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004:ステイシアの場合

「そろそろ、こちらを向いてくれないですか?」革張りのソファーに座っている少女に話しかけた。

視線をテーブルに向けている学園の制服を着ている女性は、少しだけこちらをちらっと見てすぐに下を向いた。

茶色い髪は天然パーマと思われる感じで緩いウェーブがかかっている。

少女はそばかすを気にしているようで、顔立ちはいたって普通だが笑うとエクボが出るのが魅力的だと記憶している。


「あの、見られません」ひたすらテーブルにあるティーカップを見つめていた。

「うーん、困ったな。ここで帰してしまっては義兄さんに怒られてしまうのですよ」

もじもじとしている少女はティーンバレー伯爵家の三女ステイシアだった。


 ウォルフが通う学園は12~18歳の貴族子息子女が通う文武両道をモットーとした学校だった。

主に3年間通い卒業となるが、6年通う者は主に専門職(外交・財務・軍務)を目指す事が多かった。

ウォルフは14歳で入学し現在2年目になる、この学園は一種の社交界のミニチュア版で、間もなくダンスパーティーが開かれる予定だった。

このダンスパーティーには学生の他に、親しくしている者やサポートしてくれる家人を連れて行くことも出来る。

大抵、弟や妹になるが偶に教育係りのセバスチャンなどを連れてくる者などもいた。


 この数ヶ月間、ウォルフには引っ切り無しにカップル申請のお願いが届いていた。

主に申し込む側の家人が、申し込まれる側の家人に宛てて届けるのが一般的だった。


 この家はアーノルド家が管理している、自称こぢんまりとした建物だった。

ウォルフが王都にあるこの学園に通う事が決まった際、ミーシャも通いたいと言い出したのだった。

自由奔放に育ったミーシャの事を考えると、急いで学園に行く準備をしなければならない。

また一人で学園生活を過ごせるか心配で過保護な両親は、早速先代の両親に相談し二人を預かって欲しいとお願いをした。


 多くの家族会議を経て、ミーシャの教育が済んだ時点でウォルフと一緒に学園に通えば良いと決まった。

ところがこれに異を唱えたのがウォルフだった。

折角の学園生活を妹の面倒で終わってしまうのは納得がいかない。

また友達を作ることや派閥形成、果ては結婚相手を探すという目的もある学園生活。

せめて住む所は別にして欲しいとウォルフが懇願した。


 一年目は寮に住んでいたようだが、すぐにヘルプが入った。

その頃ロロンの勉強を見ていた自分が、二年目になったらすぐに呼び出されたのだった。

この家を自由に使って良いから、ウォルフの力になって欲しいと養父にお願いされたのだ。

最初は自分もウォルフと一緒に学園に通う話が出ていたけど、ロロンがとても拗ねたのだ。


 養父にはとても感謝している。

ミーシャが住んでいる別邸にもたまに顔を出して欲しいと言われていて、時間がある時は学園の授業に出る許可も貰っていた。

来年にはロロンもこの家に来る予定だけど、今の所自由に過ごしている。


 その日はウォルフを送り出した後、片づけをして市場に買出しに行っていた。

ラフな執事服風に着崩したスーツを着て、バスケットに野菜や果物・パンなどを買い込む。

軽い散歩をしながら家に戻ると馬車が止まっていて、窓から女性が家の中を伺っていたのだった。


 お茶をじーっと見ているステイシア、仕方がないのでマジックバックからガラスの器と果物ナイフを取り出し、目の前の篭に詰まれた果物からリンゴを取ると剥き出した。

シュリシュリシュリ、最近凝ってるのは細く長く剥く事だ。

徐々に顔があがってきて視線がリンゴに向かう、切れずに細く伸びていく皮に見入るステイシア。

剥き終わると手の上で切り込みを入れてパキッと割る、4つに分けて芯を取ると器に入れて楊枝を刺した。


 作業が終わるとまた下を向くステイシア、少しだけ心が開いたのかな? と思ったのにこれだ。

「ステイシアさま、あーん」楊枝を掴みリンゴを差し出すと、「え?」と驚く少女の口にリンゴの先を入れた。

反射的に食べたステイシアは「え? え?」と混乱しているようだった。

美味しいですか? と聞くとようやく咀嚼を始める。

そして「美味しいです」と言ってお茶を飲んだ。

「あの、突然来てしまって申し訳御座いません」


 あれからウォルフはとても成長した、ナチュラルに伸びた金髪は後ろで縛ってあり太陽の光をよく吸収して反射する。少女漫画で言えば、キラキラな背景がついていただろう。

だが、申し込みは大抵男爵家の子女が多く、「親衛隊」のような影の組織の妨害を乗り越えて来る申し込みは少なかった。

ステイシアはダメで元々と思い、直接ダンスパーティーの申し込みをする事にしたのだった。


 少し思い詰めるような張り詰めた空気はあったけど、勇気を出して来てくれたこの少女には好感が持てた。

ちょっと良いかな? とポラロイドカメラをマジックバックから取り出し構えてみる。

「え? なんですの? それは」

「あなたの美しさをおさめるものですよ」

「え……ちょっと……」と顔を伏せだした。

「お名前と申し込みは承りました。ただ、義兄さんに説明しないとなので……」


 制服姿なので衣装に問題があるわけでもない。

勇気を出して校舎裏に呼び出し、本人を目の前にして緊張で何も言えないという状況みたいだ。

「えーっと、私は魔法使いなんですよ。ちょっと魔法をかけてみてもいいですか?」

「あの痛いのではないですよね?」

「勿論、そんな魔法は使えません。何ていうかな? そう、勇気が出る魔法です」

そう言うとマジックバックから手鏡を出して裏返しにする。

そして肌に近い色のファンデーションと、淡いピンクの未使用の口紅を取り出す。


 化粧っ気がないなと思っていたらノーメイクだった。

洗面所に案内し化粧水も取り出し軽く洗顔をしてもらう、そして薄く薄くナチャラルにと心掛けながら少しずつ乗せていく。

目を閉じてもらい手鏡を持たせてカメラを構える、そして「目を開けて確認してみてください」と言うと鏡を覗き込むステイシア。

一瞬呆然としていたステイシアは笑顔でこちらを向く。

キュートな笑顔にエクボが浮かび上がりワンポイントとなっていた。

「パシャリ」シート状の黒い物が出てきて、しばらくするとステイシアの笑顔が表示される。


「これは……私?」裏面にステシイアの名前と連絡先を書いて貰った。

「義兄さんにはきちんと伝えますよ。うまくいくといいですね」と笑顔を向けると又も頬を赤くして俯いてしまった。

玄関までお見送りすると、少し言い辛そうにしているようにこちらを見てくる。

「あの、あの魔法のお化粧道具は……」

「ああ、あれはちょっと数も少なくて秘密の物なんですよね。今日は私からのサービスということでいいですよ」

「では、買えるものではないのですね……」

「うーん、一度開けてしまったからどうしようかとは思っていたのですが」するとステイシアは目線を上げて詰め寄ってくる。

「では、買い取れませんか? あの、お金ならあります。この手持ちの金貨ではいかがですか?」

20万円分の金貨を差し出されて戸惑う。

タブレットの関係で、この世界で使われる貨幣もタブレット内のお金も全て日本円価値に見えている。

「こんなに出して頂いて良いのですか? 今後買えるかも分かりませんよ」

「いいのです。今まで自信がなかったこの容姿も今なら好きになれます」

「もし本当に困ったことが起きた時はこの名刺を頼ってください」

表面に自分の名前と住所が書かれており、裏面には複雑な図形が書かれていて中央に名前と書かれた枠があった。


 ステイシアは喜んで化粧品を持って帰る、彼女の幸せを願わずにはいられなかった。

願わくば義兄に踊りを誘われますようにと思い写真を見直した。

「この笑顔には大抵の男がやられるよな」、そう呟くとレターケースに仕舞った。


 夕方になりウォルフが帰ってきた。

「アキラー、まじ腹減ったわ。メシ残ってる?」

「ウォルフ、行儀悪いよ。風呂でも入ってきなよ。その間にパスタでも作っておくから」

自室で着替えを取って風呂場に行くウォルフ、その間にパスタを茹で缶詰を温める。

サラダとパスタとスープ、足りなければパンを切れば間に合う。

一時期本格的に料理を作ってたけど、こっちの方が好みだとリクエストをされていた。


 それから勇気を出して家に訪ねてきた少女の話をしながら食事をする。

学園で甘いマスクをした真面目な紳士として有名なウォルフだけど、男として当然女性に興味を持っている。

妹の事がなければ、もう少し積極的に動いていた事だろう。

「うちは貴族として最下層だからね。お誘いして頂けるだけ嬉しいけど……。その子はどんな子だった?」

ポラロイド写真を見せながら説明を始めた。


 ダンスパーティーでは通常四回は踊ることになる、エスコートをした女性と最初と最後に踊り、間に約束している女性と踊る事が多い。家族をエスコートした場合・エスコートされた場合はその限りではない。

今回自分はミーシャをエスコートする事が決まっていて護衛係りも兼ねている。

ウォルフはどの相手を選ぶのか、とても楽しみな夜だった。


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