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048:可能性

 多目の塩を振ってカツオの身を炙っている間に、テーブル・皿・カトラリーやおろし生姜・にんにくの準備をお願いした。

サラのお陰で熱さが大分和らぎ、表面に良い色がついたら火からおろす。

釣り人からは、「まだ生焼けだろう」と指摘があったけど、刺身でも食べられる鮮度なのでこれで問題はない。

カツオのたたきはバリエーションが多く、薬味やタレをかけた後包丁の背で叩くとか、冊の状態で叩くとかあるけれど、今回はシンプルに炙ってからスライスしていく。


 ポンズと醤油の両方を出し、薬味はスライスしたニンニクとおろし生姜が用意された。

「じゃあ、毒見ということで自分が先に食べますね」

「あ……、ああ」

みんなが注目する中、薄っすら焼き色がついたカツオのたたきの中心は、飴色というかルビー色になっている。

焼き加減も問題ないし、その身の上に少量だけ生姜を乗せて醤油につけて食べた。


「ど、どうだい?」

「はい、毒はないみたいです」

「「「「「そうじゃないだろ!」」」」」

「たくさんあるので、みんなで頂きましょう」


 ここは食材を提供してくれた釣り人の顔を立てて、みんなはフォークを持ちながら待っていた。

釣り人は同じようにゆっくり生姜を乗せると、二つに折って醤油につける……一瞬躊躇った後、一思いに口に放り込んだ。

「あぁ……、これはいい。何で今酒がないんだ……」

「そんなにか?」

「そんなにだ。しかも俺は今まで何で不味く調理していたんだと……」

「まあ、いいじゃないか。じゃあ俺達もご相伴に与るとするか」


 みんなで一斉にカツオにフォークを刺すと、普通に釣り人もその輪に混ざって刺していた。

その間に収納から色々と追加で出していく。

「これがカツオってやつか。生焼けの肉かと思ったら、まったく違うものだな」

「薬味とたたきがかなり合いますね。やっぱり酒が欲しいです」

「皆さん、ちょっと早いですが夕食にしましょうか」


 収納から出したのは、大量のおにぎりだった。

まだ火を落としていないバーベキューコンロに、そっとおにぎりを置いていく。

そして、壷からハケを使って醤油を塗っていくと、香ばしさと懐かしさが辺りに立ち込める。

「アキラ、こっち貰うぞ」

「あー、私も」


 我慢しきれなかったグレファスとシーンが、たまらず塩おにぎりの方を一齧りする。

たたきからの塩おにぎり、たたきからの塩おにぎりを繰り返す二人に、それぞれ手元の皿にたたきを確保し始める。

おにぎりを焼いている間に、今回は緑のスープを取り出すと、みんなに野菜スープを配っていく。


「ちょ、ちょっと待って。君達は観光に来たのかい? 私より充実した楽しみ方をして」

「これは報酬の先払いみたいなもんだと思ってくれ」

「うむ、良い報酬だ。出来れば、この醤油というものも取引としてお願いしたいが……」

「ああ、それは隣国のGR農場ってところの商品だ。お宅の商業ギルドでも、依頼があれば取引出来ると思うぞ」


 話しているうちに、今度は焼きおにぎりが良い具合に仕上がった。

待ち構えているグレファスとシーンは、先に食べていたので後回しだ。

釣り人に醤油おにぎりを渡すと、あつあつっと手の中で転がしながら一口食べ、あふあふっっと空気を吐きながら熱さを調節していた。あふあふっがふまふまっっとなって、スープをすっと一口飲むと、こっちも熱いのでワタワタしていた。

もっとゆっくり食べれば良いのにと思って水を渡すと、ぐーっと一息で呷って「はー、美味い」としみじみ零した。


 一応、この旅で出発前に聞いたけど、料理の経験者はほぼいなかった。

サラやルーシーは料理の手伝い程度は出来るけど、最初から最後までは作ることはなかったらしい。

自分もこの世界に来て手伝い程度だったけど、先輩から仕込まれた料理の技術は偏った方向で身につけていた。

主に魚関係の捌き方や調理方法で、「料理の基本は卵料理だ」とオムレツと出汁巻き等も合格が出るまでやらされた。


 そんな訳で、大部分の調理は農場のトルテと調理班からの支援物資で賄い、その他の調理は「素材を自由に使って、現地で作ってね」と大量に色々預かったのだ。

肉がドロップすると言うことは分かっていたようで、このバーベキューコンロと野菜が追加されたと考えている。

みんなの食べるペースが速いので、今度は味噌を塗りながら焼きおにぎりを追加する。

そして、残ったカツオも調理して欲しいと申し出があったので、みんなで美味しく頂いた。


「もう、大満足だよ。ちょっとこれからすぐに手配に行くから、また逢えたらこの池で待ってるよ。道具一式は君達の宿に届けるでいいかな?」

「ああ、それでお願いしたい。こちらはこのまま10層まで行き、一回ボス部屋をクリアしてから、その後の事を考えるよ」

「そうか、そういえば10層毎の仕組みは聞いているかな?」

「いや、聞いてないな。一週間から十日位かけて探索する予定の、まだ二日目だからな」

「そうか、ここは10層毎に特別なテレポーターが存在するようだよ。普段は職員しか使えなくて、緊急時には高位冒険者が助けにいけるようになっている。ただ、莫大な維持管理費用がかかるらしく、10層では使われる事も少ないけどね」

「良い情報をありがとう。今日は野営するかどうかは、その場で決めるとするよ」


 釣り人と別れて片づけをすると、8層と9層をゆっくり眺めつつ10層へ向かった。

10層のボス部屋近くのセーフティーエリアは、大きな樹のウロを中心に、杭と紐で囲ってある落ち葉の積もった広場だった。

どうやらそのウロに入ると、ボスがいる部屋に到着するようだ。

ただ、モンスターを引き連れて、ここに来る冒険者がいない訳ではないので、絶対に安全ではないらしい。


 テレポーターはこのボス部屋の奥にあるようで、周りの冒険者に聞き込みをすると、このボス部屋の敵は色々な種類が出るようだった。

主に森で出る上位の肉食獣系でクマやイノシシや狼、夜間だと吸血蝙蝠やフクロウが出る確率が高く、各種鳥系モンスターも出現するらしい。水生生物はタコやイカが出るらしけど確率はかなり低いようで、樹やキノコのモンスターも出ると言っていた。

こちらは複数の敵が数で攻めてくるので、対応手段を考えたほうが良いとアドバイスを貰った。


 今回の作戦も5層と変更はない。

ただ、数で来る事と物理的に届かない敵が出た場合、早めの撤退指示があるかもしれないという事だけは注意を受けた。

基本的にボス部屋とは、ボスの討伐であって殲滅ではない。

入室して一定時間を越えれば入り口は少しだけ開く。そして、討伐し終わったら、それとは違う開き具合で分かるようになっている。敗走用で開いた時に違うパーティーが入るのはマナー違反で、戦闘開始後に人数が増えた時はドロップがなくなるようだ。

また、逃げた方も助けた方も、何故かボス部屋をスルーした扱いになるようで、一旦外に出るまで同じ階層のボスへチャレンジする事ができなくなるらしい。

それなので、二次災害を防ぐ為に負ける可能性が濃厚なら、さっさと逃げるのがマナーになっていた。


 みんなの準備が整うと、順番が来たのでボス部屋に入ることにした。

樹のウロを中腰になってくぐると、そこは4箇所に杭があって部屋の広さを表現していた。

一番奥にひょろっとした樹があり、それを囲うように半円状の花壇の仕切りが地面にあり、チューリップ畑が夕日に照らされていた。そのひょろっとした樹の枝には、20~30匹の原色系の鳥が留まっていて、その重さにギリギリ耐えているようにも見えた。

最初の一羽が飛び立つと、次から次へとその長い嘴をチューリップに向けホバリングを開始した。


「あの小さい鳥はハチドリか?」

「凶暴な鳥なんですか?」

「いや、モンスターではなく普通の鳥だな。多分、思ったほど危険はないだろう。ただ、一人に集中すると危険だろうけどな」


 ひょろっとした樹には、一番高い場所に麦わら帽子があり、ぱっと見カカシにも見えた。

原色系のハチドリはエメラルドグリーンの色が一番多く、次に青がその後はピンク・黄色で最後に赤が一匹だけいた。

このひょろっとした樹は、スケアクロウと呼ぶことにした。


「さて、みんな。どう戦う?」

「はい、ここは俺が突っ込んで、耐えている間に……」

「却下だな。あのハチドリは多分一定の範囲に入ると群がってくるぞ」

「タップさん、これは遠距離攻撃で倒すタイプでしょうか?」

「いや、そうとも限らないぞ。ここはまだ10層だ。ボスの強さに上下はあると聞いているが、ハマればすぐ倒せなきゃおかしい難易度だと思うぞ」


「サラとルーシーはどう思う?」

「砂塵の魔法で動きを止める事は出来るけど、魔法が解けたら集中攻撃をされると思う」

「私の魔法だと難しいかな。やっぱり、みんなで弓を撃ってあの樹に突き刺すのが一番だと……」

「鳥籠の魔法ならある程度動きを止められるけど、集められるかと逃げられないかがね」


 グレファスを囮に集めてギリギリで逃げるという案は、面白いくらいに満場一致で却下された。

逃げ遅れて脱出できないとなると本末転倒だった。

「アキラは何か意見あるか?」

「はい、そもそもあの小さい鳥に矢を当てるって難しくないですか? それと、そもそもあの樹のモンスターがボスなんですか?」

「ふむ、これで脱出可能になった事だし試してみるか。グレファスは花壇のギリギリをキープ、シーンは槍を短く持って叩き落す感じで。サラは補助を、ルーシーは小さな範囲で砂塵の魔法をかけてくれ」

「「「「はい、わかりました」」」」


 カチャリと音を聞いた後のタップの指示で、戦う決意が出来た。

チューリップの上でホバリングしているハチドリは、10匹前後の群れで行動しているようだ。

相手の行動を確認するように花壇のギリギリまで行くグレファスに、ハチドリ達は何食わぬ感じでチューリップの蜜を吸っていた。

夕焼けに花壇で蜜を吸うハチドリ、それはボス部屋じゃなければ幻想的に思えたかもしれない。


 シーンとタップも同じように前に進む。今回のタップはまたもや何時の間にか短剣を二本持っていた。

グレファスが花壇の淵で止まり、その左にタップが立つとみんなに静止を促した。

そして、タップが花壇の中に足を一歩踏み入れると、ホバリングしていた一団が急に羽音を消した。

一匹の鳥が羽ばたきを止めると、体勢が崩れたように片側にぐるんと傾き、その姿が見えた瞬間弾丸のようにタップに向けてくちばしから貫通弾のような突撃を見せた。


 タップの肩を掠めるようにエメラルドグリーンのハチドリが突撃すると、2匹目・3匹目のハチドリが同じように行動し突撃を始める。

8~10匹の突進をしていると、他の団体の一部は樹に戻り休憩し、他の団体はまた優雅にホバリングしながら蜜を吸っていた。

最初の一匹こそ、肩を掠めて驚いたタップだったが、すぐに花壇から下がってグレファスが数匹盾で対処した為、大きな被害は出なかった。


 短剣で捌いていたタップは、これを一匹ずつ仕留めるのは骨だし、小さすぎて刃を当てて倒すよりかは面での処理が良いと判断した。具体的に言うならグレファスの盾だ。

数匹処理したグレファスは、落ちた一匹だけ剣で刺して処理をした。

ただ、後これを数十回出来るとは思えなかった。


「襲ってくる条件を確認するぞ、何か異変や気になった事があったなら報告するんだ」

「では、次こちら行きます」

「シーン、無理はするなよ」


 グレファスの右に立ったシーンも、花壇に一歩足を踏み入れる。

するとさっきとは違う一団がホバリングを止め、ぐるりと回転したところでルーシーが砂塵の魔法を唱えた。

通常は足止めくらいにしか使えない威力だけど、鳥の体が小さい為か次々に翻弄されていくハチドリ。

すると、スケアクロウに留まっている一団の中から、甲高い鳴き声が聞こえ始めた。


 チチチチィィィィィィ。

その声を聞いたもう片方の一団が、スケアクロウに戻り枝に留まる。

砂塵に翻弄されているハチドリを数匹シーンが突きおとしていくと、「タップさん、赤い鳥が大声で鳴いていたように聞こえました」とサラの声が聞こえてくる。

スケアクロウの動きはないのは心配だけど、ボス討伐が少し見えたような気がした。


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