068:いまできること
新年を迎えて少しすると引越しを行い、その後は本邸のみんなと交流を深め、近隣の貴族家との新年会になった。
それまでに学院の講義も始まり、ラトリによる剣の修行もウォルフと一緒に開始した。
週末にはダンスホールのアルバイトと、新年から忙しい日々を送っていた。
ミーシャとロロンは新しい遊び相手と家庭教師がつき、一緒に遊ぶ時は日を決めるようになった。
ウォルフは相変わらず、剣の稽古を熱心に取り組んでいる。
一月も後半になり、新年会の終わりにアーノルド家の異変に気がついた。
新年会で子供達の話題は主に貴族家が通う学園の話であり、アンルートという男性が上手く話をリードして楽しく過ごす事が出来ていた。後半の方で大人達の会話の声が次第に大きくなり、リッセル子爵とナーゲル男爵が息子達を連れていくと、なんとも言えない空気が漂っていた。残ったグレイス男爵家とメナール男爵家達も、その後は少し話したくらいですぐに帰ってしまった。
春風のような笑顔を常時キープしているスチュアートだが、長い期間一緒に過ごせば小さな感情の揺れも分かってしまう。
一人の時を狙って話を聞きに行くと、どうやらレイシアとミーシャについて、周囲からいらぬ介入を受けているようだった。
自分はアーノルド家の一員になって、各方面から良い噂や悪い噂をよく聞いていた。
家族になったので本当の事情は二人から聞いているけれど、率直な感想を言えば美男美女がくっついたやっかみだろうと思った。
王族と近衛騎士、映画で言うならばボ○ィーガードのような話なのだろうか?
特別な賊に狙われた訳でも、吊り橋効果なシチュエーション等は特になく、社交界で出会いお互いに魅かれただけだった。
そして二人は関係を鑑みて、それぞれが重荷を背負ったのだ。
だから、レイシアが王家を辞めて男爵夫人になったのも、ウォルフ・ミーシャ・ロロンに王位継承権がないのも問題はなかった。
ところが、この『血の決断』が状況を難しくさせていた。
二人の聖者がやってくると、一緒にやってきた文官が話を進めることになった。
このままで済むはずはないと思っていたスチュアートは、ウォルフと自分に状況を伝えてきた。
ミーシャは当事者だし、ロロンはまだ幼いので、伝えるのは酷だろう。
ウォルフと相談し自分達に出来るのは、『昨日より強くなる事』だと話すと稽古により熱心になった。
そして、交渉に行った文官は二人を伴って戻ってきた。
まだ事情は聞いていないけど、アンルートが来て稽古を見るようにと言われたので、多分彼が対戦相手になると思った。
アーノルド男爵領の稽古はレベルが高いと思う。それは学院の稽古が小さい子供に広く教えるのに対して、男爵領の稽古では将来の冒険者や騎士になるなど、明確な目的がやる気に繋がっていたからだ。
王都で騎士になるには、家柄等も過分に加味されている。
スチュアートとアンルートの戦いは、『そよ風』対『突風』だった。
一見『突風』のほうが強いように見えるけど、『暖簾に腕押し』『柳に風』と悉く攻撃をいなしていた。
アンルートの剣術が拙いという事ではない。凄すぎる技術は、得てして誰でも出来るように錯覚してしまう。
それは剣の基本が出来ていて、心構えが出来ているということだ。
ウォルフと剣術を一緒に勉強するようになって、初めて気がついた事だけど、当たり前の事が当たり前に出来るのは凄い事だ。
最後にアンルートが何か呟いたと思うと、一瞬のうちにアンルートの木剣が宙に舞い勝負は終わった。
きっと最後の一瞬に賭けたアンルートの一撃を、ほんの一瞬本気を出して巻き技で勝負をつけたんだと思う。
それ程にアンルートの最後の一撃には目を見張るものがあり、だから負けても笑っていられたんだと思う。
スチュアートに抱きついたロロンもすぐに離れ、「お兄ちゃんかっこいい!」とアンルートに抱きついていた。
「弱ったな。こんな可愛い弟がいたら嬉しくなってしまうね」
「良い一撃だったよ。最後のは正直、上手くいってほっとしてる」
「またまた、ご謙遜を。マイクロさんに良い土産話が出来ました」
「君とは違う立場で会いたかったね」
「きっと、多くの見学者が来ますので、良い人選をお願いします」
深々と礼をしたアンルートは、軽快な足取りで帰っていった。
「レイシア、ソルト。二人を頼むよ」
「はい、あなた。期待しております」
「かしこまりました」
レイシアとソルトは、ミーシャとロロンを連れて部屋に戻っていく。
何件かパーティーの案内が来ているようで、ウォルフよりミーシャとロロンの方が、ウケが良いようだ。
11歳という年齢なので、ウォルフもパーティーより剣術の方が、気が楽なのだろう。
スチュアートはウォルフと自分に話があるようだった。
「……という事になったんだ。正直、まともな方法でデュエルをして貰えるとは思わなかったけどね」
「それにしても、相手は18歳でアキラ狙いとは卑怯だ」
怒ってくれているウォルフが、最近パーティーを組んだ騎士科の特待生とダブった。
パーティーの盾として頑張ってくれた彼を思い出して、少し冷静に考える事が出来た。
「この男爵領には技術的に優れている子や、長年稽古を積んでいる者など沢山いる。ラトリも18歳前後だと記憶しているけど……、正直言って彼らに重荷を背負わす事は出来ないね」
「デュエルは決定事項なんですか?」
「うん、こちらから言い出した事だし、条件云々じゃないんだ。昔レイシアに『全てを守る』って言っちゃったしね」
「初耳です父さま。母さまは何とおっしゃったのですか?」
「ああ、恥ずかしい事をばらしちゃったか。レイシアはね、『もう守られるだけの、弱い存在にはなりたくないの。私も共に戦うわ』って言ったんだよ。だから、これは僕達が戦うべき定めなんだ」
「アキラ君、さっきの戦いを見てどう思った?」
「はい。アンルートさんはかなり技術があって、ただフェイントとかあまり好きじゃなさそうなタイプですね」
「へぇ、その根拠は?」
「実力差があったら、弱点をついたり探したりするタイプと、今の自分がここまで出来るというのをぶつけるタイプがいると思うんです」
「そうだね。彼はそういう意味では愚直なタイプかもしれない」
「狙うとしたらそこでしょうね。スピードも速くて正確でしたが、スチュアートさんとの稽古程じゃなかったし」
「アキラはさっきの戦いを見て、勝算はあると思ったのか?」
「同じ条件で同じように戦えと言われたら無理だよ。でも、勝てなくはないかな?」
「よし、アキラ君。頼まれてくれないかな? 僕達の戦いは、この先もずっと続くから重く考えなくていいよ」
こんな重い内容でも優しい笑顔を向けてくる。
ウォルフも乗り出して、特訓に付き合うと言ってくれた。
「ああ、ウォルフ。今回アキラ君が受けてくれるなら、特訓先は決めているんだ」
「父さま、それは俺も行けないんですか?」
「今回は緊急事態だからね。学園に通うようになったら、紹介状を書いてあげるよ」
二人がこちらをじっと見てくる。スチュアートはきっと、正確に自分の実力を見た上で言ってくれているのだろう。
その上で稽古先を確保してくれるということは、勝算は十分にあると思った。
「分かりました」と二人に告げると、折角だからロロンも参加させると言っていた。
新年を迎えて自分が11歳になりロロンが7歳になった。合計すると18歳であり、アンルートと同じ年齢になる。
ウォルフがロロンの特訓相手になるようで、自分は特訓先へ行くためにメッセンジャーボーイをすることになった。
翌日起きると、朝食の時に何通か手紙を渡された。
この手紙はレターセット他文具の詰め合わせをおっさんに届けてもらったので、普段使いが出来ない相手に送るには最適だと思いスチュアートに預けていたものだ。封蝋はマストらしいので、内容を確認することは出来なかった。
何通か預かっており、宛先は『王子・セルヴィス・ローラ』だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうか、そんな事になっているのか」
「はい、お爺さま。この後、特訓をしないとなんです」
「困ったもんだ。息子達には穏やかに男爵領を治めて欲しいのに……」
「今回は自分が頑張ります。ロロンも力になってくれるようなので」
「無理だけはするな。少し待っておれ」
セルヴィスは大きな声でヘルツを呼ぶと、近くを通った猫が振り返ってニャーと鳴いた。
少しするとヘルツがやってきて、「おやっさん、アキラ。学院で少し待っててくれ」と言うと、王子とローラ宛の手紙を持っていった。
今日の一限目の講師は、サリアル先生だった。
魔法の講義を受けていると、いかに今まで魔法が上手く使えていなかったかが分かるようになった。
最近の課題は、ものを召喚するにあたって、細かく指定して出したり、元の場所に戻したりする事だった。
送り返す場所はルームの中になる。召喚と送還はセットのようで、多分だけど契約した動物とかを呼び寄せる事も出来ると思う。
じゃあ、契約って何だ? と言われるとよくは分からないけどね。
本当は次のワァダ先生の講義を受けたかったけど、呼び出しがかかったので指定の部屋に向かった。
「アキラ、大変な事になったな」
「ローランドさま、ご機嫌……」
「アキラ、子供は子供らしくするもんだ。まあ、その子供に頼る事になるのだがな」
指定された部屋にいたのは、王子・ローラ・マイクロ・ヘルツ・セルヴィスだった。
このメンバーで自分が同席して良いかは分からなかったけど、呼ばれたのには理由があるはずだった。
「さて、まずは今までの経緯を掻い摘んで、どうするか決定事項を話そうか」
「お兄さま。まずは、アーノルド家が負けた場合は、当伯爵家がお姉さま一家を後見人として引き受けますわ。これは旦那さまにも了承を得ています」
「ありがとう。何もリッセル他、開戦派に渡す必要はない。王家を離れたとは言え、私達は家族だ。さすがに私が介入すると問題があるが、ローラなら問題ないだろう」
「アキラ君。そういう訳だから万が一でも心配はいらないわ」
「ローラさま、ありがとうございます」
「叔母さまと言わない所は偉いけど、さん付けで呼んで貰えると嬉しいわ」
「あー、今回の騒動に紛れて色々な物を放り込んできたスチュアートには言いたい事がある」
「王子、今それを言わなくても」
「ヘルツ、お前やリュージも色々と話していない事があるんじゃないか?」
「王子に嘘はついていませんよ」
「相変わらずだな……。今回色々と事情はあったが、スチュアートから最後に『家族の秘密は死んでも守ります』と書いてあった」
「生真面目な奴ですからね」
「ああ、俺達の子分でもあるがな」
「それはアキラとも家族になったから、色々な事に目を瞑れという事だろう」
そもそも文官が旅立ってから、自分が手紙を持ってくるまでのスパンがおかしいということ。
学院の特待生なので、セルヴィス家にお世話になっていると思ったら、実家から通っていること。
この手紙について、この世界に存在しないものであり、技術的にもどう評価したら良いか分からない。
ただ、薄さと軽さに驚き、きちんと情報を残せる点は評価すべきだった。
謎が多いアキラの情報を、何名かはきちんと理解している。
技術革新で言えば、リュージが来てからの日々の再来かと思うようなものばかりであった。
この事件が起きてなかったら、しっかり把握しておきたい事ばかりである。
ただ、スチュアートはその事には触れさせずに、各所に助けを求めたのだ。
「王子、男爵家より正式に来た依頼です。家族としての決断か、王家としての決断か。その判断によっては、俺達は王国ではなく子分の助けを優先したいと思います」
「……分かった。スチュアートやレイシアは家族だし、その子供達も等しく家族だ。ただ、それを踏まえた上で最善の方法を選択するぞ」
自分は王子の目をまっすぐ見て、セルヴィスの方を見た。セルヴィスが頷くと、みんなに時空間魔法が使える事を伝えた。
主に移動をする際に便利な魔法で、自分が覚えようと思った場所を記憶して、そこに行けるようになる魔法だった。
「この魔法が自国にあると分かっただけ良かった。もし他国にあったらと思うと恐怖しかないな。私達はその魔法を緊急時以外求めない。また、求めた際の決定権はアキラにある。それをもって罰する事は一切ないと誓おう」
「ありがとうございます」
「王家には王家の法がある。それは国家を守るものでもあり、貴族を統率するものだ。また、最高権力者として律しなければいけないものでもある」
「突然なにを?」
「ヘルツ、レイシアの件は今回初めてか?」
「いや、近年だとマザーという前例がいましたね」
マザーは元々王家の人間だが、現在公には王家とは関係をもっていない。
王家と協会自体が縁遠い存在であり、公務や儀式としてしか基本的には交流を行わない。
ただ、王家や貴族家の女性達は、ボランティアと称してよく協会の活動に参加する。
あれだけの人気を誇った『聖母』に、王家との繋がりの嘆願がなかったとは誰も信じる者がいないだろう。
王家の為の法律は、通常誰も知ることがない。
それを知っているのは、当人である王族と世話人及び教育係りをしたことがあるポライト男爵家。
そして、どうにもならない王を拝した時、緊急時に打倒王家の旗頭となる公爵家だけだった。
つまり、レイシアが王家に戻れるか知っているのはこの三家で、家格的にリッセル及びその背後の貴族家に言えるのは王家か公爵家しかない。
アーノルド家VSリッセル家&ナーゲル家が武力による解決ならば、その背後にいる貴族家と王家は情報戦となる。
約一週間くらいの特訓期間がありそうなので、誰が特訓してくれるか尋ねると、セルヴィスとマイクロとヘルツがそれぞれ手を上げて言い争いになった。




