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080:モテ期

 今回のパーティーの終わりに、公爵家はミレイユと両親である男爵家に何かを話していた。

アーノルド家一同で全てのゲストをお見送りすると、ローラが「終わったー」と伸びをする。

そんな姿を夫である伯爵が優しく見守り、双子のレイルドとミーアは苦笑していた。

王女達が嫁いだ家は、どちらも夫が優しすぎると思う。

今回、裏方に回ってくれた料理班や楽団、侍女達にも丁寧に礼をすると、今日のパーティーは終了となった。


 セルヴィス家に帰ると、明日からもまだ挨拶回りが続くので、早く休むように言われた。

子供達が同じ部屋に集まると、ミーシャから苦情が出た。


「最近お兄さまとアキラ君が、すぐに出掛けてしまうのは、ずるいと思います」

「ミーシャ。そうは言うけれど、今回の主役はお前なんだぞ」

「それは分かってます。でも、私とロロンを仲間外れにするのは断固抗議します」

「僕も抗議するよ」


「仕方がないだろ。ミーシャ達に役割があるように、俺達にもやらなきゃいけない事が多いんだ」

「うーん。二人はその抗議で何を要求したいのかな? 出来る範囲で良ければ叶えるけど」

「アキラ、甘やかしすぎ。兄貴なら兄貴らしく、威厳を見せてもいいんだぞ」

「まあまあ、明日も忙しいしさ。あまり時間がかかるものとか、現実的じゃないのだと困るよ」


「じゃあじゃあ、アキラ兄さま。今度剣術を教えて」

「ロロン、それだったら俺が……」

「ウォルフ兄さまは本気になるから嫌ぁ」

「これでも手加減してるんだけどなぁ。来年には同じグループで訓練出来るだろ?」

「うん、だけど少しずつ予習したいんだ」


 アーノルド男爵領で剣の訓練に参加するようになったが、8歳未満と16歳以上で一緒に訓練する人が変わってくる。

勿論飛び級制度はあるけれど体格差は埋めようがないので、安全性を重視した結果このように分けられていた。

実力的にはウォルフに習うのが一番なんだけど、ステータスとスキルで誤魔化している自分の剣術の方が楽しそうと言っていた。

王都では怪我をしたら挨拶回りが出来ないので、男爵領に戻ってからという条件でロロンのお願いを了承した。


 二対二の構図が三対一になると、ミーシャもあっさり投降した。

願いは『変わったお菓子なのか?』、それとも『ダンスレッスンの増加なのか?』と待っていると、ミーシャのお願いは『毎日髪を梳かして欲しい』だった。

ウォルフはため息をつき、「それだったら、新しい屋敷の侍女にお願いをすれば良いだろ」とミーシャを説得する。

送ってもらった物の中にあった櫛を、ミーシャが大切にしているのは知っている。

レイシアもソルトもミーシャの髪を梳かした事があったが、そこまで執着しているとは思わなかった。


「ミーシャ、毎日はちょっと無理かな」

「……そう……ですよね」

「日を決めないで、二人の時間が空いた時なら良いよ。自慢の妹の髪だしね」

「え? ほんと?」

「アキラ。そんな約束して、知らないぞ」

「まあ、たまにはいいじゃん。今日はもう遅いから、あまり長い時間は出来ないよ」

「うん。ありがとう、アキラ君」


 ちょっとした時間だったのに、ミーシャはとても喜んでくれた。

髪を梳かしているミーシャは目を瞑って満足そうにしていて、対面にいるウォルフとロロンはひそひそと内緒話をしていた。

「ミーシャ、もういい?」

静かに首を横に振るミーシャ、ひそひそと内緒話を続ける二人。

見回りに来たレイシアが注意するまで、髪を梳かす作業は続くことになった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ローラさん、相談があるのですが」

「あら、ミレイユ。恋バナなら付き合うわよ」

「実は……、そうなんです」

「えっ?」


 男爵家の一人娘であるミレイユは、それはそれは大切に育てられていた。

このダンスホールに通うのも反対はされたが、少しでも家の為に良い婿養子をゲットする為だと分かると渋々だけど了承された。

男爵家は山ほどあり、普段物静かなミレイユは、社交界にデビューした当初目立つことはなかった。

婿養子ということで寄ってくるのは、ロクでもない子爵家や男爵家の次男や三男ばかり。

素行も悪く良い噂を聞かない者ばかりで、父親が「一生結婚しなくても良い」と宣言した程だった。


 昨日のパーティーで、ミレイユの踊る姿と立ち振る舞いを見た公爵から、「年頃の縁者がいるけれど、一度会ってやってくれないか?」と直々にお願いをされたのだった。しつこく擦り寄ってくるロクでもない男は何とかするとして、ミレイユの願いは最近気になっている男の子と、一度ダンスホールの外で会ってみたいと言うのだ。


「ミレイユの会いたい人って、キッド君?」

「はい。貴族家と聞いていますし、ダメです……よね?」

「ダメ……ではないけど、それは公爵家の件は断るって事?」

「両方って我侭ですよね……。両親は公爵家の方と、お見合いを望んでいますが」

「顔を見てないのでキッド君も公爵家も変わりはしないわ。もし、貴女が本気なら聞くだけ聞いてみるけど?」


「ミレイユさーん、貴女を迎えに来たんだ」

「こんな朝から何かしら?」

「はぁ、ロクでもない方が来たようです」


 今日は昨日のレッスンが短かったので、その分早くから多くの生徒達が来ていた。

馬車で来る生徒もいるけれど、徒歩で来る生徒も少なくない。

目を隠すマスクをして二人で喋りながら出勤という怪しいスタイルなのに、生徒達は明るい声で挨拶をしてくれている。

今日も清々しい気分でダンスホールに到着……、この寒いのに無駄に情熱的な大声で、ミレイユの名前を叫んでいる何者かを発見した。


 二人の門番がその男を遮りながら、女生徒を通していく。

男が無理矢理通ろうとして、門番に軽く防がれるとよろよろと後ろに下がった。

「こちらのダンスホールは、貴族家に開放された施設です。会員制の為、面会の予定のない方はご案内できません」

「ミレイユさーん、今迎えに行くから待っていてくれー。私は子爵家三男のゲッペイだ。ここで待っているから、ミレイユ嬢への面会を直ちに取り次いでくれ」

「こちらでのお約束はされていますか?」

「いや、愛する人には毎日会いたいものだろう? 私達は愛し合っているのだ、したがって約束など不要なのだ」


 面白い者を見るように、女生徒が立ち止まる。

「キッド、遅れるぞ」とウォルフが言ったので、面白そうだったけど素通りしようとした。

すると、その男から制止する声が聞こえてきた。


「おい、その怪しいマスクの二人」

「え? 俺達ですか?」

「そうだ、お前達ここに何の用だ」

「ボウイ、止まっちゃダメだって」

「だって、普通止まるだろ? 俺も失敗したなと思ったけど」

「「じゃあ、そういう訳で……」」

「あ、あぁ。……って、ちょっ待てよ」


 逃げ切れませんでした。

やっぱり普段から変装している姿が、受け入れられているのがおかしいのであって、普通の人が見たらそりゃあ止めるよね。

ウォルフに目で合図を送り短距離ダッシュすると、もうダンスホールの敷地だった。

追いかけて手を伸ばそうとする男を門番が遮ると、男は門番に文句を言っている。


「すいません、僕達ここの方に雇われているので」

「遅れるので、早く用件を教えて貰えますか?」

「お前らふざけているのか? 俺を馬鹿にしやがって。こっちに来てそのマスクを取れ」

「これをするのが雇い主からの依頼なんですが……」

「いいから来い!」


 激昂している男の所に、取次ぎを頼んだもう一人の門番がやってきた。

少し呼吸を整え、男は冷静なフリをして門番に語りかけた。

「さあ、さっさと案内しろ」

「あ、いえ。それは出来ません」

「何だ? 伝言さえも出来ないのか? 子供の使いではあるまいに」

「伝言はお預かりしてきました。私はこのまま伝言を聞かないでお帰り願いたいのですが」

「ふっ、愛のメッセージでも、そのまま伝えるのがお前の役目だろう。聞いてやるからさっさと話せ」


 自分達への関心は少し薄れているようだ。でも、伝言の内容も気になっていた。

少し遠巻きに見ている多くの女生徒達も、興味深そうに門番の答えを待った。


「では、申し上げます。『しつこい殿方は嫌いです。そして、婚約した事実もございません。速やかに引き返して、私の前に二度と現れないでください』との事です。ローラさまからも伝言は預かっていますが聞きますか?」

「なんだ?そのローラという者は」

「この施設の管理者でございます」

「……一応聞いてやろう」

「聞かないで帰るなら、伝えなくて良いと……」

「くどい!」


 かなりの長文なのに、一語一句間違えない門番は、素晴らしい才能を発揮していた。

最初ミレイユの言葉を照れ隠しだと言っていたこの男の顔は、赤くなったり青くなったりしていた。

最後には門番に掴み掛かり、門番が軽く振り払うとよろよろと崩れ落ちるように倒れた。

普通、この年代の貴族家の者ならば、文官や騎士見習いとして頑張っている頃だろう。

可哀想な者を見る目で、女生徒が大きく迂回するように敷地内に入ると、また男が叫びだした。


「ミレイユさーん。俺は確かに地位もなければ金もない。ただ、あなたに対する愛情は誰にも負けない。この命が続く限りあなたを守ると誓う。だから、俺の前に姿を現しておくれ」

「さあ、皆さん。遅れますよ」

「「「はーい」」」


 男を無視して玄関をくぐると、ローラがため息をついていた。

隣にはミレイユがいて、出て行って止めようかどうしようか考えていると言っていた。

男の叫びは続いているようで、「あなたの為なら死ねる」と叫んでいた。

ローラがミレイユに、「死んでくれるらしいわよ」と言うと、「遠くに行ってくれればいいです」と優しい返事をしていた。

すると、門番がまたやってきた。


 今度は公爵家の当主が、家人を連れてやってきたようだ。

普通に敷地内に入ってもらい、男は「なんでその馬車が入れて、俺が入れない」と怒っているようだった。

公爵はまた二階のレッスンの様子を見学したいようで、ローラに許可を取りたいらしい。


「ミレイユ、例の件は本当に話していいの?」

「はい、お願いします」

「キッド君とボウイ君は、レッスンの準備をして」

「はい。でも、あれはいいのですか?」


 後ろを振り向いて、親指で後ろを指す。すると、大声で叫んでいた声が、一瞬のうちにピタリと止んだ。

どうやら最初の叫び声でローラは使いを出し、実家に苦情を申し出たらしい。

そうでなくても、王家が関係するこの施設に害しようとする者は少ない。

多分、家人が間に合ったのか、どこかの組織が引っ張って行ったのだろう。

そう考えると、やっぱり王家って怖いなと思った。


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