075:魔法の素質
「ねえ、キッド君。今週末のお話なんだけど、キッド君も参加するの?」
「ミレイユさん。ローラさんから、秘密だって言われませんでした?」
「だって、この中で聞けそうなのって、キッド君しかいないんですもの」
何回か一緒に踊るようになると、ウォルフ派と自分派に分かれてくる。
同じ先生に教わったのに相性が出てくるのは、仕方がないことだとスチュアートとレイシアは言っていた。
究極的に相性が良いと、見詰め合った時点で自然と音楽が流れてくるらしい。
ミレイユはダンスの際に、自分の方とよく組んでくる。
茶色のナチュラルウェーブを癖毛と恥ずかしがっているけれど、甘い感じの顔に距離感がつかめていないのか、目をとろーんとさせて見詰めて来る。その顔がみんなより更に近くに来るから、ドキッとするタイプの女性だった。
「踊りに集中してください」
「あら、そういうキッド君もステップ間違えてるわよ」
「ミレイユさん、近いです」
講師は音楽を止めて、二人まとめて怒られてしまった。
ウォルフはスイッチが入る役者タイプのダンサーのようで、女兄弟もいるお兄ちゃんなので慣れているのだろう。
こっちは、いくらレイシアに教わったからとはいえ、気持ちは一般的な『じゃぱにーず』である。
多くの日本人は社交ダンスと無縁だし、マイムマイムだって手を繋ぐまで時間がかかり、先生に怒られる程である。
慣れたと思っていても、ふと距離感に恥ずかしくなる時もあるのだ。
「キッド君、怒られちゃったね」
「ミレイユさーん。次も一緒らしいですよ」
「やった。得しちゃった」
「パーティーの話は分かりません。招待状が来たなら、父と母は出席すると思いますよ」
来週の土曜日に開催されるパーティーの為、その日は午後一回のレッスンで終わる予定だった。
予約はローラの名前になっているので、生徒のみんなは伯爵家による集いだと思っているだろう。
このダンスホールが主に、男爵家向けに運営されているのは異例の事だった。
王妃とローラ、アデリアにレン等、高位の貴族家と家族が少しずつ協力して運営されている施設だ。
出入り禁止の基準はあるが、同格の貴族で醜い争いをするほど、レベルの低い貴族はいなかったようだ。
講師が次の曲を指示すると、甘ったるい曲が流れてきた。
少し遠くから色々な人が、ニヤニヤしながらこちらを見てくる。
講師も笑いを堪えているようで、きっと恋に落ちるにはもってこいの曲だと思う。
後でレイシアに報告したら、二人が踊る時に演奏される定番の曲だったらしい。
土日のアルバイトが終わった帰りに、気になったのでウォルフに質問をした。
「ウォルフは、このアルバイト楽しんでいる?」
「あぁ、うん。でも、いつも帰りに、恥ずかしさで立てなくなりそうになるな」
「踊っている時は、そうは見えないよ」
「ほら、母さまのあの特訓あるじゃん。『笑顔・優しさ・さりげなさ』、それを身に付けるように、多くの女性と踊ってきなさいと言われているんだ。まあ、昔はミーシャくらいしか、同じ背丈の女性はいなかったからね」
「妹なら緊張はしないか」
「そりゃあね。俺も男だから、緊張する人もいるよ。でも、母さまと踊るような緊張感はないかな」
「レッスンは厳しいし、家格で言えば勝てる人はいないよね」
「そう思えば、後はスイッチを入れるしかないよ。それでも、踊り以外の女性の扱い方は、ロロンに勝てないんだから」
「ロロンはなぁ……将来が怖いよ。女性関係で刺されないようにしないとね」
セルヴィス家に帰ると、お婆さまが迎えてくれる。
自分とは結構な頻度で顔を合わせているけれど、ウォルフとは会うのは久しぶりだ。
みんなが合流するのは何時になるか聞いていないけど、何箇所か挨拶をしながら王都に来るらしい。
ウォルフとは明日から一緒に学院に行き、魔法科の勉強をする予定だった。
セルヴィスが夕方に戻ると、食事の時間となる。そこでカエラの事を、「ここだけの話」として相談した。
セルヴィスは話の腰を折らないように相槌を打ち、お婆さまは悲しそうな顔をしていた。
アンルートの話を混ぜると、セルヴィスは思案するように目を瞑る。
「お爺さまは、どう思いますか?」
「ウォルフ、正直こうだという答えは出せないな。ただ、その者は騎士だったのだろう」
「はい、マイクロさんに師事をしていたと聞いています」
「奴に憧れる者は多いが、実際ついていける者は少ないはずだよ。二人はどう感じた?」
「「まっすぐな人でした」」
「なら、今は余計な事をしないほうがいい。出来る事があるなら、私も力になるよ」
セルヴィスの助言に、作りたい物があると相談する。
大抵は専門店に行って現行品を買うしかないが、特注品を作るなら商業ギルドを通したほうがいい。
一緒に冒険をしたタップも、ある程度の物は調達出来るけれど、後で定期的に来る商業ギルドの職員を紹介してくれるようだ。
ちなみに、ダンスホールでかぼちゃ料理を考えた時に来たレイクは、料理関係に特化した部署の偉い人らしい。
ウォルフは、明日の体験入学を楽しみにしていた。
やっぱり魔法が使えるという事は特別で、叶うものならば魔法を習得したいと考えていたようだ。
昔の考えでは魔法とは才能で、「出来ない人が、いくら勉強しても無駄である」と言われていたようだ。
ところが、ガレリアが活躍した少し後から、魔道具の有用性が広まり、魔道具を使える人が増えてきた。
そこに一役買ったのが、『着火』という魔法が使えるサリアルだった。
『着火』と言っても火を着ける魔法ではなく、魔法が使えない人に『魔力のスイッチの付け方』を教える魔法だった。
これにより、今までは才能がある者しか使えなかった魔法が、誰でも使えるということの証明となった。
後は自分に合った魔法を覚えるきっかけと、その魔法が放出出来るかどうかによる。
自身に魔法が使える場合には、肉体強化魔法を覚える事があり、放出出来る距離が短い場合には魔道具職人になる事がある。
ただ、どうしても魔法が普及し難い理由は、『魔法は特別なものだ』という意識が邪魔しているようだ。
よく言われているのは、『泳げない人はいない』という話だ。
詳しい話はあまり覚えていないけれど、胎児の時は水の中で過ごしていたから、泳げないってことはありえないという話を聞いた事がある。じゃあ、そういう話を泳げない子にして、プールから突き落としたらどうなるか? 心身ともに確実に泳げなくなるだろう。
教え方はそれぞれだと思うけれど、魔法では泳げるという明確な気持ちが大切になる。
もし、ウォルフが魔法を覚えたなら、どんな魔法を使えるか興味があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今日は皆さんに紹介したい人がいます。体験入学のウォルフ君とコロナさんです」
ウォルフ一人かと思ったら、同じタイミングでもう一人の女性がやってきた。
体験入学はよくあることだし、協賛している王家・貴族家なども、たまに見学にやってきている。
だから、特別珍しい事ではないけれど、この講義に参加するということは、本気さが少し違っていた。
最初の講義では、『魔法使いは特別ではないこと』を念入りに勉強することになる。
剣士が剣を使えるように、文官が知識を使うように、料理人が料理をできるように、その仕事に対する技術の延長線上にあるのが魔法なのだ。だから、どの職業も等しく敬うべきものであり、魔法だけが特別偉いわけではない。
決して傲慢にならず、正しい使用方法を守るのは、魔法使いにとって必須のモラルだった。
サリアルは、無属性魔法と土属性魔法を使える。
一瞬のうちに集中すると、胸の前で球状の土の塊を発生させていた。
その土の塊が教壇の上に降りると立方体が展開するように、カクカクした小さい人型のゴーレムになってお辞儀をさせた。
「魔法には何がしたいか、何をさせたいかによって、効果が変わってきます。豊かな想像力が新しい世界の創造力になるように、私達は手助けしていきたいと思います」
サリアルのデモンストレーションに、ウォルフもコロナも驚いていた。
この後は、通常なら眠くなるような講義が続く。二人がどれだけ持つか興味があった。
一限目の講義の後、サリアル先生に呼ばれて、二人の案内役を務めることになった。
昼食はGR農場で取れるようで、そこでセルヴィスが商業ギルドの人を紹介してくれるらしい。
三人は自己紹介をすると、コロナは午前だけ講義を受けるようだ。
職場で魔法の素質があると言われたようで、年齢的にも家格的にも二つの学園は対象外だった。
『魔法の歴史』『魔法の種類』『魔法で出来る事』等の講義を受け、瞑想の講義を受けると瞼が落ちかけてくる。
昼食前後の『瞑想』はとても危険だけど、魔法使いには必須の講義だった。
ウォルフは早々に脱落し、コロナはなんとか耐えていた。
何も考えずに魔力を感じるという事はとても難しく、目を瞑るとどうしても最初に眠気がやってくる。
講義が終わる時にサッパリした顔をしている時は、大抵そういうことであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「コロナさん、初日はどうでした?」
「あ、はい。ご案内、ありがとうございます。魔法って凄いですね」
「ああ、アキラ凄いな。サリアル先生の魔法興奮した」
「確かに。でも、魔法を使えるようになるには、あの瞑想の講義が重要みたいなんです」
「そうですか、初日なので目を瞑ることしか出来ませんでした」
「俺もだよ、目を瞑って集中する……。自分を見直すのに重要だよな」
「ウォルフ、寝てたよね……」
「あ、いや。そんなことないよ。こう目を瞑って……」
この短時間に落ちかけているのは凄い技術だ。
このままウォルフに席を確保してもらって、コロナと一緒に食事を取りに行った。
「ウォルフ、貰ってきたよ」
「アキラ、あれ? あ、ありがとう」
「二人って面白いですね。私は今週いっぱいの体験入学ですが、合うようならば、そのまま続けて通えるようです」
「そうですか。それにしても、どうしてこの時期に入学になったんですか?」
この質問をすると、コロナの職場について教えてもらった。
なんでも、前回の儀式の際に使った『聖火台』を清掃していると、中央の宝石を触っている時に、赤い宝石にだけ変化があったのだ。この事を管理者が上司に報告すると、すぐに何名かが状況を確認することになった。
水属性魔法使いのワァダが中央の宝石を触ると、青い宝石に淡い明かりが点り、風属性魔法使いのメフィーが中央の宝石を触ると緑の宝石から真上に向かって風が発生した。
火属性魔法使いのフレアが中央の宝石を触ると、赤い宝石の真上にガスに向けて引火させたような、ボフンという音を立てて火が一瞬燃え上がった。
当然のように注意されたフレアは、叱られ慣れているのか、逃げるように仕事に戻って行った。
最後にもう一度コロナが操作すると、メフィーとワァダがコロナの前で相談をする。
仮説として、魔力量と加減の仕方によって、対応する属性の宝石に変化が起きている。
そして、ここから導き出されることは、『魔法の素質を判断する材料になるのではないか?』だった。
では、『素質がある』と分かっている者が、本当に魔法に目覚めるのか?
それを判断する為、魔法使いへの教育者として定評がある、サリアルに白羽の矢が立ったのだ。
宮廷魔術師団としては、一から教育することは少ない。
それは魔法使いの希少性を鑑みると分母を増やすしかなく、才能があるかないか分からない者にかける時間もお金もなかった。
「それ、俺もやってみたいな」
「ウォルフ、それは難しいんじゃないかな。今は宮廷魔術師団が管理しているんだし」
「そうですね。でも、これからは魔法科の生徒や、魔法の講義を受けに来ている人にも勧めると思います。詳しい事は聞いていませんが……」
サンプル数が少ないので、結果が分かっている人に対して、優先的に試していこうとメフィーが話していたようだ。
この学院の講師としてワァダが出向しているので、まずはサリアルが呼ばれる事になるだろう。
短期間ですぐに魔法が身につくなら苦労しない。
ただ、何かしらの兆候があるようなら、コロナも安心して学院に通えると思った。




