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031:盗賊ギルドは何狩る気?

 王都では有能な人材を有効活用している。

無能な人材を二人雇うよりかは、有能な人材を一人高額で雇う方が、対費用効果が高いからだ。

すると、一人に仕事が集中する為、複数の職場を掛け持ちすることになる。

アイデアに優秀な者には実行力に優秀な者をつけ、スピードを重視するチームには一人慎重派を用意する。


 ヴァイスという男がいる。

まだ幼少の頃に家名を失った没落貴族の長子であり、自身の努力により学園の騎士科の特待生となった。

学園生時代に様々な事件の解決に努め、卒業後は順調に騎士として実績を積み重ねた。

遠くの地方の派遣でも評判が良く、派手なパフォーマンスというよりかは、着実に実績を積み重ねるタイプだった。


 今から数年前に、内々に家名を名乗ることを許された。

弟達も学園で特待生を務めたようで、今は文官としてラース村の代官を務めている。

貴族家が重宝される理由、それは教育もさることながら優秀な人材が出たら、その系統の人間が多く輩出されやすいと言う点だった。


 そんなヴァイスは、現在学院に出向されている。

一部の貴族家から農場へのちょっかいを防ぐ為、王国は農場と学院を含むこの急成長する区画を『商業特区』としたのだ。

王国の資金が介入している事もあり、経理はガレリア基金できちんと管理されているので問題はないが、矢面に立って全てを捌く者をガレリアから変える必要があった。

ヴァイスにとっても、これは貴族として経験値を上げる良い修行になった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「リュージ君、悪いね」

「いえ、今年はもうゆっくり出来ますから大丈夫ですよ」

「そうか、じゃあ早速なんだが」

「分かってますよ。アキラ君がそこにいますからね。正直な感想を言うと遅いくらいです」


 セルヴィスは使いをやり朝からリュージを呼び出すと、学院に特待生として通えるようお願いした。

元々特待生と言い出したのはリュージであり、その事については問題なかった。

ただ、リュージの妻であるレンが言っていた、幼少時は家族と過ごした方が良いという点が問題だった。

養子になった途端に家族と離れるのは、少し違うと思うのは普通だろう。


 セルヴィスは隣に座るアキラに頷くと、リュージにアキラの使える魔法を話した。

主に移動に関する魔法で、今覚えている場所は『アーノルド男爵領の家・冒険者ギルド・この家』だった。

覚える場所は変えられると話したが、今の段階だと何処も変えられる場所ではなかった。


「うーん、便利な魔法だけど何処にでもすぐ行ける訳ではないんだね」

「はい、その場所を覚えないといけないんです。覚える数には条件があるみたいで」

「興味はあるけど、その件については聞かない事にするよ」

「いいのかな? 出来ればアキラ君への個人的な質問は、ここでして貰えると助かるのだが」

「ゲートまで使えるとなると、スチュアートさん達にも相談しているんでしょ?」

「そうだな。直接の保護者ときちんと相談した上での話だ」


 学院への特待生として通う事は問題なく了承が出た。

セルヴィスが一般枠で入学される事も出来るが、この学院は市井から優秀な者を吸い上げるのを目的としていた。

それとは別に、今の学園二箇所と学院で最高の魔法教育を受けることが出来るのはこの学院だった。


「えーっと、その前に一応確認です」

「ふむ、何でも聞いてくれ」

「伝わっているとは聞いていますが、私は盗賊ギルドのギルマスになったんです」

「ああ、聞いておるよ」

「それでも良いのですか?」


 リュージの発言に小さくショックを受けた。

盗賊ギルドと言えば、貴族や商家からみかじめ料を取り守る組織だと何かで読んだ記憶がある。

スラムでは住民を諜報員として使い、粛清もあるダークな組織だと思った。

セルヴィスが怯える自分の頭を撫で、柔らかい微笑を浮かべた。


「全ては可能性だよ。何処で何を感じるか、何を学ぶかはその子に掛かっている。家族なら可能性の中で最上級のものを与えたいと思うのは当然であろう」

「そうですね。今なら分かります」

「学院へ通うのは彼が選んだ事だ。ヘルツから聞いたが、疚しい組織ではないのだろう?」

「ええ、少し脅かしてみましたが、セルヴィスさんには通用しなかったようですね」

「まあ、可愛い私の孫だ。特別扱いしてくれとは言わないが、良い教育を頼むよ」

「学院長権限を使わないんですか?」

「そういうものは現場に一任しておる。信じておるよ」


 差し出されたリュージの手を握る。慌てて「お願いします」と言うと、緊張からか結構笑われてしまった。

学院は来週から通っても良く、選択性で講義を受けていく感じだった。

通える年数は最大6年で、学院公認の卒業資格を得たなら、いつ卒業しても良いらしい。

通常は4月入学の3月卒業で、学院に通っている間に就職先を決めるそうだ。


「王国へは秘密にしておきますね。さすがに一家が頻繁に、王都と男爵領の目立つ場所を行き来されると困りますが」

「その辺はわかっておる。ただ、今回の収穫祭は妻が楽しみにしておってな」

「うーん、子供達だけなら何とか……。スチュアートさんとレイシアさんが来るなら本格的に変装が必要ですね」

「どうにかならないか?」

「レーディスを呼びましょうか? 彼女なら変装とか得意ですよ」

「その辺は考えておこう」


 学院の話は終わったので、退出しても良いとセルヴィスが言った。

するとリュージが、「リープの魔法が見たい」と言うので実演して帰る事にした。


「今年の農場の出店は決まったのかね?」

「そうですね。ユーシスさんとナディアさんに任せていますが、今年は1店で良いらしいので」

「では、そんなに人数は必要ないな」

「ええ、そうですね。ワインバーの方は?」

「ああ、営業はするが問題ないぞ」

「では、裏収穫祭は今年も開催出来ますね」


 この十年間で、ある一部の食文化が爆発的に発展した。

それにつられるように、王都を中心に食事事情が改善されていく。

すると、先頭を走っていた農場を中心とするチームは自重するようになり、料理法の提供から食材の提供を中心にするようになった。年に数回しかないイベントも、農場が出るとそこに集中してしまうからだった。


 農場の料理長トルテや元王宮調理長ギレン達が育てた料理人はかなりの人数にのぼる。

ギレンもトルテに師事し、今では対等な立場として料理談義や情報交換をして切磋琢磨していた。

そんな二人が教えた、主に貴族家の料理人達から強い希望があって生まれた企画が裏収穫祭だった。


 収穫祭とは本来国民に向けての行事だ。

国としては女神さまへ豊穣の祈りと感謝をするものであるが、農民は日々祈りを欠かすことはない。

女神さまへの捧げ物を贈った後は、王都の中心部でワインやエールなどが配られ、パン屋はフル稼働をするようになる。

そして有志による屋台が並び、人々は1年の疲れをお互いに労うのだ。


 そこで『貴族は労わなくて良いのか?』と意見がこっそりとあがる。

良識ある貴族は、この収穫祭にお忍びという名目で参加し、国民と一緒に喜びを分かち合う。

大抵、こういう貴族は目立ってバレてしまうか、目立つようにしている。

しかし、あくまで主役は国民なのだ。


 専属の料理人からの希望というならば仕方がない。

それどころか、「うちの料理人はこんなに凄いんだぞ」と宣伝できる絶好の機会だった。

社交を得意とする貴族なら、良い料理人を雇っていることは自慢になる。

そんな要望を叶える為、裏収穫祭は数年前から始まった。

同時開催として、ダンスホールでは男爵家の夜会が開かれる予定になっている。


「まあ、ヴァイスに色々と任せましょうか」

「リュージ君……、なかなか人の使い方を覚えたね」

「それは今まで苦労しましたから。多くの貴族家と付き合えてゴマもすれる。ヴァイスにとっては良い機会でしょう」

「まあ、貴族家が固まれば収穫祭で鉢合う事も少ないだろう」

「セルヴィスさんだって、十分打算的ですよ」

「ははは、今は家族想いのただの爺だよ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 男爵領へ戻ると、兄弟達は訓練をしていた。

まだ指導しているスチュアートがいたので、一言「無事通える事になりました」と言うと、「頑張ってね」と言われ頭を撫でてられた。

剣術の稽古に合流すると、ウォルフに「いつ戻ってきたんだ?」と聞かれた。

「ついさっきだよ」と言うと、不思議そうな顔をしていたけど、剣術の稽古中だったので問題なく流すことが出来た。


 来週から剣の稽古の参加割合が減ることをウォルフに伝えると、あっさり了承された。

ただ、ミーシャのダンスレッスンだけは変わらずお願いしたいと言われ、妹思いの良い兄さんだなと思った。

ウォルフも学園に行くまでは数年予定とずれてしまったので、スチュアートの仕事を手伝いながら勉強をするらしい。


 来週からは学院へ通えることになる。その週末には王都の収穫祭が開催される。

兄弟からは男爵領のワイン作りを手伝った事を聞いて、楽しそうなので来年は是非参加したいと思った。

しばらくは男爵領の冒険者ギルドへは通わなくなる。

まずは何時も通りの魔法の特訓をしながら、来週の学院に想いを馳せるのだった。


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