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069:一触即発

 王国中の聖者が集まった後、王都では静かなるブームが起こっていた。

噴水近くで聖者達の名前が呼び上げられた時、聖者達はグレーのローブにフードを被っていた。

元々は協会に入ったばかりの新人が、協会の仕事をする時に着る作業着のようなもので、汚れ仕事をしても大丈夫なようにグレーに染められていた。教会内で頑張れば自然と地位も上がる。

地位があがった際には人々の話を聞いてもらうのに相応しいように、落ち着いた色のローブに切り替える協会職員が多かった。


 では、地位が上がった職員は力仕事や清掃活動など、地味で目立たない仕事はしないのか?

そんな時に良く使っているのが、このグレーのフード付ローブだった。

主に子供が親に強請ってフードをつけてもらい、聖者ごっこをしながら女神さまの話を披露する。

それは王都で良く見る光景であり、誰が見ても微笑ましいものだった。


 王都での特訓は無事終わった。

この期間、魔法の講義を休むとサリアル先生に伝えると、「無理をしないように頑張るのですよ」と笑っていた。

やっぱりアーノルド家の事情を知っているのか、それとも巻き込まれるのは魔法科の特待生の伝統なのか。

今度リュージの話をサリアル先生に聞いてみるのも、面白いかもしれないと思った。


 特訓は結局三人がかりになった。

最初、アンルートの戦い方と弱点を教えようか? とマイクロが聞いてきたが、きっぱり断ることにした。

一度戦闘を見せてもらったし、明らかな弱点があるようには見えない。

もし、その弱点を知った事で自分に迷いが出るようなら、最初から聞かない方が戦いやすいと思う。

まずマイクロがアンルートの経歴を話し、それに対してどう戦うか聞いてきた。


 ロロンと自分の共闘で、アンルートは一人。

もしロロンが前面に立てるなら、弓や槍を持ってロロンをサポートしつつ、回復魔法を使えば勝機が見えるはずだ。

ただ、やる気を見せているロロンには悪いけど、戦力に数える訳にはいかない。

そして、アンルートの性格を考えるなら、ロロンに傷一つ負わせずに無力化をするはずだ。

ロロンも多分それを分かっていると思うので、彼のやりたいように任せようと思う。


「では、一対一の真剣勝負を考えるんだな」

「はい。ただ、技量の差がありますので、対策は立てようと思います」

「おやっさん、まずは本気のアーノルドの戦いを見せようぜ」

「マイクロ、年寄りを働かせるつもりか?」

「教えたいって言ったのはおやっさんじゃないか。実際、ダールスのおっさんと、戦える程の訓練はしているんだろ」

「それは秘密だ。アキラ、今日見た事はスチュアートにも他言無用だぞ」


 一言で言えば圧巻だった。全ての技術が高いのは勿論だけど、圧倒的に地面に足がついている時間が短いのが印象的だった。

守りに徹したマイクロを四方八方から攻め続けると、マイクロの背後から木製の短剣がセルヴィスに向けて飛んでいく。

落ち着いて処理をしたのは分かるけど、飛んでいる短剣が運動エネルギーを失って、何故か軽く浮き上がっていたのは驚いた。

宙に浮いた四本の木製短剣を一閃すると、マイクロを器用に避けて後ろのヘルツに飛んでいく。

マイクロが落とせたのは二本までで、ヘルツは一本を手刀で落とし一本を頬に掠らせていた。


 鬼神と化したセルヴィスに立ち向かう、ただそれだけの訓練だった。

お爺さま、マジで怖いマジで怖いマジで怖い。最初はマイクロとヘルツでセルヴィスのギアを上げ、徐々に二人が抜けていく。

マイクロとヘルツには歩法を習い、途中踊るように避けろとか飛べとか無茶を言われた。

神聖魔法の回復を使えると言ったのが悪かったのか? 途中自分で回復出来る事がバレると、『限界までやっても大丈夫そうだ』という結論に至ったようだ。


 初日、二日目と訳も分からずボロボロになり、三日目で歩法を習い、四日目には何故か壁の上り方などを習った。

それも止まっているその場から上るのではなく、迫ってくるセルヴィスから逃げる為、走りながら極僅かな出っ張りにジャンプして足を掛け、そこから更に飛んで壁の上部に手を掛け壁の上を逃げろという。

決して飛び越えてはいけないと言われ、まるで忍者の修行をしているようだった。

残り数日も結果的には逃げるというか避ける訓練をしていたが、壁に逃げる際に殺気をぶつけられてしまい、正面から心構えをした方がマシだという事が分かった。どんな強者でも背を見せてしまえば勝算はなくなってしまう。


 騎士の理想系であるマイクロを攻めていた、セルヴィスの動きを一週間十分に見れただけでも満足だ。

それにしても、セルヴィスが鬼神のような戦い方をしていたのには驚いた。

スチュアートと共通する部分はあるけれど、アーノルド家の情熱を感じる剣に感動さえ覚えた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これは王国公認のデュエルです。何人たりともこの決断に異を唱えることは出来ません」

「承知しました」

「スチュアート殿、ここで一つ条件を追加したいのだが……」

「ナーゲル男爵、直前で条件を追加するのは如何かと」

「なーに、難しい事ではないさ。このデュエルでは私達に直接の利益はない。そこで勝利した際には、ミーシャ嬢との婚約をどちらかの家と結んで欲しい」

「リッセル子爵さま。そうなると、対等な条件としては、こちらが勝利した際にはミーシャとの婚約はなくなりますよ。それでも宜しいのでしょうか?」

「それは……」

「構わぬだろう。こちらの勝利は揺るがないので了承しよう」


 文官は条件が追加された事を正式に了承した。

戦闘他は先方の条件を飲んだので、デュエルの会場はアーノルド男爵領の冒険者ギルドで行う事になった。

一般の冒険者は人払いして、コートの周りには簡易テントがありイスが並んでいる。

テントは二張りあり、来客はそこに座れるようになっていた。


 リッセル子爵とナーゲル男爵の方は、子供や親戚なども呼んでいるようで、その後ろにはグレーのフード付ローブを着た人々がいた。高位の貴族が持つ物腰のようで、おつきの侍女や物騒な傷をつけた男など、その周りにいる者は多種多様だった。

中でも異彩を放ったのが、ナーゲル男爵家の娘で車椅子に乗っていた。


 これはリュージ率いる使節団が行った際、相談をした事案は領内の事ではなく娘の足についてだった。

リュージの発案で車軸職人や鍛治・裁縫職人が協力して作り、そこに魔道具の技術を使い前進・バックが可能になったのだ。

操作をしていない時はずっとブレーキが利いていて、手の置き場にある宝石に魔力を通した時だけ、ブレーキが解除され進む事が出来るという一点ものの車椅子だった。ナーゲル男爵は事あるごとに娘を連れて行き、この車椅子を自慢していた。

無表情な顔をしている娘はまだ成人前で、本来なら何をするのにも楽しい頃だというのに、感情をなくしてしまっているようにも見える。


 アーノルド家側のテントでは、最前列にレイシアとミーシャが並んでいた。

その隣には隣接する貴族家である、メナール男爵とグレイス男爵がいた。また、ポライト男爵夫人も同席していた。

後列には向こうと同じように、グレーのフード付ローブを着た人々がいた。

ナーゲル男爵はこちらのフードを取るように言うと、スチュアートはそちらも取るなら了承すると言い、ナーゲル男爵は発言を取り下げた。


「ナーゲルよ、余計な事はするな」

「はっ、申し訳ございません。それにしても、高位貴族家の者はおりませんね」

「それについては問題ない。日程が決まる前から、徐々に高位の貴族程動けないようにしておる」

「ここまで来るのに、ある程度距離の問題がありますからね」

「向こうはポライト夫人のみか。王家に顔が利くからといって、たかが男爵家の妻だ。気にする程のことでもないだろう」


 審判はギルド長が行い、ラインズマンとして二人の男性がライン際に立つ。

ラインズマンは大きな旗を持っており、緊急時にはこの旗で魔法を逸らしたり、攻撃に割り込んだりする。

文官の要請により、周囲から割り込む余地はほとんどない。

まずはリッセル子爵の息子であるアンルートが姿を現すと、片側のテントから大きな拍手が巻き起こった。


 一般的な木剣と円形の木盾を持ってきたアンルート。

ギルド長が念入りに確認し、スチュアートとリッセル子爵も確認をした。

おかしな所は何もなく、武器の確認をしている間に、ギルド長は他の危険物を持っていないか確認していた。


 次に自分とロロンが登場すると、会場はざわざわしていた。

「おい、子供が出てきたぞ」

「リッセルは何を考えているんだ」

「皆さま、ご静粛に。これは王家も認めたデュエルです。そもそも、貴族家とは何時いかなる時も、求めに応じて戦えるよう準備をしておくべきもの。私達の命もいつ失うか分かりません。子供だからといって、普段から準備するのが貴族というものです」


 リッセル子爵側が静かになると、ポライト男爵夫人が憤りを顕にした。

「王家が認めたというならそこは我慢しましょう。アンルートさんとおっしゃいましたね。貴方は騎士としてこの子達と戦えるのですか?」

「これはポライト婦人、正直私も気乗りしません。しかし、これは止むに止まれぬ事情があると聞いています。私もこの戦いをするにあたり騎士の職を辞するつもりです」

「アンルート殿、ここで起きた事は記録して報告することになりますが」

「文官さま、構いません。ポライト婦人、きちんとした勝負をする事と大怪我を負わせないように心掛けますので、どうか勝敗を見守ってください」

「分かりました。貴方達の戦い、しかと見届けましょう」


 自分とロロンは木剣をギルド長に渡す。スチュアートとリッセル子爵も確認したが、子供が振れる程の剣なので剣身は短かった。

おかしな所は特になく、武器を確認している間に、ギルド長から身体検査を受けていた。

コートに立つと文官より説明が始まった。長くなるのはデュエル特有の儀式のようなものであり、お互いに異論を出さない為のものだった。最後に戦闘についての説明が始まった。


 コートの広さを説明した後、お互いに問題ないか確認された。

これは王国で模擬戦闘をする時の一般的なものであり、双方異論は出なかった。

戦闘は今持っている武器または無手の状態でしか行えず、衣服を使った締め技は有効だが、脱いだ衣服で拘束や絞めるという使い方はしてはいけない。殺害したら反則負けになり、場外へ二回出ると負けになる。

アーノルド家は二人なので、一人が二回出るとその者が負けになり退場となる。二人が退場すると負けになる。

場外になった場合は開始線の場所に戻り、仕切り直しとなる。


 時間は無制限で、日が暮れるまでに決着がつかない時は、審判の判断により優勢勝ちをコールする。

その際の勝者に与えられる条件に変更はない。今は午前中なので日が暮れるまで決着がつかないという事はありえなかった。

ロロンはあまり話を聞いていないようで、念入りに柔軟運動をしていた。

この説明はセンターラインで聞いている。

使うかどうか分からないけど、この場所を十分記憶しておいた。


「それじゃあ、そろそろ始めようか。ロロンくんも良いかな?」

「うん、アンルートお兄ちゃん」

「二人とも、出来れば怪我しないうちに、早めに降参して欲しいな。後は僕に任せてもらえれば」

「双方、これはデュエルである。談合とも思われる行為は慎むように」


 ギルド長の注意に、アンルートが木剣を持ち開始線まで下がった。

スチュアートとリッセル子爵はそれぞれのテントまで戻り、ロロンと一緒に開始線まで行くとロロンが頷いた。

「それではデュエルを始める。始め!」

ギルド長の開始の合図にロロンが大きな声で、「一手ご指南お願いします」と叫んだ。


 事前のロロンからのお願いを受け、自分は木剣を抜いてライン際まで下がった。

これはアンルートとロロンの戦いを邪魔しない事のアピールであり、アンルートがスチュアートに挑んだように、憧れの剣士に対するロロンの、最上の敬意の払い方だった。本来ならロロンを守りながら活路を見出すのが得策だと思っていた。

だが、ロロンは自分が足手まといになると分かっていたのか、共闘は邪魔になってしまうから出来る範囲で頑張ると言ってくれた。


 それは実際の戦い方を見せるのか、弱点を探すのかは分からない。

事情を知らされていないロロンでさえも、この戦いを投げることはしない。

アンルートの誠実さは信用に値するとは思うけど、この戦いは勝って終わらせたいと思った。


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