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070:企み

「一手ご指南お願いします」、ロロンの言葉にアンルートは静かに頷いた。

自分はライン際まで下がっているので、アンルートはロロンの方に集中している。

ロロンは木剣を左手の握りを上に、すぐ下に右手で握っている。

そして大きく振りかぶり、剣筋がぶれながらアンルートに振り下ろされた。


 カーン、乾いた音が響いた。アンルートは下段の構えで待っていて、ロロンの弱弱しい攻撃を軽く弾いた。

あの技は実は受けてみると、とても扱いが難しく、当たらないんじゃないかというギリギリのところを攻めてくる。

ダメージはそれ程ではないんだけど、足を狙って当ててくる技術はすごいと思う。

それを初見で弾き返したアンルートは、小さい子だからって油断はしていなかった。


「おい、見たか。あの子、持ち手がおかしいぞ」

「しかもへっぴり腰だ。アーノルドとはいえ、子供ならあの程度なんだな」

「ははっ。アンルートよ、可哀想だから代わってやろうか?」


 外野の声を無視して、そのままの握りでアンルートを攻めるロロン。

アンルートに軽く弾かれると、ロロンはのけぞるように右手に残った木剣を大きく振りまわし、観客席に向かって投げた。

真っ直ぐにナーゲル男爵の脛にヒットすると、かなり痛そうに飛びあがっていた。

アーノルド家側のテントで笑いが起きる。そして、その姿を自分も見ていると、ふと車椅子の少女と目が合った。

極僅かに口を動かして、何かを伝えようとしていた……。

でも、その言葉を理解することは出来ず、少女は口の動きを止めてしまう。


「何をしている。武器もないんだ、さっさと片付けろ」

「……外野は黙っていてください。今、私が負けを宣言してもいいんですよ」

「なっ……」


 ロロンは負傷しているナーゲル男爵に、腰を折ってその場で必死に謝っていた。

あれだけキレイに狙えるんだから、わざとじゃないはずはない。

それでも子供が起こしたハプニングという体裁を取っているロロンは、侮れない7歳だった。

アンルートはロロンを見守っていると、「お兄ちゃん、武器を取ってきていい?」と確認していた。

迷いなく場外に出て武器を取ると、審判が一回目の場外を宣言する。

開始線に立って仕切りなおすと、ロロンはまたこちらを見て頷いたので、ロロンに任せることにした。


 木剣を正しい握りで持ち、アンルートに挑んでいく。

ウォルフが大地に根ざして戦う一般的な騎士のタイプとするならば、ロロンは父の教えを素直に受けたスピードタイプだった。

連続技を繰り出すも、アンルートに丁寧に捌かれてしまう。そして次第にロロンの攻撃バリエーションがなくなっていく。

それでもフェイントを織り交ぜながら戦う姿は、両テントから言葉を奪っていた。


「アーノルドは……、負けちゃ……、ダメなんだ」

ロロンの目が潤み荒れそうになる剣を正すと、自分もアーノルドだと全力でアピールする。

「お兄ちゃんは大人にも立ち向かって、お姉ちゃんは苦しくても笑顔を見せてくれた」

「ロロン君……」

「この戦いだって絶対負けない。負けると離れ離れになっちゃうから」


 まだ死という概念は理解していないだろう。ただ、時折訪れる悪意にアーノルド家は敏感になっていた。

解決手段は時間であり、早く強くなること。しかし、その時を待ってはくれず、次から次へと危機が訪れていた。

目いっぱいに溜まった涙がツーと流れると、ロロンの剣がカランと音を立て、アンルートがそっとその肩を抱きしめていた。


「アンルートお兄ちゃん」

「ロロン君、頑張ったね」

「お願いがあるんだ。僕、足が動かないみたいだから……」

「分かったよ」


 アンルートはそのままロロンを抱き上げると、アーノルド家側のテントに向かい歩き出した。

「アンルート、そこで止まれ。放り投げれば終わりだ」

リッセル子爵の制止を無視して、アンルートはテントの前までロロンを案内していた。

「ロロン、場外二回により失格。アンルート、場外」


 アンルートがテントの近くに行くと、グレーのフード付ローブを着た人が前に出てきた。

ロロンはアンルートから降りると、今度はローブの人に抱きついた。

「あらあら、まだまだ甘えん坊さんね」

「グスッ、でも僕頑張ったよ」

アーノルド家側のテントから拍手が沸きあがった。


 そして、自分の出番がやってきた。

開始線で木剣を構えると、下段から中段に構えが変わったアンルートの気が膨れ上がった。

「一回場外に出てしまったからね。本気でいくよ」

「宜しくお願いします」


 開始の合図にまずはまっすぐ突っ込み、下から上に振り上げる。

それを木盾できれいに止められると、お返しとばかりに剣が振り下ろされる。

これはお互いに挨拶のような動きなので、やってきた剣はバックステップで軽く避ける。


「ほう、小さくてもアーノルドか」

「自分は養子ですけどね」

「知っているよ。うちの親が恐れたくらいだからね」


 気が膨れ上がっても、やっぱり怖さは感じられない。

スチュアートを怖いと思ったことはないけれど、いざ剣を向けると思った瞬間、足が前に出ない時がある。

それはきっと、セルヴィスとは違った怖さを感じていたからだろう。

今目の前にいるアンルートには、人を傷つけたことがない、お坊ちゃんのような空気を感じた。


 徐々にギアを上げていくと、さっきのロロンと同じようにラッシュをかけていく。

センターからやや相手側の場所の中央で連打を仕掛けているけれど、アンルートの防御はまだ余裕そうだった。

ここまでは前回のウォルフとの模擬戦と同じ流れだった。

アンルートには、まだスピードが跳ね上がる魔法も残っている。今の状態なら、それさえも使わず押し切られるだろう。


 ラッシュをかけながら、なるべく相手側の陣地の奥深くの方まで押し込みその位置を覚えた。

最初に覚えた位置から直線状にあり、あまり足を使ってかわしていないのが分かる受け方をしていた。

「あまり本気を出されると、手加減しにくいんだけどね」

「自分達は貴方の本気を一度見ていますから。あまり手を抜いていると勝っちゃいますよ」


 きれいな戦い方をしているアンルートに向けて、右足でハイキックを放った。

木盾で止められてしまったが、相手は剣の使い手であるアーノルド家が行った体術に驚いたのだろう。

一瞬動きを止めたので、今度はローキックを狙ってみる。

当てる事に意識をしたので、ダメージはほとんどないようだけど、剣での戦いよりよっぽど分があると思った。


 今までの動きで相手は18歳、こちらは11歳の体だけど、力勝負とスピード勝負はほぼ互角だった。

アンルートの剣の技術は凄いけれど、こちらはアーノルド流の剣術なので、技術をカバーする技でかろうじて互角に持ち込んでいた。こちらの利点と言えば、小柄という事と自分の情報を知らない事による意外性である。

ローキックの後やってきた剣を、体を斜めにして避けると、そのまま側転とバク転で大きく距離を取った。


「君はなかなか面白いね。これは剣術の試合ではなくて、デュエルだったね。アキラ君、いくよ」

「はい、負けません」


 アンルートが集中していて、一言「加速」と唱えた。

この技は一度見せて貰ったのだ。無様に直撃を食らうことはしない。

剣をしっかり握り、半身だけ左に移動する。動き出す瞬間の動作までは確認できるので、このタイミングがベストだった。

やってくる疾風が右の半身をかち上げる。下から来た衝撃をかろうじて踏ん張り、左手に残った剣を右下方向に振り下ろした。

こちらは脇腹を少し強めに打たれ、アンルートは無防備な背中に一撃を受けた。


 お互い致命的な一撃ではないけれど、初めて打撃らしい打撃を受けた。

右手で脇腹を触ると、ヒールを唱えてダメージを和らげる。

「多芸だね。怪我させないように戦うのは難しいな」

「余裕ですね。後一回、場外で終わりですよ」

「そうだね。じゃあ、条件を同じにしようか」


 蹲った姿勢から水平に、地面スレスレに剣を薙ぐアンルート。

こちらもまだ剣を正しい位置で握っていなかったので、ジャンプで避けるのが精一杯だった。

アンルートはすぐに盾を後方に放り剣を放すと、着地地点の自分の襟を掴み、絞めるように場外まで移動させられた。

「これでも元騎士だからね。色々な捕縛術は習っているんだよ」

「さっきまで騎士だったのに……。切り替え早いですね」

この体勢になってしまっては手も足もでない。宙に浮かされた状態で投げられると、場外の宣告を受けた。


 最後の仕切りなおしだった。これで場外に出たらアウト。そして、敗北宣言をしてもアウトだ。

開始線に立っているアンルートは、審判による開始の合図を前に集中している。

あの魔法は、一直線に突進するだけの魔法だと分かっている。それは発動時に半身移動しただけで、目標がずれた事で明らかだった。相手は元騎士、こちらは現魔法使い。魔法勝負で負ける訳にはいかない。


 開始線でお互いが、審判の合図を待っていた。そして、その時が訪れた。

「開始!」

「かそ……」

その瞬間、リープの魔法を発動し低空飛行のように長距離ジャンプをすると、一瞬姿が掻き消えて中央線を越える。

そして中央線からのジャンプが次のマークの位置を通過すると、弾丸ロケットのようにアンルートの鳩尾めがけて11歳の小さな砲弾が飛んでいった。加速の魔法が発動したと同時に到着した衝撃は、逃げようもないものだった。

小さな子の攻撃で一番痛いもの、それは予期せぬ間合いによる予期せぬ打撃。

いきなり放ったア○パンチ程痛いものはない。それが、リープの魔法によって、認識できない速度になったのだ。


 衝撃を受けながら、砂煙を上げ後方に下がっていくアンルート。

その衝撃は重くも、今までの訓練によって何とかライン際までで食い止めた。

後は、この受け止めた子供を、ラインの外に出すだけだと思った。

「アーノルドは負けてはいけないんです。だからごめんなさい」


 頭を鳩尾に置いた姿勢のまま、アンルートの両足に置いた手で、麻痺パラライズと唱えた。

神聖魔法なのに、何でこの魔法を覚えたのかは良く分からない。

多分、麻酔の魔法と間違えたのだろうと思いつつ、最終手段として取っていた魔法だった。

お互い見つめあう、その時間は一秒にも満たなかっただろう。

軽くアンルートを押すと、尻餅をつくようにラインの外に腰を下ろしてしまった。

「勝者、アーノルド家!」審判が高らかに宣言すると、アーノルド家側のテントから拍手が起こった。


「この勝負は無効だ。こんな子供が勝てるはずがない。何か不正を行ったはずだ」

「リッセル子爵殿、これは正式なデュエルです。この結果は王国にもきちんと報告させて頂きます」

「それは困るな。俺達はリッセル家側の勝利を見に来たんだからな」

突然、リッセル家側の後方にいた護衛らしき男達がやってきた。


 すると、今度はアーノルド家側のテントからもグレーのフード付ローブを着た者が出てきた。

「この勝負、私も不満である」

「おう、話が分かるじゃねーか。じゃあ、手っ取り早く生き残った方が勝ちと……」

「お前はバカか。不満なのは勝負の方法であり、勝敗はついている。リッセルよ、このデュエル恥ずかしくないのか?」

「貴様、何者だ。勝負が不満ならば、取り直しをすれば良いではないか」


 フード付ローブの者がフードを下ろす。すると、現れた顔はローランド王子だった。

「なっ……。ローランド……さま」

「デュエルとは神聖な物だ。そうであろう?」

「はっ、貴族家による争いを回避する為の解決手段かと」

後方から更にフードを下ろしてやってきたのは、『聖母』と『まどろみの導き手』だった。


「この勝負、公式の記録に残す事を禁ずる。また、未成年を戦わせる前例を作ってはならない」

「で、では。この勝負はなかったことに……」

「そもそも、この勝負は何のためにしている?」

「はっ、それはレイシアさまをお助けする為。そして、賛同者を募り王家への復権……」


「それはまずありえない。王家にも王家を律する法律がある。なあ、ポライト婦人」

「ええ、それは本当です。そして、以前『聖母』さまの件で嘆願し、己の無力さを知りました」

「いいのですよ。私は幸せですから」

勢いを削がれた護衛は静かに話を聴いていた。


「では、レイシアに問おう」

「はい、お兄さま」

「お前は今幸せか?」

「はい、とても」

「スチュアート。どういう理由にせよ、領内及び近隣の領に迷惑をかけたのはお前の罪だ。そこで、一度王都でパーティーを開く事を命ずる。出席者はローラと相談せよ。そこでこれ以上ないくらいに見せつけてやれ」

「はっ、承りました」


「そちらのフードの者達もそれで良いか? 今は詮索することはしない。このまま帰るなら見逃してやろう」

「俺達は関係ねぇ。おう、帰るぞ」

前に出てきた護衛がすごすご帰ると、フード付の男達も帰宅を始める。

残ったリッセル子爵とナーゲル男爵が頭を下げ固まっていると、アンルートが王子の前に立ち騎士の礼を取る。


「そなたにも迷惑をかけた。今の話を聞いていたと思うが、騎士への復職は考えておらぬか?」

「はっ、この戦いを選んだのは私です。負けたとはいえ、子供相手に剣を向けるような者は騎士に相応しくありません」

「そうか。では、せめてもの償いに、何か希望があれば聞こう」

「個人的な事でも宜しいでしょうか?」

「叶えられるかどうかはわからんぞ」

「実は想い人がおりまして。ナーゲル男爵さま、お嬢さんと結婚したいと思っています」


 突然の告白に、リッセル子爵とナーゲル男爵が固まっていた。

ナーゲル男爵家の時期当主である長子も知らなかったようで、当の本人である少女は無表情なままだった。

「どうだ、ナーゲル。今回の事は他言無用とするならば、この婚姻祝福をしたいと思っておるが」

「はっ、当家は問題ありませんが……。リッセルさま、如何でしょうか?」

「仕方あるまい。アンルートは次男だが、この婚姻認めよう」


 かくして、この一連の騒動は収束した……かに見えた。

多忙により動けないはずの王子がアーノルド領に現れ、すぐに王都にいたことにより、王子の影武者説や裏近衛のような影で動く組織があるなど、実しやかに噂になった。


 そして、この事件の一ヶ月後にリッセル子爵が毒により死亡した。突然の訃報により、急遽長子が子爵を継承した。

婚約という形で落ち着いていたアンルートとナーゲル男爵家の娘だが、リッセル子爵の意思を尊重し、喪が明けぬうちに結婚をした。すると、一ヶ月も経たないうちに、この二人を除くナーゲル男爵一族が強盗により死亡した。


 アンルートは婿養子という立場になり、ナーゲル男爵家を継いだという報告が来たのは、この騒動の半年後だった。

これは『アーノルド家の呪い』として噂になり、王家からの不興と共にアーノルド家に関わってはいけないと、多くの貴族家に広まった。


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