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085:コロナの憂い

 翌日ウォルフと学院に行くと、アンジェラから空いた時間に部屋に来るように言われた。

以前お願いをしていた、協会でリハビリをしている場所を見つけたようで、後でその情報を教えてくれるらしい。

アンジェラの部屋は学校で言う保健室のような場所で、薬草・応急処置道具・ベッドが完備された部屋だった。

前世ならサボる為とか教室に通いにくい人の為の場所でもあったが、ここでは教育を受けられる機会がある者の方が珍しい。


 ウォルフと一緒にコロナを探すと、教室の前で入るかどうしようか躊躇っているコロナをみつけた。

こちらに気がつかないまま、コロナがドアを開けると教室に入っていく様子はない。

ウォルフに一声掛けてコロナに近付くと、逃げ出しそうなコロナをウォルフが抱き止めた。


「コロナ、大丈夫か?」

「あ……。ちょっとダメかもです」

「なあ、アキラ。今日は休もうぜ。アンジェラさんのところに行って、街を散策してもいいと思うぞ」

「ミーシャやロロンに悪いなぁ。でも、事情が事情だからね」


 後ろからやってきたサリアルとワァダに朝の挨拶をすると、コロナの気分が悪いので今日一日付き添うとサリアルに告げた。

ワァダが気遣うように「無理はしちゃダメだよ」と言うと、コロナは静かに頷いた。

学院では出席日数より、講師による認定の方が重要になる。

二つの学園では単位や出席日数で何段階かの卒業資格が貰えるが、この学院はより仕事に直結された評価がされる。


「アンジェラの所で、ハーブティーを飲むことを薦めます」

「職場には伝えておくから、今週はゆっくりするといいぞ」

「はい、ありがとうございます」


 このまま講義に入るサリアルとワァダは、ドアを開けるとザワザワしていた室内がシーンとなった。

「これ、早く逃げないとやばい奴だ」

「コロナ、まずはアンジェラさんのところに行こう」

「はい」


 三人でアンジェラのところへ行くと、講義の時間にもかかわらず優しく迎えてくれた。

コロナの顔色を見たのか、すぐにお茶の準備をしてくれている。

七輪があり、その上にはヤカンでお湯を沸かしていた。多分、加湿の役割も兼ねていると思う。

コロナの事が気になるのか、こちらの用事は後回しになりそうだった。


 ラベンダーベースで柑橘系の爽やかさがするハーブティーに、コロナは目を閉じて味わっていた。

すると、涙がツーっと零れだした。

「コロナさん、辛かったら泣いていいんですよ。感情を溜め込むと、心が壊れてしまいます」

「アンジェラ先生……」

「ベッドもありますから、まずは数分でも仮眠をしましょう。その後、あなたが望むなら話も聞くわ」


 アンジェラが手を貸しベッドまでエスコートをすると、ベッドを囲むカーテンをシャーっと締めた。

小さくだが二人の話声が聞こえる。自分もウォルフも何に悩んでいるか薄々気がついていたので、話を聞かないように今後の予定を話し合った。スチュアートの話では、来週末に王都を出立するらしい。帰りは用事がない限り、全員で一緒に帰る予定だ。

ウォルフの学院生活は来週の金曜日までになる。その後は瞑想について話し合った。


 しばらくすると、アンジェラだけ出てきた。

コロナはアンジェラに思いの丈をぶつけたようで、すっきりしたのか仮眠をさせたと言っていた。

「やっぱりお兄さんの件ですか?」と聞くと、アンジェラは苦笑いをしていた。

講師陣は二人の関係を知っていたようで、フレアに対しては妹離れ、コロナについては息抜きとして学院に通う事を認められていた。今まで魔法が使えなかった者が、魔法を覚える過程を調べられる良い機会だったらしい。


 続けてリハビリ施設の話になった。協会は大きく分けて、三つの部署に分かれている。

神事を司る部署に、冠婚葬祭を司る部署。そしてその他の医療や教育、公共性の高い部署だ。

ちなみにアンデット討伐の部門は公然の秘密とされており、葬儀の部署の派生として存在しているそうだ。

リハビリ部門は医療系の派生として昔は大きな施設があったが、「協会に筋肉は合わない」だとか「筋肉うざい」などの声が大きくなり、次第に隅に追いやられて縮小の一途を辿った。


「スラムに近い場所にありまして、責任者はソバットと言います。老人達の寄り合い場所として、そこそこ人気の場所らしいです」

「それは医療機関なんですか?」

「そこまでは分かりませんでした。初級の癒しの魔法が使える者がいるとは聞きましたが……」

「アキラ、行ってみようぜ。ダメだったら、別の手段を考えればいいんだし」

「アンルートさんには伝えとく?」

「俺達が見た後ででも大丈夫だろ」


 気分転換も兼ねて、コロナと一緒に行くことになっている。

あまり騒がしくして起こすのも良くないので、特別にアンジェラ先生による瞑想講座をしてもらった。

「瞑想の時間です。心静かに……」

「「はい」」


 いつもと同じように瞑想を始めると、静かな水面に雫が落ちて波紋が広がるイメージがした。

魔力を感じるのに違和感はないが、覚えた魔法のジャンルによって、瞑想の意味も変わるかもしれないと思った。

ふと、肩に置かれた手の感触で目を開く。振り向くと、アンジェラが微笑んでいた。

隣を見るとウォルフが力を入れたり抜いたり、顔を真っ赤にしたり寝そうになったりしていた。


 アンジェラがウォルフの肩に手を乗せると、何か魔法を使ったように感じた。

無駄な力みがなくなったウォルフは、フーっと大きく息を吐き出している。

息を吐ききった後、ヒュッっと音を立てたかと思うと、目を見開いた。


「アキラ」

「うん」

「多分、みんなと同じ瞑想の仕方じゃ俺には無理だ。でも、火の気持ちが少し分かった気がする」

「火の気持ち?」

「フレアさんは、勢いで燃えるような気持ちを、瞬時に魔法に換えていると思うんだ。でも、俺が求めている火の気持ちは家族だ」

「複数の解釈があってもいいと思うよ。魔法も剣術も、手段であって目的ではないからね」

「ああ、だから俺は先に剣術を第一に考えるよ。残りの講義はきちんと出るけどな」


 適正があるからといって、魔法を習得出来るかどうかは現時点では分からない。

ウォルフならば剣術の才能があるし、努力出来る事も知っている。

自分が剣より魔法を伸ばした方が良いように、ウォルフにも剣術を頑張って欲しいと思った。

少しすると、ベッドがある方から声が聞こえてきた。


 よろよろと起きたコロナに、アンジェラが手招きをする。

アンジェラが改めて用意したハーブティーをコロナに差し出すと、今度は柔らかな笑顔が返ってきた。

「コロナ、今日は思い切ってサボろうぜ」

「あ……、はい」

「一件用事を済ませたら、美味しいご飯でも食べて。そうそう、行きたい所があったらお供するよ」


 慈愛溢れた笑顔でアンジェラが微笑むと、「講師の前で言う言葉じゃないわ」と軽く指摘された。

今日、もしサボりなら後で課題を出すらしい。

仕方がないので三人分自分が引き受けると言うと、「楽しみにしているわ」とアンジェラは軽口で話した。

レイシアからは女性に優しくと叩き込まれているし、女性と家族を大切にするのは自分の義務だと思う。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そこは大きめの公民館と診療所を、足して二で割ったような場所だった。

看板には、『ソバット診療所』と書かれている。

ここに来る途中で噂を聞くと、診察所に入るのに銅貨が必要らしかった。


 入り口をくぐり中に入ると、丁度なんと呼んだら差し支えないか、妙齢の女性がこの診療所の案内をしてくれた。

俗に言う常連さんで三人を待合室まで連れて行くと、何故か待合室にある給湯室のような場所から湯飲みを取り出し、中央に置かれた独立型ストーブの上に置かれているヤカンでお茶を入れてくれる。

ゆうに2~30人は収容出来るスペースで、昼前なのにうっつらうっつら船を漕いでいる人までいた。


 建前では銅貨を払えばお茶は飲み放題で、お菓子も少しは出るらしい。

ここに来る人は元気な人が多いが、たまに深刻な症状の人もいるので、大体座る位置が分かれるそうだ。

待合室の前には三つの個室があり、『接骨整体のソバット先生』『リハビリのツイスト先生』『薬剤師のパイル先生』が常駐しているらしい。受付は無人な事が多いが、全てを対応する凄腕の婦長さんがいるようだ。

今はお茶菓子を買いに行っているらしく、新人っぽい女の子が事情も分からず座っていた。


 アンジェラの名前を出して受付に三人分の銅貨を払うと、番号票を持って待ってもらうようにと言われた。

どうやら話は通っているようで、協会のアンジェラと言えばある意味有名人らしい。

三人で常連の女性から話を聞くと、この診療所の事が少しだけ分かった。


 まず、この『ソバット診療所』は、一旦統廃合された協会の施設らしい。

普通の医療機関として、同じような施設を同じように運営されたが、今一つ客足は伸びなかった。

利益を目的としていない為、売り上げ的に伸びないのは仕方がないが、誰もこない医療機関に存在意義はない。

そんな折、昔ながらの『住民の憩いの場』を作りたいという話と、年配の為の医療機関を同居できないかと打診があった。

そこに資金提供をしたのが、『先代会』と呼ばれる王都の顔役達であり、協会の回顧派が後押しをした。


 ソバットは、四角い顔で温厚な性格のお爺ちゃん先生だった。

ただ、結構鍛えているらしく、白衣を着ていても隠れている筋肉が黙っていない隠れマッチョらしい。

魔法も使えるようだけど、使っている姿を見た人がいないので、魔力量が少ないか用途にあった魔法を覚えていない可能性がある。イメージで言うと、スーパーヒ○シ君人形の元になったあの方のようだ。


 ツイストは、細面のイケメンで三十代らしい。

ここに来る年配の方は長期間のリハビリが必要な方が多く、急変することも少ないので主にソバットの診療を手伝っているようだ。

この診療所に来る事自体がリハビリになっているのか、ここにいる半数以上の人々は診察を必要としていない。

なので、このツイストは客寄せの意味も兼ねて、今後の診療所を続けていく後継者候補らしい。

爽やかな姿からは想像出来ない細マッチョのようで、この診療所に通う女性の年齢層を引き下げる役割も担っていた。


 パイルは、二十代の研究肌と言った方が正しいかもしれない。

よくおばちゃん達に、『しっかり食べなさいよ』と背中や肩を叩かれよろめいていたのだが、最近そのような攻撃にも耐性が出来たのか、ふらつかないようになったらしい。この診療所ではよくお惣菜などを持ち寄ったりして、宴会のようになっている事もあるので、「食事事情が改善されたのかもしれないね」というのがこの常連の女性の談だった。

今までの話を聞いていたので、このパイルも筋肉に魅せられたか、取り憑かれたのではないかと思った。


 受付の女性は、たまに手伝いに来ている協会の職員らしかった。

何故婦長が買出しに行って、新人が慣れない受付をしているかは知らないけれど、この施設ならば分からない事は常連さんで解決出来るので、新人の女の子でも何とかなるようだ。


 三人でお茶を飲んでいると、知らない間に目の前にお惣菜が並び、食べないと失礼な状態になる。

常連さんは特にコロナを愛でているようで、仕事の事・恋愛の事・家族の事を聞いていた。

妹離れできない兄に常連は憤慨し、ソバット先生に鍛えなおして貰うと言うと、診療所の半分が大笑いし半分が青ざめた顔をしていた。


 今年は春になったら診療所と常連で花見をするらしく、倍率が高い施設に当選したらしい。

きれいな桜を見ながらお酒を飲む、楽しい食事に楽しい仲間。

初めて来た場所なのに花見に誘われて困ったが、コロナが「是非行きたいです」と言うもんだから、自分とウォルフは出来るだけ都合を合わせますと言葉を濁した。

そんな話をしていると、みんなの順番を飛び越えて自分達を呼ぶ声が聞こえてきた。


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