送り、夕方近くに戻ると、みんな勢揃いしていた。
今日も何かしらの集まりがあったはずで、この時間にいるのはおかしいはずだった。
ソルトが出迎えてくれたので、何があったか質問をすると、主催者の体調不良により早上がりになったらしい。
少し離れた場所で待機していたソルトは、会場に異変は感じたけれど、確認までは出来なかったようだ。
ミーシャが駆け寄ってきたので、ウォルフが抱き止めると、ミーシャは何故か不機嫌そうにしていた。
軽く頭をなでて「ご飯にしよう」と言うと、ミーシャが笑顔で大きく頷いた。
ソルトが先頭を歩き、その後をミーシャと一緒に歩き出す。
「はぁ……。もうちょっと考えて動かないと、失恋は早いぞ」、ウォルフの呟きは誰にも届かなかった。
食事が終わると、お客さんが来たようだ。
ソルトが応接へ案内すると、スチュアートとレイシアが最初に呼ばれていた。
すると、すぐに自分とウォルフが呼ばれた。ミーシャとロロンは、祖父母と仲良く話をしている。
商業ギルドの物作りがそんなにすぐに出来る訳はないし、学院の事なら学院長であるセルヴィスから連絡があるはずだ。
応接室のドアをノックして入室すると、お客さんとはローラの子供のレイルドとミーアで、付き添いの侍女がいた。
スチュアートが話を促すと、まず侍女が話し出した。
「明日のミレイユさまとのデートの件ですが、先ほど男爵家の侍女頭とミレイユさま付侍女の、二人がいらっしゃいました」
「はい。え? ローラさんの家に?」
「アキラ君。ミレイユさんは、キッド君の家を知らないのよ」
「ああ、なるほど」
ローラの家に訪れた侍女頭から、明日の件を『正式に断る』と連絡があった。
現当主である男爵から正式にと言われたなら、無理に進める訳にはいかない。
まあ、仕方がないなと思っていると、侍女の話には続きがあった。
ミレイユ付の侍女は、男爵夫人からこっそり相談を受けていた。どうにかして、ミレイユの想いを遂げさせてあげられないかと。
視線が自分に集まった。
「アキラ君、思うように動いていいよ」
「スチュアートさん。これは、我侭を言うべきところじゃないと思うんです。男爵家として正式にって……」
「アキラ君! 女の子の勇気を踏み躙っちゃダメよ」
レイシアは真剣な顔で自分をじっとみる。そして、「考えてみて」と仮の話をしだした。
もし貴方に『最愛』の人がいて、明日最後に一度だけしか会えない時、「雨だから会えない」とか「仕事だから会えない」って言う?
「明日で良いと言えるのは、明日を生きている人だけよ」と言ったレイシアに、ウォルフは不思議な顔をしていた。
もし、明日彼女に会えるなら……。いや、これは会わないとダメだろう。
「約束は守らないとダメですよね」
「そうだね。そして、どんな決断をしても私達はアキラ君を応援するよ」
「連絡ありがとう。これでローラのシナリオに乗っちゃったから、あのこも同罪ね」
侍女は「さすが姉妹ですね。ローラさまの言った通りになりました」と言い、先方の侍女には了承の意を告げたらしい。
ようやく自分達の出番が来たと、レイルドとミーアが立ち上がった。
「明日は僕達が同席します」
「アキラさまとウォルフさまと一緒にいれば……」
「レイルド・ミーア、二人とも他人行儀だわ。アキラ君にウォルフ君、若しくはお兄ちゃんって呼んでもいいのよ」
「「え? 本当?」」
二人は目を輝かせていた。伯爵家の当主候補であるレイルドに、嫁に行くかレイルドに何かあった時の予備になるミーア。
伯爵家とは言っても、王女を嫁に貰うと力関係が少しだけ増していた。
レイシアは『王家の務め』を放棄した為、アーノルド家に直接の影響はないが、この伯爵家では少しだけ違った。
レイルドとミーアは今でも幼いが、更に小さい頃から大人と接する機会が多く、家人からの期待から親に甘える事が少なかった。
お互いに自分の分身とも言える存在なので、自分以外の家族に対する憧れは大きかった。
それからは作戦会議になった。
「今日は泊まっていく?」と聞いたレイシアに、「「いいの?」」と返事をする二人。
この部屋を使っても良いとセルヴィスに許可をもらい、子供達4人だけで明日の打ち合わせを始める。
侍女にはローラへの返事を伝えてもらう為、一足先に帰ってもらった。
作戦会議が終わると、ミーシャとロロンも呼んで、カードを使ってゲームを始めた。
収納からおやつを取り出すと、それぞれにチップとして配っていく。
「ウォルフ君とアキラ君がお兄ちゃんなら、ミーシャちゃんとロロン君って呼んでもいい?」
「うん、宜しくね。ミーアお姉ちゃんとレイルドお兄ちゃん」
「「うっわぁ、かわいい」」
夜遅くまで続いたゲームは、ソルトの見回りによって強制終了となった。
また遊ぶ約束をして、二人には明日のお願いをした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございます、レイルドさま・ミーアさま。今日はどのようなご用件で?」
「はい、ミレイユお嬢さまの付き添いとして参りました」
「女性も一緒ならば安心だろうと、私とレイルドの二人で参りました」
「あの……。昨日、ローラさま宛に連絡をしたのですが……」
ミレイユの父である男爵は困惑していた。朝早くから御車をする侍女と一緒に、伯爵家の双子がやってきたのだ。
折角あのパーティーで縁を繋いでくれたアーノルド家だが、あの噂を聞いてしまったら少し距離を置くのは仕方がない。
ミレイユの相手は結果的に分からなかったが、最悪アーノルド家にいる子供の可能性もあった。
レイルドの可能性もあったが、今日は付き添いという事で、その線は消えていた。
男爵家の子供と言えば山ほどいるが、『詮索をしない事』と『今回限りと納得する事』を約束するというのが、男爵は引っかかっていた。公爵さまとローラさまからの『たっての希望』ということもあり、最後の密会ということで最初は許可をだしたのだ。
良い予感はなかなか当たらないのに、嫌な予感は当たってしまうのは何故だろう。
明日には公爵家の縁者と会えるのに、何も今日見ず知らずの少年と会う必要はないと思っていた。
男爵の返答にレイルドは、「母よりきちんと聞いております」と返事をした。
安心してこの件を終えようとした男爵は、『では、何の用事だろう?』といぶかしる。
そして隣のミーアから、「私は公爵家からの名代ですが、連絡は受けておりません」という言葉を聞いてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ミレイユお嬢さま。奥様のご協力は取り付けております」
「ありがとう。お父さまに質問されたら、素直に話すのですよ」
「いえ、奥さまも私も、ミレイユお嬢さまの味方ですから」
ミレイユは三着の洋服の前で悩んでいた。
白いワンピースに、デニムっぽい色合いの上着を羽織ったスタイル。
アイボリーのブラウスに、デニムっぽい色合いのパンツスタイル。
悩んだ末に選んだのは、ボーイッシュで動きやすい服に、カーキ色のコートだった。
明日着る服は、気取らないようにしないといけない。多分、キッド君はデートと思っていないはずだから。
だからといって、最初で最後のデートだ。この辺が女心というか、乙女心なんだと思う。
お父さまから、「明日は外出禁止」と言われている。
屋敷に囚われている私は、『王子さまと離れ離れになってしまった少女』なのかもしれない。
明日で全ての気持ちを昇華して、翌日からは家の為に生きると決めている。
「だから、アキラ君。きっと迎えにきてね」
ミレイユはそっと星空に願うのだった。




