056:成果
二本のレールが発生すると、今度は壁に変化が訪れる。
入ってきた扉を除く一面に、石の鋭い棘が生まれたかと思うと、反対側の壁にはその棘を受け入れる為の穴が開いたのだ。
もう一回ガコっと音がしたと思うと、今度はズズっと入り口近くの壁が動き出した。
「グレファス、ぼーっとしてないで。サラとルーシーは魔法で止めるか手伝って」
「分かった、シーン。タップさん、その宝箱は諦めて逃げましょう」
「少しだけ時間をくれ。デストラップでもない限り、どこかに止める装置があるはずだ」
「分かりました。ただ、脱出第一なのを忘れないでください」
「アキラ、いざという時は頼んだぞ」
シーンとグレファスが武器や盾を投げると、入り口の扉を押し止めようと体重をかけて踏ん張る。
ルーシーは出口方面の石壁に向かって、「粉々になっちゃえ」と魔法を唱えた。
石や岩に本領を発揮するルーシーのこの魔法は、バチっという音と共に何かに弾かれていた。
「ルーシー、無理だよ。モンスターはまだしも、ダンジョンへの攻撃は効かないに決まってるじゃない」
「サラちゃん、全ての可能性を試してみないと……」
「それよりも、あのレールをどうにかしようよ」
グレファスとシーンが押さえている事で、壁の移動速度は一割位抑えられている。
ルーシーはサンドウェーブを唱え、その砂を全部レールに埋めていく。
溢れた分の砂が天井に張り付き、サラが水と植物の魔力を使い蜘蛛の巣状に補強していく。
「「即席魔法、スパイダージェイル」」
魔法の邪魔をしないように、シーンの合図でグレファスは一旦その場を離れる。
そして完成した魔法の隙間から、二人は後ろ向きに背をもたれかかってタップを確認した。
一旦壁の動きが止まる、それと同時にタップは宝箱を開錠し、何かをアキラに投げた。
キャッチした瞬間すぐに収納に仕舞うと、サラとルーシーが地面に落ちている武器と盾を持ってきた。
必要なものを全部回収したので、後は脱出するだけだった。
みんなが壁に対処している間、自分は通常出口が発生する場所を調べていた。
他の壁は穴が開いているので、出口が発生することはないだろう。
そうなると、考えられるのは宝箱を開けると出口が発生するか、宝箱自体にギミックがあるかだった。
「くそっ、デストラップだったか」
必要な荷物を全部回収した後、タップのこの台詞を聞いた。
一旦止まった入り口側の壁も、再び稼動を始める。
溝を埋めて蜘蛛の巣状に張り巡らされた二人の魔法も、軋む音が次第に大きくなり、グレファスとルーシーは再び前を向いて止めに入る。それに協力するようにサラとルーシーも壁を押し返そうと力を入れ始めた。
宝箱を開錠しても装置が止まることはなく、宝箱が消失してしまった為、ギミックも何も手を出せない。
タップには、見た限り出口側の扉に関する情報が何もないことを伝えた。
このままでは串刺しにならないまでも、凹凸が合致するなら、壁と壁の間で圧死という結末が待っていた。
タップは一生懸命調べているが、扉を発生させるヒントにたどり着いていない。
ダンジョンの意思というなら、捕食の意味も込めたデストラップもありだと思った。
特待生四人が壁を押し返そうとしていると、とうとう魔法によって作られたレールの溝と蜘蛛の巣状の抑えが音を立てて砕けた。
この壁はダンジョンの意思であり、石壁は通常の土属性の生成物とは異なる。
最初に二人で一割を抑えていたはずなのに、四人でも先程よりスピードが速くなってきている。
部屋の半分を通過すると、タップが動いてくる壁の方に走り、自分の名前を叫んだ。
今、自分にしか出来ない方法で自然な事……。
『扉が開き脱出できればいいんだ。そう、扉さえ出れば!』、そう考えると自然に唱える魔法が決まる。
小さくルームと唱えると、壁の中から薄っすらドアが表面に現れてくる。
徐々に重さが増してスピードも上がってくる石壁に、アキラは魔法の完成を焦れながら、完成した後はすぐに奥側にドアを開けた。
「みんな、脱出場所を見つけました。一人ずつ入って、急いで!」
サラが抜けシーンが抜けると、加速度的に石壁がスピードを上げていく。
ルーシーが抜けグレファスが抜けると、グレファスに引っ張られるようにドアを潜り、タップが高速で圧死させようとする壁の速度を利用してスライディングで扉に滑り込んできた。
ドアが開いた状態で最後まで見ると、押しているので安全地帯と思われた場所に、最後に石の鋭い棘が発生していた。
ゆっくり十秒を数えた頃だろうか? 自然とドアが閉まりそのドアは消滅していった。
「「助かったぁ」」
「アキラ、よく見つけたな。それにしても、ここはなんだ?一面つるつるのグレーの壁だけど」
「グレファスさん。もしかすると、ここは隠し部屋かもしれません」
「あ、ああ。そうだな。隠し部屋ってことは罠を張るような奴はいないってことだ」
「アキラはここをどうやって見つけたの?」
ルーシーの鋭い視線に、タップがまずは怪我や装備の確認を促した。
何もない大きな部屋を隠し部屋と言われても、とりあえず危険がないというだけで心配になってしまう。
サラは急いでいたから感じなかったが、ルーシーには大きな魔力の存在を感じていた。
「はぁ、まあいいじゃないか。ここが安全な場所だったら少し休まないか?」
「そうだな。シーンは本当に大丈夫か? もう、帰るだけだけど、違和感があったら迷わず言えよ」
「はい、タップさん。アキラ君の魔法で、呼吸も元に戻ったから大丈夫です」
「本当にアキラがいて良かったな。ポーションがあるとは聞いていたけど、あの状態じゃ飲めなかっただろ?」
「そうね。パーティーは助け合いとは言うけど、私達前に出るタイプには魔法使いの存在は大きいよね」
静かにシーンを見つめるサラとルーシー、シーンは慌てて「二人がいて助かった」と補足をする。
昔に比べて魔法使いが多くなったとはいえ、パーティーに魔法使いがいること自体が贅沢なのだ。
リュージは別格にしても、二人はそれぞれ二種類の属性魔法が使える。
アキラはアキラで、神聖魔法がこの年で使える事自体稀だった。
室内に入った場所からあまり離れず、マットを広げてお茶の準備をする。
タップから「ヘタに動き回ると、何が起こるかわからないぞ」と脅されたからだ。
少ししても何も異変が起きないことに安心したグレファスとルーシーも、みんなと一緒になってお茶を飲み始めた。
深い呼吸をしたグレファスは、この三日間の疲れを振り返っていた。
収納から改めて剣や盾を出して状態を確かめる。
タワーシールドの損傷がとても激しく、一身に背負ったダメージは盾だけではなく、グレファスにも圧し掛かっていた。
肉体的な疲れの他にも精神的な疲れがあるだろう。
今回の冒険での敢闘賞は間違いなくグレファスだった。
「それにしても、タップさんがトレジャーハンターだったなんてね」
「意外だったか? こういうパーティーには危険を察知する能力や、宝箱に関する技術、罠なんかに関する技術が必要になるだろう?」
「正面から倒してお終いなら楽なんだけどな」
「グレファス、騎士としての戦いならそれでもいいがな。くれぐれも犯罪者に卑怯者とか言うなよ」
「言う訳ないだろ」
「「「言いそうだよねー」」」
気が緩んだのか、笑いが起こる。特待生の四人は、今回の冒険を楽しんでいた。
それは決して助けるべき目的の女性を忘れていた訳ではない。
最善の努力を尽くして、みんなが無事で笑い合えている。それは、これからを生きる上で大切なことだった。
冬が終われば、後一年で職に就くことになる。基本的に特待生達は、違った人生を歩むことになるのだ。
回収した装備から必要な装備を渡し、身軽な状態にしてから荷物を預かることになる。
この部屋の探索をされても困るし、このままでは出口はない。
みんなが少し落ち着いたことを確認すると、アキラは十層の出口を思い浮かべ壁にゲートの魔法を唱えた。
一瞬振り向いたルーシーをタップが目で制する。
「ここから出られそうです」とみんなに告げると、みんなは伸びをしたり体をほぐしたりして帰りの準備を始めた。
ドアを潜ると、見覚えのある石柱を発見する。
「これはテレポーター……かな?」
「ルーシー、あまり気にするな。降りてみれば今まで通った場所か、新しい場所かは分かる」
「そうですね。アキラ、よく見つけたね」
それから一旦次の階層に行き森エリアだと分かると、さっきの場所が十層の出口だと分かった。
「もうここまで来れば……」
「ここまで来れば?」
「いや、みんな。きちんと帰るまでが冒険だ」
「はぁ、口に出す前に気がつけばなぁ。まあ、学園でみんなにしごかれてこい」
帰りのルートで釣り人のブレスに挨拶をし、地上へ戻るとダンジョンへの挑戦は終わった。
タップは代表として、ダンジョンアタックを正式に終了することを冒険者ギルドへ報告に行った。
いくら冒険者が自己責任によってダンジョンに潜るとは言え、国を代表して来ているグループには無事に帰って欲しい。
変に勘ぐられても冒険者ギルドは困ってしまうだろう。
「今日は軽く打ち上げしたら、明日から王都へ戻るぞ。ここでのやり残しがないようにしておくように」
「「「「「はーい」」」」」
「ねえ、シーン。お土産買いにいかない?」
「うん、いいね。えーっと、二人には荷物持ちをさせてあげるよ」
「「えー」」
「アキラ君も来るでしょ?」
「あ、いえ。先に宿に戻って休んでます」
「そうか、まだ十歳だもんな。大きくなったら俺が剣の指導してやるよ」
「今時点で剣の腕は互角かもよ。だって、アキラの家は……」
「ルーシーさん、その辺で。グレファスさん、その際は是非お願いします」
みんなと別れ、誰も来ない場所を見つけると最後にマークの魔法を唱える。
そして、一足先に王都のセルヴィスの元へリープした。
セルヴィス夫妻に挨拶をすると、無事冒険が終わった事を伝える。
その足で農場へ向かうと、リュージへの面会を求めた。
応接室でガレリアとリュージが迎えてくれた。
「よく戻ったね」
「アキラ君、お疲れ様。その顔を見たら分かるけど、報告してもらえるかな?」
「はい、タップさん達と1週間ダンジョンに入って、多くのモンスターを倒しました。みんな無事です」
「うんうん、無事に帰ってくれたのが一番嬉しいよ。でも、家に帰るまでが?」
「遠足です」
「……遠足とは?」
「「ごめんなさい」」
「まあ、リュージ君はたまに変わった事をよく言うから大丈夫だよ」
「その言い回しに違和感が……」
「すいません、これが戦利品です」
自分の収納から戦利品の収納を取り出すと、戦利品を出そうとした。
リュージは後でゆっくり見るよと言ったので、生鮮食料品だけ対応を頼むと、色々質問されてしまった。
主にオークから出た肉と、釣り人のブレスが関わった魚介類についてだった。
リュージの収納も時間停止がついているらしい。
詳しい報告はタップと特待生から聞く予定らしいので、今出来る事はこれだけだった。
耳の具合が悪いシリルについての最新の情報を聞いた。
まるっきり音を認識出来なかったのが、かなり聞き取りにくいけど聞くことが出来るようになっていた。
ただ、音によって耳をつんざく程だったり、まるっきり認識できない事もあるらしい。
緊急性は高くはないが、希望があるうちに対応したいのが関わったみんなの気持ちだった。
報告が終わると、みんなの下へ戻った。ささやかな祝勝会の後はゆっくりと睡眠を取る。
今自分達に出来る精一杯の事をしたのだ。後はシリルさんを救うだけだった。




