067:血の価値2
一月末、王国から文官と何名かのゲストが、アーノルド男爵領にやってきた。
「レイシア、久しぶりです」
「ご無沙汰しております、マザー」
王都から文官と一緒に、『聖母』と『まどろみの導き手』がアーノルド本邸にやってきたのだ。
文官は聖者達の用件が済むまで大人しく待機していた。
マザーとレイシアは叔母と姪の関係で、王家の務めを共に放棄して愛に生きた仲間だ。
アキラに頼めばいつでも王都には行けるし、王都にマザーがいた事はレイシアも理解していた。
ただ、レイシアとスチュアートは話し合い、あまりアキラに負担を掛けるのは良しとしなかった。
マザーとレイシアが再開の喜びを噛み締めていると、『まどろみの導き手』がスチュアートに挨拶をしていた。
アキラから報告を受けていたスチュアートは、聖者の来訪を喜んでいた。
女神さまからの御使いである精霊さまは、この世界の自然に影響を与えるという。
そして、人を導くという立場では、聖者がいるといないでは領民に与える印象ががらりと変わる。
聖者には一箇所に留まり身分を隠す者と、ある期間を過ごすと旅をする者に分かれる。
『まどろみの導き手』はマザーと同年代なので、そろそろゆっくり落ち着いて過ごせる土地を探していた。
しかも、とびきり酒が美味しい土地で過ごせれば、最高だと考えていた。
しばらく本邸で過ごした後、領内を見学して住む場所を考えるようだ。
スチュアートはマザーにも挨拶をすると、急いで戻らなくても大丈夫ということで、ランドルに部屋を用意してもらった。
ランドルの指示により家人が数名集まって、二人の荷物を本邸に運び込んだ。
部屋へ案内される聖者とレイシアを見送った後、スチュアートは文官を待たせていたのに気がついた。
「お待たせしました。本日はお二人の聖者さまの案内、ありがとうございます」
「いえ、職務ですので。それより別件で王家より預かっているものがあります」
封蝋した羊皮紙を広げると、「王家との約定は公表しても構わない。ただ、無闇に戦火を広げてはならない」と書いてあった。
文官は詳細を聞いていたようで、リッセル子爵とナーゲル男爵の連盟で、王国へ十年前の罪状の情報公開請求を行ったのだ。
ローランド王子はすぐに、その当時レイシアの婚約者候補を集めて、今でもわだかまりがあるかどうか確認をした。
公爵家・侯爵家・伯爵家から集まった三名は既婚者であり、子供もそこそこの年齢になっている。
正直言ってレイシアと成婚となれば貴族家として安定感は増すが、結婚できないからといって価値が落ちるものでもない。
あの当時、スチュアートとレイシアの結婚を見逃すのが、貴族家としてベストな選択だったのは理解していた。
王家は王家で上位の貴族家に気を使い与えた罰則だったが、罰則もなしに王都にスチュアートとレイシアを置いた場合、他の貴族家の嫌がらせや口撃など、レイシアの幸せを考えた場合良い事はなかった。
結婚して十年もすれば、順調なら子供も生まれて大きくなるだろう。
レイシアが王家の務めを放棄し失踪したと言えば、事情を知らない貴族はアーノルド男爵家が王家から見放された貴族家だと思うだろう。そんな損得を王家とアーノルド男爵家・スチュアートとレイシアが、全てを了承し決断したのが十年の約定だった。
過去にマザーも同じ事をした前例もあり、王都民はレイシアの幸せを熱望していた。
多くの貴族家も情報を探り、早くにレイシアの居場所を掴んでいた。
そして、王家より「王家の務めを放棄したレイシアを探してはならない」と言われてしまえば、情報を上に上げた時点で罰則を受ける可能性も出てしまう。
貴族家なら百も承知のこの事件を蒸し返しただけで、ローランドはかなり機嫌が悪かったそうだ。
ただ、王家は特定の貴族家を優遇することは許されていない。
最上位の地位にあるが故に、特例を認めてしまえば王家に不信の種を植える元になってしまうのだ。
ローランドはアーノルド家の罪を、近衛騎士のスチュアートが起こした任務上のミスとだけ公開した。
誰が聞いても重過ぎる罪であり、失踪したレイシアと時期を同じくしているので、リッセル子爵とナーゲル男爵は納得していなかった。こうなると、折角振り上げた拳が彷徨ってしまう。
そこで納得いかないようなら当事者同士で解決するようにと、王家が軍事に頼らない方法を考えるように話した。
この文官は、この後二つの貴族家に王家の回答を伝えに行く予定だった。
出来れば何度も往復しなくて済むように、スチュアートに素案を考えて欲しいとお願いをした。
「困りましたね。でも、このままでは相手方も納得されないでしょう」
「はい、いくら貴族家が王家より土地の管理を任されているとは言え、その地位には明確な差がありますからね」
「同等の男爵家なら断ることも選択できるのですが」
「リッセル子爵に話を聞いてみない事には、なんとも言えませんね。ただ、王国は争いを望んでいません」
「そうなると、貴族家の伝統を重んじた『決闘』という形になりますね」
デュエルとは貴族家特有の決戦方法で、主に一騎打ちを意味していた。
中立の立場の者がお互いの条件を公平に審査し、賭ける対象物を等しくする。
今回は王国から来た、この文官が取り仕切ってくれるようで、一方的に不利な条件にはならないと約束をしてくれた。
通常、デュエルを申し込んだ先が条件を決める事が多い。問題は、その落とし所が見えていない点だった。
「この戦いで勝利した暁には望む事はありますか?」
「そうですね。この件を二度と蒸し返さない事と、勝っても負けても遺恨を残さない事でしょうか」
「後半については立会人として私の名の下に確約させます」
「では、手配の程お願い致します」
文官が旅立ってから、それ程の日数がかからず戻ってきた。
スチュアートはすぐに面会すると伝えると、一緒に来たのはナーゲル男爵とリッセル子爵の息子で、パーティーに連れてきていた18歳の男性だった。確か名前はアンルートと名乗っていた。
応接で軽く挨拶をすると、リッセル子爵はこの件で忙しくしているようで、ナーゲル男爵とアンルートに一任すると言っていた。
文官がデュエルをリッセル子爵とナーゲル男爵に話した状況を説明すると、ナーゲル男爵は鷹揚に頷いていた。
「王家の意向を無視する訳にはいかない。ただ、このままではレイシアさまがあまりに可哀想だ」
これが、二人の貴族が免罪符として前面に押し出した答えだった。
アーノルド男爵家を中心として考えた場合、隣接するうち二領は納得して放置しているから、これについてはナーゲル男爵がとやかく言うべき問題ではない。
ただ事情が良く分からないが、レイシアが王家の繋がりがなくなってまでアーノルド男爵家にいるのは、脅されている可能性もあり、もしそうならば速やかに救出するのが王家を主君と仰ぐ貴族家の責務である。
このデュエルでリッセル子爵家とナーゲル男爵家の連合が勝利したあかつきには、レイシア及び彼女が生んだ子供の即時解放を要求した。解放できたら『しかるべき支援者』の助力を受け、王家との繋がりが復活出来るように働きかけるらしい。
ちなみにアキラはアーノルド男爵家が養子に取ったのでいらないそうだ。
条件を呆然と聞いていたスチュアートは文官を見た。
怒りに震えているのか、すぐにでもこの状況を王都に持ち帰ろうとしている姿を見て、一先ずお茶のお代わりを要求した。
するとメイドと一緒にレイシアがやってきたのだ。
「ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。近々デュエルを行うと聞いたのですが、今日はその件ですよね」
「はい、レイシアさま。必ずお救い致します」
このタイミングでやってきたという事は、話は全部聞いていたんだなと思う。
ソルトにかかれば話の内容など、どうとでも入手出来るだろう。
今度は青ざめた文官が何かを言いたそうにしていた。それを遮ったのがアンルートだった。
「父が無理を言って申し訳御座いません。ただ、私達は知りたいのです。今回の件は決して悪いようにはしません。どうか、貴族同士の交流と思って受けて頂けないでしょうか?」
「デュエルの話を出したのは私だからね。ただ、条件が……」
「スチュアート、勝利を信じております。だから、受けてみてはどうかしら?」
「レイシア……」
言質を取ったとナーゲル男爵がニヤリと笑った。
「では、決闘についての条件です。これは遺恨を残さないようにという側面があるので、当主と時期当主候補である長子を除いた者同士で戦闘をしましょう」
「ナーゲル男爵、それは……」
「アンルート殿、この条件は譲れません。そして、今日同席頂いた貴方に戦って頂きます」
「アンルートさんは、18歳でしたよね」
「はい、学園を卒業した後に騎士団に入り、マイクロさんにお世話になっております」
「余計な事は言わなくて宜しい」
スチュアートは考え込む。ウォルフが戦ってアンルートに勝てるかどうかを。
そして、ウォルフが戦う事すらダメだと言うこの下劣な男をじっと見つめた。
「ああ、特別にそちらの養子のアキラ君ですか? 彼については問わない事にしましょう」
「ナーゲル殿、王国としてはそのような不公平且つ不条理な条件を認める訳にはまいりません」
「ほう、では特別にアンルート殿と同年代の男子と言うならばどうでしょう? 二人の年齢を足して18歳でも良いですよ」
ナーゲルの提案は、1歳児を18人用意しても問題ないと言っていた。
ただ、冒険者ランクがD以下で領内に居住している者限定のようだ。
スチュアートが思いつく限り、アンルートの佇まいを見るに、武力で勝利出来る者は少ない。
勝負方法は木製の武器と盾はOKで、魔法が使えれば使っても良いそうだ。
この条件を付け加えた事で、アンルートが何らかの魔法が使える可能性が出てきた。
全ての条件を話したのか、ナーゲルはさっさと帰っていった。
最終的にこの条件を受けるならば、文官がまた二領へ向かい正式な契約を結ぶことになる。
ナーゲルが部屋を退出した後、アンルートが残っている事にスチュアートは気がついた。
「アンルートさん、一緒に帰らなくて良いのですか?」
「ええ、個人的な用事がありまして」
「個人的な用事……とは?」
スチュアートの問い掛けに立ち上がり、最敬礼の姿勢を取った。
そして、腰を直角に曲げリッセル子爵とナーゲル男爵の非礼を詫びた。
アンルートはリッセル子爵家の次男であり、長男とは母親が違っていた。
ただ、この長男との関係は良好だけど、父親との反りは合わなかった。
リッセル子爵家の後ろには『きな臭い奴ら』がいて、王国の中にある開戦派という派閥から時折指示が来るらしい。
長男には子爵領の光の当たる部分を見せ、現当主が暗躍している黒幕の操り人形になっているようだ。
王国は俗に言う穏健派が大勢を占めていて、国の運営はよっぽどの事がない限り問題はない。
ただ、ローランド王子に対抗するには、公爵家当主を持ってくるか王子と同格の者を持ってくるしかない。
「それがレイシアで、ミーシャだけじゃなくウォルフも関わってるんだね」
「はい。まずはレイシアさまの王家の復帰が、条件になると思うんです」
このデュエルでアーノルド家に得になることは何一つない。
アンルートはやる以上、絶対勝つつもりだし万に一つも負ける条件を、リッセルとナーゲルが出すとは思えない。
ただ、アンルートは必ず悪いようにはしないと、スチュアートとレイシアと文官に約束をした。
「最後に『スチュアートに会うなら稽古をつけて貰え』と、マイクロさんに言われました」
「マイクロさんかぁ。あの人の真意が分からないから怖いよ」
「一手ご指南お願いします。あ、対戦候補にも見て頂いて良いですよ」
スチュアートは子供達全員を呼ぶと、アンルートとの模擬戦をすることになった。
デュエルと同じ条件で、観客が見ている中、二人は対峙する。
アーノルド家では、模擬戦など自分が戦う想定で見るようにと指導をしている。
若さ溢れる力が才能に追いつこうと斬撃を繰り出すと、霞を斬ったようにその場から姿を消していた。
演舞のような動きに集中力を研ぎ澄ます。すると、一言「加速」と発したかと思うと、一瞬だけ速度が跳ね上がった。
交差した二つの剣は、一本の剣が空に舞い上がった事で決着がついた。
文官が勝者を告げると、子供達が父親の勝利を喜び駆け寄った。




