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087:タラレバ

 ウォルフと一緒に通学すると、門のところでコロナが待っていた。

前日の青ざめた顔とは打って変わって、初めて会った時の明るい表情を浮かべていた。

少し周りを気にしている風だったけれど、普通にコロナに挨拶している女生徒や先生がいるくらいで、特別視されているようには見えなかった。


「「おはよう、コロナ」」

「おはよう。ウォルフ君、アキラ君」

「昨日は眠れた?」

「うん。アロマキャンドルをじっと見ていたら、なんかスーって」


 コロナの憂いは、良い香りと火が鎮めてくれたようだった。

フレアとウォルフとコロナでは、三者三様の『火の属性』の解釈があるように思える。

ウォルフがコロナに「今日はどこに行く?」と聞くと、講義を受けたいと言っていた。

何時まで通えるかは分からないけれど、休んだら休んだだけ行き辛くなってしまうだろう。

コロナの心の強さを応援したいと思った。


 午前の魔法の講義は、【四大精霊の役割と魔法】【想像力と創造力】【瞑想】だった。

三人で教室に入ると、一瞬教室の空気が止まったように感じ、慌ててどこからともなくコロナに向けて「おはよー」の連呼が始まる。

不自然な程の挨拶の連呼に、昨日何か注意されたことが容易に想像がついた。


 1限目の講義では、魔法の発現の仕方について説明があった。

一般的に集中して魔法を発動させるのに、バランスが良いと言われているのが、ボールの形・円の形だった。

そして、2限目の講義にも係わるけれど、魔法を発現しやすく出来る形状は、自然現象と武器に多く見られた。

雨・霧・風などから始まり、氷・雷・台風など複合する動きや複数の属性に係わる動きを持つものがある。

針や槍など、直線状の動きの武器や、レインと似た矢を降らす魔法も存在する。

スラッシュやブレイクなど、攻撃に対する動きも魔法により再現できるようだ。


 瞑想の時間では、ウォルフもコロナも杖を出して集中していた。

自分は講師ではないので、二人の瞑想状態を把握はできてはいないけれど、瞑想の時間はあっという間に終わってしまった。

講義が終わると、二人は講師から賞賛を受けていた。

たった数日で瞑想の理解度が格段に増したようで、後は魔力の掴み方ときっかけさえあれば魔法を使えるだろうと言っていた。


 GR農場へ三人で昼食に向かう途中、タップに会った。

午後の予定を聞かれると、今日は騎士団に行こうと思っていることを伝える。

アンルート達の宿は聞いていたが、「多分、騎士団に長時間いることになるだろう」と言っていたからだ。

とりあえず食堂へ向かい、一緒に食事を取りながら話をすると、「騎士団に行くなら大丈夫だな」と謎の言葉をこぼした。


 盗賊ギルドでは情報収集を常に行っている。

暗殺を推奨する訳でも、犯罪行為を助長する組織ではないはずだ。

タップにはお世話になっているし、謎な言葉の真意を探しても仕方がない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 騎士団の詰め所に到着すると、アンルートはマイクロにしごかれていた。

カエラは車椅子に乗ったまま無表情に訓練を見ていて、その後ろには侍女が付き添っている。

侍女に目礼をすると、案内してくれた騎士団の方が、団長のいる場所まで案内してくれた。


「よく来たな、ウォルフにアキラ。後、そちらのお嬢さんは?」

「コロナと申します。二人の同級生です」

「そうかそうか。で、どちらの彼女なんだい?」


 ダールスのおっさんジョークに、案内して来た騎士が慌てていた。

ウォルフも自分もまだ貴族候補だし、祖父はダールスのライバルのセルヴィスだ。

もしかしたら、この騎士さんはセルヴィスの系列の弟子なのかもしれない。


「そんなんじゃありません。今日は講義の合間に連れ出してくれたんです。先生公認です」

「そうか、それは悪かったな。今日はゆっくり見学するといい。あのにっくきアンルートは、あの通りボロボロだぞ」

「もう退団したんじゃないんですか?」

「そう言うな。月内一杯は引き継ぎと、送別会のようなもんだな」


 四人の騎士に囲まれて、その囲いと突破する訓練らしい。

騎士団の方は捕縛の訓練で、アンルートは武器を持ち、騎士団の方は武器を持っていない。

ただ、剣術の勢いで逃げるのではなく、あくまで逃走する為にアンルートは木剣を持っていた。


「二人とも、剣術の稽古は続けているな」

「「はい」」

「少し稽古でもしていくか? マイクロはセルヴィスの愛弟子だぞ」


 ダールスは心を惹かれる単語を口にしたようで、ウォルフは壱も弐もなく頷いてしまった。

視線をこちらに向けて話しているのは分かっていたけれど、今日は違う用事で来ている。

コロナを理由に、「今日はウォルフの応援をします」と伝えると、釣果の少なさを嘆くことなく、ウォルフが釣れた事を喜んでいた。

四対一の追いかけっこが、四対二に変わっていた。


 コロナと一緒に見学場所に移動すると、カエラと侍女に挨拶をした。

侍女が話をして、カエラの事は「気持ちがふさぎこんでいる」と説明すると、コロナは「可哀想に……」と呟いた。

カエラとコロナはほぼ同年齢で、職に就いて勉強も出来るコロナは、地位を考えなければ恵まれている方だろう。

侍女経由でカエラに説明しようと、ソバット診療所について話し出した。

婚約者であるアンルートにも説明して良いようで、一度診察を受けに行こうという話になった。


 訓練の方は、ウォルフとアンルートが捕らえられた事で決着がついた。

騎士の若手がウォルフにフェイントをかけ、アンルート一人で逃げるようにウォルフが叫ぶと、仲間を見捨てられなかったアンルートが投降した。犯罪組織の設定ならば、盗賊でも強盗でも一人捕まれば、そこから足がつく可能性は高い。

武器を持つ者が武器を持たない者に攻撃をするという、ウォルフにとってはありえないシチュエーションが仇になったと思う。

その後は雪辱戦のように、その若手との模擬戦闘を開始していた。


「アキラ君、この間はありがとう」

「こちらこそ。お爺さまもアンルートさんの事は気にかけていましたし、実際に会えて良かったと思います」

「そう言って貰えると助かるよ。マイクロさんを師事している私は、本当はセルヴィスさんに教わりたかったんだよ」

「お爺さまにですか?」

「ああ、ただ家庭の事情が許さなかったんだ」


 この間セルヴィスの特訓を受けてみたけれど、積極的に教わりたい技術ではないと思っている。

あの戦い方は対人戦の究極の形で、戦う前に気迫で戦意を奪うやり方だと思う。

マイクロもヘルツもスチュアートでさえ、届かない場所にいるけれど、まだ戦えと言われれば戦える場所にいた。


 モンスターならば1匹に対して複数で挑んでも卑怯にはならないし、本気を出すことも出来るだろう。

ここで名前を挙げた人が、本気を出したらどうなるか分からない。

あの時のセルヴィスが、全力を出しているとも限らないのだ。


 それからは世間話が続いた。

アンルートの予定では、寮の整理・騎士団の挨拶・観光で終わる予定だった。

それがアーノルド家を訪れたことで、カエラの足の治療を追加する計画を立てたようだ。

高名な神聖魔法使いのアポイントを待っている状況らしく、騎士団の引継ぎも兼ねて、月内はゆっくり過ごそうということになっていた。


 そんなアンルートに、病気や怪我の予後を見てくれるソバット診療所について説明した。

アンルート自身は健常者でも車椅子に乗ることは可能で、カエラが怪我をしたまま放っておくのは良しとしていない。

何より明るく楽しい毎日を送っていた、幼馴染でもあるカエラの笑顔を取り戻したいようだ。

表情を崩さないまま、カエラと侍女はアンルートのことをじっと見ていた。


「じゃあ、早い方が良いね。予約もなしに行っても大丈夫かな?」

「紹介をすることは伝えてあります。自分もその際には来て欲しいと言われているので、良かったら一緒に行きませんか?」

「色々調べてもらったようだね。じゃあ、明日にでも行こうか。場所も難しくないから、午後現地で待ち合わせでもいいかな?」

「はい、大丈夫です。じゃあ、連絡しておきますね」


 再び訓練に戻っていくアンルートは楽しそうだった。

実家に呼ばれてデュエルなんかしなければ、ここはアンルートの居場所だったし、その時にカエラも隣にいれば……タラレバを重ねても、現状を打破しなければ幸せを取り戻せない。最良と思った行動も、結果を伴わなければ意味がない。

あの時もそうだった……、あの時……、あの時とはいつだったか?


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ウォルフ、熱中しすぎ」

「アキラ、だってマイクロさんだぜ。父さまもお爺さまも凄いけど、あの戦い方は騎士の理想型なんだよ」

「あまりに凄すぎて理解出来ないよ。ねえ、コロナ」

「二人とも、楽しそうでしたよ。私達を放っといてね」


 ウォルフは満足したようで、こちらの用事も済んだので騎士団を早々に辞した。

ダールスからは何度も引き止められたけれど、この後に用事があると伝えるとがっかりしていた。

歩きながらウォルフにも事情を説明すると、その足でソバット診療所に予約を入れに行った。


 帰りには、ダンスホールに行ってお茶を頂いた。

平日のダンスホールはあまり忙しくはなく、気軽に遊びに来てねと言われていたからだ。

レストランや宿屋などはあるのに、喫茶店のような場所は少ない。少なくとも自分の知っている限りではないようだった。

居酒屋やワインバーなどは夕方にオープンするけれど、どちらにしても行けるような場所ではない。


「おう、珍しいな。何か食っていくか?」

「ギレン料理長、お構いなく。あ、少し聞いて欲しいことがあるんですが、時間は大丈夫ですか?」

「ああ、いいぞ。二人も腹は減ってないか?」

「「はい」」


 侍女がお茶を用意してくれ、お茶請けにはクッキーの山が積まれていた。

コロナがいる目の前で、昨日レイシアに叱られた話を暴露する。

その流れで金曜日にミレイユとデートをする事を話した。

ギレン料理長は「若いなぁ」と苦笑いし、コロナは「昨日のは、デートじゃないから良いんです」と断言した。


 何が悪かったのか理解していないウォルフに、前世では田舎町だったので問題ないんじゃないかと思っている自分。

あの時のデートと言えば釣りだった。隣であいつはスケッチブックを持って……あいつって。

確かミズホを忘れるなと、おっさんから聞いていた。その女性がミズホだったのか。

そう言えば、家でダラダラしている事も多かったはずだ。その時は一日かけて料理をしていたことも……。


 ギレン料理長に料理名を伝え、作った事があるか確認をする。

材料他費用はアルバイト料から天引きしてもらい、金曜日はここに来る事を伝えた。

手伝って欲しいとお願いをすると、ホットプレートなども用意してくれるらしい。

どうやら魔道具のホットプレートのようで、それならばと色々とお願いをした。


 当日、コロナはウォルフと一緒に、自分達のデートを見守ると言い出した。

デートと言っても大人数で動くなら、ただのパーティーみたいなものだと思う。

ローラも付き添い人を用意すると言っていたし、結局は大人数が見守る中、他愛もない話をするだけになるだろう。

明日は診療所、明後日はデートと、予定がかなり詰まっていた。


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