039:音楽堂
「CDセットしますね」
「うん、お願い出来るかな? こちらはリモコンの電池を入れ終わったよ」
「OKです」
「じゃあ、再生っと」
ローラとアデリアとレン、三人は何が起こるか分からないでいた。
再生と言っても何も変化がない。不思議に思ったのでボリュームを見ると、消音になっていた。
一気に半分まで持っていくと、四方から爆音が聞こえてくる。
驚いて一旦消音に戻し、徐々に徐々に音量を上げていくと、うっすら聞こえるくらいでリュージからOKが出た。
「え? 何これ? まさか魔道具?」
「レン、これは魔道具じゃなくて音を閉じ込める機械なんだ」
再生を止めてCDを取り出すリュージ、CDに書いてある楽曲を読み上げると、使い方をレクチャーしはじめた。
今はアーノルド家からの借り物のCDなので、丁寧に扱うよう指示をしていた。
いつも通りなら数日で商品が届くのでと話すと、三人の女性が珍しそうにCDの裏表を眺めていた。
設置から再生まで確認すると、今度は講師と侍女を呼び説明をしていた。
あくまでミューゼ家からのアルバイトが来るまでの緊急措置であり、生音でのダンスが主流なこの世界ではオーディオの異質さだけが前面に立ってしまうので良くない。
週末までにアルバイトがどうにかならない場合は、魔道具と称して使うのは仕方がなかった。
ただ、何でもかんでも魔道具として発展させるのは良くないとリュージが言っていた。
火曜日の午後に学院へ行くと、工事関係者が多くいて、金曜日まで指定された教室は使用禁止となっていた。
確か大きな教室があって、発表会等をするのに使うと聞いた記憶がある。
まだまだ入った事がない教室が多いので、今の講義を続けている限り問題なかった。
午後に2つの講義を受けるのが日課になっていて、火曜日は2つ目の講義が終わった後、サリアル先生から「リュージ君の行動を見るのも勉強になりますよ」と言われた。
今日も学院にいるようで、作業場所を教えてもらった。
「こんにちは、リュージさん」
「アキラ君、こんにちは。今日はどうしたんだい?」
「サリアル先生からリュージさんのやっている事を見ると勉強になると言われました」
「ああ、そうか。ちょっと今考えていてね……」
馬車の前でリュージは考え込んでいた。
隣には職人っぽい人が二人いて、リュージが考えているのでこの職人達は雑談していた。
「アキラ君は車とか詳しいかな?」
「いえ、免許は取りましたけど、トラックとかフォークリフトとか運転出来るだけですね」
「まあ、それが普通だよね。よく転生ものとかでサスペンションとか用語は出るけれど、何をしたらいいか分からないね」
「リュージさんも読んだ口ですか?」
「まあ、ちょっとくらいはね」
商品の輸送については商業ギルドが得意とするところだ。
生鮮品や割れ物などを運ぶのには運転技術がものをいうだろう。
上質な馬の産地と言えば公爵領で、王族や上級貴族の馬車を作るのには専門の業者が存在する。
多分、サスペンションとは衝撃を吸収するバネのようなものだと思った。
「馬車の広さは問題ないですか?」
「うん、その辺はきちんとミューゼ家に確認はしたよ。今の人数なら2台もあれば楽器は運べるようで、傷がつかないように長期間使えるように安定して運びたいらしいんだ」
「フックやベルトはついていますね」
「そうだね。馬車を新調するのは簡単だけど、外見を豪華にする訳にはいかないしね」
「外側がダメなら内側ですよね。クッションとか……じゃ中がガタガタするか」
リュージが徐に一個だけあった楽器ケースを開ける。
すると、何かを思いついた顔をした。
「いいねいいね。やっぱり一人で考えるより、二人以上で考えるとアイデアが生まれるね」
「何か良いアイデアでも? 自分には運転が上手い人にやってもらうとしか」
「そうか、難しく考えすぎたのか」
またまたアイデアが生まれたのか、リュージは色々手配を取っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都の冒険者ギルドでは、様々なスペシャリストに依頼を出せるようにしている。
それは採取に特化した者や戦闘に特化した者、あるいは護衛や輸送に特化した者等にだ。
一般的な冒険者の寿命は短い、それは己の力を過信したり、判断ミスによるところが大きい。
そんな冒険者の中に【平穏な羊】という団体があった。
今は冒険者ギルドの職員となった元リーダーのサヴァンは、初級冒険者の面倒見が良く、冒険者ギルドから低賃金で依頼を受け、礼儀作法から冒険者としての生き方を教えていた。
【平穏な羊】は護衛と輸送のスペシャリストという事もあり、引退した者達は商業ギルドで重宝されていた。
ただ、多くの団員を抱える【平穏な羊】は出入りも激しく、危険が少ない代わりに大きく儲ける者も少なかった。
「どうだ、かなり良い条件だとは思うんだが……」
「ええ、かなり良いですね。うちの団員なら教育は行き届いているし、十分な報酬だと思います」
「おいおい、お前はもう輸送部門のトップだぞ。いつまでもその気持ちじゃ困るぞ」
「そういうギルマスだって、こんな一案件にわざわざこなくても」
「まあ、そう言うな。どの部門でも平等に成果を上げて欲しいと思ってるんだよ」
「魔物討伐などは花形ですもんね」
「ああ、だがな魔物討伐なんて、天災に対する処理にすぎないさ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水曜と木曜は変わらずに過ごしていた。
CDが届いたので貸していたCDを回収し、入荷したCDをまとめてアデリアに渡した。
ダンス用の音楽の他にも民謡や、北海道から沖縄の祭り音楽も入っていた。
アレンジバージョンまであるとは、おっさんの趣味が入っているのかもしれない。
講師と手が空いている人と一緒に聴いていると、侍女の一人がやってきてシリルの状況を教えてくれた。
日曜に侍女がシリルを送ると、ギレン調理長が余った料理と称してお土産を持たせていた。
二日程食事と睡眠をしっかりとったシリルは、指示通り協会の医師の診断を受けた。
一見小康状態になったようだが、今朝様子を見に行った侍女が、悪化しているシリルをみつけ再度医師に見せたのだ。
「シリルさんは高熱で、今週のアルバイトも厳しそうです」
「そう、仕方がないわね。ララさんはどうかしら?」
「はい、ララさんも体調を崩されているようですが、シリルさん程ではないようです」
「引き続き二人の病状に注意してくださいね。病気の時は心細くなりますから」
金曜日の午後一番はミューゼ家から3人が、学院へ見学に来ていた。
まずは音楽教室の披露ということで、ステージに立派な椅子が並び、オーケストラの演奏のような作りになっていた。
ガレリアは宮廷魔術師団のメフィーと、魔道具職人のエントに礼を言っていた。
ポライト男爵家からはアデリアが同席し、間もなく完了する工事を見ていた。
「すいません、こちらをご覧になって頂けますか?」
リュージが借りていた楽器と楽器ケースに工夫した事を話すと、音楽家のランドールがケースにされた工夫をじっくり見た。
「これは……、何か敷いているのですか?」
「ええ、新しい素材を大量に敷き詰めています。これがクッションになって傷も揺れも影響が少なくなると思うのですが」
「中々良い工夫ですね。演奏場所もこれだけ準備して頂いて……」
「ガレリアさま、私達がここを占領するのは迷惑ではないですか? ただでさえ、騒音問題などもあるのです」
「ミューゼ家の心配は重々承知しております。その為にメフィー氏とエントに来てもらったのです」
工事が終わり、一旦工事関係者が外に出る。
他のみんなも外に出ると、リュージからステージにグランドピアノを出すように言われた。
「アキラ君はピアノ弾けないよね」
「弾ける訳ないじゃないですか。リュージさんはどうですか?」
「うん、勿論弾けないよ。まあ、ドドソソララソくらいなら弾けるか」
ピアノを設置するとリュージが座り、チャルメラやキラキラ星を弾きだした。
思ったより音が響くようで、少しずつ下がっても結構な範囲で聞こえていた。
外も聞こえるかなと扉を開けると、ミューゼ家の3人は驚いていた。
遠くから見ると、リュージが楽器を弾いている。それがあまりに酷く、でも音は届いていた。
「どうでしょうか? 風属性魔法を使えるメフィー氏と魔道具職人のエントは確かな腕だと思うのですが」
「素晴らしい。何よりこの短期間である程度の形を見せてくれた」
「父上、もうガレリアさまとリュージさんにお願いしましょう」
「そうだな、返しきれない恩が積み重なってしまうが」
「ロイエさま、レンドさま。貸し借りではなく、お互い男爵家として協力しませんか? この学院で一緒に指導して頂けると心強いです」
メフィーとエントがガレリアに礼をすると去っていく。
ガレリアがミューゼ家とアデリアを連れてステージまで行くと、みんなが次々と咳払いした。
「リュージさん、リュージさーん」
「え? なんだい? アキラ君。あ……、ガレリア先生も」
「リュージ君、その楽器の素晴らしさは分かったよ。私には理解出来なかったけどね」
「リュージさん、その楽器は……」
「はい、新しい楽器だと思うのですが……。ランドールさんは、こういう楽器を見たことありますか?」
「いやいやいや、初めて見るね。今後演奏しても良いのだろうか?」
「ええ、私には向いてないようですし。これで、インスピレーションも沸きましたか?」
「ああ、素晴らしい音色だった。是非今すぐにでも演奏してみたいところだ」
「ランドールよ、それは正式に返事をしてからにしよう。これだけ整えてくれるのに、多大な労力をかけてくれたからな」
ミューゼ家からの正式な回答に、ガレリアとリュージは快く迎えることにした。
【平穏な羊】からも輸送や護衛を請け負ってもらえて、講演については学院の活動の一環にすると話した。
カリキュラムなどをしばらく考えてもらい、無理なアルバイトは廃止し、ある一定以上の金額が稼げるよう検討するとガレリアが約束をした。この時期、音楽家を求める貴族家も多く、豪商なども含めてパーティーに呼びたい者も多いと聞く。
まずは、音楽家達の健康状態が心配だった。
リュージがランドールと席を代わると、ゆっくりとだが確かめるように音を出し始める。
協力体制を話し合っていると扉が開き、ダンスホールに勤めている侍女がやってきた。
慌ててアデリアに駆け寄る侍女が、ミューゼ家の方々を見た。
「シリルさんの事ですね、ミューゼ家の皆様にも聞いて頂きましょう」
「はい、アデリアさま。シリルさんの症状ですが……。今朝熱が下がって治ったと思ったのですが、耳が聴こえなくなってしまったようです」
「シリルが……」
この侍女の説明によれば流行り病で、早いうちに対処すれば重篤化することはないらしい。
そもそも、小さい子や老人がかかりやすく、若い者ならば体力があるので罹っても問題ないのが通常だった。
医師の責任は問わないのか? という問題もあるが、この世界では医療技術に期待してはいけない。
魔法があっても多額の謝礼金が必要で、薬が安くなったと言われていても、食事も儘ならないなら望むべくもない。
主に五感に後遺症が残る病気のようで、一晩も寝ればすぐ治るものもあれば、治る見込みがないものまで幅があった。
耳が聞こえないだけで、通常の生活には問題ないようだ。
シリルもランドールの教え子なので、特待生扱いに変わりはない。
後悔するミューゼ家の3名に、ガレリアが肩に手を置いて当主を励ました。




