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079:分かち合うということ

「初めまして、ウォルフさま」

「あ、あぁ。宜しく頼むよ」

「あら、どこかでお会いしました?」

ウォルフが構えを取ると、ミレイユはもたれかかるようにその手を取る。

多くの貴族家子女とダンスのパートナーを組んだが、ミレイユはどちらかというとアキラの担当だった。


「アキラ君、こっちを見なさい」

「ミーシャ? あぁ、うん。ウォルフが困ってるなってね」

「もうすぐ始まりますよ」


 既にレイルドとミーアは、いつでも踊れる体勢をとっている。

ミーシャと踊るのは久しぶりだった。そういえば、レッスンでしかパートナーを組んだことがない。

レイシアに習い始めた頃に比べて、自分も大分上達しているはずだ。

ミーシャを驚かしてやろうと、序盤から飛ばしていこうと思う。


 流れてきたのは定番のワルツだった。

女性を美しく魅せる定番の曲に、ミーシャは頬を赤らめてこちらのリードに乗ってくれる。

三組が踊りだすと、「おおぉ」という歓声がおこり、しばらくはそれぞれの世界に入っていった。


「随分、堂に入った踊りですな」

「社交界にデビューしても、ここまで踊れる者は少ないぞ」

「さすが、スチュアートとレイシアの子供達だ」


 フロアは広いが、審査員がいる訳ではない。

派手なリフトやオリジナルの振り付けもなくはないが、スタンダードをスタンダードとして丁寧に踊る。

子供の主役はミーシャなので、カップルとしては一番評価が高く、レイルドとミーアはシンクロ率が高いので踊りの評価が高い。

そして、女性を華やかに魅せるという点では、ウォルフとミレイユが一番輝いていた。


 お辞儀をすると、それぞれのテーブルに戻っていく。

「アキラ、お前の気持ち分かったよ。一曲踊り終わると、何かを吸われるような気がする」

「ウォルフ、分かってくれた? 多分、距離感が他の人より近いんだよ。それが絶妙な距離だから、彼女の魅力が光るんだ」

「もー、アキラ君もウォルフお兄さまも、他所の女の子を褒めすぎです」

「はいはい、ミーシャもきれいだよ」

「しばらくはお兄さまと、口をきいてあげません」


 公の場なのに久しぶりだからか、自分の呼称が「アキラ君」に戻っていた。

さすがにわきまえているのか、小声で話しているから注意はしなかった。

大人達は子供達に踊りの感想を言うと、有志によるダンスが始まった。


 音楽家のランドールが指揮を執ると、勇壮な曲からしっとりした曲まで何でも演奏をしてくれる。

踊る者・飲む者・空気を楽しむ者、それぞれが一つになると、ローラは今回のパーティーの成功を確信した。

そんな時、それらを全て否定する、「気に食わん」という言葉が聞こえた。


「ハバナ子爵、何か失礼な事でも?」

「今回のパーティーはとても良いものだ。この施設も素晴らしいし、多くの賛同者が集まった事だろう」

「はい、とてもありがたく思います」

「お前の苦労は分かっているつもりだ。ただ、何故一言ワシに相談しなかった」


 最後の一言に異変を感じたのか、踊りが止まり演奏はフェードアウトした。

アーノルド家が罰を受け入れてすぐ、ハバナ子爵は伝手を頼り減刑を申し出ていたのだ。

事情を知らない騎士の仲間も行動に出たのだが、明るい笑顔で「当主を引き継ぐので、今の仕事を続けられない」と仲間に謝罪をすると、可能な限り挨拶周りを重視した。今考えれば、違った判断も出来たかもしれない。

それでも、レイシアを守ると誓い、誰にも迷惑をかけない唯一の決断だと思ったのだ。

スチュアートの申し訳なさそうな顔が、ハバナ子爵に次の言葉を出させた。


「まあ、良かろう。お主は当主になり、領地を守る貴族家として私達と並ぶ訳だ」

「はい!」

「家格の違いはあれど建前で言えば、『王家の前では貴族は等しい』はずだ。もっと声を上げないのか? 私達では頼りにならないのか? 私達は古いパンやジャガイモなのか?」

「あなた。皆さんがキョトンとしているわよ」

「分かります。だからこそ、今日はあの時言えなかった、謝罪の意味も込めて料理を用意したんです」


 今日の料理でパンは二種類準備していた。

一つはクロウベーカリー製の昔ながらの硬いパンで、食べやすく工夫してあって、昔からGR農場関係で有名だった。

そしてもう一つはラース村から特別な粉を取り寄せて作った、いわゆる発酵タイプのパンだった。

かぼちゃの話の際に、問題になったのは醤油だけではない。

大きく進んだ食文化の変化に、受け入れられない一定の層が存在した。


 スチュアートの合図で、ギレン料理長が直々に台車を押してやってくる。

台車の上には一枚の板があり、その上には5段仕立ての蒸篭セイロが置かれていた。

小気味良くシュンシュンシュンシュンと湯気を立てる蒸篭は、全員の目を釘付けにしていた。

「スチュアートよ。どんな素晴らしい料理を出されても、ワシの目は誤魔化されんぞ」

自分の信念は揺るぎないと、ハバナ子爵は心を鬼にしてスチュアートをじっと見た。


 基本的に軍閥にいる者や軍務に着く者は、情に厚い男が多かった。そして、昔からハバナ子爵は不器用な男だった。

ハバナ子爵が教育訓練を担当すると、あまりの厳しさに脱落する者が相次いだ。

この訓練を乗り越える者は勿論存在する。そして乗り越えた者は、素晴らしい成果を残す者が多かった。

そして王国は、脱落しそうな者をそのままにする事を望んでいない。

結果、二段構えの教育訓練があり、スチュアートは最後までハバナ子爵の訓練を乗り切ったのだ。


 アーノルド家は剣に秀でる者が多い。

そして、春風のような笑顔を崩さないスチュアートは、ハバナ子爵に目をつけられた。

誰より多くの訓練を行い、誰より多くの剣を交わし、時には実地でまずい芋を二つに割って食べた。

ただの剣が上手い兄ちゃんを、騎士として仕上げたのは、ハバナ子爵によるところが大きかった。


「本日の特別料理だ。アキラ君、本当にこれで良いのか?」

「はい、大丈夫だと思います」

「皆さまには申し訳ございませんが、まずはハバナ子爵に食べて頂きたいと思います」


 全員が集まると蒸篭に釘付けになる。

ギレン料理長は上部二段を一気に外すと、そこに置いてあるのはただの野菜だった。

いくつかの皿にジャガイモ・かぼちゃ・ラース芋、人参・キノコ・長ネギ・タマネギ・キャベツと並べられていた。

そして、今回ジャガイモは二種類用意されていた。


「これが特別料理なのか」

「はい、是非もう一度ハバナ子爵と食べたいと思っていました」

侍女達がポン酢とゴマダレを持ってきたが、二人の前にはピンクの塩を持ってきていた。

侍女がトングでジャガイモを取ると、皿の上に置いてくれた。


「ハバナ子爵、今皮を取ります。あっつ」

「はぁ、さすがにまだ若いか。こういうものは二つに割れば良いのだ」

熱々のジャガイモを二つに割り、半分をスチュアートに渡す。

二人はピンクの岩塩をちょこっとつけて、一緒に齧り付いた。


 周りは二人の感想を待っていた。

「ははは、まずいな。それでも、あの時は美味く感じたものだった」

「今日の方が絶対美味しいはずなのに。でも、あの時は何故か美味かったですね」

「おいおい、二人とも。これはスチュアートが指定した料理を、俺が改良したんだぜ。さあ、皆さんも召し上がってくれ。その芋はレン博士が改良する前の芋だから注意してくれよ」


「レン博士には感謝しておるよ。この芋を改良してくれたおかげで、飢えによる苦しみが減ったのだからな」

「食えないのも苦しいですが、不味いのも辛いですね」

「スチュアート。料理で語ると言ったが、今日の料理にはテーマがあるのだな」

「はい。まずはお集まり頂きました皆さまの健康を。そして、貴族家として目指すべき道です」


 ルオンとアデリア夫妻からは生姜を提供して貰った。

ハニージンジャーティーと料理で生姜を使った。生姜は体を温める効果があると聞いている。

そして、箸休めとして出した白菜の漬物と大根のタクアンは、前回の儀式でリュージが室内で干していた野菜だった。

王家と協会と女神さまには既に納めていて、少量だけだけど分けて貰えたようだ。

聖光干しにどのような意味があるか分からないが、有難い物に違いはなかった。


 ダンスをする者に合わせた食べやすい料理に、野菜をふんだんに使った料理。

決して高価な素材を使ってはいないが、高位の貴族家に出しても恥じない材料と料理方法だった。

硬いパンに柔らかいパン、不味い芋に美味しい芋。

思い出というスパイスがあれば美味しく感じるし、複雑な調味料を使わなくても塩だけで気持ちが通じる。


「不器用な生き方ばかりをしていると辛いぞ」

「はい。それでも、貴族としては家格の違いがあります。男爵家から見ると、上位の家は歴然としており、尊敬の念を抱く上司であり先輩でもあります」

「では、今後もワシには相談はしないと……。決別の意味でもあるのか」

「アーノルド家としては無理です。ですから、スチュアート個人として、手土産を持って人生の先輩に相談に伺います」

「その時は、美味い芋を持って来い。まあ、お前の所なら上等なワインで簡便してやろう」

「とびっきりのを持って伺います。皆さま、本日はまだデザートも用意をしているので、お腹は空けといてくださいね」


 ハバナ子爵の表情が和らぐと、興味津々だったみんなは蒸し野菜に目が行った。

特に温かいタマネギが女性に人気であり、ポン酢をかけて食べていた。

その他の野菜も、さすがGR農場産というべきか、甘い人参にゴマダレや芋かぼちゃに塩など、素朴な調理法なのにあっという間に売れ切れていた。

スチュアートはハバナ子爵に、「硬いパンがお好きなんですね」と言うと、奥さんに「こんな美味しくて柔らかいパン程ではないけど、最近では柔らかい物を好んでいますよ」と暴露されてしまった。


 するとギレンは、一番上の段に入っている中華まんの具なしの物を披露する。

ハバナ子爵は一口齧るとあまりの柔らかさに感動し、周りの者からの視線で今まで意地を張っていた事に気がついた。

一人の侍女が煮込みハンバーグを持ってくると、饅頭の中央に切れ目を入れて半分に切ったハンバーグを挟んで食べていた。


「レイシアさま。この男ならワシが自信を持って推薦できます。皆さま、スチュアートを見守ってあげて欲しい。お願いします」

ハバナ子爵が頭を下げる。近衛騎士になる為には入念な信用調査が行われる。

そして、スチュアートの事を疑う者は誰一人いなかった。公爵がハバナ子爵の肩を叩き姿勢を戻させると、「明日の話をしましょう、そうすれば未来の話になります。過去を振り返るだけではなく、王国の未来について」


 レイシアは涙を流すと、スチュアートはそんなレイシアの肩を抱く。

「お姉さま、嬉しそう……」

「ローラ。だって、最高の旦那さまに出会えたんだもの」

これだけ高位の貴族家が集まろうが、二人の輝きは見劣りするものではない。それは子供達を照らす輝きでもあった。

落ち着いた頃出てきたデザートは、二人と同じくらい甘かった。

そんなアーノルド家の、『幸せな姿を見せつけたパーティー』は静かに幕を下ろした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ローランドさま、大変です」

「何かあったのか?」

「リッセル子爵家当主が亡くなりました」

「何があった? 警戒していたはずだぞ」

「それが……。毒殺のようです」


 アンルートの兄である次期当主候補が順当に後を継ぐようで、最初の仕事がリッセル子爵の弔いだった。

早々に死体を処理したようで、こうなると王国からの査察は難しい。

新しい当主はすぐに子爵領を発ち、王家から認めて貰わなければならない。

早馬でやってきた情報に、王子はアンルートとナーゲル男爵家の警戒を部下に命じた。


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