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061:聖なる行為

 樽で酒を出されると、『まどろみの導き手』ではなくても、ついつい手が伸びてしまう。

収穫祭でも奉納されているアーノルド家のワインは、聖者達にも人気の銘柄だった。

『寄り添う者』が指示を出すと、女神さまへ奉納する為の祭壇を組み立てていく。

騎士達やダイアナとアンジェラも積極的に手伝っていた。


「あの、ワインだけじゃ悪酔いしませんか?」

「なーに、気にせんでも大丈夫だよ。水もあるから三日くらいはもつさ」

「ここで食事は厳禁なのですか?」

「女神さまはそんなに狭量ではないよ。ただ、儀式の際にはそこまで考えずに行う事が多くてな。料理人を用意する儀式は世間から見ておかしいだろう?」

「まあ、そうですね」

「祭壇を用意しているから、女神さまへ捧げた後なら、みんな気兼ねなくワインを飲めるだろう」


 『まどろみの導き手』は少しフライングしてしまったが、女神さまへ捧げた品物と同じものを食べるのはむしろ歓迎されていた。

特別に贅沢な物を捧げるのは良しとはしないが、それは美味しい物を否定しているわけではない。

豊穣を司る女神さまは、日々の食事の大切さも説いているのだ。


 祭壇の準備は『寄り添う者』の指示で、騎士や若手が率先して動いている。

最初の準備で仕事の8割以上を終えた、農場と付与魔術師と宮廷魔術師団達は、ここからほぼ最後まで自由時間となる。

エントの合図でリュージが次々と大きな備品を出していった。


「リュージ君、それは?」

「はい、マザー。食事の用意をしようと思いまして。これはアイランドキッチンもどきです」

「まぁ、それはどういうものかしら?」


 次々と出していく大型の備品は、シンクに魔道具の蛇口がついていて野菜を切るスペースがあるものと、魔道具のコンロのようなものがあった。テーブルを設置すると、簡易スツールを取り出し座れるように配置をする。

他にも四箇所に脚をつけた地面に置ける魔道具のコンロもあり、これは大人数の料理を作れる寸胴関係で使うみたいだった。

次々と取り出したものは、大部分エントが作成したものであり、軍の遠征用設備としてこの後下げ渡されるようだ。

サラとルーシーもこちらに混ざり、自分も設置を手伝っていく。

すると、リュージから「アキラ君はこっちを手伝って」と呼びかけられた。


「リュージさん、何を手伝えばいいのでしょう?」

「うん、これってさ。どう料理しようか?」

出されたのは、マグロが冊取りされたものと、カツオの腹身だった。

バーベキューコンロも出してあり、返却した連鎖炎石も貸してもらえるようだ。


「マグロは大人数で食べられるように、カルパッチョにしてサラダ仕立てに、カツオはタタキにしましょうか?」

「お、いいね。じゃあ、そっちは任せてもいいかな?」

「はい。あ、踏み台があると助かります」

「あぁ、それは悪かったね。これでいいかい?」


 リュージが次々と野菜を取り出すと、アンジェラがこちらの手伝いにやってくる。

マザーも女性の聖者達も集まってきて、大きなボウルに切った野菜を詰め込んでいく。

スティックサラダにマヨネーズやディップなどもつけ、サラダの半分には削いだような薄さの、マグロのカルパッチョをヅケ風にして最後に上に盛り付けた。


 カツオのタタキは調理風景を見ていたサラとルーシーが、遠火の強火で上手に焼き上げてくれた。

その際、リュージの『藁召喚』という謎魔法が披露されたので、植物属性魔法は珍しいと思うと同時に、これって召喚魔法なのだろうか? と少し考えることになった。


 床に置かれたコンロの一つには、でっかい寸胴が設置されており、野菜たっぷりの卵スープが美味しそうに温まっている。

そして、もう一つのコンロにはこれまた巨大な蒸篭が設置され、シュンシュンと湯気が小気味良いリズムで聞こえてきて、正体は何か分からないけど期待出来るものだと思った。


 祭壇が完成すると、『寄り添う者』がこちらの様子を見に来た。

ワインだけの奉納を考えていたようで、こちらの作業を見て何が出来るか興味津々にリュージに尋ねていた。

リュージは、「これから宴会になるにせよ食事にするにせよ、みんなで頂きましょう」と言うと、パンも取り出しワンプレートに収まる形にしてみせた。


 グラスワインにマグロのカルパッチョサラダ、パン・イチゴジャム・卵スープ・スティックサラダ・カツオのタタキ。

まずはこのワンプレートを『寄り添う者』に渡すと、早速女神さまへの奉納に向かった。

今回の祭壇は簡易的なものである。どんな祭壇でも祈りの気持ちさえあれば、その心は女神さまへ届くらしい。

祭壇へ食事とワインを置き、数名で祈りの言葉を捧げると、聖火台が一瞬大きな炎を上げる。

思わず全員が振り向くと、再び前を向いた『寄り添う者』達は、食事とワインがなくなっているのに気がついた。


 それからは、『まどろみの導き手』が乾杯の音頭を取り宴会に突入していった。

到着に時間差があったにせよ、聖者達はGR農場に泊まり、食事の素晴らしさに感動していた。

そして畑を見てからは、「聖職者ならば、無給でも良いのでここで働き、この素晴らしさをきちんと理解すべきだ」と熱弁していた。

そんなGR農場の食事をそこに勤める職員達は、平時は簡素な物だと思っていた。


 ところがフカフカのパンや、砂糖やレモンを使ったフレッシュなジャムなどもあり、新鮮な野菜は売るほどある。

ジャムだって、元々の品種が甘いものや酸っぱいものなど、調理場は工夫のし甲斐がある食材に溢れていた。

だから、パン・スープ・サラダという食事も、簡素でありながら気持ちが篭っていて、しかも王家に出しても恥じない食事でもあった。

実際に王妃が食事と仕事に来ているのは公然の秘密である。


「ほう、このパンは何度食べても素晴らしい」

「ああ、旨いな。噂では『聖母』も関わっているとか?」

「いえいえ、みーんなリュージ君のお手柄よ。あ、そうそう。サラとルーシーも協力したんだったわね」

一瞬むくれたサラとルーシーに、聖母が柔らかく微笑む。

二人にとってみれば、それはほんの小さな手伝いだった。ただ、お互いがお互いの評価を高くして欲しいと思っているようだ。


「これは生肉……。じゃねーな。誰か説明してくれるか?」

「はい、それはマグロという魚のカルパッチョです。美味しいですよ。生が気になるようだったら、こちらのタタキをどうぞ」

サラとルーシーは屈託のない笑顔で口にしている。

何より、ここにいる者達が間違った物を出すはずがないという信頼感が既に出来ていた。


 葉物の部分と一緒にマグロを口にすると、爽やかな食感の後にねっとりした身に醤油の塩気が調和している。

肉とも違う初めての感覚に、一言で言うならば旨いが押し寄せてくる。その流れでワインを呷り、カツオのタタキに取り掛かる。

こっちは焼いてある分、野趣溢れる感じがして、すぐにショウガが口の中をリセットさせる。

すぐにワインを飲んだが、「こっちはエールかよ」と思わず口に出してしまっていた。

忘れていたかのようにエールの樽を出すリュージ、彼の収納には一体どれくらいの荷物が詰まっているんだろうかと思った。


 この光景に驚いていたのが四名の騎士達だった。儀式は三日間かかると聞き、水はあると言っていた。

即ち、絶食に耐えて無事責務を果たすようにという、上司からの命令だと思っていた。

手伝いに呼ばれるだけ期待されているのは分かるが、正直貧乏くじを引いたんじゃないかと思っていたのだ。

ところが蓋を開けてみたら、ゆるーい感じで驚いた。


 リュージからの食事の誘いを最後まで固辞していた騎士達だが、マザーの「女神さまと一緒の食事を取れる機会ですよ」の一言に恐縮しながら騎士達は食事にありついた。

グループが自然に分かれ、本格的に飲むグループ・女神さまや精霊さまの話をするグループ・再開を祝うグループ・雑談に花が咲くグループなど、それぞれ食事を楽しんだ。


 リュージを中心としたグループは、『聖母』と『寄り添う者』といつものメンバーが集まり、雑談に花が咲いていた。

今の孤児院の話や、あれから巣立って行った者・帰ってきた者など、話の種は尽きない。

しばらくすると、ふと蒸篭をほっといて良いのかと気になった。


「リュージさん、あの蒸篭あのままでいいんですか?」

「ああ、そうだね。あの、相談なのですが、空いているスペースで色々やっても構いませんか?」

「リュージ君はいつも面白そうなことをするけど、どんなことかしら?」

「えーっと、食事の下準備です。ちょっと、加工が大変でお手伝いも欲しいのですが」

「食に関することなら何でも大丈夫よ。手伝いが必要ならば酔いつぶれる前に声を掛けないとね」


 この広いスペースに大量に荷物を運び込んだのだが、スペースは全然埋まっていなかった。

必要以上に持ち込むのを良しとしなかった、王国側と協会側で密約のようなものがあったのかもしれない。

リュージは物干し台みたいなのを数セット用意し、ゴザのようなものを敷き始めた。そして、それとは別に杵と臼を取り出した。


 GR農場は食料の加工品をメインとする工場でもある。

リュージは徐々に色々な調味料等を開発し、野菜や果物を中心とした食材を作ると、徐々に和食にシフトしていった。

最初はトマトの普及をして、レンによるジャガイモの品種改良品を全国へ広めると、おのずとイタリアンっぽい料理に偏っていく。

それから米・醤油・味噌、バリエーションとして酢・酒・味醂から果てはケチャップ・マヨネーズ・ソース各種に移っていく。

今年の収穫祭の出店でGR農場が出したのは、『かぼちゃの蜂蜜煮』『きんぴらごぼう』『出汁巻き玉子』『筑前煮』だった。


 リュージが餅を搗こうと言うのは分かった。

では、あの物干し竿みたいなものとゴザはなんだろう?

リュージがこちらを見て、「味付けを色々と考えてくれるかな?」と言ってきた。

材料は好きに使っても良いようで、まずは大根おろしを作ることにした。


 リュージは何名か指名すると、まずはボウルにぬるま湯を用意し、杵と臼を入念にお湯をかけて調べている。

アンジェラが臼にもち米を入れると、まずはリュージが潰すように低い位置で捏ねていた。

「じゃあ、これから餅つきを始めます。これは保存食にもなりますし、美味しいので是非広めたいと思います」

「面白そうじゃねぇか? どうやるんだ?」

「はい、まずはやってみますね。こう、杵と呼ばれるハンマーを振り上げて、餅の中央に振り下ろす。そして、掛け声はよいしょーです」

「あらあら、酒飲み達が集まってきたわ」

「では、行きますね」

「「「よいしょー」」」


 事前に聞いていたアンジェラは、搗かれた餅の端っこの部分を折り返すように餅の位置をひょいっと変える。

すると、リュージがその間合いを読み、再び杵を振り下ろす。

「そうかそうか、均等に潰していくと旨いものが出来上がるんだな」

「これは麺にも似ているのかな。で、俺達でも出来るのか?」

「ええ、じゃあどんどん蒸していくので、餅つき班と調理班を分けましょう。自分は別の作業もしたいので」


 新たに出したもち米を蒸し器にセットしていくリュージ。

戦闘系の聖者は杵が珍しかったようで、変わった武器を見るようにクルクル回して眺めていた。

リュージが早くしないと餅になりませんよと言うと、慌てて餅つきを再開する。


 こちらは何名か手伝いの申し出があったので、お願いをすることにした。

サラとルーシーには大豆を炒ってもらい、その後に『粉々になっちゃえ』の魔法をかけてもらう。

その後は粗熱をとった後、丁寧に擂り粉木で擂ってもらい、砂糖と混ぜてきなこを作ってもらった。

大根おろしは醤油と混ぜて、後で小口斬りにしたネギをぱらりとかける予定だ。


 さすがにアンコは無理だろう。

ゼンザイなら作れるかもしれないけど、そもそも作り方を知らない。

海苔もなさそうなので、安倍川も無理だろうけど、砂糖醤油だけならいけそうだ。

とりあえず、きなこ餅・からみ餅・砂糖醤油を準備すると、リュージに報告をした。


「リュージさん……って、何をしているんですか?」

「ああ、アキラ君。そっちはどうだい?」

「はい、三種類は出来そうです。海苔やアンコがあればバリエーションは増えるのですが」

「それは結構難しそうだよね。後でトルテさんに相談してみるよ。ああ、質問だったよね。これは白菜と大根を干しているんだよ」

「漬物でも作るんですか?」

「正解! なかなか機会がなくてね。今年はこれを配ろうと思って」


 天日干し・陰干し・土用干しは聞いた事があるけど、まさか聖光干しをするとは思わなかった。

確かアミノ酸がどうたらこうたらの効能が目的とか、水分を抜く用途のはずだけど、聖光で干すとどうなるのだろう?

まあ、悪い食べ物にはならないのは確定だけど、何か不謹慎のような気がしてきた。


 遠くからは「トールハンマー」とか言う叫び声も聞こえてきている。

この世界にも雷神さまがいるのだろうか?

まともな餅が出来るのを期待しつつ、皿や味付けの準備に戻ることにした。


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