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072:無理な願い

「キッドくーん、ボウイくーん」

「はいはーい、お待ちを」

「レディーがそんなに大きな声を出すもんじゃないよ」


 完璧に役に入っているウォルフに苦笑しながら、本日のデザートであるシフォンケーキを配る。

配膳は主に侍女がやってくれるので問題はないはずだけど、全員が一斉に休む事は今までなかったので、想定外の出来事に手が足りなかった。忙しなくお茶を入れる侍女に何とか場を繋いで貰って、ウォルフと一緒に調理場と休憩所を往復する。

ここで生徒達と一緒にお茶を飲むのは簡単だけど、この身は一つしかない。

自分もウォルフも講師の割り振りでカップルを組み踊っているので、全員が一丸となってこられると逃げるしかなかった。


 影から応援しているアデリアとローラは、スプーンを咥えながら片手でガッツポーズをして応援してくれている。

今日の件で特別報酬をお願いしても、正直バチは当たらないと思う。

片手に持って離さない『かぼちゃプリン』は、完成品として認めても良いだろう。

その後方では調理班を中心に試食会が行われていた。


「ねえねえ、キッド君。さっきから呼ばれていたのって、調理を手伝っていたの?」

「いえ、料理は得意ではないので、アドバイスくらいです」

「へぇぇ、踊りの他に料理も詳しいのね」

「そんな事ないですよ。かぼちゃ料理は……」

「あれあれ? かぼちゃって何かしら?」


 大勢の目がこちらに集中する。

どうやら誘導尋問に引っかかった……いや、ただの自爆だった。


「ねえ、ボウイ君。かぼちゃって何かわかる?」

「勿論知っていますよ。皆さん、収穫祭では屋台巡りをしていないんですか?」

「そう言えば、ここの料理長とGR農場は懇意だったわね。今日のゲストはGR農場の方でしたの?」

「キッドには色々な方面から依頼が来ているようです。今回はとある方から、かぼちゃの可能性についての依頼のようですね。もし、高位の貴族家からの依頼なら、その方々を差し置いて試食することは難しいでしょうね。なあ、キッド」

「あ、あぁ。うん」


 アドリブが効いたウォルフに、心の中で感謝する。

ただ、ここに来ている貴族家子女全員の、プロフィールを聞いた訳ではない。

多くの生徒達が主に男爵家であって、多分だけど子爵家や伯爵家もいるだろう。

ヒントはこの香りだけだけだから多分大丈夫だけど、ローラ指定の場所なのでここで調理をするしかなかった。


「それならば我慢するしかありませんね。それにしても、このシフォンケーキ、美味しいですわ」

「この甘い香りの中で優雅にお茶が出来るなんて。今日はもう、踊りを忘れておしゃべりをしませんこと?」

「キッドくーん、ボウイくーん」


 今日は一段とお嬢さま方のパワーが凄まじい。

なるべくウォルフの会話が届く距離に陣取ると、今までの疑問を解決しようと矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

『ボウイ君との関係は何ですか? キャー』とか、『どこの家の方なんですか? キャー』とか、『婚約者はいますか? キャー』とか。次から次へと黄色い悲鳴込みで質問がやってきた。


 チラチラと調理場方面を見ると、アデリアがこちらを救出しようとして、ローラに次の試食を持ってこられ捕まっていた。

一応設定通りに、『親友』で、『とある貴族家』で、『婚約者はいない』という返事をしておく。

これはウォルフも一緒で、知っているのはアデリアとローラのみになっている。


 実際調べようと思えば、当然GR農場の2トップは知っているだろうし、アデリアの夫である伯爵のルオンや、ローラの夫である伯爵も当然知っていると思って良いだろう。ただ、そこまで調べた所で、得る物は少ないと生徒達は感じていた。

もし仮に王家の人が姿を隠して踊ってくれているならば、知らない方が長い期間一緒に過ごす事が出来る。


 ローランド王子の子供は現在9歳のはずだから、11歳と言っているキッドやボウイは近いと言えば近いし遠いと言えば遠い。

密かに結ばれた協定に、みんな律儀にある程度の距離を保っていた。

「あ、でも。もし、その依頼が終わって『もう大丈夫だよ』ってなったら、私達もご褒美に何か欲しいなぁ」

自分とウォルフの中間地点にいた生徒がふと呟いた。


 まだ寒い季節だが、春になれば新年度として新しく役職に就く人も出て、家族ぐるみで社交の場に出ることがあるようだ。

ここに来る生徒達は、年齢が上がるにつれ婚約・結婚という卒業が待っている。

家格が低くても一芸に秀でている者は強く、踊りが上手い女性は上級貴族の主催するパーティーにも呼ばれることがある。

そして、そこで見初められてゴールインする、シンデレラストーリーもなくはないのだ。


「ハイハーイ、その辺で彼らを解放してあげてね」

「「「ええぇぇぇ」」」

「キッド君もボウイ君も長く続けて欲しいでしょ。大勢の女の子に迫られたら、間違いを起こしちゃうかもよ」

「「「キャァァァ」」」

「だからダメだって。親御さんに頭を下げてお願いしてるんだから、我侭言わない。その代わり、今日の踊りで一番輝いた子にプラチナチケットを上げるわ」

「ローラさん、それは何ですか?」

「それはね……秘密よ。そして、その秘密のチケットで参加した人は、みんなに何処で何をしたのか秘密を守る事。保護者2名までなら付き添いOKよ」


 ようやく試食に納得したローラとアデリアが、救援に来てくれたようだ。

プラチナチケットとは、やっぱりアレの事だろう。

今回子供達は踊る姿を披露しないので、仮面をはずせば逆にばれないと思う。

ばれないよね? 少し不安になってくる。


 料理の方はギレン料理長に任せて、ウォルフと二人で多くの生徒達と夕方まで踊ることになった。

帰る間際に多くの試食品を用意してもらって、ウォルフと一緒に帰宅する。

この頃になると、後をつけようとしてくる者もほぼいなくなり、急いだり撒いたりする事もしなくて良くなった。


 帰る間際にローラは、一人の生徒をこっそり手招きしていた。

茶色のナチュラルウェーブで泣きボクロが印象的な、男爵家のミレイユという女性がその権利を獲得したみたいだった。

セルヴィス家経由で帰宅する。お婆さまにもおすそ分けを置いてきて、セルヴィスからはミューゼ家からダンスパーティーが出来るくらいの人数が確保出来たと聞いた。


 二人で家に帰ると、ソルトに試食とは言いがたい量のスィーツを渡す。

夜なのであまり食べるのをお勧めできないけど、かぼちゃプリン一つくらいなら大丈夫だろう。

こっそり自分達の帰りを待っていたレイシアが、壁の影からソルトが持ったスィーツを見ている姿は、ローラと重なるところがあった。さすが姉妹、そして二人とも美味しいものには目がないらしい。

こちらの視線に気がついたようなので、三人でスチュアートの所に行き、食事と演奏者の手配が出来た事を伝えると、労いの言葉をもらった。今週末には家族で王都に行き、翌週にパーティーをして帰ってくる予定だった。


 本邸での生活が落ち着くと、平日は午前に男爵領内で剣術の訓練をして、午後は王都の学院で魔法の勉強をしている。

魔法の勉強は学んだことが身につくまで時間がかかるので、一般教養や体を動かす講義なども受け、幅広い見識をもつようにとサリアル先生から指導を受けていた。

ウォルフは一緒に剣術の訓練をして、午後はスチュアートと一緒に領内の勉強をしている。


 ミーシャとロロンは最近一緒にいることが多く、各所からのパーティーのお誘い対策をしている。

レイシアとソルトが指導しているので、ダンスの時間が増え、その他はマナー講座にも時間を費やしていた。

『聖母』もミーシャとロロンを溺愛している。男の子はどうしても、大きくなると気恥ずかしくなってしまうので、なかなか素直に甘える事が出来なかった。そんな『聖母』も、今週の王都行きのタイミングでラース村に戻るようだ。


 『まどろみの導き手』はスチュアートが各所を案内し、今まで住んでいた別邸が使えるならばベストだと言っていたそうだ。

曜日を決めて協会の仕事を手伝い、それ以外は相談役として別邸で過ごすようだ。

畑仕事も好きなようなので、無駄にならなくて良かったとスチュアートは言っていた。

『まどろみの導き手』も一緒のタイミングで引越しをするらしい。

ただ、アーノルド一家が王都に行っても、家人がしっかり家を守ってくれるので、いつまで滞在していても問題なかった。


 火曜になり、本邸では朝からちょっとした騒ぎがあった。

朝食の時に、「どうしても『聖母』さまに面会したいんです」と女性が本邸に来たのだ。

ここに聖者の二人がいる事は、あまり多くの人には知られていない。

一緒に食卓を囲んでいるマザーは、「ちょっと気になるわね」と言ったので、スチュアートは会うことにした。

自分とウォルフも一緒に呼ばれて、応接室へ向かった。


 応接の椅子に自分とウォルフが座り、執務机の方にスチュアートが着席している。

ノックが聞こえると、侍女の案内で一人の女性がやってきた。

丁寧に挨拶すると、スチュアートが応接の椅子に座るように促す。

自己紹介が終わると、その女性はナーゲル男爵家に仕える侍女だと名乗った。


 ウォルフの機嫌が一気に悪くなる。そんなウォルフの後ろで、笑顔を崩さないスチュアート。

「それでどのようなご用件でしょうか? 例え当家が『聖母』さまに縁があろうと、このような訪問は……。まあ、十分分かっているようですね」

「はい、あの。この話は内密にお願いしたいのです。ダメならダメで別の方法を探しますので」


 この侍女は、ナーゲル男爵家に秘密でやってきたようだ。

デュエルの際もいたらしく、その時に聖者がいることを知ったらしい。

そして、用件は車椅子に乗った少女についてだった。

少女の名前はカエラと言い、この侍女はカエラ付で身の回りの手伝いをしているらしい。

カエラは現在16歳で元々快活でダンスが好きな、どちらかと言えばお転婆と言われるくらいの少女だった。


 ところが、ある時捻挫をしたらしい。大事を取って安静にしていたところに、王都から「支援団体の支援の順番が来たので、何か困っている事はありませんか?」と打診があったのだ。

リュージが中心となっている支援団体は、他所でどんな支援をしたかは公表していない。

それは、あっちの方が良い支援だったとか、うちを蔑ろにしているんじゃないかとか、苦情が多かったせいだ。

たった一個の改革で、その土地の価値ががらっと変わった貴族家もあった。


 この支援を断る貴族家は勿論ある。それは内政干渉と取られる場合もあるし、隠したい事情もあるだろう。

急に欲しい物や困った事ありますか? と聞かれても、きちんと統治していない貴族家は、必要な物が分からなかった。

だからナーゲル男爵家は、カエラの足が治るまでの補助具をお願いしたのだ。


 すぐ直るような怪我なら、助けて貰えないかもしれない。

カエラは数年歩いてないという設定になり、協会付の医者からは原因不明と診断されたと報告したらしい。

物作りが好きな支援団体は、リュージのアイデアを形にして、魔道具としての車椅子を完成させたのだ。

それからは怪我が治っても車椅子を強要され、次第に反抗するようになると、定期的に家族から虐待を受けることになった。


 侍女の話に、3人は一瞬何を言っているのか理解できなかった。理解は追いついていないけど、侍女の話は止まらない。

主に母親が命令し、足を押さえハンマーで踵や膝を打ち付ける。

そんな家族が車椅子を押し、「早く良くなって欲しい」と涙ながらに訴えながら車椅子を自慢する。

カエラは段々心を閉ざし、あまり部屋から出ないようになっていた。


「それは親側の精神病ですね。子供を怪我や病気に見せかけて同情を誘うという、代理……なんだっけ? 代理なんとか症候群とか言っていたような?」

「アキラ君、それはどうすれば治るのかな?」

「心の病気なので何とも。専門家っているものですか?」

「怪我や病気は協会の分野だね。後は保護して隔離するしかないかな」


 この世界でも、アルコール中毒など、どうしようもない親がいた場合。協会で保護する事はあるらしい。

問題は最高権力者に、協会が逆らえるかどうかだった。

基本的に協会職員は国に仕えている訳ではない。だが、どうしてもその土地に住む以上、為政者にお世話になるのが常だ。

まずは、カエラの足が治るかどうかと、車椅子は置いていくとして、どこに逃げ込むかだった。

同格の男爵家で面倒をみることは出来ない。


 そして、もう一つの問題はアンルートだった。

子爵家までこの件に噛んでしまうと、カエラは逃げられなくなってしまう。

そんな理由でこの侍女は、『聖母』に助けを求めに来たのだった。


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