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082:きっかけ2

『テレッテレ テレッ テテッテッテッテテ テテテテーテレレレ』

口ずさみながら、前が詰まっているので忍び歩きで前に進む。

後ろからの視線を感じていたので、ウォルフには隣にいてもらった。

音が止まった瞬間、ウォルフも真似をするように横や後ろを確認する。


「アキラ、誰もいないぞ。誰かいるなら俺も気がつくって」

「そうだよね……。おかしいなぁ、何かの気配はあるんだけど」


『テレッテレ テレッ テテッテッテッテテ テテテテーテレレレ』

自分は右を見て、後ろを見る。ウォルフも左を見て、後ろを見た。

フレアが前を追い立ててスペースが空いたので、それを詰めるように歩いて、数歩でおもむろに振り向いた。

「視線というよりかは、気配なんだよなぁ」

「アキラが感じるということは、魔法的な何かじゃないのか?」

「そういえば、ウォルフは魔力を感じられるようになった?」


 金曜日の講義で、コロナとウォルフは集中的に魔力のつかみ方を勉強していた。

最初から魔法を使える者には、魔力をつかむという行為を説明するのは難しい。

まず魔法とは身近な物であり、道具の延長線上にある生活必需品のように考えると良いようだ。

あの人が使えるなら私も使える、あんな魔法があったら良いななど、魔法を使える才能とは想像力なのかもしれない。

そんなことを、サリアルやワァダから習ったと言っていた。


「多分、ウォルフは魔法の才能はあると思うよ。少し背中を押しただけで反応できたよね」

「そうか? そこまでたどり着くまで、少し遠いような気がするけど」

「瞑想の講義の意味が分かれば自宅でも出来るし、そのきっかけ作りが今日の講習だよ」

「火属性魔法使いは少ないって言うからなぁ。コロナと一緒に覚えられるといいな」


 体力作りの為、迂回しているせいで、死屍累々の様相を呈していた。

それでも樹木エリアで、ドワーフのゴルバからジューシーな果物をもらい、木陰で後続が合流するまでは待ってくれている。

相変わらず後ろからの気配はするようだけど、殺気というか嫌な気配を感じている訳ではないので、気にしないことにした。

フレアがコロナに何か話しかけているみたいで、無視をされているのかコロナはさっさと歩き出している。

しょぼーんとしているフレアが気になったが、また先頭が歩き始めたので、今度は間延びしないように歩き出した。


 ズンズン進むと、魔力が濃くなっている場所に到着した。

「さあ、みんな。ここが農場の秘密の場所。『精霊の園』だよ」

ワァダが紹介すると、サラが畑に向かってお辞儀をする。

すると、花や作物に隠れていたのか、まだ二月だと言うのに蝶や蜂が一斉に羽を動かして飛び始めた。


 花畑では原色の蝶が色鮮やかに飛び回っている。

また、隊列を組んで農作物を運んでいる虫達も存在した。

専用のネットがあるようで、端を持ちながら中央に農作物を入れ、近くにある百葉箱のような小さな建物目掛けて飛ぶと、一瞬のうちに農作物ごと虫達が消えていった。


「アキラ、どうなってるんだ?」

「うーん、多分あの白い箱の中央から、別世界に繋がってるんだと思う」

「アキラ君、よく分かるね。リュージさんからは似たような説明を聞いたけれど、もしかするとあの奥には緑の精霊界に繋がっているかもしれないと言っていたよ」

「ワァダ先生はどう思いますか?」

「この農場自体、特別な土地だからね。大きな天災もなければ、季節外れの作物にこの虫達。世間からは『精霊さまに愛された農場』とも言われているんだよ。実際、ここで精霊さまに逢えた人は、一人や二人じゃないしね」


 ワァダによると、ここは農場の中でも格別に魔力が濃い場所らしい。

各属性の精霊さまには、それぞれ理想郷と呼べる『精霊の園』という場所が存在するようだ。

それは激しい瀑布だったり、息をするのが厳しい火山だったり、精霊さまによって好む『精霊の園』は違うらしい。

共通するのは魔力が濃い場所と、精霊さまと眷属が多く集まるということだった。


「ねえねえ、アキラ君。気がついている?」

「サラさん、何をですか?」

「やっぱり気がついていないかぁ。ワァダ先生、あの……」


 サラがワァダにこそこそ耳打ちしている。やっぱり、何かが起きているらしい。

キョロキョロと辺りを見回すと、幻想的な景色に生徒達が見惚れている姿があった。

露天の直売場のような場所もあれば、長テーブルも設置してあった。

長テーブルを見ると何かあるような気がする。じっと目を凝らして見ると右肩に何か違和感を覚えた。


 振り返った瞬間、頬に何かが刺さった。

「ふぁにふぉ。何をしているんですか?」

そこにいたのは水色の髪・水色のワンピース姿の、小さな女の子の精霊さまだった。

圧倒的な存在感なのに、どこか透明感がある。普通人差し指でやるところを、杖を使って頬にめり込ませていた。

そして、この精霊さまが見えているのは、自分とワァダとサラだけだった。


「ねえ、これは何の集まりなの? お祭りかと思って、いっぱい集まってきちゃったじゃない」

「おみず……」

「サラッ」

「コホン。水の精霊さま、こんにちは。今日は魔法の勉強に来ました」


 ふよふよと自分の目の前に飛んでくると、水の精霊さまがこちらをじっと見てくる。

みんなの視線が自分に集まったので、慌ててお辞儀をすると「挨拶が出来る子は嫌いじゃないわ。良く出来ました」と言われた。更に少し上昇して、頭をいいこいいこしてきた。

「これ、我慢しないといけないのでしょうか?」

「アキラ、大丈夫か?」

大部分の人が見えていないので、自分の髪の毛が少しだけ動いているのが、精霊さまがいる証拠だった。


「あの、そろそろ良いですか?」

「ええ、いいわ。今日は私の仲間がいっぱい来ているの。みんなにも見えた方が良いわよね」

水色の淡い光が一斉に湧き上がったかと思うと、パジャマを着ていたり、うさぎの着ぐるみを着ていたりしている精霊さまが数人いた。共通しているのは髪も服も全部水色だった。

その光はみんな気がついたようで、目の前にいる水の精霊さまが魔法を唱えると、自分が見えている別の精霊さまの姿形がみんなにも見えたみたいだった。


「「「かわいい」」」

「あら、正直ね」

様々な賞賛の言葉や感想を口にする生徒達に、水の精霊さま達は満更でもなかった。

他の属性のエリアなのにこれだけ集まる事は稀で、しかも水の属性に愛された人間が水の魔法を撃ちまくり、ぞろぞろと歩いている姿に興味を持ったらしい。


 ワァダとサラと水の精霊さまとで話し合うと、「魔法の基礎を教えてあげても良いわよ」と言ってくれた。

ワァダとフレアが端に陣取り、生徒達は横一列になって、隣の人と手を繋ぐように指示を受ける。

「私がこっちから手を持ち上げて下ろすから、みんなは波を表現してね」と言われた。

すると、今度は「波って何ですか?」という質問が飛んでくる。


 この土地は海がない場所で、ワァダくらいしか波を理解していなかった。

仕方がないので、みんなの前で見本をやることになった。

これってパントマイムなのか? それともブレイクダンスなのか?

拙い見本をワァダと一緒にやると、「ほぉ」と小声がしてまばらな拍手が起きる。

いっそ、冷ややかな目で見てくれた方が、気が楽だった。

そして、もう一度みんなで一列に並んで波を表現する。


 隣からやってくる魔力の波動が、腕の動きで浸透して体を巡り、自然と隣の人に魔力が伝達されていく。

最後まで行った魔力はフレアから戻ってくるが、戻ってきた波動は少し違和感があるものだった。

例えて言うなら、行きは爽やかなサイダーで、帰りは気の抜けた炭酸のようだった。

それでも、間に挟んだ生徒全員の体を通って、戻って来たのだから問題はないはずだ。


「一つだけ基本の魔法を教えるわ。胸の前で両方の手のひらをくっつけて。そこから水の塊が湧き出る姿をイメージして」

水の精霊さまの指示通りにすると、ワァダとサラが水の塊を作り、ソフトボール大くらいの大きさになっていた。

火の適正があるフレア達は集中しても変化はなく、水の適正がある生徒達の半分は水が滴り落ちている。

自分もみんなと同じように挑戦することにした。


 今まで何気なく使えた魔法とは違うジャンルで、波の動作を通して水の属性の魔力を感じる事が出来ている。

両方の手のひらを静かにくっつけると、自然と目を瞑って祈るような姿勢になる。

そして、その間に水の魔力を注ぐと、みんなと同じように水が滴り落ちてきた。

「みんな良い感じだ。魔力を安定させようと思うなら、球状にするのが一番バランス良いぞ」

「何でもかんでも教えるのはどうかしら? 工夫は必要よ」


 水の精霊さまの指摘に、ワァダとサラが黙る。

二人はさっき球状に魔力を安定させていて、問題なく水の属性魔法を理解しているようだった。

そして、発動に成功させた生徒達は、水量の違いはあるけれどダバダバとだらしなく落ちている感じだった。

まずは指の先と手のひらの下の部分をくっつけたままで、中央を膨らませて大事なものを包み込むイメージをする。


 魔力は同じなのに水量が少し増したので、今度は水を掬って飲むように両手を碗の形にしてみた。

溢れ出た水がある一定量で止まった。

「それも一つの正解ね。それは何をしたいのかしら? 飲むの? 草花に水をやるの? 炎を防ぐの?」

水の精霊さまの質問に、それぞれが声に出さずに考えを巡らせる。

魔法の講義では、『魔法に何を願い、何を込めるのか?』ということを教わっていた。


 ワァダとサラは水の塊を上空に打ち上げ、さっきの魔道具のように霧状の水を撒布していた。

陽の光がその霧に合わさると虹が発生した。

目を開けていた生徒達がその光景に感動して声を上げると、自然とその景色を見たくなる。

この手の中にある水は、生命を司る水だ。一適だって無駄にするべきではない。


 どんな形にでもなるということは、それを支える器を作ればいい。

魔力で水の魔力を覆う、それは二種類の魔力を操作することだった。

シャボン玉のような容器に水を注ぐ、そうすれば少なくとも水の魔力の形が崩れることはなく、球状に安定するだろう。

ワァダとサラは声を発せず、生徒達がどのような答えを出すか見守っていた。


 まずは魔力のボールを作ろうとする。

そして、その中心に長崎のビードロを作っている姿を想像し、均等に中央からそのボールを外に向かって広げるイメージをする。最後にその空いたスペースに水を流し込んで……弾けて割れた。

縁日で売っている水ヨーヨーのように、弾性をもたせなければならないのかと考え込んだ。


「アキラって言ったかしら? なかなか面白い発想ね。それならば、ユキー」

水の精霊さまは長テーブルの方に向かって、誰かを呼んでいるようだった。

その長テーブルでは、よく見ると早食いか大食い大会をしているようだった。

それも、2月なのにカキ氷を食べる大会らしい。

緑のピー○ーパンのような少年に、着物姿の白い女の子、そして魔法使い風の黄色いローブと三角帽子をかぶったおじいちゃんがいた。おじいちゃんは、急いで氷を食べたようで、頭を抱えて「キーンとするのじゃー」と苦しがっていた。


「おねいちゃ?」

白い着物姿の女の子がふよふよと飛んでくると、自分の手のひらに溜まっている水に向けて「フー」と白い息を吐いた。すると、その表面だけが凍り、液体と固体が手のひらの上だけで構成されていた。

「きっかけは与えたわ。リュージにも言っているけど、後は想像力よ」


 白い着物のユキはすぐに水の精霊の後ろに回りこみ、こちらを背中越しに見ている。

魔法の発動が出来なかった水の適正の生徒達は、他の水の精霊が色々なところをつっついて、何かしら水を出す事に成功していた。ワァダはユキを驚かせないように、氷の魔法を教えて欲しいとお願いし怖がられていた。

是非、水の精霊さまの課題である、『球状の水の魔法』を完成させたいと思った。


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