053:風の心
「ねえ、サラ。ルーシーって……」
「違うよシーン。それはいつも……」
サラとルーシーとシーンは、3人で冒険者ギルドへ向かっていた。
いつも二人でいる事が多いサラとルーシーだけど、決して二人の世界が狭い訳ではない。
田舎ではみんな家族というような生活をしていたせいで、都会での人と人との距離感が掴めなかった事はあるけれど、明らかな敵意を向けられない限り人付き合いは良い方だと思っていた。
サラとシーンは最近仲良くしている。
ルーシーはそんな二人に割り込む勇気はないので、少し離れて冒険者ギルドへの道を先導していた。
「でもさ、サラはルーシーの事嫌いじゃないんでしょ?」
「それは……、だって家族だもん」
「一緒にいるのが当たり前って事?」
「そうだけど……、何か違う。もー、ニヤニヤしないで」
言い争いだと思ったルーシーが後ろを振り向くと、二人から前を向いて歩くように注意された。
こういう時はあまり立ち入ってはいけない。孤児院には旅立った者は多いが兄や姉がいっぱいいるので、そういう時は知らん振りをするのが、一番被害が少ないと言っていたのを思い出した。
再び前を向いて歩き出したルーシーは、背後の会話を注意深く聞きながら、歩幅でばれないように同じペースで進んでいた。
「ルーシー、ちょっとこっちに。二人に聞きたい事があるの」
「なーに? 話って」
「シーン、何かな?」
「二人はグレファスの事はもう怒ってない? 正直に言って欲しいんだけど」
「私はあまり怒ってないよ。詳しい話を聞いた後にすぐルーシーが戦ったしね」
「僕は……、怒ってはないかな。段々この性格だったら仕方がないんだなって思えてきたよ。孤児院ではそういう子もいたしね」
「ああ、いたいた。構って欲しいんだけど、『遊んであげてもいいよ』って言ってたね。そう思うと可愛いよね」
「可愛くはないよ。でも、今なら大丈夫。一緒に住むのはちょっと考えたいけど、パーティーを組んだり何かを一緒にやるのは嫌じゃないよ」
「そっか、私もグレファスの事を凄い好きって訳じゃないのよ。でも、あの性格を分かってくれたならいいかなって」
今回の特待生を中心とした人選は、明らかに仲直り目的だと分かった。
それは2対2でそれぞれの保護者が後ろにいて、学園長まで絡んでいた時点で明らかだった。
では、タップとアキラについてはどう説明をしたら良いか?
普通に考えるなら、学園の4人しかいない特待生が全員旅に出るならば、学園から保護者が出るはずだ。
学院は私塾の集合体みたいなもので、二つの学園みたいに平均して学ぶ場所ではない。
しかもタップは学院でも講師という立場をとっておらず、細工屋が家業と言っていた。
リュージの同級生と言えば聞こえは良いが、冒険者の先輩というポジションがピタッとくる。
では、何故あの立ち位置なのだろうか? もっと隠れた技術を持っているのではないかとシーンは考えていた。
次にアキラだけど、この4人の特待生でさえ若いのに、何故更に小さい子をいれるのだろうか?
一つはグレファスに対する、『教育』の意味があるかもしれない。
同じ貴族家で保護すべき小さい子にまで、無下に扱う事はしないだろうという憶測がある。
いくら収納持ちだからと言って、リュージからは別の収納を預かっていた。
出てきた料理を考えると、アキラの収納の方が優秀なのは分かるけど、それでも荷物を軽減出来るだけなら預かった収納で十分だと思う。そうなると、このメンバーに足りない隠し技みたいな物を、アキラが持っている可能性があるとシーンは熱く語った。
「二人はどう思う?」
「アキラ君については、あまり詮索しない方がいいと思う。もし神聖魔法以外の隠し技を持っていたとしても、多分周りから隠せって言われると思うよ」
「そうだね、サラちゃん。僕達も隠すのに随分注意したからね」
「魔法は才能だとか才能じゃないとか言われるけど、知らない間に出来ちゃう事があるしね」
「二人も小さい頃から目覚めたんだっけ?」
「「うん」」
マザーからリュージが家族になったと言われ、しばらくすると村に変化が起こった。
それはリュージが扱う魔法により、孤児院の近くの花壇が整備され、花や野菜が植えられるようになったのだ。
また、開墾に向かないこの村で、リュージはあっさり畑を耕しラース芋という甘い芋を収穫出来るようにしていた。
それから少しすると、王都の学園で特待生をしているリュージが村に戻ってきた。
村の生活が良くなる為の依頼で、この時村人から魔道具を使える素質のある人を探していた。
そこでお眼鏡に適ったのが、アンジェラとサラとルーシーだった。
マザーと一緒に協会に勤めていたアンジェラは、既に女神さまの声を聞けるようになっており、サラとルーシーは何故か直接精霊さまの声を聞き、それぞれの属性に目覚めていた。
サラは植物属性魔法を覚えており、植物の成長を促す魔法や休眠状態にする魔法を覚えていた。
その後、村での生活の中で水の精霊さまに逢い、「お水のお姉ちゃん」と呼んでとても怒られたけど、素直な性格を分かって貰えたようで水属性魔法を覚える事が出来た。
ウォーターボールは攻撃魔法として使っているが、元々魔法を維持させようと一番安定した形を考えると球体になる。
飲み水用のウォーターや耐熱の効果がある魔法の他に、体の活性化と頭脳の沈静という相反した補助魔法を唱えられるようになっていた。
ルーシーは土属性の魔法を覚えていた。
能力的には低いけど畑の癒しや石や岩を砕く魔法なども覚えていて、その後学園でメフィーという宮廷魔術師団の副長という立場の人に風属性魔法を教わった。
ルーシーもラース村の頃に、サラと一緒に水の精霊さまには逢ってはいるけれど、魔法を覚えるまでには至らなかった。
ただ、特性というか水の動き自体は覚える事が出来たので、サンドウェーブという魔法を編み出してよく使っている。
多くの砂をそのまま移動させるのは結構大変で、波の動きを真似して動かしてみたら使い勝手が良かった。
魔法として一般的に言われているのが、属性には相性があるということだ。
火と水は相性が良くないと言われ、4大属性ならば残りも相性が良くないのでは? と言われている。
自然現象で言うならば、風単体の竜巻をベースに考えると、風と水の渦巻きや風と土の砂塵などがある。
では、どれが一番にダメージが大きそうかと言うと、風単体の竜巻だろうと言うのが一般的に多い意見だった。
ただ、魔法とはイメージであり、一般的に合わない物が覆される例などいくらでもある。
三人が冒険者ギルドへ到着すると、広い訓練エリアの一角を借りることが出来た。
シーンはちょっと離れて、新しい武器であるトライデントの先を保護してある布を取り、嬉々として素振りを始めた。
サラとルーシーは槍とトライデントでは、先にある鋭い部分が一本か三本の差じゃないか? と思っているけど、シーンにはその差は大きかった。大きな動きとしては突くと払うだけど、念入りに素振りをした後は標的に向かって攻撃を繰り出していた。
サラとシーンは、新しい魔法の構想を地面に枝で書いて相談していた。
王都へ来る事が決まって、故郷のクルックという鳥で豪勢なお祝いをしようとして、ちびっ子達が張り切ってクルックと格闘することになった。手伝おうとする兄や姉達は、そんなちびっ子達の思いを無にすることは出来なく、元々気性が激しいクルックの性質も相まって大変なバトルにまで発展した。
即席魔法バードジェイルは、そんな時に鳥籠があったら楽だったねと相談して出来た魔法だった。
王国では最近の学説として、魔法には『攻撃的意志』『防御的意思』『特質/特性的意思』があるとされている。
分かりやすいのは、ファイアーボールや竜巻などの攻撃的意思で、今まで戦闘に使われているメジャーなものだった。
そういう理由で、魔法使いにも属性によって喜ばれる魔法も、残念に思われる魔法もあった。
水や土はどちらかと言うと防御的意思が強く、火力を求める冒険者や宮廷魔術師団にはあまり喜ばれる事はなかった。
そこの意識改革をしたのがリュージだった。土や水の魔法を、植物を育てる方向に活用しだしたのだ。
「魔法とは攻撃手段だ」という考えをしている者達には目から鱗だった。
農業王国としては正しい魔法の使い方だったが、固定観念に凝り固まった前世代の人々には受け入れられない事も多かった。
サラとルーシーが知る限り、こちら方面で魔法を使えているのは、自分達以外はリュージとレンとザクスしかいない。
ザクスはまた違う方面に活用しだしているが、魔法は人によって使える人と使えない人が出てくるものだ。
そして、記録にあった4大属性の水属性と回復魔法を結びつけたのもリュージだった。
記録によれば、4大属性魔法を使った回復魔法は存在するらしい。
サラはリュージが使う水属性魔法の『ヒールミスト』という魔法を覚えたかったが、リュージが王都にいない事が多くなかなか会えない為、何をどうやったら良いか農場で作業を手伝いながら考えていた。
「折角リュージお兄ちゃんが王都にいるのに、教えて貰えないなんてね」
「サラちゃん、魔法は想像力なんだよね。魔道具を探し当てるのも大切だけど、治療出来る魔法を開発すればいいんじゃないかな」
「ルーシー。でも、今回は聴力の異常だから風属性になるんじゃないかな? そうなるとルーシーの出番だよ」
「癒しの魔法と言えばアンジェラお姉ちゃんだし……」
「難しいもんですな。あっしには何とも」
「え? あれれ。もしかして風の精霊さま?」
「坊やから救援が入りやして。近くにいるならと返事をしたところ、風に誘われてやってきやんした」
三度笠にグレーの着物風の服、茶色いマントに腰に刀を差した小さい子が浮いていた。
土の精霊さまや水の精霊さま達が、緑の精霊さまの事を『坊や』と呼んでいたのを覚えている。
サラとルーシーはお世話になっている農場で作業をよく手伝っていて、精霊の園エリアでも多くの昆虫や緑の精霊さまと交流を深めている。
「あの、風の精霊さま。王都で耳が聞こえなくなってしまった方がいるんです。どうにかして助けたいのですが」
「ふむ、それは大変でやんすね。音と言えばあっしの領分ですが、その人その人に適切な治療がありやす」
「では、魔法でさっと治す事は出来ないんですか?」
「風の魔法にも癒しの魔法はありやすよ。女神さまに仕える者ですから」
「それを教えて貰う事はできませんか?」
「ふーむ、あっしは教えるのが苦手でやんす。ただ、坊やからの救援なのでヒントを見せる事は出来やす」
ギルド職員が巡回にやってくる。30代を少し越えた男性職員で、早くに訓練しているシーンを見て頷き、魔法使いが大きすぎる魔法を使っていないか確認しに来たようだ。
ギルド職員には精霊さまの姿を見ることは出来ないので、そのままヒントを見せて貰えることになった。
風の精霊さまは口元に片手を添え、かなりの高音に魔力を乗せて音にならない音を発した。
するとサラとルーシーは耳を塞ぎ、遠くにいるシーンまでびくっとして周囲を見回していた。
このギルド職員は何事もないように見回りを続けていた。
「どうでやんすか? 魔力の流れは見えやしたか?」
「はい、ただ効果が分からなかったのですが」
「想像力でやんすよ。風の魔法がただ相手を切り刻むだけじゃないと分かれば、新しい発想にたどり着きやすよ」
「ねえ、ルーシー。やっぱり私達に攻撃魔法は合わないよ。もっと別の事を考えよう」
「そうだね、サラちゃん。風の精霊さま、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「その子が治ることを祈ってやす。一人一人に力を貸すことは出来やせんが、全ては女神さまの思し召しでやす」
風の精霊さまはクルリと回転すると、一瞬のうちに風に溶け込んでしまった。
それからはサラとルーシーは昔話を交えながら魔法の構想を練っていく。
ルーシーはさっきの魔力の動きを自分の物とし、これをどうやって治療に役立てるか考えることになる。
しばらくすると、買い物チームが合流してきた。
シーンとグレファスが盾とトライデントの使い勝手を確認し、アキラとタップはギルド職員から弓矢の扱い方を習っていた。
サラとルーシーはいつも仲良しだ。気持ちが繋がれば異なる魔法も昇華出来る。
儀式魔法とはそういうものであり、一人で出来ない事は二人でやれば良い。
それぞれ特訓している内容は違うけど、『たった一人の女性を救う』その一念で全員の心は繋がっていた。




