060:聖火
高さ1.5m、直径60cm位の円柱に多くの者が集まった。
これから行うのは『女神さまの噴水』でも利用した、魔導ラインという技術だった。
通常、魔道具は一個の宝石に一個の役割を与えるのが普通だが、女神さまの噴水ではそれぞれの宝石に役割を与え、メインになる紫水晶で一元管理をするというものだった。理論を構築するのが得意なガレリアが古くから提唱していたものだったが、膨大な魔力を必要とするため実現には至らなかった。
噴水工事では本日も出席しているメフィーやワァダが参加し、魔力量についてもリュージがいたので、多くのメンバーの力を借りて理論を実証出来た。
その頃、王都に漂う神聖な空気と女神さま像を称える噴水、精霊さまを模した噴水の周りの宝石に、四大属性精霊さまと女神さまが光臨されたのだった。実際には懺悔に対する声だけの祝福だった。ただ、そこにいた者は等しくその声を聞き、二人の罪を共に背負うと言った女神さまに二人は赦された気がした。その二人こそケインとフリーシアだった。
ガレリアが噴水の話を絡めながら聖者達に説明すると、聖者達はとても残念がっていた。
「どうして、その場所にいなかったんだ……」と特に悔しがったのは、東西南北の四方位を司る聖者達だった。
今回も同じ事をしようとしているので、他の聖者達は期待していた。
付与魔術を使える者達が円柱の円周に宝石を設置しようとすると、四方位の聖者達から細かい技術指導が入った。
水晶の結晶・ルビー・サファイア・エメラルド・トパーズ。
水晶の結晶を除く四色の宝石には、それぞれ正しい置き場所がある。
一つ発言をすると、それに対する技術や理論、果ては神話や口伝まで次から次へと出てくる。
それらの整合性を確かめると、まずは四色の宝石に魔力を流しながら埋め込んでいった。
円周上に並べた宝石は、火と水が対になり風と土が対になる。
決して対立している訳でも喧嘩している訳でもない、四大属性精霊さま達はとても仲良しなのだ。
四色の宝石が交わる地点に水晶の結晶を埋め込むと第一段階は完了した。
リュージが土と水の属性の場所を担当し、エントが中央と風の属性の場所を担当し、サリアルが火の属性の場所を担当する。
まずはメフィーがエメラルドに魔力を注ぐのにエントが補助し、反対側のリュージが魔力の大きさを合わせてトパーズに魔力を注ぐ。両者の宝石が淡く光りだすと、次はワァダがサファイアに魔力を注ぐ為にリュージが補助し、四属性を合わせる為ルビーに魔力を注ぐフレアをサリアルが補助する。
「フレア、もうちょっと魔力を抑えなさい」
「こ、こうですか?」
「それでは少なすぎます。中火を心掛けなさい」
「サリアル教授、そうは言っても昔から火力調整は苦手で……」
「はぁ、あなたは仮にも宮廷魔術師団の一員ではないですか」
サリアルがメフィーとワァダを見ると、二人はそっと目を逸らす。
「サリアルよ、こちらで調整するので少し待ちなさい」
「そうですね、火の属性魔法使いには正しい性格のようですから」
ガレリアの指示にマザーがフォローをする。
前回はエントが火属性の分野を担当したのだが、厳密に言うと光と火は別のものだ。
どの属性にも得意分野があり、相反する属性でも他属性の特性を持っていることがある。
固体である氷は水属性だが、固体は土属性が持つ特性であり、霧で言えば風属性が持つ特性である。
光はエネルギーという側面があり、火属性と共通する特性でもあった。
水晶の上に指を乗せたガレリアを、マザーが両手で包み込む。
一瞬のうちに聖なる魔力がマザーを包むと、流れる先はガレリアの指から先の水晶の結晶になった。
水晶に入りきらない魔力が同心円状に広がっていき、トパーズ・エメラルド・サファイアの魔力に干渉していく。
「今です、失敗しても良いので全力で魔力を注ぎなさい」
「私達を信じてください」
「「はい」」
本気の攻撃魔法を放とうとしているフレアに、サリアルは一瞬頭が痛くなった。
ただ、火属性に好かれる数少ない魔法使いには、こういう性格ではないとダメなのかもしれない。
やる気を無くしてしまうのは、かつての教え子とは言え良い事ではない。
何故ここを任されたのかといえば、サリアルの出来る事は魔力の管理だけだった。
サリアルをあざ笑うかのような魔力にフレアは酔っていた。
秘密兵器・最終兵器・決戦兵器、数多くの呼び名としてフレアは周りから称されていたけれど、実際呼ばれるのはデモンストレーション用の実技や講師としてだった。
平和な世の中を嘆く程愚かではない。ただ産まれた時代が時代なら……と思ったことは一度や二度ではない。
それでも、その年の特待生にはなれなかったので、国が認めた儀式の一員として呼ばれたのは誇らしかった。
だから、知らず知らずのうちに魔力まで普段以上の実力を出していた。
中心から同心円状に向かったマザーの魔力は、三箇所の宝石の地点で表面張力を起こしているように留まっていた。
そして、最後の一点から負けないくらいの圧倒的な火属性の魔力がやってくる。
一瞬にして四箇所の魔力が灯ると、火属性の魔力が中心の水晶に向けて飲み込もうと試みる。
円の淵を魔力が巡る、他の三箇所からも中心に向かって魔力がやってくる。
とっさにマザーとガレリアの前に白い魔力の壁を出したリュージは、二人に退避を促したがマザーは少し横に移動して作業を続けていた。
「危ない!」、誰かが叫んだ気がした。
火の魔力を優しく包む聖属性の光は、三つの魔力までも包み込み火属性の勢いを聖火へと変えた。
「あ……熱くない」
「ええ、この白い炎は聖火です。みなさん、もう大丈夫ですよ」
マザーの魔力が蝋となって、水晶が芯の役割を果たしていた。
一種の蝋燭と化したこの聖火台に、周囲の空気から神聖な魔力が注がれていく。
「もう大丈夫なのじゃー」
「おじいちゃん、急に宝石から出ちゃダメじゃない」
「あっしらの出番はなさそうでやす」
「我の火力が一番……」
四大属性精霊が現れると、聖者達は一斉に反応する。
それらしい地点を薄目で見たり、周りと相談したりして、女神さまが来る前触れかと期待した。
「今日、女神さまは忙しいのじゃー」
急いで宝石の中に逃げ込んだ四大精霊さま達は、この装置が問題ないものだとこっそりリュージだけに教えていた。
水晶の上だけの灯火だと思っていたら、徐々に火の大きさが松明くらいになり、篝火程の大きさになって落ち着いた。
「それでは、ここから女神さまへの祈りの時間となります。一緒にお祈りするのも休憩するのも自由です」
「では、リュージ君。アンジェラにサラとルーシー。色々聞かせてもらえるかしら?」
「マザーは参加しなくても良いのですか?」
「ええ、三日間寝ずに祈る訳ではないわ。早い者なら数分で済ませるでしょうし」
マザーは肉体派の数名の聖者を見ると軽く微笑んだ。
『寄り添う者』の呼びかけに、敬虔な信者は祈りを捧げる為に並んでいく。
ケインとフリーシアは最前列に陣取ると、『寄り添う者』がそっと二人の肩に手を置いた。
祈りの気持ちが聖なる光となって視覚化されていく。
聖者の価値は魔力量ではない、そして自分だけの信仰心だけとは限らない。
それでも、ケインとフリーシアを包んでいる聖なる光は、聖者達に劣らない量であった。
多くの聖者が祈りを捧げていた。
ヴィンターとダイアナに促され、騎士達と一緒に祈りを捧げる。
『怪我や病気を癒したい』『心の不安を取り除きたい』『明日も平和に暮らしたい』『家族を守りたい』
色々な感情が神聖魔法を使う上で大事になる。願う物が違うから覚える魔法が変わるのだ。
アキラは大切にしたい家族の顔を思い浮かべ祈りを捧げる。
いつの間にか後ろに立っていた『寄り添う者』がそっと肩に手を置いた。
「そう、リュージ君もアンジェラも結婚したのね」
「はい、顔も出さずにすみません」
「私も……」
「いいのよ、便りがないのが良い便りと言いますからね」
久しぶりのマザーに、サラとルーシーが話を聞いて欲しそうだった。
リュージとアンジェラは、儀式の後に家族を紹介したいと言い、今までの空白を埋めるように昔話をしていった。
早めに祈りが終わった『拳の説法師』と『健やかなる筋肉』が、中央から少し離れてストレッチを始めている。
騎士達の祈りも一般的なものなので、早くに終わると両名から手合わせを求められた。
そこにアンデット専門の協会の冒険者パーティーが加わっていく。
落ちている剣を適当に抜き、軽やかに素振りを開始した。
ヴィンターは四方位の聖者に、聖属性の付与の最中にあのような行動は大丈夫なのかと確認をする。
苦笑する四方位の聖者は、『ああやって両面を焼いているんだよ。まあ、変わり者が多く集まってしまったみたいだから、ここで見た事は内緒で頼むよ』とヴィンターに口止めしていた。
マザーを囲むグループに、次々と話を聞こうと人が集まり、輪が広がっていく。
最初にやってきたのが『まどろみの導き手』で、酒を忘れてきたのが最大の失敗だと嘆いていた。
リュージは抜かりなく酒樽を出し、グラスもいっぱい並べていく。
収穫祭で幅広く飲まれているアーノルド産のワインで、それに関連してリュージはアキラを呼んだ。
女神さまの奇跡の話や精霊さまの話をすると、聖属性の魔力が効果として広がっていく。
もうほっといても三日ぐらい余裕で持つくらいの魔力量があるが、聖属性の魔力はいくらあっても暴走する類のものではない。
訓練等で怪我をしている事が多い騎士達は、知らぬ間に体の傷が癒されることになった。
ここにシリルを呼ばなかったのは、特別扱いが出来ない為でもあり、魔道具の効果が現れるかどうかの実証が必要だったからだ。
リュージを中心に話が進むと、周りから質問があがってくる。
主に精霊さまとの出会いや性格などを話し、四大属性精霊さまの他にも植物・建物・水属性関係の雪等、この世界には多くの精霊がいて、眷属と言うべき存在もいると説明をされた。
すると、サラからリュージにミストヒールについて質問が上がった。
現在この魔法が仕えるのはリュージだけであり、ワァダも興味津々に期待して待った。
「これは仮説なんだけど、属性魔法を使える事と神聖魔法が使えるのが条件なんじゃないかな?」
「あら、面白い仮説ね」
「神聖魔法で聖光を使えるのですが、そうなると癒しの力は得にくいですよね」
「ええ、一般的にそう言われているわ。ただ、両方使える者もいるけど」
「そうらしいですね。で、やっぱり癒しの魔法は使えなかったのです」
神聖魔法の概念は基本的に違いはない。ただ、どういう思いが強いかによって影響を受ける。
四大属性精霊さまは女神さまの使いとも言われている。
四大属性魔法にはそれぞれ癒しの魔法があり、精霊さまと女神さまの関係が影響を与えているのではないか? とリュージは仮説を立てていた。
土・水・植物と三つの属性があって水の癒しの力を得たのは、水=血液という考えがリュージにあったかもしれない。
この儀式の目的としてシリルを救うため、風=音と考えたので上手く魔力付与できたら良いと思っていた。
すると、ルーシーから風の精霊さまから魔法を教えて貰ったと報告があった。
リュージがミストヒールの魔法を披露すると、「ほう」や「なるほど」という言葉が聖者から上がる。
ワァダやサラには分からない事が聖者達には分かるらしい。
これは信仰心だけではなく、一言で言うと年季が違うのかもしれない。
「リュージお兄ちゃん。サラにもコツを教えて」
「リュージさん、私にも……」
「コツというか、これは説明が難しいなぁ」
リュージが悩んでいると、聖者達が癒しの魔法を、掌を上にして集める。
「技術として習得を考えるなら止しなさい。私達の癒しの魔法はまず大切な誰かを思い浮かべる事から始まります」
「そうだな。だが、それでは可哀想だ。そういう時は酒でも飲んで全てを忘れてやってみるのも手だな」
『輝きの道標』の指導に『まどろみの導き手』が茶々を入れる。
質問も議論も無駄話も全て光り輝く聖属性の魔力になる。
『聖別の儀』はこうして始まった。




