077:愛される者
サリアルとワァダの引率のもと、今日は学院の生徒10名が宮廷魔術師団に向かった。
自分とウォルフはコロナの後をついて歩き、ワァダが先頭に立って『聖火台』の保管場所に案内してくれた。
「さあ、みんな。そんなに難しくないけど、一応説明するよ。今回『聖火台』に新しい用途がある事が分かった。王家と協会に確認したところ、使用を認められたので、調べて報告することになっている」
「今まで属性魔法を使える人で適正がなかったり、魔法を使えない人で適正があったり様々でした。これはあくまで目安と思ってください」
「確認方法は簡単です。この中央の宝石に魔力を流すか、集中あるいは瞑想を。それも難しい場合は女神さまへの祈りを込めましょう」
ワァダとサリアルが、交互に説明を始める。
現在、この装置のミニチュア版を作成しているようで、それが完成した暁には、各学園と学院・研究機関などに配布されるらしい。
ただ、魔導ラインという特別なシステムを使った装置なので、完全に再現出来るかは分からないようだ。
GR農場のガレリアを中心に、検討して貰っているらしい。
まずはデモンストレーションとして、ワァダが中央の白い宝石に触れた。
すると、そこから離れているはずの青い宝石に淡い明かりが点り、手を放すと徐々に光が消えていった。
その次にコロナが呼ばれると、同じように試してみる。
宝石に触れると、赤い宝石にワァダより心許ないくらいの明かりが点り、手を離した瞬間に光が消えていった。
そしてサリアルが同じように宝石に触れた。黄色い宝石にコロナと同じくらいの明かりが点った。
宮廷魔術師団の職員も何名かいて、コロナは自分の操作時に辺りをキョロキョロ見回していた。
そして、サリアルが操作した際に、意外だったのか周りからは、「えっ?」という声が聞こえた。
成人してから目覚めたワァダより魔力が低く、魔法に目覚めていないコロナと同等の力量に驚いていたようだ。
ただ、今まで魔法とは想像力であり、集中力であると聞いている。
精巧に編み上げるような魔力の操作は定評があり、多くの魔法使いを育て上げた第一人者だと言われているので、サリアルの評価が今回の件で変わることはないだろう。
それからは、順番に操作をすることになった。
自分がラストに並び、ウォルフは最後から二番目に位置取った。
待っている間にコロナがやってきて、昨日・一昨日とあまり目立った人は現れなかったと聞いた。
明日からは一般の人にも試して貰うようで、主にGR農場に出やすい、魔法使いを調べて貰う予定らしい。
ワァダから前に聞いた事はあるが、彼が魔法に目覚めたのは魔法科の学生時代ではなく、農場で魔道具を使いながら水撒きをしていた時だった。ある日、何故かこの作業は魔道具を使わなくても出来ると思い、どこかで小さい可愛い女性に出会って、最終的には水属性魔法に目覚めたようだった。
半分を超えると一人の男性が、黄色い宝石に微かな反応を見せた。
リュージに聞いた話によると、この土地で見つかる魔法使いには、水と土の属性に目覚める者が多いらしい。
それからまた無反応が続き、ウォルフの順番になった。
「なんか、ドキドキするな」
「ウォルフ、頑張れ」
「アキラ君、静かに」
ワァダに窘められると、ウォルフが中央の白い宝石に触れる。
目を開いたまま周囲を見回すウォルフには、他の人同様宝石に変化がなかったようだ。
この数日で瞑想を覚えているようには見えなく、今の感じだと女神さまに祈りを捧げたようには見えない。
では魔力を通していたかというと、勿論そんな技術を持ってはいなかった。
「アキラ、ダメだったみたい」
「まあ、ウォルフは剣が得意だから良いんじゃないかな?」
最後に自分の番となった。覚えているのは神聖魔法・召喚魔法・時空間魔法である。
前に適正を調べてくれると言われ、その後忘れていたので、今回は結構楽しみだった。
中央の宝石に触れると、肩の力を抜いて魔力を流した。
この『聖火台』は魔導ラインで結ばれている為、中央と隣接する宝石に魔力が伝達する。
ただ、一番相性が良い方向に魔力が流れるみたいで、自分の場合は青い宝石がワァダより少し明るく光が点った。
周りからは、「おおぉ」という歓声が聞こえてくる。
属性魔法は使いやすく、多くの人が使っている事例もあるので、覚え易いジャンルの魔法らしい。
ウォルフは自分の事のように喜んでくれた。そして、ちょっぴり寂しそうだった。
隣で空元気を出しているウォルフに、「魔法使ってみたかった?」と肩に手をやる。
そこで、ふと今まで使っていない神聖魔法が、一つだけあったのを思い出した。
メディテーション……、瞑想の魔法だった。
コロナが女神さまを思って、赤い宝石に明かりを点したように。
また、瞑想の講義では最初から魔法を使える者、最初から瞑想が出来る者、途中で目覚める者など様々だった。
自分の場合も、最初から魔法を使えたので、瞑想して魔力を感じるという順番をすっとばしていた。
では、この神聖魔法のメディテーションは、何のために覚えたのだろうか?
肩に置いた手から、ウォルフに暖かい何かが流れ込む。
それは一瞬の事だったけれど、心地よい……そう、春の陽だまりのような感覚を、確かに感じる事が出来た。
これだけ大勢が集まっているのに、何故か目を瞑って、その感覚を楽しみたくなる。
それは眠りへの誘いではなく、優しい何かを感じることでもあった。
自分が手を離した後は、ゆっくりと青い宝石の明かりは消えていく。
そして、『聖火台』の前にウォルフと二人が並んだ状態で、彼の肩に手を乗せてメディテーションを唱えた。
それは一瞬の事だけど、ウォルフの左手が中央の宝石に行きそっと離した。
すると、赤い宝石に淡い光が点り、それに気がついた人はあまり多くなかった。
ワァダとサリアルは、勿論その光景を見逃さない。
ウォルフは自分では見ていなく、「あれ? 今のは何だったんだ?」と寝ぼけているようだった。
コロナも見ていたようで、同じような属性に同じような光具合を見て、親近感が沸いていた。
後は、その属性を覚えるきっかけが見つかると良いが、実際に今光った属性の魔法を覚えるとは限らないので、後は運というか運命次第だと思う。
「みんな、これはあくまでも目安だよ。私がサリアル先生より、魔法の扱いが得意だと思うかい?」
「確かに!」
「そこ、本当の事でも傷つくから。来週月曜には学園と学院の共同講義があるので、希望者はそれぞれの指導員に相談するように。では、みんな。GR農場で昼食会だ」
「「「おおおぉ」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
GR農場は広く知られた農場であり、食品加工の工場である。
多くの新しい食材を世に出し、その社員食堂では驚くほど美味しい食事が出るという都市伝説があった。
どうして都市伝説かというと、一つの理由としては収穫祭でしか出店しない事にある。
王都民にはそれぞれ、『贅沢をするならこの店』というものを持っている。1ランク上のフォーマルな料理を食べるならこの店、プロポーズをするならこの店、がっつり塊肉を食べるならこの店など、この十年で料理の質からサービスまでかなり向上していた。そんな料理の名店のシェフ達が、こぞって行きたいと言うのが、GR農場の社員食堂だった。
貴族家のパーティーでも料理を出せる程の技術があり、請われれば食材から調理法まで教える料理長もいる。
そんな良い店があるならば、大抵は引き抜きが起こる。
しかし、引き抜きをするには代表者の目の前で行わなければならず、今までこの引き抜きに成功したのは上級貴族家のみである。さすがに公爵家が一般人である料理人を、「是非、自領で働いて欲しい」と頼んだ時は断りきれなかったようだ。そんな噂が都市伝説化していたので、普段入る機会がない者には、飛んで喜ぶような場所だった。
元GR農場職員として、ワァダが農場を引率している。
お昼少し前に到着すると、多くの昔馴染みに挨拶しながら食堂に向かった。
「ウォルフ君・アキラ君、こっちこっち」
王妃はあるテーブルの一角で、こちらに手を振って招いている。
「さあ、みんなはこちらに。ウォルフ君とアキラ君は、早く行って早く行って」
「では、失礼します」
自分達が輪から離れると、ざわざわしているのが分かる。
明日から学院に行くのが少し怖い。そんな事を感じながらも、王妃を待たせないようにテーブルに向かった。
「二人とも、今日はお疲れさま。で、どうだった?」
「私も気になるな。やっぱり、魔法には憧れがあるからね」
王妃・スチュアート・レイシアが身を乗り出して質問してくる。
ミーシャとロロンは一足先に食事にありついているらしく、そのプレートに乗っているのは紛れもなくお子様ランチだった。二人のプレートは若干内容が違う。二人はウォルフに見せびらかすように、お子様ランチを堪能していた。
「自分の属性は水でした」
「俺のは火の属性だった。ねえ、父さま。王都にいる間は、通ってもいいかな?」
「アキラ君に迷惑かけないならね」
「ねえ、お父さま。何のお話ですの?」
「ミーシャはいいの。あなたはもう少し礼儀作法の勉強をしないとね」
「ええぇ、お母さま。これでも淑女として修行していますわ」
「ミーシャ。本当の淑女は、自分の事を淑女って言わないのよ」
親子の会話を愛しそうに見ている王妃。
滅多にどころか、通常なら見ることの出来ないロイヤルファミリーの姿を、周りのみんなは、われ関せずの姿勢でいる。
学院の生徒達は、『何でみんな静かかにしていられるの?』と思っていた。
そんなざわざわした感じを遮るように、料理長であるトルテがワァダに声をかけると、トレーを持って配膳の列に並ぶように指示をした。
王妃とスチュアートとレイシアは、スィーツと一緒にお茶を楽しんでいる。
どうやら、自分達の到着を待ってくれていたようだ。
「二人とも、今日は何を食べるの? ミーシャちゃんやロロン君と同じ物にする?」
「お母さま、あまり贅沢なものは……」
「あら、レイシア。滅多に会えない孫に、何かしたいと思うのはいけない事かしら?」
「王妃さま、馴染みすぎです。今日はトルテさんに任せているので」
「スチュアートは、相変わらず堅物よね。それでどうやってレイシアを口説き落としたのか気になるわ」
「お母さま!」
こんなにやり込められるスチュアートを見たのは初めてだった。
トルテがこちらのテーブルに挨拶に来ると、自分に向かって片手を挙げてくる。
軽く会釈をすると、今食べているかぼちゃスィーツの感想を王妃達に求めた。
「トルテさん、いつも素晴らしいわ」
「ローラから聞いていたけど、最高の出来だわ」
二人はトルテとギレンの技量を賞賛すると、「素晴らしい仲間に恵まれましたから」とトルテは謙遜する。
当日出す料理が大体決まったようで、普段ならトレーを持って列に並ぶ所を、今日は職員が料理を運んでくれた。
「スチュアートさん、どうですか?」
「やっぱりアキラ君も気になった?」
「はい、このままじゃ少し重いと思うんです。後、出来ればこのパーティーで、『アーノルド家が何を表現したいのか』もあるといいですね」
トルテは喜んでいた。
あまり王都にいることが少ないリュージは、今ではトルテに細かく指示を出すことは少ない。
多くの料理人達も、自分の言うことに間違いはないと、反対意見を言うこともなくなっている。
トルテは、「アキラ君、是非相談に乗って欲しい」と言うと、王妃達から頑張ってと応援をもらった。
ウォルフはロロンに、「一口頂戴」と言っている。二人の攻防は、大人達の邪魔をしないように静かに続いていた。




