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042:悪い子はいないか?

「よっし、じゃあ二人はどうしたい?」

「もう終わったことだよ」

「師匠、そっとしておいて欲しい」

「お互いにそれが答えか。今回の依頼は諦めるしかないか……」

「「え?」」

「仕方ないだろ。今回はある一人の女性が不幸になるかどうかがかかっている。お前達には関係ないもんな」


 二人は何か言いたそうにしているが、お互い引くに引けなかった。

ザクスは「みんなの所に戻るぞ」と言うと部屋を出て、一緒にいたくない二人はその後をついて行った。

食堂に合流するとお手上げのポーズを取り、みんなは重い空気を纏っていた。


「よっし、決めた」

「どうした? リュージ。何か良い案でも?」

「この依頼は諦めよう。一人の女性が不幸になって、その先解決方法が確立する機会が失われた。まあ、今までと変わらずだな」

「リュージ、それ本気で言ってるの?」

「ああ、レン。俺達は出来る事しか出来ないんだ。出来ない事は人の手を借りなければならない。やるならば最上の計画で最上の成果を望むのが普通だよね」

「そりゃ、何でも完成品が良いに決まってるわ。でも、その努力はするべきじゃない?」

「なあ、ザクス。研究頑張ったからって、中途半端な薬って売って良いと思うか?」

「バカな事言うなよ。それが毒になるかもしれないんだぜ」

「そうだよな……」


「リュージ兄ちゃん何を言ってるんだ?」

「俺達は仲が良いから議論している訳じゃないんだ。学園長、三つの約束は今でも教えていますか?」

「ああ、勿論だ」


 静まり返る食堂で、リュージが不意に一人の少女の生活を話し出した。

その少女は日々の生活のほぼ全てを音楽に捧げ、生活する為に僅かな時間もアルバイトをしていた。

睡眠時間まで削り、その年齢では、ほぼ体力で跳ね返すような病に負けてしまう程に。

音楽家の命ともいえる耳に後遺症を負い、今日も生活の為にアルバイトへ向かっている。


「グレファス、特待生の三つの約束、ひとつを言ってみろ」

「あ、はい。ひとつ、特待生はお互いの良い所を認め、尊重し合う事」

「ルーシー、特待生の三つの約束、ひとつを言ってみろ」

「はい。ひとつ、特待生は武器を抜く前に話し合い、偏った目で見ない事」

「サラとシーン、最後は覚えているな」

「「はい。ひとつ、特待生はみんなの規範となり、学園生活を楽しむ事」」


「みんなに問う。どれか一つでも達成できているか?」

「リュージ兄ちゃん。これには訳が……」

「でも、言えないんだろう? グレファス、君にも意地があるのは分かる。じゃあ、いっそ約束を破ってみようか」

「何を言うんだ? 事情も知らないで」

「知らないから言うんだよ。二人で戦って決着をつけたらどうだ?」

「リュージ、こわーい」

「茶化すなザクス」


 学園長と寮母が止めないということは、その行為を認めるということだ。

シーンはグレファスとルーシーでは『戦い方のジャンルが違う』とリュージに止めるように言い、サラはルーシーに「大丈夫?」とだけ聞いた。

「二人とも、どうする? 戦わなくても、今年の特待生は不作だったで済むぞ」

「いくらOBでも、その発言はどうなんですか?」

「ああ、焚きつけているだけだから気にするな。これだけの大人達を心配させた責任だよ」

「上等だ、やってやるよ」

「俺もやる。勝っても負けても恨みっこなしだ」


 二人が決心すると、気が変わらないうちに外に出る。

特待生寮の庭には広いスペースがあり、よく見ると様々な訓練が出来るようT字やL字のマークがかろうじてあった。

これは模擬戦闘のコートと同じ広さで、審判はシーンが担当すると歩み出た。

リュージはみんなをコート内に集めると、勝者には何か一つ叶えられる範囲のお願いを聞く事を約束した。

「えー、いいなぁ」と言うシーンにリュージは、「勝者の正当な権利だよ」とにっこり笑った。


 学園の『木製武器で魔法・物理何でもあり、危険な攻撃と魔法は反則負け』ルールが採用された。

ルーシーが戦闘用の細長い槍の穂先がないタイプの杖を持ち、グレファスが木剣と木盾を構える。

「シーン、勝利条件は?」

「コート内で最後まで立っていた者、若しくは敗北宣言を聞いた者です」

「よし、わかった。二人ともいいな。ザクス、そっちのラインみといてー」

「分かった」

「じゃあ、始めて」


 あわてて外に出る女性陣、ライン際に立つザクスとライン際の微妙な位置で待機するリュージ。

戦うことが決まったグレファスとルーシーの気合は十分だった。

シーンは何か言いたそうにしていたけど、リュージが口元に人差し指を立てていたので、気付かないふりをして開始の合図を出した。


 グレファスとルーシーはお互い開始線から動かない、通常の魔法使いならもう少し下がって詠唱を開始したいところだ。

ところがルーシーは開始線から動かず、腰を気持ち落として杖を構える。

その様子をじっと見ているのがグレファスだ。

いつでも魔法に対応出来るよう、ルーシーを正面に見据え自然体で構えている。


「ねえ、ルーシーを止めて。レン師匠お願い」

「サラ、これだけ大人が見てるんだから危険はないわ。ここまで拗れたなら、いっそ壊したほうが良いこともあるのよ」

「でも……」

「それよりも、リュージの動きが気になるわ。サラも見てるだけではなくて、準備運動でもしていなさい」

「え……。あ、ルーシー」

サラの大声を合図にルーシーが駆け出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それはサラとルーシーが、農場に住むようになって数日経ったある日の事。

ルーシーはリュージに、「何で学園では戦闘訓練があるのか? 何で戦わなくてはいけないのか?」という質問をした。

一般的に冒険科がある学園は、冒険者になる者が多い。

詠唱時に無防備になることが多い魔法使いは、真っ先に狙われる事も多く、魔法の補助道具として使っている杖は、魔法使いを守る武器だった。

詠唱をすることが少ないリュージ達は、しっくりした回答ではないけれど、一般的な回答としてはこれが正解だった。


 また、別の日に杖で戦うコツをルーシーはリュージに聞いた。

どうやら何か決意のようなものを感じたリュージは、少し考えて前世で有名な言葉をこの世界流に置き換えてみた。

「『突けばランス 払えばハルバード 構えれば剣』ってところかな?」

「それって、どういう意味?」

「うーん、実際杖を使って戦う事が少ないから実践指導は出来ないけど、学園の講師にこういうことを聞いたと言ってごらん。実践戦闘グループと一緒にやると大変だから、初心者コースで指導している講師が狙い目かな?」

「うん、ありがとう」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 駆け出して突っ込むルーシーに、緒激は剣を重ねるものが礼儀だと、グレファスは剣を当てやすい場所に差し出した。

ルーシーも馬鹿丁寧に、軽くカーンと乾いた音を立てながら武器を重ね、それから少し下がって距離をとった。

「冒険科だったら迷わず一撃入っているな」

「学園長、グレファス君の話とか良かったら教えてください」

「レン君も気になるかね?」

「ええ、リュージがどんな判断を下すか分からないけど、少しでも情報があった方が良いもの」

ルーシーはリーチの優位性をもって、最初からラッシュをかけるように打ち込んでいる。

グレファスは、盾と剣を使い丁寧に捌いている。


「まあ、見て分かる通り、グレファスは愚直な学生だよ」

「それは褒め言葉には聞こえませんね」

「正義感が強すぎるし、融通が利かない。一旦空回りすると、絡まっているのにそのまま引っ張ってしまうタイプだ」

「戦い方も性格が出ていますね」

「ああ、フェイントを卑怯だと言う。魔法も卑怯で、複数対複数の戦いも認められないようだ」

「それは冒険者になるのは難しそうですね」


 ルーシーの突きは難なくかわすが、払いでは距離感がつかめていない。

ただ、それでもグレファスは剣術と正義感で特待生の座を勝ち得た者だ。

魔法が来ないとグレファスが確信すると、一気に間合いを詰めだした。


 学園の講師に1から指導を受けたルーシーは、最後にはこの形に間合いを詰められると実戦形式で教わった。

「誰と戦うか?」という質問に、講師だけに相手を話すと、「その相手なら勝算はお前にもある」と近接の戦い方も習う。

そして、「グレファス用の勝ち方を聞くか?」という質問に、ルーシーは首を横に振った。


 杖をグルグル回し、持ち手を近接用に切り替える。

何合か武器を重ね、グレファスの頭のギリギリに杖が、ルーシーの首元に剣がピタリと同じタイミングで止まった。

シーンは判断に困っている、そしてリュージを見たらゆっくり二人に近寄って行った。


「二人とも、そこで止めているって事は決着がついたって事でいいのかな?」

「ふっ、ははは。ごめん、俺が悪かった。思った事が口に出てしまうけど、俺は仲良くやりたかったんだ」

「もういいよ、最初の戦闘で分かってたんだ。最初からもっと話すべきだったなと」

「両者引き分け。お互い、握手をするように」

シーンの宣言にグレファスとルーシーが握手を交わす。


「ルーシー、大丈夫?」

「うん、サラちゃん。僕も少しはやるでしょう」

「もう、無茶しないでっていつも言ってるでしょ」

「サラ、君にも謝らないといけないね。ばかにしたつもりはないんだ。今更仲良くとまでは言えないけど……」

「私達同じ年代の特待生だよ。みんなで一緒に依頼を受けて、その女性を助けようよ」


 和やかに4人が依頼へのやる気を語っていると、「今回勝者はどうなるんだ」とザクスがリュージに聞いた。

「え? まだ、みんなが立っているし敗北宣言も聞いていないよ。ほら、シーンは気がついていると思うけど、ずっとコートの中にいたでしょ?」

「シーン、どういうことだ?」

「はぁ、やっぱり。どうやらこの戦いはリュージさんを倒せって事のようよ」

「ザクス、審判変わってくれない? さあ、一致団結したところで、さっきのお説教の時間だよ」

その台詞と共に、収納から木製の鎌を取り出した。


「さあ、みんな準備して。作戦会議中は攻撃しないから安心してね」

「「リュージ兄ちゃん」」

「ルーシー、あの時戦わなくても良いよって言ったよね。でも、男には?」

「戦わなきゃいけない時がある」

「はい、よく出来ました」


 グレファスがシーンに「どういう事だ?」と聞く、まだ状況を把握していないようだった。

OBからの実力行使によるお説教、それは特待生には未知のものだった。

「ああ、自分は大人気ないから魔法も使うよ。反則にならない程度だけどね」


「おい、サラとルーシー。どうやって戦えばいい? 俺には魔法使いとの戦いは……」

「ごめん、あの姿を見るのは初めてなんだ。リュージ兄ちゃんは土と水と植物の属性魔法が使えて、攻撃魔法っぽいのはあまり見たことがない。一般的に魔法使いを相手取るには、詠唱させないのが普通なんだけど……詠唱している姿を見たことがない」

「それって、何も情報がないね。サラは何か知っている?」

「リュージ兄ちゃんは優しいから、そこをつけば油断してくれるかも?」

「それって、私達には通じそうもない手ね。あの木製の鎌、木製なのに血を吸ってそうよ」

「そんな訳ないだろ……、ないよな?」


鎌を抱えるように両腕を組んでいるリュージ、あまりの事態にみんなは動けないでいた。

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