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035:ダンスパートナー

 それは男爵領収穫祭の翌週、土曜日の事だった。

学院は基本的に土日休みなので、今日は顔合わせの為、アルバイト先であるダンスホールへ向かった。

今日はレイシアの妹であるローラと、リュージの義理の姉であるアデリアがいるようで、初回なのでレンが付き添いで来てくれた。


「アキラ君は、レイシアから指導受けた?」

「はい、義母は毎日楽しそうに踊っています」

「あはは、それは仕方ないね。今でも噂になるほどのベストカップルだもん」

「そろそろマスクしますか?」

「ええ、そうね。何処で見られているか分からないから」


 目元を隠すマスクを装着すると、端から挨拶をしていく。

「ギレン調理長、おはよう」

「おはようございます、レン博士」

「だーかーら、博士は止めてって言ってるでしょ。レンでいいんだからね」

「はいはい。それで、隣にいるのはレ……」

「え?」

「ストップ。分かってても、その名前は出しちゃダメよ」


「いきなりバレていますね」

「それはア……。そう言えば、ここでは別の名前をつけた方が良いわね」

「何て名乗ったら良いでしょうか?」

「そういえば、リュージと同郷って聞いたけど。名前の他に何かないの?」

「木戸が苗字……。ファミリーネームです」

「じゃあ、とりあえずキッドにしましょうか。もし別の名前を名乗るなら後で教えてね」

「よし、キッドだな。困ったら相談しろよな」

「はい、ギレンさん。宜しくお願いします」


 二階へ移動すると、ローラとアデリアが談笑していた。

レンが声をかけると、待ち侘びたようにアデリアがやってきた。

「えーっと、こちらはキッド君。さる男爵家の次男って設定よ」

「レンさん。設定って言っちゃダメですよ。ア……」

「ローラ、その名前はダメよ。後、ローランド様には秘密で。アデリア姉さんもお願いします」

「はい。その辺は任せてください」


 アデリアがこの施設と仕事について教えてくれた。

まず、この施設は団体の予約重視で、空いた時間に踊りを教える事になっている。

ただ、団体と言っても上位の貴族家子女達は家庭教師を呼ぶのが一般的で、食事・お風呂の施設を考えるとダンスホールの予約は月間数える程しか入っていないらしい。

この施設では、楽団の訓練生などがアルバイトで来るようで、必ずしも演奏的に当たりの人が来るとは限らない。

通常1~3名はローテーションで回っているので、音楽が一切ないということもないようだ。


 続いて、アルバイトをする上で注意点を告げられる。

これに納得出来ないようなら、この話はここで終わりになる。


1.ダンスホール内恋愛禁止。特定のカップルを組むのも禁止

2.踊る相手は講師からの指名による。但し、自由時間はその限りではない

3.雑務の禁止。具体的には掃除・配膳・風呂場の入室他、侍女がやりそうな仕事

4.応急処置講座を受ける

5.何も指示がない場合は、この施設内にいる事


 ざっくりした時給計算の問題もあり、1日/半日/1回という単位の金額提示をしてもらった。

この一回は講師による1レッスンの時間で、90分くらいが目安になるようだ。

結構なお給料をもらえるようで、口止め料が過分に計算されていたみたいだ。

ただ、我侭お嬢様も多いらしいので、迷惑料も入っているんじゃないかと思う。


 仕事はある程度任せてもらえるようで、講師ときちんと打ち合わせして貰えれば大丈夫らしい。

貴族家としての苦情はローラとアデリアが対処をしてくれるので、よっぽどの事をしない限り問題になることはない。

「問題が起きたとしても、どこかの貴族家のキッドという人物がいなくなるだけ」とレンが言っていた。

数々のパートナー候補がこのアルバイトを辞めたので、貴族家子女も変な事はしないだろうと3人は話していた。


 午前のレッスンでは、フロアに講師と真面目な生徒が、カウントと共にステップを覚えていた。

それが終わると、二人の女性が大きさの異なる弦楽器を奏でていた。

優雅な踊りでステップを踏むと、さすがは真面目な生徒が多いので群舞のような印象を覚えた。

一区切りすると、アデリアが講師と生徒を呼んだ。


「はい、みなさん。こちらが今度ダンスパートナーとして来て貰える事になったキッド君です」

「初めまして、男爵家次男のキッドです。私もダンスを始めたばかりですが、みなさんと踊る日を楽しみにしています」

「こちらの紹介は追々しましょう。そうですね、自己紹介がてら一曲踊ってみてもらえませんか?」


 講師が今教えている生徒で、一番の恥ずかしがり屋のメリルという女性を紹介した。

フロアの中心までメリルをエスコートすると、ホールドの姿勢で彼女に向かって笑顔を送った。

「さあ、一緒に踊ろう」

その一言で周りから黄色い声が飛び、すかさず音楽が奏でられる。


 メリルは一歩目が出ないようだった。

年の頃なら12歳前後くらいかな? さっき全体の踊りをチラッと見たけど、飛びぬけて上手い子もいなければ下手な子もいなかった。これはアーノルド男爵家を基準と考えたらなので、実際は踊れるから上手のレベルになるだろう。

恥ずかしがり屋で、初めてのパートナーで全員の前で踊る。

かなりのプレッシャーになっていないかと思い、作戦を変える事にした。


 音楽を無視して、ゆっくりメリルのところまで歩きだす。

たった数歩の距離だけど、その一歩一歩がメリルにとって緊張なのだろう。

耳元に近づいて、「お嬢さま、今日はただのレッスンです。お友達にあなたの魅力を見せてあげましょう」と囁く。

「え?」と別の緊張を与えた瞬間、ずっと練習していたリフト技につなげる回転から入ることにした。


 二人でぐるぐる回ると緊張が飛んだようで、メリルを支えると客席にアピールするように反る動きをした。

拍手が巻き起こるとメリルの口角が上がったように感じ、優雅なステップに小さいリフト技を混ぜ始める。

それからは、さっき見た基本のステップと優雅な動きを重視して、一曲無事に踊りきった。

二人で揃ってお辞儀をすると、盛大な拍手で迎えられた。


「ハイハーイ。みんな分かっているわね。くれぐれも淑女としての嗜みを忘れない事。それと、キッド君。今日から宜しくね」

「「「「「はーい」」」」」

「こちらこそ、宜しくお願いします」


 メリルが囲まれると興奮した感じで、途切れ途切れだけど踊りきった達成感を報告していた。

講師からは教える事がないとまで言われ、踊れるジャンルの数を聞いてきた。

レイシアから許可が下りているのは3種類で、その他の2種類は勉強中だった。

更に踊りの種類を増やそうと、振り付けを考えているレイシアにはまだまだ追いつけていない。


 アデリアとローラは講師の資格はあるが、主に運営方面でいない時も多いようだ。

この施設では全体的に男性が少ないので、何かあったらギレン調理長へ相談するように言われた。

レンとローラとアデリアは安心したのか、お茶の時間に突入していった。


 午前のレッスンが終わると、昼食を取ることにした。

このアルバイトは賄いつきで、ギレン調理長に頼めば材料があれば大抵作れるらしい。

レッスンが終わると帰ってしまう女性達も、何故かテーブルを囲んで質問攻めしてきた。


「ねえねえ、キッド君はどちらの貴族家なの?」

「ごめんなさい。それは秘密にして欲しいと言われているんです。男爵家の次男としか」

「その仮面は取れませんの?」

「はい、ダンスには支障ない形にしています。素顔がバレルと恥ずかしいので」

「「「まあ、かわいい」」」


 女性に囲まれているので、お願いしていた昼食はみんなで食べられるサンドイッチに変更になった。

この施設では給仕に侍女がついてくれるので、お茶なども自然と出てくる感じだ。

白い円形のテーブルに女性が5人、普通に考えて結構な圧迫感がある。

ギレン調理長は手馴れたもので、あっさり黙らせるような料理の数々を並べると、「キッド、お代わりもあるからなぁ」と大声で呼びかけてきた。


 お迎えの馬車が到着し、名残惜しそうに帰っていく女性もいれば、遠巻きに自分の存在を確認してくる女性もいた。

この施設にレッスンに来る女性は、大抵男爵家のお嬢さま達で年齢層は若い方が多い。

築10年未満の施設であり、認知度があがったのはここ数年だった。

社交界デビューしている貴族家子女なら、既にダンスレッスンは終えているだろうし、ダンスが得意でない家では今更だろう。

時たま、かなり年配の女性が凛とした男性を連れて来る日があるとも聞いている。

これは踊りが好きなサークル活動の一環らしい。


 今日の講師は1日担当してくれる方だった。

奏者の方にも挨拶をして、生演奏の素晴らしさを感謝した。

二人の奏者は年上の女性の方が先輩らしく、年下の女性は学生と言っていた。

この学生さんの方は、なんか顔が赤く熱っぽい感じがした。

季節の変わり目なので、風邪など注意してくださいと言うと、本当はダメらしいけど侍女がホットレモネードを持ってきてくれた。

二人に飲んでもらうと、とても喜んでいたようだ。


 午後の生徒は、明らかにやる気に差があるようだった。

講師の方はベテランのようで、こちらの様子を見ながら予定を組んでもらえていた。

柔軟や基礎練習が終わると、自分の紹介をしてくれる。

そして、午後は一番ダンスが上手い子がダンスの相手となった。


 表現力豊かな踊りと基本に忠実なダンスは、大体同レベルくらいなのかな? というような感じだった。

午前に踊ったメリルと同年代らしく、踊り終わった後は当然のようにカップル申請をされてしまった。

ただ、このダンスホールでは特定のダンスパートナーを作るのは禁止されていて、今後増えるであろうアルバイトもそれを破ることは出来ないのだ。講師が丁寧に説明している間は、優雅なお茶の時間となる。


「こんなマッタリしたアルバイトって、本当にいいのかなぁ」

そう呟くと、少し離れたテーブルではレッスン用衣装にも関わらず、踊る気のない三人組みがお茶を楽しんでいた。

さっきの挨拶の輪にいなかったので、改めて挨拶へ向かった。


「あーあ、今日は踊る気がしないわ」

「あら、昨日もそんな事言っていたわね」

「じゃあ、明日には今日の分を踊るわ」

「先週に騎士団の方が来たので、次は一ヶ月後ですね」


 この施設では定期的に催し事を計画していると聞いている。

先週は騎士団の若手によるダンスパーティーだった。

その他にも、まだ社交界デビューしてない貴族家子息がやってきたりもする。

ただ、ここに通う子女は男爵家が多いので、そんなには人気がなかった。


「みなさま、初めまして。先ほどはご挨拶できませんでした。新しくレッスン相手として参りました、男爵家次男のキッドです」

「あら、見ない顔ね」

「ええ、本日からお世話になっております」

「あなたは、私達と踊ってくださるのかしら?」

「はい、講師の方から指名されればですね」

「なーんだ、つまんない。私達はここにいる限り選ばれることはないわ」


「みなさまは、レッスンに参加されないんですか?」

「ええ、相手もいないんじゃつまらないんですもの」

「そうですね、みなさんとも踊ってみたいのですが、何分体が一つしかないもので」


 年の頃ならこの3人は同年代だ。

8歳から12歳位までが、ここにくる生徒に多い年齢層だろう。

端っこの方にいる人も、15歳から18歳いくかいかないかというような年齢で一人二人いるくらいだった。


「今は自由時間なので、どなたか一人だけですが踊ってみませんか?」

「嫌よ、あなたが踊れるかなんて分からないし、どうせすぐ辞めちゃうんでしょ」

「そうね、いつものパターンだわ」

「じゃあ、今日はお話だけでも聞かせてもらえませんか?」


 講師はこの3人もきちんと見ていたようで、無理強いしてレッスンに参加させるような事はしなかった。

後で聞いたけど、やっぱり踊りは楽しむのが一番らしい。

まずは徐々に顔を覚えてもらい、多くの人と楽しく踊って欲しいと言われた。

講師は体力面を心配してたようだけど、レイシアの訓練に比べたらずっと休憩しているようなものだった。

次回から踊る時間を増やしてもらえるようお願いをした。


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