073:カエラ
スチュアートから、マザーに事情を話してくるように言われた。
一旦部屋を退出すると、入れ替わりにお茶が届けられていた。
他の人に聞かれない部屋でマザーに事情を説明すると、「アキラ君はどうしたい?」と逆に質問を返されてしまった。
「正直思うところはありますが、八方塞ではないでしょうか?」
「そうね、二つの貴族家を敵に回してまで救うには、リスクがありますね」
「では、どうしたらいいでしょうか?」
「彼女の意思が確認出来る事、そして足が動ける事が条件で、自らその二領から出られるなら、ラース村で預かる事は可能です」
「侍女の話だけではなく、確認もしないとですね」
「では、私も一緒に行って説明しましょう」
マザーと一緒にさっきの部屋に行くと、ウォルフは驚いていた。
当然断るべき案件であり、スチュアートもお引取りを願うと思っていた。
今回自分とウォルフが同席したのは、これから起こる様々な案件に、解決出来る考えを持つようにだと思う。
マザーを呼びに行った時点で、スチュアートの考えは決まっていたのだろう。
マザーは侍女に挨拶をすると、現時点での解決策はないときっぱり言いきった。
貴族には領地を守る責務があり、もし領民でそれを求めるならば、その土地のトップに言うしかない。
今回の騒動はデュエルで解決したが、もし仮に誘拐という立場になったら、王国はあっさりアーノルド家と敵対するだろう。
いくら協会関係者が、国や土地に仕える必要がないとは言え、やはりその土地のトップに逆らうのは得策ではない。
さっきの話とは、少し違った内容を話しているマザー。
段々部屋の空気が重くなると、ウォルフが立ち上がった。
「父さま、マザー。本当に解決策はないのですか? せめて、現状を確認して……、その場でどうにか出来れば……」
「ウォルフ、時には気持ちの通りに行動するのも必要だね。でも……」
「うちにはロロンがいる。そして、アキラもいる」
「ウォルフ……」
「君はその言葉の意味を、理解して言っているんだね」
「ウォルフ、自分も行くよ。そのまま行かせるのは、危なっかしいからね」
「アキラ……。だけど、二人で行くと……」
「二人で行けないなら、自分が行くしかないかな」
「そう何度もアキラ君だけに負担をかける訳にはいかないな。今週の予定もあるから、それまでに二人で現状を確認して貰えるかな?」
侍女は応接の椅子から崩れ落ちるように、土下座をしようとしていた。
そんな侍女にマザーは手を差し伸べる。
「あなたの助けがなければ、私達に動ける術はありません」
「『聖母』さま、スチュアートさま、皆さまありがとうございます」
スチュアートは予定通り、週末には出発するらしい。
それまでに戻れない場合は、直接王都に向かうようにと指示をされた。
マザーも予定を変える事はなく、もうこの相談に来る事は出来ないと侍女に伝えた。
この侍女は、数日『実家の親の看病』という理由で休みを貰っているようで、そろそろ戻らないといけないらしい。
侍女が退出すると、残った部屋で四人は話し合った。
スチュアートから、ウォルフと自分に支度金を用意して貰った。
これは結構な金額で、余ったらお小遣いにして良いと言っている。
ウォルフの装備を自分の収納に入れると、すぐに使えるだけのお金だけ小袋に入れて、残った分も収納に入れた。
「二人とも、思った通りに行動しても良いけど、決して無理はしないこと。それだけ約束出来るなら行ってもいいよ」
「はい、父さま」
「分かりました」
「しばらく会えなくなるのは寂しいわ。今度暇になったら、ラース村にお出でなさい。田舎だけど楽しいわよ」
マザーにギュッとされると、少し気恥ずかしくなる。
ウォルフは少しもがこうとしたけれど、マザーは子供の扱いが抜群に上手かった。
王都行きの荷物を家人にお願いすると、快く用意して貰えるようだ。
ソルトは事情を知っているので、二人でナーゲル男爵家に行くことを伝えると、手土産のお菓子を用意してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「隣領だからって、特に何も変わらないね」
「農業王国だからな。特色がない領地でも、農業が盛んなんだ」
「ウォルフ、何か策はある?」
「うーん、今回は情報収集をメインに考えてるけど……。アキラ、何か案はあるか?」
「こういう時は酒場……、なのかなぁ?」
「まあ、宿もやってる店を探そうか」
冒険者としてナーゲル男爵領に入ると、まずは冒険者ギルドを紹介して貰う。
通常手段の情報収集には、冒険者ギルドが一番だ。
依頼コーナーでどんな依頼がいくらでやっているか確認し、受付が暇な時間を狙って色々と話を聞いた。
宿屋兼酒場は3箇所紹介してもらい、領主のことを聞くとかなり多くの事を教えてくれた。
リッセル子爵の腰ぎんちゃくだとか、領民の事より娘を優先したとか、結構な言われようだった。
「今度変装して、地元の評判とか聞いてみたいな」
「ウォルフ、アーノルド領は大丈夫だよ」
「でも、どこで何を言われてるか興味ないか?」
「それは聞くのが怖いかも?」
一番お手頃で無難な宿屋に決めると、ウォルフと話しながら作戦を練る。
下位の貴族家には、ある程度決まったルートがある。
代官に運営を丸投げして、王都で慎ましやかに暮らすルート。
この際、息子は貴族の学園に行き友好関係を広げ、娘は社交界に出るまで武器を磨く。
娘が玉の輿に乗れれば万々歳で、息子は騎士か文官を目指す。
他には自領で優雅に暮らすルートがあり、統治をするタイプとしないタイプに分かれる。
息子は剣に没頭するか、腰ぎんちゃくに担がれるか、親と同じ統治を目指す。
大抵、親の見栄で貴族の学園に行き、就職の時に使えなければ自領に戻ることになる。
娘は同格の近隣の領に嫁ぐか、玉の輿を狙うことになる。
ナーゲル男爵家の次期当主は、文官タイプだった。
剣が苦手で押しも弱く、それでいて親を敬うこともしていなかった。
どっちつかずな状態だったので、新年会ではアンルートの話の方が面白かったのを記憶している。
「ウォルフ、素直にお見舞いに行こうか?」
「そうだな。手土産もあるし、最悪一目カエラさんを見るだけでも違うだろう」
「ナーゲル家にわだかまりはない?」
「ないって言ったら嘘になる。でも、母さまの生まれを考えると、心が揺らいでしまうのも分かる気がする」
「家族が仲良いのが普通と考えると、カエラさんを助けたいよね」
「アキラの魔法で治せないのか?」
ウォルフに向かって首を横に振る。彼は少し自分を買い被っている所がある。
きっとミーシャの一件で、自分の事を特別視しているんだろう。
一度神聖魔法とはどんな物かと聞いた事があった。
例えばヒールという魔法だけど、これは傷を塞ぐというのに適しているらしい。
また、少しだけど、体力回復という側面もあるようだ。例えば怪我をしたとして、骨折ならばそのままの状態で骨が接がれることなく、少し痛みが和らぎ、その間に添木などで応急処置をするのが一般的らしい。流れた血が回復する訳でも、毒や病気が自然に消える訳でもない。
今回の症状が捻挫程度なら、もしかしたら治るかもしれない。
でも、侍女の話を聞く限り、骨折ないし粉砕骨折の可能性もあった。
神聖魔法で毒や病の治療は聞いても、骨折や内臓や脳の異常については聞いた事がなかった。
ミーシャについては、女神さまの贈り物と神聖魔法が、良い具合に反応した結果だと思う。
宿を取るとナーゲル男爵邸に向かう。
どこの貴族家も大きな建物が目印なので、大体の方向を聞いただけですぐに辿り着けた。
門番には二人の、体格の良い男性が槍を持っていた。
睨みを効かしているが、近くに行くと顔を近付けて笑顔で話しかけてきた。
「坊主、ここは領主さまのお住まいだ。こわーい人が住んでいるから、近付くんじゃないぞ」
「おい、誰かに聞かれるぞ。君達、そういう訳だから……。ん?もしかして、領主さまに用でもあるのか?」
「はい。私達、隣領のアーノルド家のウォルフとこちらがアキラです。母から『カエラさまのお見舞いをしたい』と言われまして、代理で私達二人が来ました」
「突然ですが、面会出来ないか確認をして頂ければと思います。明日まで『憩いの小鳩亭』に滞在していますので、そちらでお待ちしております」
「これは失礼しました。少しだけお待ち頂けますか?」
さっき軽く領主をディスっていた男が待機して、真面目に対応してくれた方が屋敷に確認しにいく。
しきりに「さっきのは秘密な」と言ってきたが、面白かったので返事はしなかった。
門番が戻ってくると、「領主さまは職務中の為、確認出来ない」と言われたらしい。
必ず『憩いの小鳩亭』まで連絡するので、待っていて欲しいと言われた。
街の散策をして夕方近くに宿に戻ると、宿の女将さんが伝言を預かってくれて、明日の午後一番なら対応出来るそうだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ようこそナーゲル男爵領へ。それで本日の用向きは?」
「はっ、先日のデュエルで、母がカエラさまのお姿を見まして心を痛めておりました。せめて心休まるようにと、預かっているものがあります」
「そうか、レイシアさまが……」
「どうぞ、お納めください」
この間の侍女が受け取ると、こちらを見ても素知らぬ顔で受け取った。
ここにいるのは男爵と婦人と長子と侍女だ。カエラは自室に篭っているらしい。
「奥さま。お嬢さまに御見せした方が宜しいでしょうか?」
「そうね、レイシアさまがカエラを心配してくださったので……。こちらに顔を出すように……」
「あの、宜しければ自分達がカエラさまのお部屋に行くことは出来ますか? あまり大勢だと心労になるかと……」
「では、お二人を案内して。私も後で顔を出します」
時期当主である長子が先頭に立って、カエラの部屋まで案内してくれる。
ノックをしても返事はなく、侍女がもう一度ノックをすると部屋に入っていった。部屋に通されると席を案内される。
侍女がお土産のパウンドケーキをカエラに見せると、長子が「カエラ、良かったな」と言い、無反応な姿に居心地が悪くなる。
一旦席を外した侍女が、ティーセットと切り分けたパウンドケーキを、ワゴンに乗せて持ってきた。
一緒にやってきた男爵夫人は、カエラの反応を見る。
食事など口の近くに寄せれば食べたり飲んだりする事は出来るし、一旦食べ始めれば自分で食事をすることが出来た。
パウンドケーキを一口食べる姿を見ると、男爵夫人と長子が一旦退席した。
侍女は耳を澄まし遠くに行った事を確認すると、カエラに耳打ちする。
車椅子のまま、今まで焦点があっていないように見えた目が、一瞬のうちに輝きをもどした。




