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036:勝負

 初日のアルバイトが終わった後、かなり照れている自分に気がついた。

アデリアやローラからは問題なかったと言われ、講師からは今後とも宜しくと激励された。

それもこれも、レイシアとスチュアートの教えを忠実に守ったからであって、断じて自分の本性が現れたからではない。

よくよく考えてみると、アーノルド家ってイタリアの「アモーレ・カンターレ・マンジャーレ」を地でいく感じがする。

「飲んで・踊って・恋をして」って感じにだけどね。


 日曜日もアルバイトに行くことにした。

ウォルフ達は自分がどこで何をしているか気になっていたけど、月曜から金曜まで午前は一緒に特訓や稽古もしている。

読み書きと算術を早くに卒業した為、ミーシャとロロンをまく事が出来ていた。

ウォルフは少しずつスチュアートの仕事についていってるから、そっちの勉強が忙しいようだった。

「何時もの場所で魔法の修行してくるよ」とミーシャとロロンに話すと、二人は勉強から手を離せないようで、助けを求めるポーズを振り切って見えない場所でリープの魔法で移動した。


 無事到着すると、セルヴィス夫妻に挨拶してダンスホールへ向かった。

出掛ける際に呼び止められて、「男爵家の次男のキッド」を探している人がいるという情報を貰った。

多くのスパイはこの別邸に探りに来るのは鬼門らしく、ここに来るまでによく打ち落されるのでとりあえずは安心らしい。

何故この情報が届いたかというと、某ギルド長からの助言だったようだ。

別邸を出る前にマスクを装着し、ダンスホールへ出勤した。


 一階から順番に挨拶してまわると、ホールでは昨日の講師が熱心に指導をしていた。

演奏者の方は一人のようで、昨日の学生さんの方が椅子に座って講師の指示を待っていた。

レッスンを止めないように会釈をすると、休憩スペースの方を見る。

昨日は午後から来た、やる気のない同年代の三人組が早くからサボっていた。


「みなさん、おはようございます」

「あら、今日も来たのね」

「まあ、どんな人でも二・三日は来るわ」

「べ、別に待ってた訳じゃないわ」

「嬢ちゃん達珍しいな。ヘタしたら週に一度の半日か、イベントの時しかこねーのにな」


 ギレン調理長がクッキーを持ってきた。

そのすぐ後ろから、侍女が自分の分のお茶を持ってきてくれた。

「んで、嬢ちゃん達、今日は踊らないのか?」

「そ、それは気分次第ですわ」

「じゃあ、ゲームをして私が勝ったら踊りませんか?」

「「うーん、そ……」」

「いいわ、私が相手になってあげる」


 二人がジト目をして、もう一人の女性を問い詰めている感じがした。

「そう言えば、お名前を伺ってなかったですね」

「モーリスよ」

「私はメルロー」

「私はクリスですわ」

「面白そうだな。キッド、どう勝負をするんだ?」


 まずは何時も遊んでいるカードを取り出した。

カードの種類と枚数を説明すると、3人は興味深そうにカードを念入りに調べていた。

ポーカーの説明をすると、同封されていた役の取り扱い説明書をモーリスに渡した。

チェンジは一回のみでジョーカーはなし。勝利条件はチップがなくなったら負けだった。


 侍女にグラス二つと布を準備してもらう。

片方のグラスに布を被せると、入学祝いにリュージから貰った二本の杖の片方を取り出し、軽くコツンとグラスを叩いた。

コロンと軽快な音がすると、みんながグラスに注目した。

「え? 今何をしたの?」

「手品ですよ。ギレンさん、これってどう見ます?」


 布を取るとキューブ状のチョコレートがグラスの中に一粒あった。

「キッド、これは食い物か?」

「はい、お試しください」

「ふむ、嬢ちゃん達の視線が痛いが……。悪ぃな」

アーンっと口の中に放り込んだギレンは、真剣に考え込むように結構長い時間味わっていた。


「「「ギレン調理長、それは何なのです?」」」

「知りたいか? ふははは、キッドこれは世界を変えるな」

「分かりますか?」

「ああ、この甘さ。クッキーなんて比じゃないぜ」


 クッキーに手を伸ばしかけたメルローがその手を止めた。

「じゃあ、自分のチップはこれにしましょう」

グラスに布をかぶせ、杖でコツンとグラスを叩くと5個のキューブ状のチョコレートが発生した。

「で、嬢ちゃん。これに対抗できるチップはあるのかい?」

「急にそんな事を言われても……。私はお金を持ち歩きませんわ」


「構いませんよ。じゃあ、仮でこのチップをお貸ししましょう。ここでギャンブルをしたとなったら、怒られてしまいますからね」

「いいのですか? ギレン調理長。この黒い物はどのくらいの価値なのです?」

「そうですねぇ……。もし、この黒いのが量産出来るなら……銀貨1枚以上はするな。今この場にしかないなら金貨1枚以上は覚悟しなきゃいけないな。あ、もちろん1個の金額だがな」

「え……」

「良いですよ。それがチップです」


 まずはギレン調理長にカードを5枚配ってもらう。

カードを配り終わってからチョコレートをお互い一個ずつ前に出して、カードをチェンジする。

ここで自信がある場合は更にチョコレートを追加する。勝負するには同数のベットが必要だった。

自信がない場合は降りる事が出来るけど、チョコレート1個は参加料として取られてしまうが、二個取られるよりかはマシだ。

この回は説明の為、実際のやり取りはしない事で同意している。


「お互い上乗せはなしだな。じゃあ、オープン」

「ワンペアよ」

「ブタです」


 モーリスは喜んでチョコレートを引き寄せようとしたけれど、ギレンによって阻まれてしまう。

これは練習回なので、チョコレートの移動はなしだ。

「あ……、そうですね」

モーリスの後ろにはクリスとメルローが、3人一組でこちらを見つめていた。

「キッド良いのかい?」

「ええ、初めての遊びですから」

「じゃあ、改めて勝利条件を確かめるぞ。そのチョコレートというのがチップで、持ち数5個ずつスタートだな。どちらかがチップを全部なくした時点で終わりだ。お互いいいな」

「「「「はーい」」」」


 ギレンが配ったカードは、種類がバラバラでジャックのワンペアが出来ていた。

スリーカード以上を狙って3枚交換したけれど、手は変わらずワンペアで終わった。

モーリスは難しい顔をしていて、後ろの二人は「左ですわ」とか「右ですわ」と意見が割れている。

あちらも3枚交換して、お互い上乗せなしでオープンとなった。


 相手は8のワンペア、こちらはジャックのワンペアで自分の勝利だった。

モーリスのチョコが一個こちらに移り、モーリス4個で自分が6個になった。

そのタイミングで侍女が2名やってきて、全員のお茶を差し替えてくれる。


「お茶ありがとうございます、よろしかったらこちらのお菓子を一つどうぞ」

「え? ……良いのですか?」

こちらを見た後、ギレン調理長を見る。

そう言えば、調理長は長い間厨房を離れていても大丈夫なのだろうか?

「キッドが良いって言っているんだから貰っとけ。こんな機会そうそうないぞ」


 侍女がこちらのチョコを一粒ずつ取り、すかさず口に放り込んだ。

「何これ……。あ、あ、とろけちゃう」

「甘くて、ほろにがくてサラッと溶けていきました」

モーリスが減ったチョコレートをがん見している。


「あの、今のはどういう状態なのかしら?」

「ああ、私のチップから引いてもらって良いですよ。4対4で仕切りなおしと思って貰えれば」

「私が勝った場合はこのチップは……」

「ええ、ただのお菓子ですので、好きなタイミングで好きにしてもらって良いですよ。無くなった時点で終わりですから」


 三人で相談しているが、その間ギレン調理長が段々慣れてきたようで、シャッフルを高速でやり始めた。

相談が終わったようで、次の勝負に移った。

2戦目はモーリスの勝利、3戦目は自分の勝利で、両方上乗せなしで4対4のイーブンに戻った。

4戦目配り終わったすぐ後、メルローがチップから一個チョコレートを取り口に入れた。


「あ、メルロー。何をするの?」

「これが負けちゃうと食べられないじゃない。まだ3個あるから大丈夫よ」

「メルローばかりずるい」

そう言うと、クリスもチップからチョコレートを取り出し、モーリスはカードを持っているのでクリスを止められなかった。

カードを持っているモーリスを見ると、驚いたような顔をしている。


 お互い一個チップを出して、モーリスは勝ち誇ったようにチョコレートを一個口に入れた。

「ふふふ、今回は私の勝ちね。チェンジはしないわ」

「モーリスさん、本当に良いんですか?」

「ええ、こんなカードが来るなんて運がいいわ。あ、このチョコレートおいしかったわ」

「「うんうん」」


「じゃあ、こちらは全部交換で」

「まあ、可哀想ね。今そのチョコレートを渡すなら、私だけなら踊ってあげても良いわ」

「「え?」」

「私はそれでも良いのですが、こう見えても負けず嫌いですから」

「仕方ないわね。運の悪さを思い知って」

「はい。では……」

「ギレン調理長、早くオープンのコールを」

「いえ、その前に上乗せです」

「「「え? ……ええぇぇぇぇ」」」


「くっはははは。まあ、そうなるわな。一応お互いオープンしとけ」

「フラッシュですわ」

「ブタですね」

「チップ不足により、勝者キッド。今日は真面目にレッスンを受けるんだな」


 いつの間にか講師が近づいてきて、3人に勝負の話を聞いたとトドメをさした。

アップが終わるまで講師が決めた2人と踊り、その後3人連続で踊ることになった。

三人とも踊りは結構上手く、だからこそパートナーの少なさにやる気が出なかったようだ。


 ふと、最後のモーリスとの踊りで演奏がおかしいのに気がついた。

テンポが所々間延びするような感じだった。

不思議に思い演奏者を見ると顔がかなり赤くなっていて、気付いた時には楽器を傷つけないように不自然な体勢で倒れこんだ。

アデリアがやってきて侍女に指示を出し、この女性は休憩室へ連れて行かれた。

午後のレッスンは中止になり、その後協会の医師がやってきた。


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