033:収穫祭
カチャ……、「大丈夫みたいです」
ソルトがロロンを、スチュアートがウォルフを、レイシアがミーシャを抱えるとこちらに頷いた。
ゲートの魔法を唱えると、床からドアが競りあがってくる。
カチャっとドアが少しだけ開くと、ドアを潜り転移先の場所を確認した。
セルヴィス夫妻が待っていたようで、準備していた寝室へ案内して貰う。
この部屋は自分用に用意して貰っていたので、ゲートを解除して明日に備えて寝る事にした。
深夜の移動は、翌朝子供達の驚きで大成功だと分かった。
前回は年長組と年少組の分け方だったけど、今回は移動中にばれないように一緒の部屋だった。
子供部屋まで行くと、廊下でソルトが部屋に入る直前のようだ。
一緒にノックをすると返事はなく、ソルトがドアを開けると奥の方にミーシャとロロンが抱き合っていて、ウォルフがソルトに向かって殴りかかったところであっけなく制圧された。
どう投げたかは分からなかったけど、気がつくとウォルフが宙に浮かんで、地面に叩きつけられる瞬間に引き上げられたようだ。
達人の投げ技は、一切ダメージを与えなくすることが出来るらしい。
「ウォルフ、お爺さまの家だよ」
「え? 俺達男爵領にいたよね」
「ああ、うん。それよりさ、今日は王都で収穫祭らしいんだ。みんなで行けるみたいだよ」
「本当? アキラお兄さま」
「うん、ミーシャもロロンも興味ない?」
「僕、行きたーい」
「うーん、納得出来ないけど……」
「後でちゃんと話すから」
ウォルフの耳元にだけ、こっそり最後の一言を告げると納得したようだ。
ソルトは朝食が出来たと話すと、みんなで食堂へ行くことにした。
「みんな、おはよう」
「お爺さま・お婆さま、おはようございます」
「さあさあ、何時もと変わらない食事だけど、しっかり食べるのですよ」
その割には朝からやけに張り切った料理がテーブルに並んでいる。
レイシアとソルトが配膳を手伝うと、みんな一緒に食事をとることにした。
ソルトとレイシアの料理も家庭料理だけど、お婆さまの料理は日本で言う味噌汁みたいなソウルフードな感じがした。
きっとこれがアーノルド家に代々伝わる味なんだろう。
セルヴィスとスチュアートが、交互に王都の収穫祭について説明してくれた。
特別な事情がない限り、夏の終わりから主に秋に行う行事で、女神さまに豊穣と日頃の感謝をすることを目的とした、民を中心とした祭りのようだ。
土曜の午前に神事として協会と王国が取り仕切り、土日で酒が振舞われて有志による出店が立ち並ぶ。
主に大人達を労う為、昔は酒に合わせたツマミなどの店が多かったが、この十年で食文化の向上があり、新商品やシェフのスペシャリテなどお店のPRを目的としたものが増えたらしい。
【先代会】という商業組合に入っているセルヴィスは、少し早めに行って出店が立ち並ぶ準備状況を確認する必要があった。
食事が終わると、子供達に衣装が用意されていた。ダンス用にも使える衣装は、多少仮装チックになっている。
男の子はタキシード風の黒で統一し、ミーシャはふわふわなピンクのドレスだった。
セルヴィス夫妻を除く大人達も正装に着替えると、みんなにマスクを装着してもらう。
迎えの馬車が来ると、みんなで乗り込んでいった。
商業区に繋がる噴水がある広場から、出店がズラッと並ぶ。
噴水の近くで馬車が止まると、セルヴィスが先頭になって案内を始めた。
王都に来たら、是非行ってみたい食堂やレストランの出店は分散して配置されている。
その両隣にある店も売り上げが上がるので、人気の場所のひとつだった。
セルヴィスが一店一店声を掛けると、準備中にも関わらず、「味見していきますか?」とか「必ずもう一回来てくださいね」と返事が帰ってくる。
どれだけの繋がりがあるのか? 伊達に王都の顔役の一人として暮らしていない。
出店している店の種類も多様で、串焼き屋・ホットドック・ハンバーガー・ナポリタン・焼きそば・お好み焼き等があり、珍しい所ではプレーンオムレツの屋台があった。
セルヴィスの関係では、有志に任せたサングリアというワインと果物を使った飲み物屋があり、農場関係ではお惣菜屋が出ていた。この屋台ではリュージが打ち合わせをしていて、ローテーションと商品の補充について話していた。
そこへ挨拶に行くと、スチュアートとレイシアが丁寧に、自分の学院への入学についてお礼を言ってくれた。
リュージはこの後、特設テントで運営のお手伝いをするらしい。
祭りにつき物の喧嘩や怪我の後処理で、協会の医療班と一緒に治療等をするようだ。
ぐるっと一周すると、お昼頃に特設会場で収穫祭の開始の挨拶が始まった。
長い挨拶の間に酒をついで配る商業ギルドの職員、協会関係者は噴水に並ぶ列を整理し、次々と来る来賓対応や協賛している商人は挨拶の列に並んだ。
人々の「そろそろ飲ませろ」の空気が高まる頃、司会から咳払いが聞こえ乾杯の音頭に移った。
「みんな、飲み物は持ったかい?」
「「「「はーい」」」」
「じゃあ、こちらも行くぞ。かんぱーい」
それぞれの場所で、それぞれが乾杯を始める。
一年の苦労が報われる時、それが王国では収穫祭だった。
変装をしても周りから変な目で見られる事はなかった。
この日は仮装する者もいるようで、その発端は貴族達の変装だった。
出店でも仮面が売っていて、使い捨てらしいけど1日はもつようだ。
配られている飲み物も、アーノルド男爵領のワインが半分以上で、残りはエール・他領のワイン・葡萄ジュースになっていた。
さっきリュージから、今年はエールがお勧めですよと言われた。この一家はいつでも自領のワインを飲む事が出来る。
ベリアの実家からはワインとジュースが配られていて、子供達はこのジュースを飲んでいる。
多くの者がワインの列に並ぶ中、スチュアートが人数分のエールを確保していた。
今年もスタートから人気が出たのは名店の3件だった。
今回の農場の場所は、端っこに追いやられていた。食材が出回ったなら、後は料理人の技量がものを言う。
農場が出来てから、多くの料理人が農場の出店を真似し、翌年にはその料理が模倣される。
もともと新しい料理に接する機会が少なかった料理人たちは、こぞってその屋台に張り付き、隠す事なく料理する姿に料理人達は切磋琢磨して技術を磨いていった。
人が並ぶ店に人々は並ぶ、そして一番遠い農場の出店はゆるやかな立ち上がりだった。
「リュージ君の店に間違いはないな。では、行こうか」
「はい、毎年違う料理で楽しみですよね」
「へぇぇ、父さん達は毎年一緒に収穫祭に来てるんだね」
騎士達が列と導線を整えると、その隙間を縫うように農場の出店にみんなで直行した。
そこは微妙な輪が出来ていて、列に並んでいる人はそれ程ではなかった。
圧倒的に地味で、その場で調理のスタイルではなく既に出来ている惣菜だった。
『かぼちゃの蜂蜜煮』『きんぴらごぼう』『出汁巻き玉子』『筑前煮』で、量り売りのような感じだった。
みんなで摘めるだけ準備してもらうと、簡易テーブルを貸してもらった。
邪魔にならない場所でテーブルを広げると、さっきの輪がこちらに注目していた。
「あまり気にせん事だ。さあ、みんな食べてごらん」
「そうそう、リュージさんの料理は美味しいのよ」
見た感じ茶色っぽい料理が多い、「これは美味しいと思うよ」と出汁巻き玉子を取ると、子供達は一斉に同じものを取った。
大人達はきんぴらごぼうを取ってエールを呷る。
「「「「「美味い」」」」」
「「「「美味しい」」」」
遠くからこちらを見ている人々がこっそりと離れ、店の列に並ぶと自然と行列になっていった。
こっちはどうかな? あっちはどうかなと、今回は調理の手間がない分、農場の出店は多くの惣菜を並べることが出来たようだ。
大人達は4種類の料理を楽しめたが、子供達はそれぞれ好みが分かれていた。
それからは、ここを拠点として別れて料理を取りに行った。
興味がある場所へ大人と一緒に並び、飲み物も補充すると拠点へ戻る。
ロロンはお婆さまの手を引き、女性が多く並んでいるサングリアの店の列についた。
アーノルド領では見なかった食材や料理が並ぶと、パーティーのように好きなものを食べていく。
途中、セルヴィスへ挨拶に来る者、料理の感想を求めに来る者がいたけど、祭りが始まったばかりなので明るく陽気に短く済ませてもらえたようだった。
この日、仕事を休めた大人達は、耐久レースのように飲む。
普通なら夕方に仕事が終わるが、屋台は大体その少し先で撤退を始め、それに合わせて振舞い酒が終わる。
その先は居酒屋や宿屋など、自費で飲んでくれという流れになる。
だから、なんとしても大人達はこの二日間休む為に、特に夏以降は頑張るのだった。
簡易テーブルを返却すると、メイン会場へ向かう。
噴水の近くに行くと、行列が若干短くなっていた。
「アキラお兄さま、一緒にお祈りしましょう」
「そうだね。ミーシャの体が良くなったのを女神さまへ報告しよう」
並ぼうとすると、優しそうな協会の人が案内してくれた。
長い間、山間部に篭っていた子供達は、大きなイベントに参加する機会に恵まれなかった。
厳密に割り切れば、ウォルフだけでも自領の収穫祭くらいは参加すべきだったかもしれない。
ただ、家族想い兄弟想いのこの家族はミーシャの事を考えていた為、これが初めての大きなイベントだった。
「ミーシャ、こういうお祈りって初めてなんだ」
「アキラお兄さま。大切なのは感謝の心ですわ」
「そうだね。でも、ちょっとだけ教えてくれないかな?」
順序を教わり、自分とミーシャの番になった。
この噴水は国と技術者と協会によって出来た、協会が管理する神聖な設備のようだ。
二人一緒に祈りを捧げる事が出来るようで、ミーシャと一緒に敷いてある厚手のマットの上で膝立ちになる。
祈りの言葉を発した後、石材に埋め込まれている宝石に、ミーシャと一緒に触れて祈りの気持ちを込めた。
すると盛大な水量で稼動していた噴水が動きを止め、女神像が姿を現し始めた。
一斉に周りの人々が手に持ったものを置き、両手を胸の前で組み祈りを捧げ始める。
女神像の出現に二人で驚いていると、ミーシャの体がうっすら光に包まれている事に気がついた。
「ミーシャ、大丈夫?」
「ええ、いつもより元気なくらいです」
「えーっと、この後どうするんだっけ?」
「女神さまへ報告しましょう」
二人で祈りを捧げていると、魔力が噴水の周りを駆け巡る。
この変化に気がついた者は少なかった。
噴水の四方から土水火風の精霊が浮かび上がり、神聖な空気が広がりつつあった。
祈りを捧げた後二人で女神像を見ると、像なのに一瞬微笑んだように感じた。




