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057:シスターアンジェラ

シスターアンジェラの二つ名『聖女の秘蔵っ子』→『聖母の秘蔵っ子』に変更しました。

遡って変更したので、揺れはないと思います。

 王都の学院でみんなの成長を見守るのが、今のシスターアンジェラの仕事だった。

今の仕事は協会からの出向という立場であり、結婚してからも仕事が続けられるよう、便宜を図ってもらった場所だった。

王都直轄領のラース村という場所で、サラとルーシーと一緒に孤児院で育ったアンジェラは、独り立ちする年齢になっても孤児院を離れなかった。年下の弟や妹達が心配だったのと、何より孤児院一の寂しがり屋だったからだ。


 そんなアンジェラにも転機が訪れる。

育ての親であるマザーの助言と、神託によりラース村を離れることになったのだ。

マザーは現王の家族である。例えその存在が認められないとしてもだ。

愛する人と駆け落ちをし、『最果ての流刑地』と揶揄される場所でひっそりと暮らしていた。

王家が知らないはずはない。ただ王国としては静かに暮らすマザーの事を見守っていたのだろう。


 アキラの義母であるレイシアも同じ事をした。

『王家の義務を放棄する』という、最大級のタブーを犯してレイシアは駆け落ちをした。

結ばれぬ恋を成就させたレイシアは、国民には絶大な人気だ。

『王家の珠玉』と評されるレイシアの心を射止めたのがスチュアートであり、その愛の結晶がウォルフ・ミーシャ・ロロンだった。


 そんな繋がりを持つマザーが、アンジェラを王都へ送り出すと、協会はとても困惑した。

アンジェラがやって来たのは、王子と協会の一部による腐敗の究明を推し進めていた時期だった。

アンジェラは王都で人気だったダイアナと、ラース村で仲良くなったので、まずは彼女を頼ることにした。

それからは農場でリュージやガレリアと面談し、王国からの付き添いの者と一緒に協会の上層部へ挨拶に行ったのだ。


「紹介状は承りました。マザーはお元気ですか?」

「はい、元気に暮らしています。私の事はみなさまにお任せしますと言い付かっております」

「そうですか……。あなたも協会に関わる者なので分かるとは思いますが、名声を求めるならラース村に戻る事をお勧めします」

「名声は必要ありません。どんな事でも頑張ります」

「そうは言っても、この紹介状の存在が難しくさせているのです。一先ずはダイアナの所で仕事を覚えてください。多分、そのうち試練という形で話が届くと思います」

「それが女神さまの御心に適うものならば……」


 アンジェラが訪れた事により、協会では『取り込む』『拒絶する』『特別な対応をしない』という三つの意見が出た。

マザーの存在が大きすぎたのだ。正常な判断を考えれば、『特別な対応をしない』というのが当たり前なのに、過剰に反応してしまった一部の過激派が出した試練が何故か通ってしまった。

それは『スラムの掃除をする』という、如何様にも取れる試練だった。


 水は低きに流れるという。

豊作が続き都会に人が集まると、冒険者や新しい仕事に就く者が増えていく。

一時期は農場や貴族家など、多くの雇用を生み出していたが、無限に雇用が生まれる訳ではない。

職の不一致という現象も起こり、徐々に優しい闇に身を委ねていく者が現れ始めた。

怪我をした冒険者や裏家業でしくじった者などもそれに当たる。

王子の結婚の際に恩赦があったので、深刻な闇にはなっていなかったが、それは確かに存在した。


 GR農場ではガレリアとリュージが、ダイアナとアンジェラの話を聞いていた。

「協会は何を考えているんだ……」

「そうですね、今回はフォローしようがないですね」

「私の上司は止めようとしているので、少し時間を頂ければ……」

「……あの。私やってみようと思うのです」


 折角王都へ来て、何もせずに帰る事は出来ない。また、女神さまより光を照らす存在となるように神託をうけている。

アンジェラが前向きに捉えると、それからは実現の為に何が出来るか考えることになる。

冒険者を雇うとか護衛をつけるとか、ただの清掃活動にするか、その一角を光が差す区画にするのか。

その中で不意に、ガレリアからアンジェラを歓迎する会について話があがった。


 王子が「マザーの孤児院で育ったならば、俺の家族みたいなものだ」と発言してしまったのだ。

すると、貴族家が次々と挨拶をしたいと言い出した。

基本的に政協分離の法則が当てはまる。協会は王国から援助はあるが、法律を無視しない限り、協会には協会の守るべき法が存在する。それは女神さまや精霊さまを奉る上で欠かせないものであり、人の心を正しく導く為のものだった。


 こういう時、大抵ガレリアが間に入ることになる。

法衣男爵でもあり、王国の英雄として長く王都に暮らすガレリアは、すっかり王都民の代表として仕事を割り振られていた。

「これは断っても角が立たないと思うが……」

「協会と貴族家はくっつかない方がいいですよね」


 ガレリアとリュージの確認に、アンジェラは慎ましい形なら良いと思うとはっきり告げた。

不思議そうに見るダイアナに、アンジェラは「私に価値があるなら、投資をして頂こうと思います」と微笑んだ。

作戦をガレリアとリュージに相談すると、二人は頷きダイアナは感心した。

これは協力者が必要だと思ったリュージは、全員で食堂へ行きアンジェラを「姉みたいな存在です」と紹介した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ダイアナ。アンジェラは大丈夫なのか?」

「はい、ヴィンター様。今回は炊き出しの協賛のお願いらしいです」

「そうか。それならば商家や貴族家に依頼するのもおかしくないな」


 この日の為にガレリアは、挨拶したい貴族家全員に招待状を出していた。

王子の発言により大事になってしまった王家は、今回の参加を見送ることにした。

特殊な職員として参加する王妃はカウントしないにしろ、今回のアンジェラの歓迎会は公爵家がトップとして多くの者が参加した。


 立食形式で最初にアンジェラが挨拶し、後は座席がある席で自然とグループが出来て歓談が始まる。

GR農場のオープンサロンという場所で行い、食事代はGR農場が持つという、こぢんまりとしたパーティーだった。

そんな無料のパーティーにも文句を言う輩が少なからず発生する。


「今日のパーティーは控えめよね」

「そうね、この程度の料理なら、うちのシェフの方が……」

「所詮は平民の農場なのよ。期待しすぎたわ」


 今日のアンジェラの挨拶は二部構成だった。

自己紹介からマザーという方に育てられたと、今までの経緯を話したのが第一部だった。

王家が関わらなければ、掃いて捨てるほどの十把一絡げのシスターだろう。

それでもマザーという名前を出した事によって、多くの者が優しい気持ちで接しようとしていた。


 苦情が出た後、再びアンジェラが挨拶を行った。

まずはGR農場への謝辞を伝えると、リュージからは「姉みたいな存在です」と、どこかで聞いた話がみんなに届く。

そして今回の食事はラース村で、最近になりようやく豊かに食事が出来ることになった料理を再現したものだった。

調理班に手伝ってもらったが、ワインやパンを除いたらアンジェラは何かしら調理に携わっていた。

それでも、味が薄いとか素材が貧相と言われてしまうかもしれない。

新鮮な野菜がある分、滋味溢れる味に仕上がっていた。


 第二部の挨拶が終わるとヴィンターが前に出て、アンジェラの事をお願いしますと頭を下げた。

満場一致の暖かい拍手で迎えられると、すかさずアンジェラは『炊き出しの協賛』の依頼をした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アンジェラが挨拶をした為、多くの貴族家から協賛金を獲得出来た。

それは常識的な物であり、公爵家だけでなく男爵家も喜んで出せる金額だった。

「本当に良いんだね」

「はい、みなさんに協力してもらって申し訳ないです」


 アンジェラの隣にはリュージとトルテがいて、御者にケインとセルヴィスの所から2名の護衛がいた。

今回は馬車の後ろに屋台を連結させていた。馬車には清掃用具をいっぱい積み、護衛の二人は腰に木剣を下げていた。

スラムに向かう日は協会には報告していない。

王子だけにはこっそりと伝えられ、国による介入は極力入らないようにと釘をさしていた。


 スラムに切り替わるエリアに入ると、自然と雰囲気の良くない者達が現れてくる。

トルテがメンバーと協力し馬車から屋台を切り離すと、炊き出しをする準備を進めていく。

「おう、兄ちゃんたちよ。ここは俺達の縄張りだぜ。何かしたいならショバ代出しな」

「言うとおりにしないと怪我するぜ。兄貴はこう見えても気が短いんだ」


 かろうじて成人前の少年に付き添う年下の男の子、凄味を出そうとしても全然怖くはない。

それより様々なところから来る無気力な視線と、ねっとりした悪意のある視線が嫌な感じだった。


「ぼく、お名前を聞かせて。私の名前はアンジェラ、協会から来たのでお金は持ってないんだ」

「へん、後ろのあんちゃん達が金持ちだろ? こんな馬車で来やがって」

「早く金だして帰れよ。俺達に構うな」


 まだ寒い季節だけあって、早朝から動いているスラムの住民は少なかった。

物乞いに行くにしても場所とタイミングがある。

変わった事を始めようとするこちらに、スラムのちびっ子達が集まりだした。


「私は協会から来たアンジェラです。これから炊き出しをしようと思いますが、元気な人には労働に対する対価としたいと思います」

「ねえねえ、お姉ちゃん。ご飯くれないの?」

「あのね、お手伝いする偉い子に美味しいものを用意したんだ。食べたくない?」

「「食べたーい」」

「おい、リル。勝手に進めるなよ」

「お兄ちゃんは黙ってて。ねえ、何をすれば良いの?」


 護衛が馬車から清掃用具を取り出すと、アンジェラは「食事の前にお掃除しましょう」とリルに箒を渡した。

調理班の長であるトルテは、ゆっくり準備を進めている。

半数くらいの少年少女が掃除を始めたので、絡んできた男の子も渋々掃除を始めた。


 真面目に一定時間掃除をしてくれた子に、アンジェラは肩を叩いて木札を渡す。

最初にリルが木札を受け取ると、馬車の近くにいるリュージに渡すように伝えた。

リルがリュージの所へ木札を持っていくと、ドンと置いた樽から水を出して手を洗ってもらい、ふかふかのバーガータイプの丸パンを渡された。そのまま食べようとしたリルに、リュージが待ったをかける。

「あの屋台の人に渡してごらん。きっと、もっと美味しくしてくれるよ」


 リルはパンを持ってトルテの屋台の前に立ち、「お願いします」とパンを渡した。

にっかり笑ったトルテは、大量に入っている油の中に小判型の何かを入れる。

そして、その間にキャベツの千切りをすると、丸パンに切り込みをいれた。

パンにキャベツの千切りを敷き、揚げ物を挟みソースをかけてパンでサンドする。


「はい、お待たせ。熱いから気をつけてね」

「ありがとう」


 小さい子には、かなりのボリュームだ。

熱いから気をつけてと言われても、いつ食べれば良いのだろうか?

ただ、圧倒的な熱量と香ばしい香りに、これ以上お預けをくらうのは嫌だった。

今食べなければ、次はいつ『まともな食事』が取れるか分からないスラムだ。


 かぷっと可愛く齧ると、パンとキャベツにコロッケのほくほくが口の中で爆発した。

「ほっほっ……」

「おい、何か言えよ」

いつの間にか掃除をサボって絡んできた男の子が感想を求めた。

取られまいとくるりと回転して、もう一口齧ると「ほっ、ほいひぃ」と口にした。

ソースの部分に到着したようで、リルは驚いた顔をしていた。


 食べ終わった後、リルはアンジェラに挨拶をして再び掃除を始めた。

その姿に触発されたのか、子供達は更に真面目に掃除をしだした。

子供達には次々と木札が配られて、全員無事にコロッケバーガーにありつけていた。


 子供達が協力的になると、それが面白くない大人が出てくる。

「お嬢ちゃん、その場しのぎの事は止めてくれねぇか? 明日からこの子達はおまえさん達に頼れねぇだろ?」

「それは……、その通りです。ただ、私達には望む人には仕事を紹介出来る準備も出来ています」

「ああ、それは分かった。でもな、ここが居心地いい奴もいるんだ。そういう奴の事を考えてくれねぇか?」

「それは、明日の糧を得る手段があるということですね。誰に後ろ指を差されることもなく、この子達に明るい未来を見せられるのですね」


「子供達はほっといても育つだろう? 弱い奴は死ぬ、それだけだ」

「私達は明日を望む人に希望を与えたいのです。こんな環境でも、みんな一生懸命生きているのです」

「お嬢ちゃん、怖くはないのかい? あっちの兄ちゃん達は気がついているみたいだが」

「もし、ここで私が傷ついても、あなた達に危害を加えないようには話しています。備品は預かり物なので返さなければいけません」

「そうか……」


 男が手を上げると、周りを包む空気が霧散した。

いつの間にか近付いて来たリルは、持ってきたコロッケバーガーを男に渡す。

「ねえ、これ美味しかったよ。食べて」

一口齧った男はアンジェラに、「美味かったよ」と伝え名前を聞いた。


 大量に置かれた清掃用具のお陰で、スラムは少しだけ綺麗になった。

アンジェラの報告と国からの厳重注意により、協会では一騒動となったが、アンジェラの無事に協会の否定派まで認めざるを得ない状態になった。マザーの威光は強いが、認めるしかない。

この炊き出しから彼女は、『聖母の秘蔵っ子』と呼ばれるようになった。


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