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066:血の価値

 新年もしばらくすると、荷物の整理が順調に終わり、引越しも滞りなく終了した。

主にレイシアの荷物が大量にあったのだが、ソルトがきちんと管理して纏め上げ自分の収納に仕舞うと、馬車一台分の荷物の移動だけで済んだ。家の戸締りをして別邸を出ると、家族を乗せた馬車と荷馬車が走り出した。

アーノルド男爵家本邸に到着すると、家人一同勢揃いで出迎えられた。


「スチュアートさま・奥さま。皆さまのご帰還、家人一同お待ちしておりました」

「ランドルは大げさだな。ほぼ毎日、私が来てたじゃないか」

「スチュアートさま。それは領内を治める当主としてです。私達の本分は御当主一家に尽くす事……」

「はいはい。君達には感謝もしてるし、申し訳なくも思っているよ。でも、 色々と事情があったからね」


 スチュアートの一言に数人のメイドが涙ぐむ。

その視線の先には元気なミーシャの姿があり、協会の医師から出た死刑宣告のような言葉を、全て飲み込んだ末の引越しだったのだ。そのスチュアート一家が戻ってきた。それは万難を排して戻った事を表していた。


「これからは、ずっとお世話になるからね。程ほどで頼むよ」

「「「はい、スチュアートさま」」」

「はい、みんなも元気良く挨拶してね」


 ランドルの指示のもと、荷物が運び込まれる。

先頭を走るロロンを中心に、みんなで子供部屋の探索に向かった。

子供四人に、何故かレイシアまで一緒に探索に加わっている姿を、スチュアートは優しく見守っていた。

今までは家族として接していたソルトだけではなく、多くの家人が家族としてサポートをしてくれる。

その警備体制を整えるのに必要な十年でもあった。


 本邸での生活も一段落すると、新年の挨拶として各所からパーティーの案内が届けられる。

公然の秘密として、パーティーを主催出来ない理由は近隣の貴族家に知れ渡っており、案内が来ても断らざるを得ない状況だった。ところが、レイシアの所在が公になったので、近隣の貴族家では堂々とパーティーに誘う事が出来るようになった。

これに目を付けたのが、近隣の子爵・男爵家だった。


 子爵・男爵と言ってもピンキリである。

アーノルド男爵領はワインの名産地でもあり、当主個人としてはここ数代、剣で身を立てられる程の武勇の持ち主である。

社交・外交・芸術・商業・観光・武門等、それぞれの領には特色があり、そうでない貴族家が収める領では基本的に農業を中心としている。前々から血の繋がりを狙っていた貴族家を、『娘が病弱』という理由で断っていたアーノルド家では、ミーシャが学園に行くまでの理由を考えていた。


 そこで、今回は引越しをして実力を示したい家人の為にも、アーノルド家主催で隣接する貴族家に案内を出し、小規模なパーティーを開くことにしたのだ。レイシアの立場は元王家の娘だが、今では只の貴族家の嫁である。

レイシアは瞬く間にランドル以下家人の心を掴み、当日までの準備を務め上げた。

その間に子供達は採寸されお披露目用の服を作り、挨拶の練習を念入りに行った。


 当日、やってきたのは四つの貴族家だった。

一番領地が接する面が大きく、好景気の時も不景気の時もほど良い交流をしているグレイス男爵家。

スチュアートが男爵領に戻った際、親身になって相談に乗ってくれたメナール男爵家。

中立的立場を表明しているが、細かく嫌がらせをしていたナーゲル男爵家

案内を出したのはここまでだけど、何故かナーゲル男爵家が更に隣接するリッセル子爵家を連れてきた。

それぞれの貴族家が年頃の子供を連れてきており、年配のメナール男爵家だけが老夫婦だけの参加となった。


「皆さま、本日はお忙しい中、当パーティーにご参加頂きありがとうございます」

「スチュアートよ、本日はめでたい日だ。私達に早く家族を紹介してくれないかね」

優しく微笑むメナール男爵が、堅苦しい方向に行くのを止めると、パーティーは緩やかに始まった。

大人は大人だけの席が用意されていて、上座にはリッセル子爵家が着くことになる。


 まずは全員集まって乾杯し、その後アーノルド家の子供が入場して挨拶を行った。

これはウォルフからロロンまで滞りなく行われ、自分の挨拶では「おや?」みたいな感じだったけど、そこを突っ込む人はいなかった。ミーシャの挨拶の時は、全員がじっくり様子を見ていた。


「元気なお子さん達ですわね。ミーシャちゃんも、とても可愛らしいわ」

メナール男爵夫人の言葉に全員が頷く。

何か言いたそうなリッセル子爵がスチュアートをじっと見ると、空気を察したソルトが子供達を別席に案内した。


 子供達の席は違うテーブルが用意されており、一緒に他の貴族家の子供達も移動した。

その場所は同室だけど、耳を澄まさなければ大人達の席の会話は聞こえない程の距離で、子供達は18歳から7歳までいた。

貴族家の家人がそれぞれ1名ずつついており、アーノルド家からはソルトが控えていた。


「ミーシャ嬢はもう良いのかな?」

「ええ、昨年に協会の医者からお墨付きを頂きました。ただ、長年の病のため体力が戻るのが何時になるかは……」

「それは気長に待つしかないかの。リッセル子爵さま、子を持つ親心はどこも一緒かと」

「メナール男爵殿、そうは言っても婚約くらいは問題なかろう。そもそも、この集まりは婚約を申し出た家ばかりではないか」


 今回の隣接する三貴族への挨拶は、レイシアのお披露目という目的もあった。

ただ、直接話をする機会がないだけで、三貴族はレイシアの存在をかなり初期から知っていたはずだ。

友好的にせよ敵対していたにせよ、情報は時に直接の利益を超える事がある。

そこでとりあえず選ぶのが、ミーシャとの婚約だった。


 これはこの三貴族にリッセル子爵を加えただけでなく、他所の貴族家からも多くの依頼があった。

それは貴族家当主候補から次男・三男、果ては八男まで来たから驚きだった。

困ったスチュアートは依頼が来た貴族家を全て公表して、常識的な年齢になるまで待てるなら、その時に配慮するという回答を出した。たかが男爵家の一子女に、何故こんな依頼が来たのか不思議がっている家もいた程だ。

スチュアートが公表したせいで、先方から断りがあった貴族家もいたが、ミーシャの病が知れ渡ると次々と婚約候補解消となった。


「そうですね。建前では新年の挨拶でしたが、ミーシャ嬢の事を抜きには出来ませんな」

「ええ、ミーシャ嬢も間もなく婚約しても問題はないでしょう。結婚は先で構いませんので」

「あら、みなさん。随分ミーシャに御執心な様子ですわね」

「これはレイシアさま。私達はこの男爵領と隣接していますので、今後ともより良い関係を築きたいだけです」

「それはミーシャと婚約しなければ築けないのかしら? 私達家族は長い間ミーシャとの病にも向き合ってきました。それで感じた事はただ一つ、娘には一番好きになった相手と結ばれて欲しいと……」


 本音を出してきたグレイス男爵家とナーゲル男爵家に、レイシアは心情を前面に訴えかけた。

十歳まで生きられないという話は知れ渡っており、この時代の医療のレベルは決して高くない。

病の詳細は分からないが、診断に誤りがあるかもしれないし、病ならぶり返すという事もあるはずだ。

明らかに体の具合が悪い人は分かるが、元気に見える人の病を見分けるのは難しい。

そこにミーシャと家族の絆を見せられたのだ。それは「貴族家として正しい行動ではない」という指摘は的外れになる。


「うちは早くに婚約を取り下げましたので、言える事は少ないのですが……」

「メナール男爵さま、ここはオフィシャルなパーティーではありません。何かありましたらどうぞ」

「スチュアートよ、ありがとう。今日我々が招かれて、子供達も連れてくる機会をもらった。それはミーシャの心を掴めるのは子供達次第と思っても良いのかな?」

「メナール男爵さま。ミーシャが好きになった相手なら身分や年齢は問いません。ただ、会ってもいない相手を好きになるのは難しいかと思います」

「貴族家としては普通だがの。ただ、私達にはアドバンテージがあるという事だな」


 メナール男爵のサポートにより、他の三貴族は一旦飲み込む事にした。

ただ、そうなると第一印象は重要なものとなる。実際にミーシャと会っているのはメナール男爵夫妻くらいで、それでも幼少の頃の記憶となると曖昧だ。実質初対面の息子達を心配する三貴族は、今更席をはずして作戦会議をする時間はなかった。


 しばらくは食後のお茶を楽しみながら、各領の近況報告となった。

アーノルド領は昔からワインという特産があり、一時期事件により落ち込んだ事もあったが今では落ち着いている。

その際に嫌がらせを受けたのが、ナーゲル男爵領に関わる者達だったが、証拠や証人を得る事が出来なかった。

一説には背後に黒幕がいたとも言われているので、怪しいとするとリッセル子爵が濃厚だがこれも確証がない。


 しばらく他愛のない話を続けていると、不意にリッセル子爵からレイシアの話になった。

「スチュアート殿。レイシアさまの話には色々な噂話が錯綜しておる。もし、その一部の噂話を信じるなら、ここにいる貴族家を代表して貴殿と対立せざるを得ない」

「それはどういうお話なのでしょうか? 私も聞いてみないと是とも非とも言えません」

「ふむ、噂話でも下世話な分野だからな。ならば聞こう、あの時何故十年という約定を罰則として受けたのだ? もし疚しい事がないようなら罰則など必要がないだろう。それは無理やりに……」

「リッセル子爵さま、それ以上は貴方でも越権行為というものではないでしょうか?」


 リッセル子爵の追及をメナール男爵が止めた。

すると、ナーゲル男爵が「やはりそうか」と言い言葉を継いだ。


「スチュアート殿、リッセル子爵さまが追及出来ないようならば、やはり私達の誰かが考えなければならないようです」

「ほう、考えるとは?」

「王国の輪を乱す逆賊として……」

「ナーゲル殿、お忘れか? こうして話題になったのは十年の約定が解けたからだ。それを貴殿は蒸し返すのか?」


 ナーゲル男爵が発した言葉を、グレイス男爵が制止する。

この十年、アーノルド家はお咎めを受けることはなかった。

今ここでアーノルド家と事を構える方が、王家の心象を悪くするという考えには及ばないのか? メナール男爵はそう思ったが、これも政治的意図が介在すると考えれば、リッセル子爵とナーゲル男爵には別の思惑があるのだろう。


「この領を収める者として、近隣諸領及び王国への反意はありません」

「それをどう証明する?」

「リッセル子爵さま、それはどなたにも証明出来る手段はないと思われますが」

「私はスチュアートに話しているのだ。メナール男爵は黙っていろ」

売り言葉に買い言葉、メナール男爵とグレイス男爵がスチュアートを擁護し、リッセル子爵とナーゲル男爵が対立してしまった。


 アーノルド家の約定及び罰則は、アーノルド家と王家の秘密の約束であり、レイシアの婚約者達に対して配慮をしただけだった。

そんな事は王都の民なら誰でも噂話として知っている。

リッセル子爵もナーゲル男爵も、その説が一番有力な説だと分かっていることだろう。

では、何故このタイミングで仕掛けてきたのか? スチュアートはその真意を図りかねていた。


 リッセル子爵とナーゲル男爵は、お茶を飲むと同じタイミングで立ち上がり、家人と子供に帰ると告げるとそのまま部屋を後にした。残ったメナール男爵とグレイス男爵は、その後少しだけ話をすると、このパーティーはお開きとなった。

基本的に王国の貴族同士の戦争は禁止されている。だからと言って小競り合いや諍いを戦争と呼ぶ事はない。


「二領から攻めてこられたら大損害だな」

「あら、貴方なら少数で撃破できるのでしょう?」

「レイシア、私は同じ王国民同士で争うつもりはないよ。ただ、落とし所をどこにしようかとね」

「そういう時は頭を叩くと良いんだけど……」


 王家として、ある特定の貴族家の味方につくことはない。それはレイシアが身を持って知っている。

問題はどういう手段と理由で攻めてくるか? 正攻法で己が正義として行動しないと、戦を仕掛ける存在理由さえなくなってしまう。

子供同士の会話は可もなく不可もなくだった。アーノルド家の子供達が、貴族家の学園の様子を聴く事で終わった。

残念ながらゲストの中で、ミーシャの心を掴んだ者はいなかった。

そして一月末になり、一件の連絡が届いた。


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