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088:メディカルサーチ

 翌日も学院の講義を三人で受けることから始まる。

今週一杯コロナは一緒に行動するようで、午後のソバット診療所も同行してくれる予定だ。

GR農場で昼食を取っていると、今日もタップがやってきた。

会わない時は全然会わないタップが頻繁に会いに来ると、何かあるんじゃないかと勘ぐりたくなる。


「何か事件でもあったのですか?」

「まあ、あったと言えばあったな。ただ、遠くの事件なので気にすることはないぞ」

「そうですか。まあ、それならば良いか」

「学院の講師陣も、みんなの行動には興味があるってことだよ。それで、今日の予定はどうなってる?」


 アンルートとその婚約者と現地で合流して、ソバット診療所に行くことを伝えると、タップが是非同行したいと言い出した。

商業ギルドのグラントから話を聞いたようで、歩行補助器のお披露目と、新しい創作物があると聞いているそうだ。

タップの実家は細工屋で、前回の歩行補助器も完成に向けて意見を出してもらっている。

ウォルフもコロナも特に問題がないようなので、断る理由もないしOKを出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「えーっと、二人とも。何でピリピリした空気を出しているんですか?」

「そんなつもりはないぞ。今日は細工屋として来ているからな」

「私もそんな緊張感は出してないつもりだよ。ただ、初めて見る相手にしては、動きがやけにね」


 アンルートにはタップの事を、マイクロと冒険者仲間であるヘルツの職場仲間と紹介した。

タップにはアンルートの事を、マイクロと一緒の職場で、子爵家の家柄だと紹介した。

二人の紹介が済むと、タップとアンルートが握手をした。やっぱり何かピリピリしているようにも見えた。

外で立ち話をしていても、何も進まない。予約をしているので、診療所に入ることにした。


 アンルートが受付の婦長に、『予約したカエラが来た』と告げると、程なくしてソバットが診察している部屋に呼ばれた。

あまり大人数で入る訳にもいかないので、アンルートがお姫さま抱っこでカエラを運ぶと、侍女がドアの開け閉めなどを手伝った。

残った自分達は、待合室で常連の方々とお茶を飲もうと準備していると、婦長から自分を呼ぶ声がした。


「アキラ君、申し訳ないね。カエラを治す為に、自分と侍女の知りうる事を全て話したよ」

「ふむ、これはデリケートな問題であり、守秘義務もあるから、ここでの話は聞かなかった事にしよう。その上で、全力で治療することを約束する」

「アンルートさんは、知っていたんですか?」

「何となく、そうではないと辻褄が合わないとは思っていたよ」


 ベッドに腰掛けていたカエラは、無表情を頑張っている。

きっとアンルートも、『カエラのささやかな抵抗』を理解しているが、意味のある事だとスルーしてあげていると思う。

状況が全て伝わったので、本格的な診察に入った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「では、まず確定事項から言うよ」

「はい、ツイスト先生」

「カエラさんの下半身の筋肉は凝り固まっているね。特に左ひざのダメージが大きいようで、毎日のマッサージとリハビリの繰り返しが必須になるかな」


 ツイストがマッサージの仕方を侍女に説明すると、ソバットが左足を含め全体的に確認していた。

ソバットの見立てでは、もう動き出しても良い時期だろうと言う。ただ、患部ではなく患者を見ると、極度に緊張していたのだ。


「患者の為だ。全力でと言った手前、取れる手段を取らないで、患者に不安を与えてはいけないな」

「では、あの魔法を使うのですね」

「ああ、ツイスト先生。明日から少し大変になるが、お願いできるかね?」

「勿論です」


 ソバットが引出しから杖を取り出すと、カエラにこれから使う魔法を説明する。

メディカルサーチという魔法で、この魔法による診察で分かるのは、骨に関する異常のみだった。

ソバットは優しく講義をするように、また患者やその周りに安心感を与えるように、ゆっくりと話し出した。

ツイストの指示でカエラはベッドに仰向けで寝ると、自分とソバット以外少し離れるように指示を出す。


「まず、人の体には傷や病気を治そうとする、自己治癒力というものが存在する」

「はい」

「では、何故人々が怪我や病気に苦しむのか?」

「自己治癒力にも限界があるからでしょうか?」


 この世界では病気に関しても、『精霊力の乱れ』という考え方があるようだ。

それに抵抗する為には、日頃の体作りと女神さまへの信仰心が重要だとされている。

では、女神さまへの信仰心とは何か? ここで魔力が関わって来るようだ。


 ある特定の魔力持ちにだけ罹る病もあるようだけど、例外的なので省略するらしい。

魔法使いが病気に罹りにくいのは、魔力が抵抗力の役割をすることがあるという研究がされていた。

これは怪我にも関わりがある要素らしい。つまり、カエラを魔法使いにすれば、回復の度合いが増すということだ。


「それって、急には無理ですよね」

「ああ、そこで私のサポートをお願い出来ればと思ってね。神聖魔法を使えると聞いているが、良かったらどんな魔法を使えるか教えて貰えないだろうか?」


 ソバットからの質問に、回復・解毒・瞑想・麻痺の魔法が使えると話すと、少し不思議な顔をしていた。

一般的に神聖魔法に目覚める者で多いのは、回復・解毒が多く、その次に病に関するものだ。

病に対する魔法については、体力を底上げして乗り切るタイプと、病気の大本を叩くタイプがある。

もう一つの系統は、聖光などのアンデットや闇の生物に対する魔法があった。


「瞑想と麻痺か……。今回解毒は関係なさそうだけど、アキラ君は瞑想の魔法を使って瞑想してるのかな?」

「いえ、まさか。魔法を使いながら魔法を使うなんて器用な事出来ませんよ」

「ということは、誰かに瞑想の境地を再現できる……。そうか、噂に聞いていたサリアル教授の、『着火』のようなものか」

「その魔法は良くわかりませんが……」

「じゃあ、カエラさんにもその魔法を使えるかい?」


 アンルートを見ると、あっさりするほど軽く頷く。侍女も問題がないようなので、杖を取り出し瞑想の魔法をかけた。

通常は杖なんて使わないことが多いけれど、いくら治療目的だからと言って、緊急性の低い場合は杖を使った方が無難だ。

カエラも全てを受け入れる決意をしているようで、変な力みもなく魔法を受け入れたようだ。


 続いてソバットが集中すると、メディカルサーチと唱え、杖の先をカエラのおでこに軽く当てた。

弱い光がおでこに残り、その魔力の動きは、水面に何かが落ちた時の波紋のようにも感じる。

再び集中すると、今度は喉元・鳩尾・両肘・両膝と魔力を残していく。


「アキラ君、なかなか良い反応だよ。ほら、この乱れ分かるだろ?」

「はい、やっぱり左膝から出る波紋が歪んでいますね」

「弱い反応だけど、腰にも負担がかかっているようだ。こっちはツイスト君の領域だろう」

「左膝はどう見ますか?」


 魔法による診察では、左膝にヒビがあるようだった。

骨だけで言えば全治一ヶ月程度だが、このまま一ヶ月放置するのは良くないそうだ。

ソバットはこの魔力の光が残っている間は、その局部に干渉できると言っている。

極々弱い魔力で麻痺をかけ、修復する力に回復の魔法で干渉すれば、骨の異常は完治するだろうとソバットが説明した。


 瞑想状態のカエラに、七箇所の光が点っている。

アンルートに使った麻痺の魔法も、効果時間はそんなに長くはなく、後遺症もなさそうだけど、ソバットの指示通りにやるとしたら麻痺というよりも局部麻酔に近いだろう。

今まで学院で学んだ魔力操作を最大限に活用して、麻痺の魔法を緩やかに唱えると、左膝の光の波紋は薄緑色に広がった。


「いいぞ、アキラ君。では、次におでこの光に優しくヒールを」

「左膝ではないんですか?」

「ああ、この際だから全体の歪みも整えようと思ってね。順番はこちらで指示するよ」


 淡い光の波紋が二つ三つと重なっていくと、徐々に光がカエラにしみ込んでいく。

指示通りに発動した効果の薄いヒールなのに、何故か最後には左膝の波紋に異常が見られなくなった。

「上出来だね」と言ったソバットは、そんなに辛そうにはしていない。

事前の瞑想状態で魔力を受け入れやすくなっていたようで、余分な魔力消費をしていないから大丈夫だと言っていた。


 カエラは穏やかな表情で眠っていた。

婦長がやってきて、グラントが来た事をソバットとツイストに告げると、婦長にカエラの事をお願いした。

外で待っていたみんなと一緒に、リハビリも出来るスタジオ風の部屋に移動をした。


「では、最初にこちらの実演をしましょう。コロナ、お願いできる?」

「はい、大丈夫です」


 収納から取り出した歩行補助器を、コロナに実演してもらうと、アンルートと侍女が安全性の確認を念入りに行う。

ツイストはこの設備の素晴らしさをグラントに説くと、是非この診療所にも導入したいとお願いをした。

予算は『先代会』から確保出来ているようで、後は協会と商業ギルドの許可が必要になる。

『先代会』が口を出せば商業ギルドはYESと言わざるをえないが、『先代会』は気に入った所に金は出すが口は出さない。


 侍女とアンルートは歩行補助器を使い、歩き方と補助の仕方を学んでいた。

その姿をコロナとウォルフが熱心に確認し、こちらは大丈夫だと思ったので、グラントが持ってきた小型の黒板を借りて、前回話に出た手押し車と松葉杖の大体の形を書き出した。グラントは即答出来ずに悩んでいると、タップが上から覗き込んできた。


「ほぉぉ、これはあの歩行器と同じ役割っぽいな」

「ええ、本当は出歩かない方が良いでしょうけど、車椅子は量産するとまずいですよね?」

「あれは色々な技術が詰まっているから、今のところ一点物だろうな」


 大きな許可は商業ギルドに売却済みだけど、魔道具としての制御機能を使うには、専門の業者を通さないといけないようだ。

そんな話をしていると、グラントがやってきた。どうやら、黒板に書き終わった内容を確認したいようだった。

足の怪我で使う松葉杖は、本当はギブスがあった方が良い。

ただ、ギブスの作り方なんて知らないし、セメントや石膏で固めると言ってもその材料も知らない。

添木と包帯による応急処置技術に期待するしかないと思う。


 もう一つの手押し車については、試作品を作ってみると言っていた。

アイデアについては実用化の時に割合で払われるか、買取で契約することが出来る。

『歩行補助器・松葉杖・手押し車』はグラントに一任して、なるべく協会で使えるようにとお願いをした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その日、男爵は多くの上司からいっぱい声を掛けられていた。普段、雲の上のような貴族から声を掛けられることはあまりない。

先週、ミレイユが誘われたパーティーに参加してから、明らかに周りの反応が違っていた。

事情が分からない同僚からの質問には、「分からない」とだけ答えたが、仕事のやり易さが段違いに変わった。


 そして、木曜の帰る間際に情報通の同僚から、『とある噂』を聞いたのだ

アーノルド家への、『理不尽な言いがかり』からの、デュエルの噂は聞いていた。

あのパーティーは、家族の仲の良さをアピールする為の目的だったはずだ。


「何か事件でもあったのか?」

「ああ、あの事件の首謀者の子爵が亡くなったらしいぞ」


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