026:対面
アーノルド家別邸に朝早く馬車がやってきた。
リュージはセルヴィスに挨拶すると、まるで待っていたかのようにアキラがやってきた。
「昨日の様子だと、深刻そうな話になりそうだよね?」
「ええ、多分そうなると」
「じゃあ、うちの家でも良いかな? ちゃんと人払いはするよ」
「はい、お願いします」
スチュアートが心配そうに見ているので、リュージが「心配なら一緒に来ますか?」と質問をした。
大人達が軽く相談すると、どうやらレイシアがついてくるらしい。
ミーシャも一緒に来ると言ったけど、今日は大人しくするように諭されていた。
それ程遠くない距離を馬車に揺られて行くと、リュージの屋敷に到着した。
御者をしていたリュージは、家人に馬車をお願いすると、3人は玄関まで歩いていく。
「いらっしゃい、レイシア。アキラ君もよく来たわね」
「レン。レイシアさんを応接に案内してくれるかな? アキラ君とは話があるから、お茶とかも大丈夫だよ」
「うん、分かった。じゃあ案内するわね」
人払いをしている一室で、リュージとアキラが相向かいで座る。
お互いに最初の言葉を探ろうとしたけれど、年長者としてリュージが切り出した。
「それで、相談って何かな?」
「色々あるのですが……」
「うーん、単刀直入に行こうか。アキラ君って日本から来たの?」
「え? ……やっぱりですか?」
「怪しい名前の人は何人もいるけど、さすがにアキラってのはね」
「じゃあ、リュージさんも」
「うん、そうだよ」
二人とも探り探りで話していると、話の進みは遅かった。
この王国に日本から来た者が二人いるってことに違和感があったが、ふと窓の外を見ると黒猫が通り過ぎて一気に緊張感が解けていく。
「アキラ君、これだけは最初に言っておくね。もし、この国に悪い事をする目的なら許さないよ。だけど、ここに来た目的がそうでないなら、手伝える事があると思うんだ」
「そんな大それた事は考えてないです」
「じゃあ、自分がここに来た経緯を少しぼやかして話すから、良かったら君の話も聞かせてくれないかな?」
「はい」
日本で事故にあって、神様からの謝罪でこの世界に来たことを話すと、リュージは自分で喋っていて正直信憑性のない話だなと思った。
この世界に来た当初は、言葉こそ通じたものの、生活様式や習慣に多く戸惑っていた。
車もなければ電気もない、あるのは魔法や魔道具だけだった。
王国直轄領のラース村から出て、王国で学ぶ機会と住む場所を与えてもらい、あれよあれよと色々な事件に巻き込まれているうちに今の形に落ち着いた。前世の希望が魔法に反映されたおかげで、この国の食の改善に繋がったようだ。
アキラも一つ一つ思い出すように話す。
アーノルド男爵領に送られたアキラは、女神さまからのチュートリアルにより、この世で生きる術を与えられた。
何箇所か記憶が辿れない項目があり、それ以外は前世の記憶もあるようだ。
女神さまとの約束で、この世界の誰かを笑顔に出来れば、思い出せないけど願いを叶えて貰えるようだ。
「うーん、自分の時と似ているような、似ていないような」
「そうですね、異世界に来るなら言葉くらい話せるようにして欲しかったです」
「じゃあ、今話せているのは勉強……しているわけないよね」
「ええ、スキルという加護ですか? それで取得しました」
アキラがタブレットを取り出すと、リュージには見えていないようだった。
「今魔法的な何かを使っているのは分かるけど、君も魔法を使えるんだね」
「はい、神聖魔法と……」
「うん、全てを言えないのは分かるからいいよ。属性魔法じゃないって事だけは分かるしね」
「魔法には詳しいんですか?」
「うん、何せ魔法科の特待生だったからね。学園に行っていた記憶は少ないけど」
「それで話を戻すけど、何を聞きたいんだい?」
「色々聞きたいんです。今何をしたら良いか? 魔法の使い方とか女神さまについてとか。この国の話や通貨・政治経済など」
「ちょ、ちょっと待って。うーん、ここから先はみんなの所へ行こうか」
レイシアとレンが一緒にお茶をしている部屋に行くと、リュージは途中にいた侍女にお茶をお願いした。
「あら、リュージ。アキラ君との話はもういいの?」
「うん、後は保護者であるレイシアさんにも聞いて欲しいかなってね」
「ええ、アキラ君は私達の家族だから聞きますわ」
リュージはアキラがアーノルド家の養子になる事を聞くと、しばらくは子供達と同じ勉強をした方が良いとアドバイスをする。
厳密に言うと長子のウォルフは別の勉強もあると思うけど、男爵領の運営は代々代官一家が主導権を持っている。
多領との折衝や政治経済などは、男爵領で勉強出来るとレイシアに話した。
他にも貴族としての勉強は色々ある。剣術はアーノルド家で心配はなく、ダンスに関しても同じだった。
レイシアは子供達を平等に育てる予定だし、勉強の機会も等しく与えるつもりだった。
ミーシャとアキラの件はまだ諦めてはいなく、その事については二人がある程度大きくなるまで言うつもりもなかった。
ウォルフとミーシャが学園に通いたいと言っていたけれど、ミーシャの発言にアキラの事はすっかり抜けていたのを今更ながらに思い出した。
「後、魔法を使えるようだけど……」
「リュージ、いきなり核心つかないで」
「あ、ごめん。でも、大事な事だから言うね。魔法使いなら魔力を伸ばす事・集中力をつける事・バリエーションを増やす事は覚えて欲しい。本当は学園か学院で勉強出来ればいいんだけどね」
「それは何とかならないの?」
「学院はともかく学園は二つとも年齢制限があるね。この後アーノルド領に戻りますよね? 物理的な距離の問題があるなぁ」
「あ、あの?」
「アキラ君、希望を叶えられるかは分からないけど、言いたい事があるなら言ってごらん」
「学院はお金がかかりますか? 冒険者として自活もしたいのですが」
「うーん。お金については特待生待遇で迎えるように出来るよ。農場に空き部屋もあるから衣食住は大丈夫だけど、そっちの話は家族全員とした方がいいね」
「その勉強は丸一日講義を受け続ける感じですか?」
「いや、選択性の講義だよ。サリアル教授を招いているから今はお勧めなんだけどね」
「リュージ、唆さないの。この国は15歳で成人扱いだから、貴族とは言え出来る範囲で家族は一緒に暮らすべきだわ」
アキラはリープの魔法をリュージに話すか考えていた。
そもそも、男爵領の外では魔法を使わないでと言われている。
もし話すならスチュアートとレイシアに話すのが先だとは思っていた。
レイシアがいったん手を二回叩くとレンが頷いた。
レンがまだ鬼気迫るような気持ちで伯爵家の運営を考えていた時期に、レイシアが気持ちを落ち着けるためにやっていた行動だ。
「お茶のお代わりを頼みましょう」
「ありがとう、レン」
合図を出すと、侍女がやってきて優雅にお茶のお代わりがやってくる。
一緒にクッキーが運ばれてくると、レイシアはアキラにも勧めた。
「あ、美味しいです」
「でしょ。アキラ君に貰ったのも美味しかったけど、初めて食べた時の感動ったらなかったのよ」
「これはリュージさんが?」
「流石に今は作って貰ってるよ。最初は失敗も多かったけどね」
「凄いですね」
アキラはまだまだ足りないものが多すぎると感じていた。
そもそも、ここに来た目的にモヤがかかっているような状況なのだ。
とりあえず、リュージという人物に面通しが出来ただけでも上出来だった。
それからは魔法の特訓の仕方を少し教えてもらった。
基本的には魔力の限界まで魔法を使う、そして満タンまで持っていって魔法を使うだけだった。
集中力については、学園で学んだ瞑想のさわりだけを教わった。
これについてはレンもコツを教える事が出来て、神聖魔法の神々しさが垣間見える瞑想だった。
「それにしても、凄い屋敷ね」
「うん。ガレリアさまとお父さま達が、偉くなったら偉くなったなりの暮らしをしないといけないって」
「そうなんですよ。本当は農場の近くに小さな家を建てる予定だったんですけどね」
「ダメだったのね」
「ええ。リュージも私とザクスも法衣貴族になるようにって、ローランドさまから言われていたの」
「まあ、お兄さまから」
「でもね、私達そんな柄じゃないのよね。ザクスは個人の頑張りもあったから任せたけど、私はリュージにおんぶにだっこだったし、リュージはこんな人でしょ」
「レン、こんな人ってどんな人だよ」
「うん、そんな人みたいね」
「婚約してからは、少し時間があったけど無事結婚出来たの。その間の功績をリュージは辞退して、私とザクスが博士という新しい職責を担うことによって落ち着いたの」
「法衣貴族としても博士だとしても、お兄さまの思惑通りに進んでいるわね」
「レイシア、概ね良くして頂いているから大丈夫よ」
「少し仕事を多く振られている気もするけどね」
侍女がノックして二人の子供を連れてくる。
久しぶりの父親の帰還に、母親の恋しさが相まって我慢の限界が来たのだ。
侍女の手を離れてリュージに二人の子供が抱きつくと、リュージは二人を一気に抱え上げる。
「レイシア、アキラ君。紹介するわね。うちの子供達」
レンが紹介をすると、テンションが上がった子供達を連れて、一先ず部屋を出ることになった。
リュージから、一旦家族で話し合って貰う事にして、セルヴィスには学院の特待生の件が正式に決まったら、許可出来ると伝えて欲しいと話した。
この後、アーノルド一家は軽く王都での観光の後、自領へと帰る事になった。
謁見での時間の短さから、アーノルド男爵家は王家からの怒りが治まっていないと噂され、レイシアの所在が正式に公表された事からアーノルド男爵家とは関わりあわない方が良いと広まった。
貴族家の噂に反して、沸いたのが王都の民だった。
レイシアとスチュアートの恋物語は、御伽噺のように民衆に広まり、新たな時代の予感を感じさせていた。




