046:憶測
ボス部屋に並んでいると、程なくして自分達の順番になった。
あまりに豪華な食事風景だったらしく、結構注目の的になっていたようだ。
一人だけ年配で他は4人の学生と自分では、初めてのダンジョンっぽい感じに見えたのだろう。
ボス部屋に向う決意が満ちると、扉をくぐり配置についた。
このダンジョンではボス部屋をスルーして次の階へ行くと、スルーしたボス部屋にはいったん外に出るまでは入れなくなるようだ。
これはそういうものなので、「何で?」と聞かれても答えようがないと職員が言っていた。
中に入るとそこにいたのは、タランチュラっぽい巨大蜘蛛だった。
真っ赤な全身に黒の斑が禍々しい。ただ、一匹だけなので魔法使いにとっては、直接の脅威は少ないと思う。
作戦はグレファスが敵の攻撃を引き付け、シーンが槍で攻撃するいつものパターンだ。
ボス戦では、サラ達がどんな魔法を使えるか全部を把握していないので、シーンは魔法の選択を任せていた。
タップは腰に剣を下げたまま抜く事はせず、代わりに短剣を一本知らない間に出していて、二人以外は複数の敵が出ない限り前に出ないように注意していた。自分も剣だけは抜いていて、いつでも逃げられる準備は出来ている。
この敵は赤斑蜘蛛と仮に呼ぶことにする。
小さい軽自動車のような大きさに、胴体に比べたら短い8本の手足が特徴的だ。
繊毛がチクチクしてそうで、硬さは前衛の人にしか分からないだろう。
左奥の上部には蜘蛛の巣があったけど、この自重で蜘蛛の糸を登っていけるものだろうか?
多分だけど、『糸はドロップするよ』という意思表示かもしれない。
グレファスが「行くぞ」と声を掛けると、パーティーに緊張感が増した。
前衛二人には強化魔法が掛かっていて、グレファスとシーンが飛び出す。
目の前の赤斑蜘蛛は獲物を待ち構えていた。
二人の前衛のうち槍使いを脅威に思ったのか、シーンに向かって口から白い物を吐き出した。
白い物とは糸は糸なんだけど、塊に見えた糸は伸縮可能らしく、反対側の壁まで一直線にぶつかった。
大きく横に避けたシーンは、グレファスの場所を確認すると、グレファスが敵に接するまで待ち静かに駆け寄った。
「シーン、短期決戦で行け。早くしないと動ける場所がなくなるぞ」
「はい、タップさん」
赤斑蜘蛛は前脚で口の糸を切ると足元に固定した。
接敵したグレファスは、なるべく固定しつつ動かさないように、盾で殴りつけて蜘蛛の興味を引き付ける。
これだけの巨体が勢いをつけて突進してきたら、一撃で重体になってしまうだろう。
「ルーシー、あの巣は何かありそうだ。早めに潰せるか?」
「はい、分かりました」
ルーシーが巣に向かって砂塵の魔法を放つと、広がった巣を一箇所に巻き込み、白い塊となってぼとっと落ちた。
赤斑蜘蛛は前脚二本を巧みに使いながら、正面のグレファスに攻撃をしかける。
それを丁寧に剣と盾で捌いていると、別の脚を使って糸をグレファスの足に引っ掛けた。
その作業中にシーンは、斜め横から槍を、頬から口の辺りに突き刺した。
赤斑蜘蛛は粘着性の糸をグレファスの足に引っ掛けたまま大暴れしたたので、グレファスは体勢を崩し転んだまま足をバタバタさせていた。
「アキラ、その糸を切っとけ」
タップから指示を貰うと、ピンと張りきった糸をスピード重視で一振りして切断した。
シーンは穂先で切断するように、片側の足に向けて振りかぶったが、当たり所が悪かったのか弾かれていた。
その間にタップがグレファスの前に割り込む。素早く足に絡んだ糸を短剣で切断すると、粘着している短剣の先を蜘蛛に向かって近距離で投げた。
タップは片手剣を抜くと、グレファスとシーンに一旦落ち着いて体勢を整えるように指示を出す。
体勢が崩れている獲物を取られた赤斑蜘蛛は、さっきの糸を吐き出そうとしているけど、傷により上手く出せないだようだった。
先に準備が整ったシーンがタップの横に並ぶと、蜘蛛はおしりの辺りからも糸を真上に噴射した。
8本の脚でジャンプするようにおしりの糸で浮き上がる瞬間、シーンは無防備な背中をこちらに晒している蜘蛛に槍の一撃を与え、顔を目掛けてタップが剣を突き立てた。
二人の攻撃により蜘蛛が落下すると、今までのダンジョンのモンスターのように、死んだ後は消えて行った。
後に残されたのは、絵を書く時にキャンバスを乗せる台であるイーゼルの横幅くらいの木枠に、かなりの量の糸が巻き付いていた。入る前に聞いた業者の話では、スパイダーシルクはタコ糸くらいの物から小樽サイズまで出るらしい。
蜘蛛の糸も消えたようで、タップの短剣もグレファスの足にからみついた糸も消えていた。
タップは割り込んだ事を謝り、この人数のパーティーだったら、ボス戦に限り前3後ろ3でも問題なさそうなので前に出ると宣言した。グレファスの怪我はどうする? とタップに聞かれたので、ポーション類は保険として、自分の神聖魔法で治療することにした。
ドロップ品回収は自分の仕事なので、これはきっと魔道具ではないけど木枠ごと糸は回収した。
とりあえず、周回を予定しているので、移動しながら最初のボス戦の感想をみんなで話し合いタップが総評を行った。
蜘蛛戦ではグレファスの動きは悪くなかったらしい。
ただ、まだ視野が狭く、『やって欲しいこと、仲間にこう動いて欲しいこと』をもっとアピールしても良いと言っていた。
シーンについては問題なく、仲間の使い方や動き方をもっとリーダーとして考えて欲しいとアドバイスがあった。
二人に関しては、初めてのボス戦だったので及第点だった。
魔法使い二人は、棒立ちになりすぎていると指摘をしていた。
行動の阻害系魔法が得意な二人は、リュージと同じく攻撃魔法を苦手としている。
ザクスとレンも苦手で、二人を師匠と仰ぎリュージを兄と呼ぶ二人には酷かもしれない。
ただ、土属性は形を変えれば武器にもなるし、風属性はカッター系と相性が良い。
主にルーシーに課題が残る形となった。
それでも、初めてのパーティーで戦闘経験が少ない方なので、「及第点は獲得しているが、特待生ならばその点数で満足をしないように」と、タップからのアドバイスがあった。
この移動中も2列の隊列を組んで、絡んできたモンスターには協力して討伐を果たしている。
ドロップ品で言えば6層に入っても、そう良いものではないけど、一回しか入っていないボス部屋の方が何か良いものが出る予感がしていた。
赤斑蜘蛛・3匹のオーク・でっかい蛾・肉体強化ゴブリン・ハンティングスパイダー・ビックマンティスをボス部屋で遭遇し討伐した。
オークとゴブリンでは、タップの代わりに自分が前に出て攻撃補助を担当した。
両方とも結構頑丈で、攻撃をくらう事はなかったけど、シーンの槍のダメージはかなり凄い物だと分かった。
でっかい蛾はルーシーが鱗粉を砂塵で跳ね返し、最後の大きいカマキリはサラとルーシーの鳥籠の魔法で閉じ込めた。
二種類目であるハンティングスパイダーは、脚が長いタイプの蜘蛛で、最初の蜘蛛よりスリムタイプで片手に投げ縄のような輪っか付きの蜘蛛の糸をぐるんぐるん回していた。
戦利品は糸の他に、謎肉や謎の粉・宝石の原石っぽい物や屑石がドロップした。
この謎肉はオークからドロップして、結構な大きさの塊肉は肉屋で白い紙っぽいものに包まれている状態で出現した。
このダンジョンからドロップされる謎肉は、確認されている限り全て食べる事が出来て美味しいらしく、低層でドロップされるものはすぐさま冒険者ギルドと商業ギルドが協力して肉屋に卸されるようだ。
また、謎の粉は錠剤タイプの風邪薬のような瓶に、黄色い砂粒くらいの大きさの粉が入っていた。
反省が終わった後のボスの周回なので、回を重ねるごとに動きは良くなって行き、程ほどのドロップを確認できたのでこの日は終了となった。
その後は宿に帰り、無事帰還したことへの祝勝会をタップの自費で開いてくれた。
そして、ここではその他の注意点も新たに生まれ、グレファスの盾のスペアを用意した方が良いという話になった。
グレファスの盾は円形の中型の盾で、木をベースに金属で補強しているタイプだった。
一般的な冒険者が愛用する盾の一つで、攻撃と守備を同じくらいの割合で頑張るタイプの人に人気の品だった。
タップは可能ならば、タワーシールドくらいの大きさの物を扱えないかグレファスに確認をする。
学園には様々な種類の盾が完備されていて、扱いについては問題ないけど、持ち運びの面を考えて選ぶことはしていなかったようだ。
料理とワインが並んでいる席で、タップが店員を呼びチップを渡すと、冒険者の宿の店主がやってくる。
明日帰って来る頃までにタワーシールドを発注すると、ギルド関連店から仕入れてくれることを約束してくれた。
その他にもシーンの予備武器で、本人の希望により三叉の槍であるトライデントを注文した。
深酒にならないように酒を飲みながら食事をする。ダンジョンとしては初日なので、明日からは徐々に深層に向かうことになるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
農場の応接で4人の男女が、お茶を飲みながら他愛もない話をしていた。
「なあ、リュージ。どうして、あの人選になったんだ?」
「おかしいかな? ザクス」
「まぁ、普通に考えて歪だろ」
「そうね、特待生達の仲を取り持ちたいって事だけは分かったけど」
「そうだね、確かに出来る冒険者を呼べば良かったってのはあるよ」
ガレリアは静かに三人の会話を聞いていた。
多くの事業で聞き役になる事は多いが、それは何も決まってない事が多く、相手の情報を引き出す時の手段だった。
ところがこのリュージとレンとザクスは、質問し合うと脇道に逸れながらも、何故かゴールまで辿り着いてしまう。
これでは相談役ではなく、ただの話好きな茶飲み友達になってしまう。
「リュージ君は、アキラ君に確信めいた物を感じているんだね」
「はい、彼には女神さまからの使命、若しくはお願いされたものがあると思うんです」
「ほう、それを結びつける根拠は?」
「一つは、この時期にあの家族に出会えた事。この王国としては、貴族社会を揺るがす男爵家ですからね。ミーシャの命が助かったのも彼の力が大きいし、何より自分が奉納した薬を彼が持っていたってところですかね」
「リュージ、やっぱりあの薄桃色の薬は」
「間違いないだろうね」
「ん? 待てよ。そうなると今回もその薬使えばいいんじゃないか?」
「ザクス、正解。予備として薬は用意しているよ」
「えー、じゃあ、リュージはあの子達を信用していないの?」
「そんな事はないよ。それならアキラ君抜きで人選も変えていたしね。あの子はなんだかんだ言っても10歳だから、行かせたくなかったのは本音だよ」
「じゃあ何でさ」
リュージはみんなに聞かせるようにたとえ話を始める。
それはかなり前の事、農場の調理長であるトルテがいる前で、「たまにはカレーライスが食べたい」と言った事に端を発した。
野菜は豊富にあり、農場としては様々な加工品やソース類も開発出来ている。ただ、カレーとは無限に近いハーブ類の合成品だ。
いくら、植物の精霊さまからの贈り物で、種や苗が手に入るからと言って、それを完成させるのには膨大な時間が必要になるだろう。
ただ、そこにはトルテがいて調理チームがあって、薬学科出身のザクスがいた。
栽培にだって農場のみんながいるので、準備段階までは問題なかった。
「なあ、ザクス。あの『カレーを作りたい事件』で、最初何て言ったか覚えてるか?」
「ああ、この植物調べさせてくれだったかな? カンポウとか言ってたから、『それって何?』って聞いたら薬だって言うじゃないか。それだったら俺の出番だし、効能も調べないといけない。加工や保存の仕方だってあるんだぞ」
「そう、それがザクスのアプローチなんだよね。トルテさんは早速全部粉末にしてたけど」
「あっちは今までの経験と知識があったんじゃないか? リュージが出す物に間違いはないって、信用しているみたいだし」
「ありがたいよね」
「それがどうしたの?」
「うん、今回の件で自分が魔法で薬を作るのは簡単だよ。でも、それって汎用性があったりするのかな?」
「間違いなくないね」
「もし、自分が死んだら……」
「リュージ」
「リュージ君」
「もしだよ、もーし。誰でも解決出来る策を用意しないといけないよね。ちなみにもし薬に値段をつけるとしたら、どの位になると思う?」
「そうだなぁ、ミーシャの死亡を回避したってだけで、まあざっとこの農場で三食食事と寝る所だけ与えて20~30年ただ働きか」
「ザクス君、うちの雇用は世間と比べて若干高めだよ」
「音楽家の一生が、間違いなく働くだけになるよね」
「まあ、生きてるだけ幸せだってのはあるけど、問題は耳だけなら薬いらないって考えもあるよな」
「その場合、確実に音楽家は無理だけどね」
シリルの事を想いながら、リュージは無償で薬を与えるのは問題ないと思っていた。
ただ、目の前で急に生き死にが関わる場合にのみ、それは許されるだろう。
それを回避する為に、今回の『特例医療互助権』を申し出た。
一ヶ月もすれば少しは良くなるかもしれない。
それは希望的観測だとしても、一人の女性が不幸になって欲しくない想いは、この場にいるみんなの共通の考えだった。




