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044:確率を上げる為に

 アルバイトを終えたアキラは、家に戻るとスチュアートの帰りを待った。

シリルの事はララとランドールが責任もって面倒見ると言い、ダンスホールで仲良く食事を取ると施設の空気が格段に良くなった。

空気感というものはみんなで作り上げるもの。

オーディオも必要がなくなったので、当初の予定通り学院へ移設することになった。


 義兄弟が寝静まる中、スチュアートとレイシアに事情を説明すると考え込んでいた。

今回はあくまでサポート役だし、金持ちの中には冒険を楽しむ為、冒険者を雇ってダンジョンに潜る者もいる。

問題は、まだ十歳のアキラがダンジョンに入る必要があるかだった。


 二人はゲートを開いて欲しいと言うと、セルヴィスの意見を聞くことにした。

登場を予感したように、セルヴィス夫妻がスチュアート達を迎えると家族会議が始まった。

結論は思いの外あっさり出た。

子供時代のやんちゃを持ち出されたら、スチュアートに反論の余地はない。

何よりスチュアートもレイシアも、アキラの選択は全面的に応援したいと思っていたのだ。


 無理も無茶もしない事、リーダーの言うことは聞く事、緊急時には自分の判断で魔法を使う事を約束した。

「最悪、王国との対立も視野にいれなくてはいけないな」と思ったスチュアートは、それでも爽やかな笑顔をアキラに向けていた。

義兄弟には『王都への届け物』という名目で、スチュアートから近日中に旅立つと話す予定だそうだ。

偽装工作はスチュアートに任せ、冒険に出る準備をした。


 その夜、準備を整えているとリュージから貰った報酬で何を買おうかと考えた。

まずはルームの魔法で部屋を整えようとタブレットを開くと、部屋が異様に広かった。

確か12畳だった部屋が倍くらいの広さになっていた。

バグかと思い、ステータスから順に見ていくと、スキルの場所で何個か変化をみつけた。


《New:祝福/魔法の素質を取得しました》

《New:空中姿勢/アクロバットを取得しました》

《New:手品を取得しました》

《New:剣術のレベルが上がりました》


 どうやら自然と上がったスキルは、タブレットで確認するまでは表示されず、魔法に関係するのは『祝福/魔法の素質』しかないので、これが関わっていると思う。

いったん部屋の大きさを解除すると、4部屋で電気のタップは1部屋につき4個だった。

前回は時空間魔法のレベルは3で、3部屋の3個だったから実質1レベル相当上がった感じだ。


 しかも、1部屋のデフォルトが4畳半から6畳に変わっている。

ルームはレベル3で覚えたので、1レベルにつき1部屋増えて1畳半大きくなるらしい。

備品は設置しなくても購入だけは出来るので、革張りのそこそこ応接セットをイス・テーブル込みで購入した。


 前に先輩に連れて行ってもらった、お姉ちゃんがいる飲み屋の設備に似ている。

これを置くなら6畳で足りるけど、そんなに部屋は使わないので、どどーんと18畳にくっつけて設置した。

トイレに2畳・バスルームに4畳と割り振ると、一先ず納得することにした。


 これだけだと何か寂しいと思い、最近人気のオーディオセットを置くことにする。

そうなると生活必需品として、大型冷蔵庫はいるだろう。

この空間は寒くも暑くもないけど、冷暖房もあると嬉しいので業務用エアコンとコタツセットもを考える。

食器棚・キッチン関係・バストイレのあれこれ等、ただ休憩するには豪華な部屋が完成した。


 合計ジャスト100万円……、リュージからの報酬は全部使ってしまい、30万円残っていた。

ベッドルームも考えたけれど、男爵領にも王都にも義父には暖かい寝床を用意して貰っている。

冒険の時は、一人だけ時空間魔法を使うことは出来ないだろう。

スキルに振れるポイントも1しか残っていないし、少し無駄遣いが過ぎたのかもしれない。


 翌朝の食事中にスチュアートから報告があった。

義兄弟からは「何で?」という声が上がったが、身内の者が直接行く必要があると話すと、じゃあ俺が行くとウォルフが口を挟んだ。スチュアートは内政の勉強をしているウォルフに、「新しい勉強を、途中で辞めるのかい?」と質問をする。

ミーシャとロロンも反論したが、家長の決断は絶対だった。


 食事が終わると、ウォルフから呼び出された。

ダンスホールのアルバイトにはまだ時間があったので、日頃話す時間も減ったし話を聞く事にした。


「なあ、アキラ。やっぱり隠している事あるだろう?」

「何でそう思うの?」

「ミーシャとロロンが、午後になるとアキラはどこにもいなくなるんだって言うんだ。土日だって姿を見せないだろ?」

「ああ、ごめん。そういうつもりはないんだけど、秘密特訓をしててね」

「え? 自主練で剣の訓練とかしてるのか?」

「剣もちょっとはしているけど、魔法とかかな」


 嘘はついていないけど、正直には話していないので少し心苦しい。

ミーシャとロロンがこの部屋に来ないのは、ウォルフがソルトにお願いして引きつけて貰っているからと聞いた。

そこにノックが聞こえた。ウォルフは何を間違ったのか? それはソルトに相談したらレイシアに情報が筒抜けなのだ。

やってきたのはスチュアートとレイシアだった。


「父さま・母さま、何の御用ですか?」

「ウォルフ。アキラ君を困らせてはいけないよ」

「でも、俺は長子として」

「それでもだ。みんな、それぞれの道に行くために勉強してるだろ?」

「あの……」

「アキラ君……。そうね、スチュアートもう良いんじゃないかしら?」

「レイシア」


 二人の了解が出たので、ウォルフに説明することになった。

ところどころ補足してくれて、自分が神聖魔法以外の魔法が使える事を説明した。

ウォルフは前回の収穫祭で経験した、『遠距離の移動は魔法』と理解すると、今朝の話はどういう事だと質問をした。


 自分が冒険者志望だということを、ウォルフは理解してくれている。

生活の為の冒険は仕方がない、ただ人を救うための冒険はウォルフの心を動かしていた。

「俺も行きたい」と言うかと思ったら、「何か手伝える事はないか?」と聞いてきた。

心残りだったのは、始めたばかりのダンスホールのアルバイトなので、これについては休ませてもらうつもりだった。


「ウォルフ、黙っててごめん」

「アキラ、これが秘密だってことは俺にも分かる。無理に聞いてごめん」

「二人とも分かって貰えたならこの件はいいね」

「うん、そのダンスホールのアルバイト、俺も同じ事が出来たら手伝えるのに」

「あら、タイミングがあったら、送り迎えして貰えば良いんじゃないかしら?」

「パートナーはいくらいても良いようです。リュージさんに相談してみます」


 遠くからアキラを呼ぶミーシャの声が聞こえてくる。

「見つかると厄介だな。アキラ、ミーシャとロロンのことは俺に任せてくれ」

「うん、じゃあ行って来ます」

3人の前でリープすると、アキラはその姿を瞬時に消した。


「アキラ君の魔法が僕達を守り、ミーシャを救ったんだよ」

「はい、父さま」

「ウォルフとミーシャが学園に通うように、アキラ君は自分の勉強を始めたの。家族だから協力してあげましょう」

「はい、母さま」


 ミーシャがドアを開けて、その後ろにロロンが顔を出す。

「母さま、何でこの部屋に集まっているんですか?」

「それはね、あなたたちのお勉強会をする為の相談ですよ」

「きゃぁぁぁぁ」


 駆け出すミーシャにスチュアートとレイシアは嬉しくなる、しかし貴族家の子女としてはノックもせずドアを開け、廊下を走り回るなんて失格だ。ロロンも同罪とレイシアが追いかけ始めると、外に出て鬼ごっこが始まった。

「父さま、母さまとミーシャはまるで姉妹のようですね」

「何時まで経っても若いのは嬉しい……かな?」


 アキラはダンスホールへ行くと、今日の演奏者はシリルではなかった。

元々何名かでローテーションしているようで、挨拶をすると早速パートナーとしての踊りが始まった。

音楽とダンスは元々切っても切れない関係だ。まだ習い始めた子達が、演奏者に刺激を受けたり音楽について情報を交換する。

技術だけではなく楽しみ方を共有出来たなら、上達するのは必然だった。


 今日は朝からよく講師に呼ばれ、パートナーとしていっぱい踊った。

アデリアにしばらく休みを貰い、もしかすると『友達』が来られるかもしれないと話すと、休みは認めてもらい何名でも待っていると『友達』の参加もOKを貰った。「キッド君の『友達』なら名前も考えないとね」と楽しそうだった。


 午後の2回分のレッスンが終わると、学院へオーディオを届けにいく。

今日は新しい特待生達が、自分達の使いやすいように教室を改造すると言っていた。

本来、土日は休みだけど音楽科の教室は、達成感に満たされた講師と特待生達がいて、リュージが有志を連れて差し入れをしていた。

みんながバーガー類にフライドポテト、ワインを楽しんでいる間に、音楽家のランドールの指示でスピーカーの設置場所を決める。

ランドールは何を設置しているか分からなかったが、音の管理については本職だ。

最後に本体の設置が終われば、オーディオの取り付けは完了だ。

この設置の時に気がついたけど、コネクトの魔法は刺す物と刺す場所が分かっていれば、繋げる事が出来るようだった。


 リュージはランドールだけに操作方法を教えた。

魔道具として紹介をしたようで、本体とCDの二つを組み合わせないと動かない事。

この道具は広めるつもりがない事を説明すると、オーディオによる音楽家の失業よりも、流れてくる楽曲に興味を移した。

ある時は微笑み、ある時は悩み、一瞬止まると楽器を取り出した。

食事が終わったメンバーが、次々にランドールの元へ戻ると、辺りを大きく見回す。


「これは私達に貸し出された魔道具のようだ。皆、楽器を構えて目を閉じるのだ」

シリルとララはこちらにいて、楽器を構えているだけの特待生達は、全身で音楽と空気の振動を楽しんでいた。

リュージはこちらに近づいてくると、「オーディーの設置ありがとう。ちょっと別室で打ち合わせいいかな?」と言ってきた。


 学院から近い農場へ行くと、応接に通される。ガレリアとサラとルーシーもいた。

リュージに家族から了解を得た事を話すと、アルバイトの件についても報告した。

サラとルーシーは、アキラが今回の旅で一緒に行くと今聞いたようで驚いていた。

他にも騎士科のグレファスと冒険科のシーンが参加する。


 お茶が届いたタイミングで、一人の男性がやってきた。

「ああ、タップ急ぎの仕事悪かったね」

「いやいや、リュージの忙しさを知ってるから大丈夫だよ」

やってきたのはリュージが学生時代からの冒険者友達らしい。

「タップ、早速で悪いが報告を頼めるか」


 ガレリアからの呼びかけに、タップが調べていた事を報告した。

まず、今回目指すのは難聴を治せる可能性がある魔道具を探すことだ。

目指すダンジョンは隣国で、周辺国家では最大級の場所である。

同時進行として、王都では薬の開発も検討している。


 今日は11月第一週の日曜日であり、出発は明日を予定している。

隣国まで移動に一週間かかり、現地での調査は一週間から10日、帰宅も一週間を予定していた。

準備は順調で、タップも保護者として同行してくれるようだ。


 タップが仕入れてきてくれた情報は、魔道具の種類・場所・傾向だった。

今回の狙い目は風属性や水属性の魔道具である。

冒険者ギルドからの報告では、水生生物や鳥関係のモンスターからドロップする物が、同属性の魔道具を見込めるそうだ。


 そして、季節である。寒い地方でも四季があるこの世界、季節によってモンスターの生息数に上下があるようだ。

秋から冬に向かうこの季節、風から水の力が強まるらしい。

同じ鳥でも、火喰い鳥のような者もいるようで、一概に鳥=風属性でもないようだった。


 リュージからは一つの収納袋と、何点かの魔道具を借りる事が出来た。

タップはもう若くないので、戦闘はさせないでくれとリュージが言うと、「誰がおっさんだよ。同じ年齢だろ」と反論した。

結局、自分が荷物係りなので必要な物は全部自分の収納に入れた。

リュージから預かった収納袋は、ドロップ品の回収用となった。


 準備を全て終わると、今日はここに泊めて貰えることになった。

明日、挨拶をしたら本格的な旅の始まりとなる。

不謹慎だけど、新しい冒険にわくわくが止まらなかった。


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