059:聖別の儀
王国には、『聖別の儀』という儀式が存在する。
基本的に神事として行う儀式は、王家主導で協会が補助をするという立場だが、いつの頃からか両者の溝は広がるばかりだった。今では廃れた儀式も多く、この『聖別の儀』もその一つで、口伝のみで極一部の者にしか知らない儀式であった。
協会のトップであるグレオスティは、GR農場からの打診をヴィンターから受けると、とても困惑していた。
この儀式が廃れた理由の一つに、その技術を持つ物がいなくなってしまった事を知っていたからだ。
古くから付与魔術というものがある。武器や防具や道具を器に見立てて、特定の魔力を注ぎ魔道具と化す魔法技術だ。
主にダンジョンから出土される魔道具は、過去にガレリアの『常春さま』という魔法集団を中心に広まり、ある事件と共に収束した。
近年ではその芽が順調に育ち、新たな活用を見せていた。
ところが、この魔道具も神聖魔法となると少し毛色が違う。
遺物や聖遺物として残される魔道具は、盗難や政治道具として扱われ、縮小の一歩を辿っていた。
協会では聖水や護符の作成までは出来るが、効果はそれ程期待出来る物ではなく、聖水に関して言えばアンデットだから特別に効いているというところだった。
グレオスティは中位の協会職員の両親から生まれた、どこにでもいる家系の者だった。
若い頃には、今ここにいる聖者達から教えを受けていた。
『健やかなる筋肉』と『拳の説法師』に師事していた時には、協会全体が足で働けと毎日のトレーニングがあり、おかしな方向に向かっていると感じたものだった。
『健全な肉体に健全な精神が宿る』を地でいくスタイルだったが、社会的弱者と接する機会が多い協会には似つかわしくないとよく言われていた。その頃は、協会がリハビリに力を入れている事も知らず、力が有り余っている者へのガス抜きという側面も知らなかった。そんな協会を纏めていたのが『寄り添う者』であり、『聖母』が王家からの協会入りで世間を騒がせていた。
技術と儀式が一致しない時期、現在の聖者達は後の者達に期待すると、ある者は民への救済に、ある者は協会に見切りをつけて出世街道から降り、隠遁生活や放浪生活を送ることになった。
リュージは今回正攻法で情報を得ると、この儀式の復活をしようと考えていた。
協会本部には、普段何に使われるか分からない大部屋が存在する。
その部屋は通常何も置かれていないガランとした部屋で、家具はおろか生活用品まで一切なく、あるのはトイレくらいだった。
聖者達は手配していた備品を次々と置いていく。でっかい水瓶も設置されていた。
広さはサッカーコートくらいある部屋なので、それでも部屋を埋めるにはまだまだ足りないようだ。
今回は国からの代表という立場のガレリアは、荷物の搬入を騎士達にお願いしていた。
協会の別室を借りて、リュージは今回の特待生達を呼び出していた。
ここまで来た以上、彼達には知る権利があるからだ。
特待生4人と自分とタップが席に着くと、まずは労いの言葉から始まった。
「さて、今回の魔道具探しと平行して、ザクスには薬の開発をお願いしてあるし、研究班には薬と神聖魔法を併用した場合の効果について調べて貰っているよ。各国の魔道具についての情報も調べていたけど、そちらは良い情報が得られなかった」
「それにしても、随分大掛かりな儀式にたどり着いたな。聖者を一人呼ぶにも、大変な作業だったんじゃないか?」
「うん、それについてはダメ元で呼びかけてみたんだ。最悪アンジェラと協会関係者数名呼んで、ガレリアさまとその周りのメンバーで固めようかとね」
「うわー、それ勝算ありと本気で考えていただろ?」
「やるからには成功させるつもりでやるよ」
協会と王家で口伝のみで伝えられている儀式を、だいたいこんなもんだろで進めようとしていたリュージ。
それは周りのメンバーも優秀だから言えた一言だった。
リュージは魔道具の探索という目的で集められたメンバーに、気を悪くしないでくれと情報を開示していった。
ダンジョンで得た品物は全て調べが終わっているようだった。
○食べられるもの
謎肉多数・カツオ・マグロ・タコの足・アサリ・サザエ・ハマグリ・フカヒレ(生)
○魔道具(魔法がかかっている物)
硯(書道で使うタイプの物)・ハチドリリーダーのくちばし・コカトリスの眼(宝石)
○素材他
スパイダーシルク(イーゼルに巻きついている物)・スパイダーシルク(タコ糸状に巻きついている物)
謎の黄色い粉(巨大な我がドロップ/瓶入り)・宝石の原石っぽい物・巻貝・二枚貝多数・ハチドリのくちばし×4・セイウチの牙・セイウチの毛皮・鮫の歯・巨大コウモリの皮膜
○不用品
大小様々な石が多数・何に使うか分からない骨っぽいの物・屑石・巨大かぶと虫の角
「アキラ君は耳の後遺症の治療なんだけど、どんな魔道具をイメージした?」
「はい、リュージさん。多分サザエとか巻貝の魔道具を耳に充て、『あ、潮騒が聞こえる』みたいな……」
「ベタだね。でも、そういうのも嫌いじゃないよ。ちなみにここは海が遠いから、潮騒は知らない人が多いと思うけどね」
低層で魔道具がドロップする確率は少ない。
ただ、属性で選ぶのと時間の関係で低層を選ばざるを得なかった。
それならば、属性に関わるものに魔力を付与すれば良いだけの話だった。
魔道具については硯に弱めの無属性魔法がかかっていて、ハチドリリーダーのくちばしが風属性、コカトリスの眼は判明出来なかったけど、赤い宝石だったので今回でいう所のハズレだろうとのことだった。
この後、マザーから儀式について説明があるようで、簡潔に言うと三日間あの部屋に篭り外には出られないそうだ。
今回農場からはガレリアとリュージが参加し、協会側からはヴィンター・アンジェラ・ダイアナが参加する。
聖者は全員参加予定で、協会職員は『祈りの間』で随時祈りを捧げるらしい。
参加枠はまだまだあって、宮廷魔術師団の方にはガレリアから打診をしてあり、付与魔術師としてガレリアの教え子のエントとサリアルが参加するようだ。リュージはケインとフリーシアも呼ぶつもりだった。通常、『在野の信徒』と言った場合、その場にいる『その他大勢』という意味で使われる協会の言葉だったが、その名前を呼んだ時観衆は二人の事を一斉に見たのだ。
馬車を使い学院生の送り迎えや、農場での仕事の手伝いなど幅広く働いてくれる二人は、女神さまより加護を受けていると信じられていた。誰より二人は熱心に協会に通い、ボランティア活動にも積極的に参加していた。
リュージはみんなに、この儀式への参加の有無を確認していた。
タップは忙しいからと辞退し、グレファスとシーンは居ても何も出来ないからと参加を見送る事にした。
サラとルーシーは今回の旅で無力さを感じたようで、少しでも貪欲に学ぶ姿勢を見せた。
自分についても、ウォルフがアルバイトを手伝ってくれているので参加に問題はなかった。
送り迎えは今まで問題なく出来ていたし、ウォルフも段々楽しそうにアルバイトに行ってくれていた。
参加の意思を確認すると三人の仕事は完了となり、残ったメンバーは大部屋へ移動した。
途中、フリーシアとケインに参加の有無を確認し、二人も了承したので一緒に行くことにした。
「では、みんな揃ったので説明を始めますよ」
マザーの号令にみんな神妙な面持ちで、一言一句聞き漏らさないように集中していた。
協会のトップであるグレオスティはこの儀式に参加は出来ないが、説明までは聞けるので幹部と一緒に話を聞くことにした。
それぞれ所属ごとに纏まり、マザーの発言を待った。
「リュージ君。大体理解出来ているようなので、みんなに分かりやすく説明してもらえますか?」
「そんな、みんなマザーから説明を聞きたいと思いますよ」
「こういう時は、専門的な知識に偏らないようにしたいの。私達は老い先短いですから」
マザーのこの返事に聖者達が一斉に頷いていた。
「そうですね。これは一種の陶芸窯だと思って貰えれば大丈夫です」
「リュージさん、いまいちピンと来ません」
「アキラ君、難しかったかな? えーっと、この大きな部屋を陶芸窯と仮定して、これから道具を魔法で焼き上げていきます。その為には魔力を高めて一定期間保持しないとダメなようだね」
またもや頷く聖者達、彼らの持っている技術とは魔力と道具の出力と配置だった。
器に入りきらない魔力を注げば、陶芸でいうところの割れるという状況が発生し、器が完成していないなら魔力は漏れていくことになる。今も騎士や職員が引っ切り無しに荷物を運び入れているが、この中でどのくらいの魔力が付与されるか分からなかった。
この日に備えて、王国では備蓄されている装備が集められていた。
協会でも奉納された品々が、ある一角に積み上げられている。
聖剣・聖杯・聖なる燭台・聖なるベルなどを目的とした物が多く、槌・盾・弓・防具・農機具や樽まで置かれていた。
ここにアキラ達が取ってきた荷物を置かせてもらう許可を取っていた。
「うん、大分勉強しているようね。後は秘密にしたい内容もあるのでここまでにしましょうか。質問がある方はいらっしゃいますか?」
「マザー、少しよろしいでしょうか? 私は国の代理としてここに来ているガレリアです」
「はい、どうぞ。あ、リュージ君がいつもお世話になっております」
「こちらこそ。それで、完成した神聖装備の取り決めを先にしないと、もめる事になりませんか?」
「グレオスティ、そしてガレリアさま」
「「はっ」」
「お二人がもめると言うなら、この儀式そのものが意味のない物になるでしょう。争いの為の儀式では、女神さまの意思に反します。この儀式は病に打ち克つ人々の為の儀式と聞きました。もう一度聞きます。利を捨て、個を捨てこの儀式を続けると誓えますか?」
「「……はい、仰せのままに」」
「お前達は忘れているかもしれないが、『聖母』は王家に顔が利くし、国民に一番人気があるんだぞ。何を困る必要がある?」
「「あっ……」」
「この儀式が廃れた理由が垣間見えたのかもしれませんね。今後は両団体に交流が生まれる事を望みます」
聖者達がこのやり取りを微笑ましく見ている。
今集まっている聖者達の半数以上は、次回この儀式に参加することはないだろう。
魔力・体力・気力を激しく消耗し、女神さまの力を借りるこの儀式は、そもそも頻繁に行うものではない。
国と協会と民が協力してより良い生活を送る為にも、女神さまに感謝こそするが、頻繁に力を借りる事は善しとしていない。
大雑把な説明が終わると、後は準備を進めながら儀式に移ることにした。
騎士団からは、「雑用にでも使ってくれ」と4名の騎士が参加することになった。
協会からはダイアナとアンジェラ達が参加をするが、どうしても力仕事なども出る為、騎士団から申し出たのだ。
搬入も落ち着き扉が閉まると、『寄り添う者』がみんなを部屋の中心に集めた。
「これより『聖別の儀』を始めます。ここだけの話、堅苦しい儀式ではないので三日間皆さん宜しくお願いします」
「「「はい」」」
ヴィンターが指示を出すと、騎士達が部屋の内鍵を閉めてくる。
指示を出す者がより中央に集まり、作業をする者は少し後ろに下がった。
「今回はガレリアさんとリュージさんを中心とするGR農場が間に入ってくれました。王国と協会の両者の間を取り持って頂いたので、この儀式を最後まで見守って頂きたいと思います」
「堅苦しいのはそれくらいで良いんじゃねーか?」
「はぁ、初日くらいは聖者らしき態度をと思ったのですが……。女神さまの教えを守っているにせよ、少し協会との距離を取り過ぎたのかもしれませんね」
『寄り添う者』の説明によると、この後中心に一箇所・四隅に一箇所ずつ篝火を焚くのが通常らしい。
この時期は寒さ対策も兼ねているが、室内で火を焚くのは正直好ましくはない。
室内を神聖な空気に保つのが目的のようで、変更出来る点は既に相談済みだった。
「これはエント氏に依頼をして用意してもらった石柱です」
「何の変哲もない石だが、これから完成させるので少し手伝いを頼みたい」
「じゃあ、その間に環境を整えますね」
中心に置かれた1.5m位の高さの円柱に、宝石をジャラジャラと袋ごと取り出したガレリア。
円の大きさは直径60cm位で、そこに集まったのはガレリア・エント・サリアルだった。
そこに顔を出したのが宮廷魔術師団から風属性魔法使いのメフィー、水属性魔法使いのワァダ、火属性魔法使いのフレアだった。
興味深そうに顔を出したマザーは、透明な水晶の結晶を手に取ると、宮廷魔術師団の3名はそれぞれ属性の色で馴染む宝石を手に取った。
リュージは各国を回りながらも魔法の修行を怠らなかった。
以前はサリアルの手伝いを借りないと発動出来なかった、防御効果を備えた温室の魔法は、今では一人で発動出来るようになっていた。室内のちょっとだけ内側を範囲指定して魔力を延ばしていく。
徐々に競りあがる白い壁は、サッカーコート一面もあるエリアを全て覆っていた。
「随分面白い魔法を使うじゃねーか? なあ、リュージ。ちょっとこれ殴ってもいいか?」
「おいおい、『拳の説法師』それはリュージに失礼じゃないか? やっぱりこの剣で切り裂いてみないことには……」
「二人とも、いい加減にしなさい。リュージさんが困ってるじゃないですか」
間に入った『寄り添う者』は、口ではそう言いつつも何か期待している目だった。
「温度を調整しているので、一回ずつなら良いですよ」
「そんな事も出来るのですか?」
「寒くないとダメとか、そういうものではないですよね」
「ええ、既に部屋が徐々に浄化されているような気もしますが、先ほどの表現で言うと焼き上げるのは温度ではないですから」
雑談中に拳に魔力を纏わせて殴りつけた『拳の説法師』と、切りつけた『闇を切り裂く者』の剣士。
前者は手加減したようで「もう一回」とこちらにアピールしてきたけど、一回は一回なのでストップをかけた。
剣士の方は表面にヒビを入れたようだけど、白い壁は自然に修復していった。
「これは防御魔法なのでしょうか? 神聖魔法の魔力も感じますし、それ以外の守りの力も」
「申し訳ありません。詳細は私にも分からない魔法なのです。あちらの準備も出来たようですし、聖火台の点火式と行きましょうか」
「そうですね。これから三日間が楽しみです」
儀式とは目的・手段・やり方など、変えてはいけないもののオンパレードなのが普通だ。
それがこちらの提案を次から次へと聞いて貰い、アドバイスまでしてくれたのが『寄り添う者』だった。
部屋が徐々に暖まると、まず第一段階に入る。聖者達とガレリアのもとへ行くと、宝石を一つ選んだ。




