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029:ルーム

 スチュアートが医者を連れてきたので、一度みんなの所へ戻る事にした。

ミーシャが産まれてから、8年間の苦労が報われる時が来たのだ。

ソルトとレイシアがミーシャに付き添い、それ以外はそれぞれの部屋で待機する。

ここでも時間が空いてしまったので、もう一つの魔法を確認することにした。


 タブレットをアクティブ化すると、ルームのアイコンを選択する。

すると、新規作成という文字が出てきて、3部屋まで作れる事が分かった。

まずは、部屋の大きさと床と壁紙の選択だった。

ここまでは基本セットになっているようで、他にも選択出来そうな場所はあったがグレー表示だった。


 まずは、部屋を一つ作ってみることにする。

部屋の大きさは最大四畳半で、この世界に合わせるならば靴を履いて使えるようコンクリにした方が良いと思う

壁紙は後で変更出来るようなので、とりあえずデフォルトのグレーにしておいた。

「これじゃあ、きちんと壁がある牢獄みたいだな」

ドアの位置を決めると、ひとまず出来ることは終わりだった。


 部屋には名前をつける事が出来るようなので、とりあえず何もない部屋なので『物置』にしておいた。

続けてもう一つの部屋を作ることにした。部屋は大きく使いたいと思い、また四畳半を選択する。

すると、今度は一部グレーだった項目が黒字に変わったようだった。


 とりあえず物置と今の部屋を連結すると、パーテーションという機能がアクティブになる。

そして、廊下も追加出来る事になった。ドアから出てすぐに廊下を追加し、反対側に物置を置く。

パーテーションン機能を使うと、片方の部屋を大きくすると、片方の部屋が小さくなるみたいな事が出来た。


「うーん、生活するにはバス・トイレが必要だし、LDKを考えるならキッチンくらいは欲しいよな」

基本設定としてトイレはつけられるようなので、4畳半の部屋にトイレを設置した。

すると、洗面所に男性用トイレが3台、反対側に個室トイレ2台に掃除用具入れが設置された。

これは明らかに大きすぎだろうと、ごくごく一般的な家庭のサイズの大きさにすると、ドアを開けてすぐ個室用の便器1つになった。

部屋を小さくしたので、余りの部分は『物置』に吸収させると、『物置』は8畳の部屋になったようだ。


 部屋には『トイレ』と名前をつけ、最後の部屋は後で何とかしようと物置に吸収させた。

これで12畳の物置にトイレがあるだけの簡易的な部屋が出来た。

後で細かく調整はしたいと思うけど、ひとまずこれで様子を見ることにした。

部屋の設定を保存した後、ルームの魔法を唱えた。


 何も設定していない場合では、10万円のドアが地面からせり上がり、ゲートの魔法と同じように力場が発生する。

どうやら最初に設定した部屋が最初に入る部屋になり、床をペタペタ・壁をペタペタ触るとコンクリのひんやりした空気が伝わるようだった。2部屋しかないので、トイレを確認してみる。

トイレに入ると洋式の便器があり、水を流してみると普通に流れるようだった。


 確認が終わったので元の部屋に戻ると、ドアが部屋の真ん中に立っている状態に違和感を覚えた。

「これは、直接ドアにかけた方が良い魔法なんだな」

そう考えていると、ノックが聞こえてきた。


 ルームを解除して、ドアを開けるとウォルフがいた。どうやら診断結果は家族全員で聞くらしい。

ウォルフの案内についていくと、部屋に入った瞬間みんなの嬉しそうな空気が伝わってきた。

改めて全員が揃った場で医者が、「信じられませんが一般の子供と何ら変わりはありません。完治です」と言うと、家族は近くにいる者と、手に手を取り合って喜んだ


 期待を込めて用意をしていたのだろう。

その日の夕食は約定の解除とミーシャの快気祝いで、相当豪勢なものになった。

今までこの家で出された食事は、異世界だから味が薄いのではなく、ミーシャの体に合わせて減塩に気をつけた物だと分かった。

ただ、いきなりしょっぱくすると良くないので、徐々に普通の味付けにするとソルトから聞いた。

正式にアーノルド家の養子になったけれど、折角始めた手伝いは続ける事にした。


 夕食の席ではレイシアが張り切り、明日から全員貴族としての特訓を開始すると宣言があった。

貴族と言ってもピンからキリまである、特にその差が大きいのが男爵家だった。

レイシアは素敵な旦那さまの血筋が、自分のせいで他所から後ろ指をさされたくないと思っていた。

しかし、今まではミーシャにとって、限られた時間しかなかったのだ。

ミーシャを蝶よ花よと甘やかすことに、一欠けらの躊躇いはなかった。


 体も万全、教育係りとしてはソルトもいるし、最上級の教育を受けた自分もいる。

レイシアは決意を新たにして宣言した。気持ちだけでなく『技術と心も最上級の貴族に育て上げる』と。

剣術・ダンス・馬術の他に、新たに女性の扱い方・男性の扱い方を教えると言うのだ。

突然発せられた宣言にスチュアートは初めて聞いたとレイシアを見て、熱を帯びて話す姿を見た後、ソルトに視線を向けると首を左右に振っていた。こうなっては誰も止めることが出来ないようだった。


 翌朝は早朝から稽古を開始した。主に剣術チームとダンスチームに分かれる事になった。

当然のように剣術チームに行こうとすると、レイシアは「ダンスにはパートナーが必要です」とダンスチームに入るように言われる。

そして、ここからスパルタ指導の貴族養成講座が始まる事になった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ロロン、学園でそんなに教授に言われるの? 勉強だって剣術だって上位の成績だろう?」

「アキラ兄さま、聞いてよ。結局は素行が悪いって言われるんだ。母さまの教えに従って、ちょっとアレンジを加えているだけなのにね」

「ああぁ、あの教えは話し半分くらいでやった方が良いよ。もう染み付いちゃって抜けないけどね」

「最初、教え通りにやって、相手が何でモジモジしているのか分からなかったんだよね。その反応が楽しくて少し大げさにしちゃったけど」

「それはまずいなぁ。結構ロロンに婚約の依頼が届いているの知ってる? きっとそういう娘が勘違いしてるんだよ」

「えー、それはアキラ兄さまには言われたくないなぁ。こっそり母さまに聞いたけど、アキラ兄さまもずっとずっと婚約の話が出てるって。ねえ、自覚してる?」

「お互いにこの話は良くないね。そうだ、今度セルヴィスさんの所に訓練でも行くかい?」

「うーん、僕は剣で身を立てるのは難しいと思ってるからね。お爺さまがお仕事の時間に、お婆さまの所へ挨拶には行ってるよ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「本日はお越し頂きありがとうございます。今日はどんな時間を過ごされますか?」

今日のお客さまは、何回も来て頂いているリピーターの方だった。

最初に一度、貴族家として婚約の依頼を頂き、それ以降は良い友人として接して頂いている。

主に子供の頃の話を聞きたがり、武勇伝を交えてある時は大げさに、ある時は小さめに物語のように話す。

貴族領にいても王都にいても、日々の刺激は案外少なく、スチュアートとレイシアの話が爆発的な人気になるのも分かる気がした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 剣術の指導では、大きな変化はない。

ロロンが本格的に剣術に打ち込み始め、ミーシャの体力作りが開始すると、それぞれの稽古の都合上少し調整されることになった。

子供達は朝起きると、まずは時間をかけて家の近所を歩く事にした。

最初から走るとミーシャが不安な事もあり、体力が一般の子供くらいになるまで、適度な負荷をかけながら歩く事になったのだ。


 戻ったらウォルフと自分で乱取りを行い、ロロンとミーシャは基礎稽古だった。

徐々にだけど、ミーシャにも自衛の為の剣の稽古を始めるようだ。

ウォルフとの乱取りが終わると、今度はミーシャとのカップル練習をして、最後に自分だけ個人練習となる。

この時は、ソルトが厳しく指導をしてくれた。


 午後は基本的に自由時間のようで、みんなは早めに課題を済ませる為、勉強の時間になっていた。

主に読み書き算術で、数日参加しただけでお墨付きをもらった。

午前は貴族用の勉強をして、午後は魔法の特訓をする。そんなある日、頼んでいた商品が届いたのだった。


 おっさんの話によると、CDラジカセのセットが格安で手に入り、酒は出入りの業者から仕入れることが出来るそうだ。

このシュージというおっさんは顔だけは広いようで、化粧品関係のセールスから手鏡やサンプル品を含めた大量の商品を送ってきた。本については絵や写真が多い物を選んでくれて、葡萄の品種やワイン・シャンパンの製造方法が書かれているものを送ってくれた。ついでに、電気の契約を半年分もしたようだ。

多分、10万円を超えているように見えるので、少しはドアの件で悪いと思ってくれた事だろう。


「それで、電気の契約ってどう使うんですか?」

「ああ、これは言っておかないとな。お前はルームの魔法が使えるだろう? そこに1部屋に3箇所までタップがつくようにしておいたぞ」

「じゃあ、電気契約はルームでしか使えないんですか?」

「いや、もう一つ魔法があっただろ? コネクトの魔法がな」


 使い方はコンセントの所を掴んで、コネクトを唱えるだけだった。

どの部屋の何番目に挿すか指定をしないといけないが、3部屋分ということは9箇所使えるようになる。

そんなに家電はないけどね。と思っていたら、トイレの便座で1箇所既に使っていたらしい。

みんなが午後の勉強をしていると、まずはソルトに相談してレイシアと一緒にCDラジカセの使い方を説明した。


「こ、これは。中に楽団の人を閉じ込めているのですか?」

「ソルト、多分これはそういう魔道具ではないはずです。アキラ君、説明をお願いできますか?」

「はい、これはこの円盤に演奏を刻み込んだ物です。魔道具とは違いますが、魔法の技術でいつでも使えるようにしてあります」

「アキラ君、思わず踊りたくなりませんか?」

「あの、気持ちは分かりますが、この枚数を全部聞くと夜になってしまいますよ。ジャンルごとに入っていますので、ゆっくり聞いた方がいいかと」

「そう……そうね。でも、一度全部聞く必要があるわ。アキラ君、これも買い取りでいいかしら?」

「レイシアさま、落ち着いてください。他にも色々あると聞いていますので」


 興奮したレイシアを何とか宥めるソルト。

今すぐにでも踊りだしそうな雰囲気を醸し出しているが、今この部屋にいる男性は自分ひとりだけだった。

レイシアとソルトが二人で踊る分には良いけど、一日10時間も20時間も踊れるもんじゃない。

これで気合が入るのは仕方がないので、早くダンスの技術を身につけるべきだと思った。


 スチュアートが夕方に戻ってくると、玄関で待っていたレイシアが飛びつくように迎えた。

奥からは薄っすら音楽が流れていて、そのテンションのままミュージカルのように旦那さまを迎えたのだ。

やけにテンションが高い母親、ラブラブなのは何時ものことなので、子供達はその辺はスルースキルが身についていた。


 食事が終わりCDラジカセの話も終わると、何冊かの本と化粧品を出した。

ご丁寧に化粧の仕方の本まであり、書かれている文字は自分にしか読めないので、後で解説が必要になってくる。

手鏡と本関係はレイシアとスチュアートに渡し、シャンパンはソルトが管理するようだ。

化粧品はその都度出すので構わないそうだ。

「これを購入すると莫大な金額になるぞ」とスチュアートは考え込んだが、「そんなにしなかった」と言うと。20万円分の貨幣を貰う事で落ち着いた。


 魔法の特訓は順調だと話すと、思い出したようにスチュアートは説明を始めた。

王都では、通常夏の終わりから秋にかけて収穫祭を行うらしい。

アーノルド男爵領では、この収穫祭用のワインの出荷が終わった後に、収穫祭を開くようだった。

このワインの大量出荷の際に、王都へ行ける手配をするので、今覚えている場所へは飛ばず安全な場所を覚えてくるように言われた。


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