040:気持ちのタクト
「ミューゼ家の皆様、この一件もお任せ願えますか?」
「リュージさん、何か特効薬でも?」
「いえ、残念ながら……。シリルさんの状態も良く分からないので……」
「私達はどうしたら良いですか?」
「申し訳ないですが、明日打ち合わせをしましょう。出来ればランドールさんのお弟子さん全員顔合わせをしたいので」
「それは私が責任をもって呼ぼう」
「では、明日朝一番に農場までお願いできますか?」
不自然に大きな声で場所を指定すると、「アキラ君は明日暇?」と聞いてきた。
「ダンスホールに行く予定です」とリュージに話すと、その前に来て欲しいとお願いをされた。
翌日は指定された時間に農場で合流した。
ミューゼ家からは20人くらいの団体が来ていて、準備が整うまで食堂で食事を取ってもらうことになったようだ。
会議室に通されると、次々と参加メンバーが集まってくる。
農場からはガレリア・リュージ・ヴァイス・ザクス・レンが、学園長が各1名ずつに学院長であるセルヴィスにシスターアンジェラ。
ミューゼ家からは3名が参加し、ポライト家からはアデリアが、そしてローランド王子までもがやってきた。
「では、会議を始めましょう。まずは、昨日ミューゼ家の方々を学院へ招くことになりましたので報告致します」
「リュージ、ご苦労だった。そしてロイエよ、よく決断してくれた。私達はそなた達の功績をきちんと評価しているが、次世代への希望を繋ぐ事を考えなければならないのだ」
「はっ、もったいないお言葉。今後は多くの者が音楽に触れられるよう尽くします」
「三学長には、常々王国の未来について相談しているのでな」
突然の王子の出現にミューゼ家は恐縮しきりであった。
いくら男爵家とはいえ、王族とは天上人だ。学院にお世話になるので、学院長への面通しだと思っていたようだ。
新しい教育者の誕生と特待生に、満場一致の拍手が起こり、拍手が止むと次の議題に移った。
新たに迎えた特待生に流行り病の後遺症が出たと、リュージが全員に伝える。
「それは大変ですね」
「ええ、アンジェラ。少し意見を聞きたいのですが……」
「はい、私の分かる範囲ならば……」
「実際問題、神聖魔法による病気の回復って、どの程度治るのですか?」
それはよく論争がある話だけど、聞いてはいけないタブーみたいな話題だった。
それを自身も神聖魔法が使えるリュージが、『聖母の秘蔵っ子』と呼ばれるアンジェラに聞いたのだ。
ざわざわしているけれど、これは聞かなくてはいけない事だった。
「きっと聞きたい事はこういう事でしょう。後遺症は病気なのか? 先天性疾患は治療出来るのか?」
「話が早いですね」
「あくまで私見という形で回答させてください。後遺症とは病の大部分が治った後に残ってしまったものです。この場合はよほど高位の神聖魔法でしか治す事は出来ません。参考までにですが、先天性の疾患はその状態が通常の状態と記憶されていますので、例えば体の器官に穴が開いている疾患と仮定した場合、その穴を裂いた後に魔法が間に合えば何とかなります」
「なるほど、そういう事か……」
セルヴィスが不意に納得したように頷いた。
「ザクス、どう思う?」
「これは困ったな、薬学も基本的には同じなんだよ。ただ、外傷や内臓どうのこうのには対応出来ないし。味覚限定で言うなら処方のしようがあるけど……」
「そうなると、頼みの綱は魔道具か……」
リュージのため息に、冒険科がある学園長と貴族の学園長が最新の研究について報告してくれた。
それはローランド王子もガレリアも知っている、宮廷魔術師団から出た研究だった。
魔法の中に属性魔法があるように、魔道具にも属性があるのではないか? という研究だった。
そもそも魔道具と言っても熱や光などが主流だったものが、ガレリアを中心とした研究チームが『常春さま』として多くの功績を残したのだ。ガレリア自体は魔法に長けている訳ではないが、魔法的システムの構築という点では抜きん出た才能を持っていた。
その後は、ガレリアの弟子以下リュージ達が派手に動き回り、協力して功績を残すことになった。
最近になってようやく浸透してきたのが、各属性の特性・特質の研究及び効能だった。
今までは魔法と言えば攻撃魔法であり、どうやって敵を殲滅するか相性の問題しか考えていなかった。
実体がない・希薄な敵に炎や風、燃える敵に水、アンデットには光と、よくよく考えれば魔道具にも通じるものがあった。
今までダンジョンなどで産出されるよく分からない魔道具、それはほぼゴミとして流通することがなかった。
最近になって有用性の再検討をしようと思った魔道具は、流通量が少ない若しくはない為、研究は遅々として進むことはなかった。
「難聴や耳の病なら、風の魔道具が関係するだろうね」
「治療という意味なら、水の魔道具という線もあるな」
「問題は、どうやってそれを仕入れるかだ。リュージはどう考えている? これだけのメンバーを集めているなら腹案もあるのだろう?」
「ローランドさま。そうやって情報を引き出すのではなく、皆で議論を……」
「ふむ、時は一刻を争うのだ」
「恐れながら、本日シリルを連れてきたのですが、耳以外は問題ないようです」
ランドールの報告に、自然治癒を待ってみてはどうかと意見が出た。
ただ、それが常態化するのも困ってしまう。
一か八か魔法をかけてみるという案も出たが、それも人体実験をするという賭けではチップを払いにくい。
「そう、この状態が今起きていて、今後も起きるのが怖いのです」
「リュージの腹案はそっちか」
「はい、まずは『特例医療互助権』の申請を致します」
「なるほど」
『特例医療互助権』とは、難病に対する治験として特別に確立されていない医療を受ける権利だ。
元々は流行り病や風土病を撲滅しようという思いから出た案で、医療というものを受けられない又は粗悪な薬で悪化してしまうのを防ぐ目的でもあった。貴族や豪商など、お金に余裕がある者は神聖魔法のお世話になることも出来るし、王国の研究機関や真っ当な薬屋などいくらでも対応のしようがあるのだ。
今回は学院の特待生ということで、その対象になることが出来たのだ。
問題は誰が何をどうするが、まるっきり決まっていない事だった。
「まあ、普通に考えれば冒険者を雇って、その期間に得た物を提示してもらうか」
「ローランドさま、それでは隠されたり値を吊り上げたりする者も出るでしょう。かといって、指名依頼出来る冒険者が?」
「それは難しいな。この十年、多くの冒険者を見たり報告を受けたが、王家が指名依頼を出したのは……」
みんなが黙っているので、おずおずと質問してみた。
「あの、その方に依頼するのはダメなのですか?」
レンとザクスが笑っていた。ガレリアも苦笑しながら「リュージ君、ご指名だよ」と言っていた。
「うん、ごめん。自分が悪かった」
「まあ、今のリュージの仕事を思うなら、この話はなしになるな。何か案があれば誰か?」
「リュージ君の今までの頑張りを考えるなら、今の特待生に期待するのも手でしょう。幸いにして、今の学園には騎士科に冒険科・魔法科に2名で計4名の特待生がいます」
「ああ、サラとルーシーか。でも、騎士科と冒険科の特待生と仲が悪いでしょう」
「そこが困ったところだの。ただ、同じ年の特待生が仲違いしているのもなぁ」
「うちは基本的に特待生は存在しないので、剣術に長けた者などを募るしか……」
「そうですねぇ。それなら先ほどの4名でどうにかなれば……」
「あの、自分も参加したいです。シリルさんの事は心配だし、自分も特待生です」
「アキラ君、君はまだ早いと思うんだが」
「お義爺さま。目の前の困難には立ち向かうように、困った人には手を差し伸べるようにと義父に習いました。無理をするつもりはありませんが、収納もありますし剣も習いました」
「アキラ、勇気と蛮勇は異なるものだ。それでも、その意思を貫くか?」
「はい、神聖魔法も使えますので、自分の身はきちんと守る事を約束します」
「そうか、ならば私が推薦しよう。但し、きちんとスチュアートとレイシアの許可を得てからだがな」
セルヴィスが責任を持って確認する事が条件で、学園長もその4人を呼んで意思確認をすることになった。
ザクスがポーション類を準備し、トルテが支援物資を準備する。
これは国からの依頼という形になり、冒険者ギルドの昇段査定にも影響する。
「リュージ、他には議題はないか?」
「あ、いえ。こちらが最後です。三学長にも見て頂きたいのですが……」
「これは植物の花かな?」
「ふわふわしていますね」
「触り心地も良いな」
「これを加工したのがこちらです。包帯と言いまして、今までの布代わりに使える物です」
「ほう、これはどう使えるんだ?」
骨折や捻挫から患部への安静・保持など幅広い用途で使え、伸縮性もあり応急手当から完治までお手軽で効果が高い品物だった。ザクスには薬剤との組み合わせを検討して貰っていて、各学院の応急手当の講義に取り入れて欲しいと告げる。
早速、ローランド王子が騎士団の医療班に検討してみると言い、三学長はサンプルを持っていった。
「これはどういう扱いにするんだ?」
「はい、『特例医療互助権』の予算として活用してください。生産や販売価格については、学院を通しますので国の管理として頂ければ結構です」
「問題のある貴族家が多いせいで悪いな。正直、この中で半分が貴族の話を受けてくれたら……」
「ローランドさま、それは言わない約束ですよ」
「では、ヴァイス。そのように進めよ」
「はっ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こちらがセルヴィス学院長だ。私達は学院にお世話になることになった」
「代表を勤めるセルヴィスだ、皆には最長6年の特待生となってもらう事になった。これはそれぞれの生活を縛るものではなく、今までの環境を整えることを目的としている。食事はこちらで提供出来るし、学院外のアルバイト等は安全で高給なものを斡旋しよう」
20人の新しい特待生がざわざわしている。
その中でシリルだけが状況が分からず、左右の喜んでいる団員達を見ていた。
一人が「宜しくお願いします」と言うと、次々に「お願いします」と頭を下げていく。
シリルも訳がわからずお辞儀をしていた。
リュージが小さい黒板を持ってくるように職員に伝えると、受け取ったアデリアは筆談で今の状況をシリルに伝えた。
シリルは耳が聞こえなくなったので特待生入りを辞退したけれど、全員特待生かそうではないかという二択を突きつけられた為、周りからの励ましのゼスチャーを受け渋々了承した。
その後はアデリアが付き添って、自分と一緒にダンスホールへ向かった。
ララの体調も戻り、シリルとランドールも一緒に行く事になった。
音楽なしのカウントによるレッスンが終わると、丁度到着出来た様だった。
ララとシリルがいつもの演奏する席に着いたら、早速講師から演奏の依頼が出た。
楽器を構えてシリルを見ているララは、演奏したら良いかどうか迷っていた。
すると、いつの間にか着替えが終わったランドールがやってきた。
師匠であるランドールの出現に、シリルとララは緊張して、その一挙手一投足を集中する。
指揮棒を持つランドールは、音楽を始める姿勢を取り、二人に開始の棒を振るった。
演奏する音楽は決まっている、それはワルツで何回何十回どころか、夢にまで見る程演奏した楽曲だった。
例え目が見えなくても指揮棒の気配で、例え耳が聞こえなくても師匠の指揮棒で伝えたい事は分かった。
『いつもの速度で』『雄大な大地を』『抱きしめるように』
指揮棒の動きでこんな表現していると後でララから聞いた。
今までは音楽を聴かせようとしていた気持ちがあったシリルだが、伸び伸びと音楽に合わせて楽しそうに踊る子供達を見て、演奏が終わる頃にはボロボロと大粒の涙を流していた。




