071:特選素材
王子の采配の後、リッセル子爵とナーゲル男爵はそれぞれの領地に戻った。
リッセル子爵はアンルートを呼び出すと、応接室なのに立たせたまま詰問した。
「アンルート、何故デュエルで手を抜いたのだ?」
「父上。結果だけをみれば、良かったではないですか」
「答えになっておらん。そして、何故ナーゲルの娘なのだ」
「家格で言えば男爵家の娘です。ミーシャ嬢と立場は変わりません」
苛立つリッセル子爵に、アンルートは問いかける。
「私は全力を出しました。あなたの背後に黒幕がいるにも関わらずです。元近衛騎士にあのような無謀な賭けを持ちかける時点で、この計画は破綻していたのです。まさか王子が現れるとは思いませんでしたが」
「そうか……。分かっておったのだな」
「王子があのまま放置するとは思えません。そして、私達はもっと自領に目を向けるべきです。近隣諸領と協力してでも……」
「お前の考えは分かった。騎士の任を投げてまで呼び寄せた私の失敗だ。ただ、お前にも幸せになって欲しい。騎士としてこの家を盛り立ててくれたのだからな。支度金は用意しよう、どこへでも行くが良い」
「はっ! 今までお世話になりました」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
デュエルが終了すると、メナール男爵とグレイス男爵がスチュアートに賞賛の言葉を伝えた。
リッセル子爵家のアンルートは婚約候補を自ら辞退したし、あの流れではナーゲル男爵家は脱落したも同然だった。
この場でグレイス男爵が、ミーシャとの事を言うほど恥知らずではないが、アーノルド一家の回答としては恋愛結婚を望んでいる。王子と二人の聖人もいるので、二家は手短に挨拶を済ませると帰宅していった。
「アキラ君、ありがとう。見事な戦いだったよ」
「スチュアートさん、やっぱり剣では勝てませんでした」
「今回のデュエルは、魔法あり格闘ありの条件だからね。自分の持てる技術を使って勝利したんだから、胸を張って良いと思うよ」
「そうだぞ、アキラ。今回お前が勝ったから、俺が口を出しても文句が出せなかったんだ。いくらポライト婦人やマザー、レイシアに喋らせても説得力がなくなってしまっただろう」
「はっ、ローランドさま」
「お前達家族に課せられた役割は重い。ただ、陰ながら応援をするので、各自努力は忘れないようにな」
馬車がやってくると、それぞれ乗り込み帰還となった。
帰る際文官が、「王子はいつ到着したのだろう?」と不思議がっていた。
文官と別れ大部分が屋敷に戻ると、祝勝パーティーが用意されていた。
自分とロロンの勝利を信じてくれていたようで、豪勢な食事に舌鼓を打った。
夜になると、ゲートを開き王子を送り届ける事になった。その際、スチュアートも同席しセルヴィス家に到着する。
馬車が到着するまでセルヴィスにデュエルを説明し、勝利を伝えると「さすが私の孫達だ」と上機嫌だった。
この好々爺の顔、スチュアートは本気の父親の顔を見たことがあるんだろうか? とふと可笑しくなった。
王子からは口止めをしているが、デュエルの噂はすぐ広まるだろうと言っていた。
騎士団のホープである、アンルートを破った11歳のアーノルド。噂にならないはずがなかった。
情報を少し操作する為、『肉体強化魔法』が使えることにするらしい。
それからはパーティーの話になった。週末にローラと打ち合わせをするようで、スチュアートはセルヴィス家を借りる事にした。
その際、レイシアも同席するので送り迎えを頼まれた。
どちらにせよ、ダンスホールのアルバイトがあるので、多分一緒に来ることになるだろう。
馬車がやって来ると、王子は帰って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二月に入ると穏やかな日が続いた。今日は両親公認のアルバイトの日だ。
ウォルフも楽しみにしていて、二人して仮面を装着するとダンスホールに舞い降りる。
仮面をしている時のウォルフもといボウイは、段々『役の中の演者』のように、踊りの技術がある者には技術で、気持ちで踊る者には気持ちで取り組んでいった。アキラもといキッドである自分は、踊りがちょっと苦手な子女を連れ出し、楽しく踊る事を念頭にカップルを組んでいった。惜しむべき点は、男性の絶対数が足りない事だった。
ただ、アデリアとローラは自分達の踊りを褒めてくれ、信用出来る人がいたら紹介して欲しいと言っていた。
今日はローラを連れてセルヴィス家に帰ると、ゲートの魔法でスチュアートとレイシアを呼んだ。
レイシアとスチュアートはローラと会談し、堅苦しくない席で二人の仲の良さをアピールするなら、『ダンスホール』が良いのではないかと提案した。
「母さま、父さま。俺もアキラと一緒に手伝います」
「あら、ボウイ君が手伝ったらバレないかしら?」
「そうですね、お姉さま。キッド君とボウイ君は『ダンスホール』で人気ですから」
「二人とも、今回の踊りはなしにしようか。あまり多くは呼べないし、多分年配の方が多く集まるからね」
今回は主に上位の貴族家当主を呼ぶ予定だった。
事情により王家からは出席する事は出来ないが、伯爵夫人であるローラは出席出来るし、ローランド王子の妻であるセレーネは公爵家の名代で出席してくれるらしい。
レンとアデリアはホスト側で手伝ってくれるので、当日の楽団の手配と料理の手配をどうするかという話になった。
するとセルヴィスがミューゼ家に相談をしてくれるようで、その結果如何によっては料理だけとなる。
「ねえ、ローラ。ワインはうちで何とかするとして、今王都での流行って分かるかしら?」
「そうですね。お姉さまは、昨年の収穫祭でGR農場が出した料理を覚えていますか?」
「『かぼちゃの蜂蜜煮』『きんぴらごぼう』『出汁巻き玉子』『筑前煮』というお惣菜だと聞いたわ」
「お姉さま……。記憶力が凄いですわね」
「確か、他所と比べてあまり人気はなかったはずだと……」
「GR農場の凄いところは、その後の反響なんです。リュージさんの野菜自体凄いのに、今回はかぼちゃが空前のヒットなんです」
「確かに甘くて美味しかったわ。でも、あれはきっとデザートに通じる何かがあると思うの」
現場であまり人気がなかったという話だけど、実は後半の伸びはかなり大きかった。
特に人気だったのが『かぼちゃの蜂蜜煮』と『出汁巻き玉子』で、トルテ料理長から教えを受けている貴族家お抱えの料理人達は、ひそかにGR農場に買い付けに来ていた。
GR農場には少量の季節商品や、特定の店にしか卸さない商品も存在し、初めて出す野菜や果物は市場調査の意味も込めて流通を制限していた。
ラース芋に近く、ねっとりとした甘さがある野菜。しかも新商品となれば、貴族の話題作りにもってこいだった。
ところが、今回の蜂蜜煮には少量だけど醤油が使われていた。
相性の問題もあるだろうけど、年配の貴族ほど新しい味に保守的で、いまいちかぼちゃの人気がブレイクしない原因でもあった。
「あの甘さが何とかなればとは思うんです」
「ローラ、リュージさんに相談はしてみた?」
「リュージさんは、出張中なんです。トルテ料理長もギレン料理長も研鑽を積んでいるのですが」
「今回、ダンスホールでやるパーティーなら、手で摘める感覚の料理が良いわね」
「そうですね。ダンスホールならギレン料理長が主導となるので、明日にでも相談してみます」
ローラとレイシアの会話に、男達は口を出すのを控えていた。
元王女同士の会話だけど、どこにでもある「かわいい」「おいしい」という話で、世界が違っても変わらない。
「そういえば、アキラ君は料理に詳しくなかったかな?」
「あ、はい。詳しいって程ではないですが……」
「かぼちゃの料理はどうかしら?」
「えーっと、季節の野菜なのでスィーツだと、『かぼちゃプリン』とか『パンプキンパイ』『かぼちゃのタルト』くらいでしょうか?」
「決まりね。明日少し時間を取ってもらって、ギレン料理長と打ち合わせしてくれないかしら?」
「そうは言っても、作り方までは分かりませんよ」
半ば強引にローラに決められてしまった。
ウォルフも一緒にアルバイトをしてくれるので少しくらい抜けても平気だけど、ただでさえ少ない人数でやっているので問題だと思う。それでも今回のパーティーでは、アーノルド家の仲の良さを見せ付ける必要があるので、中途半端な事は出来なかった。
「アキラ君、試食品待ってるわね」
「お姉さま、ずるいですわ。私の分もちゃんと取っといてね、アーキーラ君」
翌日は早めにダンスホールに出勤した。
ウォルフもちゃんと付き合ってくれて早くに到着すると、GR農場のトルテ率いる調理班からかなりの人数が来ていた。
ギレン料理長も朝から材料をいっぱい集めて、今か今かと待っていたらしい。
「キッド、今日のダンスは無理そうだな」
「ボウイ、簡単に説明してそっちに合流って無理そうだよね」
「ああ、多分無理だと思う。試食係りはいっぱいいるから、全部食べられないように注意だな」
普段はそんなに見ない調理班だけど、今日に限っては部外者も何名か見受けられた。
紹介を受けたのがギレン料理長の元部下であるコロニッドと、商業ギルドの上の方にいるレイクだった。
足りない物はレイクがすぐに準備をしてくれるようで、コロニッドは王家の料理に取り入れるように教わってこいと言われたらしい。
フットワークの良さに少し怖くなった。
「すみません、主にギレン料理長に話しますが、自分は詳しい料理法を知らないんです」
「ああ、その辺は気にするな。ヒントでも貰えれば、どうとでもバリエーションは広がるだろう。なあ、トルテさん」
「そうですね、ギレン料理長。最近のリュージさんは、1から説明する事も減りましたからね」
「じゃあ、ざっくり説明しますね。まずは、プリンの作り方を知っている方はいますか?」
ほぼ全員が手を上げる。かぼちゃプリンの作り方で自分が分かるのは、かぼちゃに火を通して裏ごしし、生クリームで伸ばしたものをプリンっぽく仕上げるということ。基本的にプリンは卵と砂糖と牛乳で出来ている事は知っている。
後は、固まるか固まらないかと、固さの調整だけだと思った。
「あの、一つ質問です。生クリームで伸ばすと言っていましたが、それはどういう物でしょうか?」
「あー、えっと。レイクさん、牛乳はありますよね」
「勿論。ということは、生クリームは牛乳に近い物なのかい?」
「はい。確か脂肪分が高い物で、遠心分離機……これって、説明難しいな」
「もしかしてアレかな?」
レイクは以前、リュージとエントが魔道具を持って牧場を訪れたのを思い出した。
すぐに手配を取ると、先に色々な生地作りを開始した。
色々な料理名を挙げると、『プリン』『タルト』『パイ』『シフォンケーキ』まで出来そうだった。
普通のとかぼちゃのプリンに、ミートパイとパンプキンパイ。
フルーツトマトのタルトにかぼちゃのタルト、ノーマルのシフォンケーキにかぼちゃのシフォンケーキ。
スイーツ尽くしだと寂しいので、ワインに合うおつまみも欲しいですねと言うと、ギレンとトルテが打ち合わせを始めた。
徐々に生徒が集まって来ると、レッスンが始まる。
一曲終わる毎に「キッドくーん、味見」とか、「キッドくーん、この固さはどう?」とか、調理班から声が届いてくる。
あまーい香りがダンスフロアまで届いてくる。そして、自分が席をはずす時、アデリアやローラも一緒に席をはずしてくる。
通常、ダンスフロアと休憩場所は少し離れている。それでも、生徒達はソワソワしていた。
「ねえ、皆さん。お茶にしませんこと?」
「え、ダンス以外の事をしていると、何時も注意する貴方が?」
「さすがにこの香りには興味がありますわ。今ならご相伴に与る事が出来るかもしれません?」
「お嬢さま方。では、お茶の時間にしましょうか?」
ボウイは講師を見ると、「仕方ないですね」と言いながら休憩の時間となった。
全員揃ってのお茶休憩は初めてのようで、貴族家子女達はワクワクしながらお茶菓子を待った。
通常はクッキー等出ることが多いが、今日に限って驚く程のメンバーが集まっていた。
「今回はシフォンケーキをお出ししましょう。材料も届いた事ですし、シフォンケーキに緩めのホイップを乗せれば……」
「このかぼちゃスィーツはどうしましょうか?」
「これはパーティーのサプライズですので、今回はお出しできません。仕上げはお任せして良いですか?」
「ああ、俺達に任せておけ。それにしても、このお嬢さん方には、後で同じ物を出さないと収まりがつかないぞ」
ここに集まる貴族家子女達の、多くは男爵家だった。
パーティーと同じものを出しても構わないものか? 秘密を守り通すのも難しいなと思った。




