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007:パーティーの始まり

 ズンチャッチャ・ズンチャッチャとラジカセから音楽が流れてくる。

「ハイ、123・223。そこで止まって客席へのアピール……、そうその溜めは大事よ」レイシアは普段の穏やかな雰囲気から一変して、鬼教官の様相を覗かせていた。

「ミーシャも気持ちを緩めない! 123・223」ウォルフは興味深げにCDラジカセを見ていた。

「なあ、これどんな魔法なんだ」と聞いてきたが、一瞬でも気を抜くと激しいシャドー練習の宿題が積み重なっていく。


 やがて安定して見てられるようになった頃にスチュアートがやってくる。

踊りが一区切りするまでじっくり見学した後、パンパンと二回手を叩いたかと思うとホールドの姿勢を取る。

するとレイシアがパァァァァと喜びを顕にし、目の前に立つと踊りが始まる合図をスカート裾を摘んでした。

かつて社交界の話題を二人占めした、伝説のカップルが踊りだしたのだ。

貫禄が違うと言えばそれまでだろう。華やかさの中に可憐な乙女がいて、激しさの中に全てを包み込む勇猛な男がいた。


 この世界でも多くの踊りがあった。地球の社交ダンスで言うならば、『ワルツ』は貴族としての必修の踊りだった。

他には『スローフォックストロット・タンゴ・ルンバ・パソドブレ』などがあるようだが、あまり踊られることはない。

この世界のパソドブレは闘牛をモチーフにしているのではなく、『勇者と女性魔王の恋と戦い』をモチーフとしていた。

もっとも、多くの貴族が踊れても1~3種類が精々で、パソドブレはよっぽど踊りに傾倒していないと手を出さない踊りだった。しかし、それを簡単に踊るスチュアートとレイシアの踊りは家族から尊敬の眼差しを一身に浴びていた。


 へたに「社交ダンスが出来る音楽を準備して欲しい」と依頼してしまったので、CDラジカセとダンス全集というCDセットまで準備されてしまった。ミーシャが「学園に行きたい」と言い出してからかなりの時間をダンスと行儀作法に費やしていた。

この時相手として選ばれたのが自分で、ロロンを含めて家族総出で貴族としての下地を作っていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ズンチャッチャ・ズンチャッチャ、チャーララララー。

会場に音楽が鳴り響き、一組のカップルがフロアの中央までやってきて、主賓の皆さんへお辞儀をする。

やってきたのはルシャン侯爵家のセルジェンとカップルの女性で、決められた短い時間を踊り司会席まで歩き出した。

次に4組、その次に9組と家格が上位の者から入場していく。


 セルジェンは主賓の紹介をしていき、その間の音量は絞られて演奏されている。

生徒がメインである学園のダンスパーティーでは、大物は基本的に来賓として参加する事をやんわりと禁止されている。

学園には王国より援助が入っているので、たまに来賓として財務官や騎士団長がやってくることもあった。

学園長は当然として主催の家の者、協賛として結びつきのある豪商が列席することもあった。

今日の主賓は王子が来ている、またその隣にはレイシアが澄ました顔をして座っていた。


 全員が入場すると一旦音楽が止まる。大体3名前後の挨拶が終わった後、本格的にダンスパーティーの時間となる。

セルジェンが司会として出来る最敬礼で王子に挨拶をお願いすると、全員緊張した面持ちで王子に向かい礼を取る。


「皆、楽にしてくれ。本来私がここに来るのが場違いなのだ、今回強く希望したのだが皆に緊張を強いるのは本意ではない。まずはそれを許して欲しい。貴族として皆のこれからの活躍は父と共に期待している、ダンスを失敗したくらいでは家に迷惑はかからないから安心してくれ。まずは楽しい一夜を。それとセルジェン、本日まで準備は大変だっただろうご苦労だった」

感極まったセルジェンの瞳は軽く潤んでいた。


 次にルシャン家当主から挨拶が始まる。

「セルジェンに過分なお言葉を戴きありがとうございます。来賓の皆様・関係者の皆様・学園の生徒さん、本日は楽しい一時をお過ごしください。またこの場を借りまして協賛戴きました王国とアーノルド家に感謝を申し上げます。アーノルド家よりワインと葡萄ジュースを届けていただきました、併せてお楽しみください」レイシアが立ち上がりゆっくりと礼をする、その後は楽団の紹介と料理・会場の説明が軽く行われた。


 セルジェンは三人目としてレイシアに挨拶をお願いした、勿論事前に依頼はしてあったようだ。

「先程もご紹介戴きましたアーノルド家のレイシアです。まずはお酒の飲みすぎ強要はご遠慮願います。本日はあくまで生徒が主役なので、大人は節度ある支援と指導をお願い致します。王国を共に支える貴族、今日くらいは家柄も忘れて共に楽しい思い出を作れればと思います」三十路を超えた今でも絶大な人気を誇るレイシアだが、敵対せざるを得ない家も当然存在する。

儚く弱弱しかった『王家の珠玉』は母になって更に輝きを増していた。


 ズンチャッチャ・ズンチャッチャ、チャーララララー。

挨拶が終わるとセレモニーダンスが始まる、学園より選ばれた華のある4組の男女がフロアに入場する。

「ウォルフー、頑張れー」、レイシアが叫ぶと立ち止まりおでこに手をやるウォルフ。

会場に笑いが起こるとステイシアの緊張も解けていった。

「さあ、参りましょうウォルフさま」

「ああ、みっともない所を見せたね。踊りで挽回するから見逃して欲しい」

「大丈夫ですわ」


 4組のダンスが始まると、周りからは様々な賞賛の言葉で埋め尽くされる。

最初は女性の衣装の話があがり、人気の男性・女性の話になる。しばらく踊りが進むと踊りの技術とカップルとしての相性の話になった。

セルジェンのダンスも華やかに見え、4組とも甲乙つけがたい踊りをしていた。

会場の広さはかなりの大きさだが始終その場にいる必要はない、踊りが苦手なもの・カップル申請が失敗したもの・飲食や話に華が咲くものも多くいるので、エリアごとに休憩場所などを設けられていた。


「ウォルフお兄さま、気合入っていますね」

「ああ、ステイシア嬢も今日は緊張が取れていて良い踊りだね」

「アキラ兄さま、見過ぎです」

「え? ……ウォルフの活躍はちゃんとみないと。なぁロロン」

「うん、お兄ちゃん達はいつ踊るの?」

「僕達は後3回後かなぁ? ミーシャ行く前になったら教えてね」

「わかりましたわ」


 ここでも家格的に上位の者から踊ることになる。

主賓は早く帰る事が多く、アピールするには早いほうが良いからだ。

ウォルフはカップルになっている、ティーンバレー伯爵家が勢いのある家なので早めに踊っていた。

勿論、踊りに華があるのが大きいのだが学園も表立って贔屓は出来ない。丁度良い相手を選んでくれて安心した事だろう。レイシアが上から降りてきてこちらの集まりにやってきた。

踊りを終えたウォルフとステイシアがこちらに合流すると、ハイテンションのまま「どうだった?」と聞いてくる。


「格好よかったよ、今まで見た中で一番かな?」

「うん、僕もそう思うよ」

「ステイシアさまも素敵でしたわ」

「ありがとうございます」

「本当にうちの子とぴったり息があっていたわ」

「あり……あ、えと。初めてお目にかかります、わ……わたしは」


ド緊張しているステイシアに、レイシアは葡萄ジュースを差し出した。

「あ……美味しい」

「ありがと、うちの自慢の一品よ」

再び状況を思い出したのか自己紹介を始めたステイシアに、レイシアは「かわいい」と言って抱きしめる。

「あ、汗がついちゃいます」と慌てているステイシアは為すがままにされていた。


 この一角はかなりの注目を浴びていた。挨拶に来る大人は何名かいたが、全て一言二言で澄まされていた。

生徒が主役のダンスパーティーでレイシアに挨拶にくるのは筋違いだからだ。

そして生徒も挨拶したさそうにしている者が何名かいたが、レイシアの醸し出す雰囲気に近寄れるものは少なかった。

男爵家の嫁といえば貴族として最下位だが、個人としてみれば王族は最上位だ。下位の物から上位の物へ声をかけるのはマナーとして重大なご法度であった。


 フロアはしばらく上位者のダンスで盛り上がっている。

「アキラ兄さま、久しぶりにいいですか?」

「ああ、別にいいよ」

椅子にチョコンと座るミーシャの髪を、櫛を使って丁寧に梳かしていく。

後ろ姿からは分からないが、ご機嫌な様子は雰囲気から伝わっててくる。

昔からこの櫛で整えてあげると、不機嫌でもニコニコになるのだった。


 何故かフロアではなくこちらに視線を感じる。

まあ、レイシアがいるので仕方がないかと諦めていたけど、どうやらそちらだけではない気もした。

すると勇気ある二人のミーシャの友達がやってきた。

「あ・・・あの、ミーシャ。私達にもご家族を紹介して頂けないかしら?」

どうやら知らないうちに微笑んでいたミーシャは、目を開けて友達二人を見た。


「あら、キャリーとミリア。ごめんなさい気が付かなかったわ」

「「いえ、いいのよ」」

「うちの兄弟だけでいいかしら? お母様まで紹介すると、周りが次々と来てしまいそうで」

「ええ、お願いできるかしら?」

「じゃあ紹介するわね、ウォルフお兄さまは学園に通っているから知っているわね。こちらがアキラ兄さま、そしてロロン挨拶しなさい」

「ロロンだよ、美人なお姉さま方宜しくね」

みんなが一斉にため息をついた。


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