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086:ソバット診療所

 受付の女性に案内をされると、ソバットの部屋に入るように言われた。

ドアを開けると六畳くらいの部屋があり、机と椅子に大きなベッドがあった。


「やあ、いらっしゃい。婦長を通して、アンジェラさんから話を聞いているよ」

「診療時間中に申し訳ございません。知人の事で相談したい事があったんです」

「ああ、構わないよ。ここは開かれた施設だからね」


 常連さんから聞いていた通りの見た目で、ソバットは白衣を着ているのに、胸元が薄っすら筋肉でムチっとしている。

隣にいるイケメン風の人はツイストと名乗り、リハビリを担当しているようだ。

入ってきたドアの反対側は廊下になっていて、多分診療室の三部屋は繋がっているのだろう。

ベッドに腰を掛けるように言われると、三人で座って話すことにした。


 原因を隠しながら骨折っぽい状況を話し、もしその状態をならばどんな診察をしてどんな治療をするか相談をした。

すると事情を察したのか、可能な限りでその人の状況を質問してきて回答をした。

「ふむ、多分だが、その娘は骨にヒビが入っている可能性が高いな。もしかすると、それも治っている可能性もある」

「治っているのですか?」

「ああ、あくまで可能性だな。詳しくはその娘に会ってみなければ分からないけどね」


 開放骨折でない限り、この診療所で診れるそうだけど、骨折時にあまり出歩くのは推奨されない。

多くの場合、介助人がおんぶして来ることになり、ギブスなどもこの世界に存在していなかった。

結果、歩けない年配の方が寝たきりになる確率も上がり、完治する頃には他の問題が発生してしまう。


「会えば分かるのですか?」

「ソバット先生には魔法があるからね」

「極々弱い魔法だよ、ツイスト君」


 魔法使いにとって魔法とは切り札だ。

有用な魔法は使い倒されるし、その魔法を知っているということは、対策を取られるということでもある。

ソバットが魔法に目覚めたのは古くからだったが、使えるようになったのは最近のようだ。


 魔法名は『メディカルチェック』で、ソバットに使えるのは骨に関する物だけだった。

この魔法は骨格の歪みから、損傷・異常を感知するだけの魔法らしい。

一回使うと三日以上使うことが出来ず、その間は魔力不足による倦怠感がつきまとうという。

今までの経験と魔法が結びついた、実用的ではあるけれど、使い勝手が悪い利用価値の低い魔法だった。


 ソバットは、「治療まで魔法で出来れば、苦しむ人が一人でも減るのに」と苦い顔をしていた。

一つの怪我や病によって、長期間の苦しみが発生してしまうのが、この施設を訪れる人の共通の悩みだ。

周りのサポートが必要になるし、その人達への申し訳なさや心労など、癒すべき対象はその本人だけに止まらない。

ここに来る人はまだ元気な方で、往診に行かなくてはいけない人も多くいた。

婦長が薬の配達をしてくれているので、ギリギリ診療所が回っているようだった。


 もうちょっとだけ時間を取れるようなので、例の歩行補助器を見てもらうことにした。

この診療所にはエアロビとかヨガが出来そうな広場があり、ここでリハビリも出来るようだ。

毛布を敷いて柔軟をしている人や、熱心に腕立て伏せや腹筋をしている人もいた。

どう考えてもリハビリではないだろうと思ったが、健康の為に運動をするのは良い事なのでスルーした。

広いスペースに歩行補助器を出すと、背格好的にコロナに説明して実演をお願いした。

主にツイストが食いついてきたので、この道具の評価を聞いてみる。


「うん、とても良い物だと思う。僕も付きっ切りで指導できない時もあるからね」

「良かったです。この場所を紹介して、この道具を贈れば自分達の役目は終わりかな?」

「そうだな、アキラ。あまりこの件で関わり過ぎると、あの二家を敵に回すかもしれないからな」


「この道具って、ここに置くことは出来ないかな? もしくは、同じものを作ってもらうとか」

「多分、二個目だから作れると思いますよ。難しそうな工程もなさそうですし」

「アキラ君は面白い物を知っているね。他にも、もっと良い道具とかあるんじゃない?」

「後は松葉杖とか、車椅子……はまずそうだから。高齢者向けの買い物籠をつけた、手押し車くらいですかね」


 商業ギルドのグラントを通して作ってもらった事もあり、そこを通せば問題なく作れることを話すと、『先代会』からグラントに発注してみると言っていた。そういえば、義祖父であるセルヴィスもまだ『先代会』の会員なのだろうか? とふと気になった。


 この診療所を紹介しても良いか確認すると、問題なく了承してもらった。

ソバットが直々に診てくれるようで、事前に連絡をすれば最優先で診てくれるらしい。

その際に、松葉杖や手押し車の話も出来ればと言っていた。歩行補助器を収納に仕舞って、また来る事を約束した。


 午前中に用事が終わったので、美味しいお昼ごはんを探そうと思う。

ウォルフもコロナもお昼は何でも良いようで、ギレン料理長から教わっていた肉で有名なお店に行くことにした。

肉の厚さを親指と人差し指で指定すると、好みの焼き加減で仕上げてくれるらしい。

店名を出して聞き込みをすると、程なくして見つかった。


「いやぁ、満足だった」

「二人とも大丈夫ですか? あんなに厚い肉を食べて、後で苦しくなっても知りませんよ」

「コロナは心配性だなぁ。店員のお勧めはどうだった?」

「あそこはお肉も美味しかったですが、焼いた野菜も美味しかったです。特にトマトにパン粉をかけて焼いた物が良かったです」

「GR農場産のものらしいよ。また行こうよ」

「そうだな、今度は同じものを頼もうぜ」

「もー、二人とも」


 食事を終えると、この後は街の散策をすることになった。

雑貨屋で有名な『グリーンフレグランス』という店に行き、石鹸やファンシーグッズをいっぱい購入した。

この石鹸はラベンダーの香りがするらしく、すぐに品切れしてしまう人気商品のようだ。

その他にも化粧水やガラス製品・木製品などの小物もあり、どこかで見た化粧瓶も見つけた。

コロナはアロマキャンドルを購入したみたいで、石鹸・御香など香りのする物を中心に選んでいた。


 その後は、サリアル先生に教わった、杖を扱っている店に行った。

ウォルフもコロナも魔法を使う用の杖は持っていなく、折角なので二人にプレゼントをすることにした。

店員さんがお勧めの、初級者用の杖を何本か持ってくると、二人は握りと感触を確かめる。

何故か素振りをするウォルフに、店員は『この子が魔法使い用の杖を買うのは、何かの間違いでは?』という目で見ていた。

魔力の瞬発力が高い物を二人は選び、支払いを済ませると二人は喜んでいた。


 コロナには、明日も学院で待ち合わせようと約束をする。

講義に出席出来るならそのまま一緒に受講して、それからアンルートの所に行く予定で、出席出来ないようだったら街歩きも考えようと思う。ギレン料理長には何件かごはん屋さんを聞いているので、街を散策する良い機会なのかもしれない。

少し早い時間だけど、ゆっくり睡眠をとるようにコロナに話すと、ウォルフと一緒に帰宅することにした。


 家に帰るとお婆さまに挨拶をして、外でウォルフと剣術の稽古をすることにした。

レイシア達と入れ違いになったようで、もうすぐセルヴィスが戻ってくる時間だ。

型を重視した掛かり稽古で、木剣を使っていても決して気を抜けない。

二人してどっと汗が流れると、いつの間にかセルヴィスが見ていたのに気がついた。


 それからは先に風呂で汗を流すように言われ、風呂から上がると食事になる。

レイシア達は戻りが遅いだろうから、今日の食事は四人でとることになった。

セルヴィスは学院長として、魔法の訓練の進捗を聞いてきた。

さっきの稽古で剣術は現時点で及第点のようで、そうなると主にウォルフの魔法について興味があったらしい。

火の属性の適正があると報告が上がっているらしく、王国では珍しいタイプの属性だったので興味があると言っていた。


 自分が見た感じでは、ウォルフは何かを掴んでいるようだった。

それは、魔法の兆候とかではなく、火の属性の心に似たものだと思う。

水の属性との合同訓練では、火のチームがあまり情報を得られなかったけれど、理詰めで覚える魔法とは違うと言っていたから感覚はとても重要だ。風の属性も火の属性も、精霊さまに会える確率は低そうなので、直感は大事だと思う。

セルヴィスは魔法を覚えても覚えられなくても、多くの人から様々な考え方を学ぶのは、自身の成長に繋がると自分達に諭した。


 食事が終わった後、ウォルフと部屋に戻ると、一回だけ瞑想のサポートをして欲しいと言われた。

ウォルフは今日買った杖を持ち軽く目を瞑ると、今日の剣術の稽古をする前と同じような感じで、仮想した相手を短剣で対処するように杖を片手で構えた。その後ろで自分が瞑想の魔法を使おうとする。


 一言でウォルフを表現するとしたならば、『気力が満ちている』と言えるだろう。

自然体の構えなのに、ウォルフの杖の先が小刻みに揺れていた。

ウォルフの左肩に優しく右手を置く。そこに魔力などは一切込めていない。

すると、小刻みに揺れていた杖が、徐々に静止していった。


 瞑想の講義を長いと感じるか短いと感じるかは、その人の熟練度による。

手を離したのに、ウォルフの気力は少しも薄れてはいない。

ウォルフからはっきりした魔力を感じる事は出来なかったけれど、これは紛れもない瞑想状態だと思った。

魔法に結びつくかどうかは、きっかけに頼るしかないけれど、少なくとも魔法を使う必須条件の最低ラインは超えていた。

隣で並んで瞑想をしていると、レイシア達の帰宅の声が聞こえてきた。


 みんなを出迎えると、レイシアとソルトから自分とウォルフが呼び出された。

大体一週間の行動は報告をするようにしているけれど、今回は色々と予定が詰まっていた。

だけど、大体スチュアートも同席するのに、何故この二人で呼び出されたのか分からなかった。


 レイシアから『週末のデートの話』をローラに聞いたと、目を輝かせて話を振ってきた。

ソルトは表情を変えずにレイシアに付き添っているので、主にレイシアに向けて報告をする。

デートと言っても断る事が前提で、お互い承知をしている物だし、付添い人も何名かつくので実質デートになる訳ではない。

だから、まだ予定を立ててはいないけれど、友達同士のお出掛け程度にしか思っていないと告げた。


 すると、レイシアが少しがっかりした顔で、「その考えは相手に失礼だわ」とはっきり告げられた。

いくら断る事が前提でも、『相手を惚れさせた以上、取るべき責任と優しさ』があるべきと熱弁をする。

隣でウォルフが『良く分からない』という顔をしていて、自分も同じような顔をしていたと思う。

レイシアはきちんと彼女を楽しませるプランを考えるべきだと言い、ソルトに同意を求めると了承の意が帰ってくる。

ソルトは基本的にレイシアの意見に反論はしない。だけど、それを指摘するほど自分達は愚かではなかった。


 話は変わり、今日の報告をした。

レイシアは魔法の習得には是も非もなく、子供の頃にみんなが懸かる麻疹のようなものだと思っていた。

ウォルフの魔法の習得状況は把握するが、貴族家当主候補に求められる最低限の事をしていれば、大きな干渉はしてこない。

今日チェックが入ったのはお昼のデカ盛りの店についてで、女性をエスコートしてその店を選んだ事に二人して注意を受けた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ねえ、タップ。サブマスは何時頃帰ってくるのかな?」

「まだまだずっと先だな。そういえば、あそこの家族に何か問題はあったか?」

「ううん、特に何も。上級貴族もまだ情報を得ていないみたい」

「そうか、俺が気になるのはやっぱりアキラだな。あいつらは今日三人で出掛けてたよな」


 タップがレーディスに質問すると、尾行は問題なく出来ていたらしい。

彼女の魔法は、『ネコと感覚を共有』と『ねこねこねっとわーく』だった。原理も何も、使っている本人さえ理解していない。

能力を使っている時に体が無防備になるので、よく老婆の格好をして『うっつら、うっつら』眠ったような仕草をしている。


「あの子達は、『ソバット診療所』に行ったわ。教会の整体と接骨の施設ね」

「まだ、あの件に関わっているのか」

「優しい良い子じゃない」

「リュージからは、良く見ておいてって言われてるからね。面白そうな事でもやってたか?」

「何か作る話をしてたかな?」


 盗賊ギルドのトップツーが不在の今、アーノルド家を見守るのがギルドとして一番の課題だった。

タップは直接、スチュアートの実力を知らないが、近衛騎士だった事と家族が揃って動いている事を知っている。

セルヴィスも問題なく強いし、奥さんとセルヴィス家はギルド関係者以外からも守られている。

ウォルフとアキラが一緒に行動している以上、この二人の安全が最優先事項なのは間違いなかった。


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