025:おかえりなさい会
とある貴族街のある場所にダンスホールがあった。
今から10年位前に出来た施設で、ポライト男爵家管理による貴族向けの施設だった。
見た目二階建ての施設は実用性重視で、敷地いっぱいの建物に馬車の係留場所があるくらいだった。
「ようこそ、ダンスホールへ」
伯爵家のルオンと、その嫁のアデリアが直々にお客様を迎えた。
ルオンは農場職員のレンの兄であり、農場の立ち上げ当初のスタッフでもあった。
自領の運営で実績を積む中で、ポライト男爵家からアデリアを妻として迎えたのだ。
今日はルオンの方が男爵家の名代を務めていて、貴族家ではなく一職員としてお客さまをお迎えした。
「レンまで……。今日はお招きありがとう」
「レイシア。今日は家族の対面だから、私はサポートに周るわね」
「皆さん、お世話になります」
「スチュアートさん。もう、ローラさんはみえていますよ」
「何? 待たせてはいかんな」
「そうですね、みなさん行きましょう」
王家にも礼儀作法の指導をする特殊な男爵家であり、その娘だけあってアデリアの礼には目を見張るものがあった。
たった一つの礼が自然なのだ。それは壁や威圧感を感じなければ、卑屈な心も上下関係も感じることがない。
レイシアがミーシャに、「これが最上級の作法よ。勉強させてもらいなさい」とこっそり耳打ちする。
ロロンが走り出さないように、ウォルフと自分で両方の手を確保していた。
「ここは初めて来るな」
「父さんは長いこと踊ってないだろう? ダンスの腕は落ちたかな?」
「何を言う。ダンスで嫁を得たのはお前だけではないぞ」
「それは初めて聞いたよ」
今回ダンス用のドレスを持ってきたのは、セルヴィス夫妻とスチュアート夫妻だけだった。
子供達はまだ人前で踊るレベルではないし、王都でこんな施設があるとは思っていなかったからだ。
子供達は社交界デビューにはまだまだ早いし、学園に入るまでは人前に出るのは不安があった。
アデリアが先頭を歩き、施設の案内をしてくれた。
まずダンスホールは二階にあり、一階は女性用の大浴場と男性用のシャワールームがあるようだ。
調理場も一階にあり、そんなに広くないスペースだが、軽食を楽しむ事が出来る場所があった。
軽食と言っても農場産の食材を使用し、王宮の調理場で働いていた調理長がここで調理をする。
引退時には副調理長も辞めると言い出し、調理場からも何名も移りたいとちょっとした騒動になっていたようだ。
「おおぉ、レイシア……さん。久しぶりにお会い出来ましたな」
「え? 何でギレン調理長が?」
「本当は程よい時期に引退する予定でした。でも、あんな刺激的な食材や調理法が次々と出たらね」
「血が騒いだとか?」
「それもあるのですが、ここに来るお客さまの事を考えると、多少の箔も必要で選ばれたのです」
「でも、あなたが抜けて大変だったんじゃないかしら?」
「それは時間をかけてコロニッドに投げたので問題ないです。何時までも古い者が、我が物顔でいるもんじゃないでしょう」
「そして、あなたはここで新しい料理を楽しむのね」
「違いない」
食事を済ませて来ており、まだ昼食には時間があったので、ここはとりあえず素通りだった。
地下室もあるようだけど、備品置場とワインセラーになっているらしい。
続けて二階に行くと、ローラが侍女達にテキパキと指示を出していた。
フロアが大きく用意されており、三名の弦楽器奏者が音を合わせていた。
歓談場所に案内されると、そこにはロロンと同じ年くらいの、そっくりな顔の男の子と女の子がいた。
「旦那さまは少し遅れてくるから、先に紹介するわね。ロロン君と同じ年齢で、二人とも挨拶しなさい」
「伯爵家長子のレイルドです、宜しくお願いします」
「伯爵家のミーアです、宜しくお願いします」
レイシアが思わず二人まとめて抱きしめる。
初めての甥と姪にメロメロなのは、妹のローラと同じ反応だった。
それぞれ挨拶をすると、この中で一番のお兄ちゃんであるウォルフが子供達の面倒を見ると宣言した。
間もなく王家の皆さんが登場する。大人達が早めにダンス用のドレスに着替えると、子供達に再び緊張の色が増してくる。
アデリアとルオンが王家の到着を告げると、慌しくしていた侍女が歓待の空気を作り出していた。
今日のレンは音楽ではなく、侍女達の指揮者に徹していた。
最初に王子夫妻と眼鏡をかけた侍女がやってくる。
一番小さい子を侍女が抱っこしており、上の二人は母親の隣に並んでいた。
男の子3人兄弟のようで、上の子はミーシャと同じ年齢のようだ。
その後に王と王妃がやってくると、内輪だけのパーティーが始まった。
歓談席にそれぞれ着くと、大人達にワインが子供達に葡萄ジュースが配られる。
乾杯が終わると、控えめな音で奏者が音を奏で始めた。
それぞれが十年の月日の長さに年月を感じていた。
アーノルド家がワイン事業を始めてからは、安定した収入を得ていた。
だが、穀倉地帯で有名な王国も、農業を頼りにしていると良い時もあれば悪い時もある。
そして、悪い時期には近隣の国も悪い時期は重なることになる。
そんな時、他国を見捨てて王国だけが助かるという選択が出来なくなる。
近隣の国からダンジョンから溢れたモンスターの件も重なり、疲弊した国力を回復する十年でもあった。
極々内輪の集まりなので本音が出たのか、王はその職責の譲位を考えているそうだ。
ローランドも順調に国の運営を進めており、孫の面倒を見ながら余生を過ごすのも悪くないと言う。
他家へ嫁いだ娘も王家に気軽に遊びに来るとならば、色々と手続きが必要になってくる。
王妃が自由に動いているのを見て、羨ましく思っていたらしい。
孫達が固まっているけど、なかなか王さまへ向かって話しかける事は出来ない。
唯一、内孫とも言うべきローランドとセレーネの子供達が、王家の心構えや担うべき職責について聞いてくるくらいだった。
王が3人の男の子を呼ぶと、みんなに聞こえるくらい大きな声で自己紹介をするように告げた。
大きな声で継承権と名前と年齢を言う3人に、ローランドは懐かしい思いを感じていた。
レイシアやローラも王位継承権を与えられていたが、もしローランドに何かあった際には、王家の血を色濃く継ぐ公爵家にも話が行くはずだった。側妃を持たない決意とは、こういう所に直結する。
その点スペアという表現は良くないが、男の子を3人も産んでくれたセレーネには感謝してもしきれなかった。
願わくはこの兄弟が争うことなく、協力して国の運営に関わってくれればとローランドは考えていた。
談笑が終わり、子供達の紹介がそれぞれ終わると軽食が出てくる。
子供同士がそれぞれ近況や、叔父叔母がどんな人かそれぞれ情報交換をしていると、大人達のダンスが始まった。
まず最初はみんなからのリクエストで、レイシアとスチュアートがワルツを踊りだした。
可愛らしさを包み込む王子さまという印象だった二人が、十年の歳月で芯の強さを感じさせるようになった。
優雅な踊りに技術が浸透し、二人の呼吸は一つになっていた。
それはアデリアが見せたお辞儀に通じるものがあった。
一曲終わると二人が礼をして、次はセルヴィス夫妻と王と王妃が踊ることになった。
「ねえねえ、叔母さま達素敵だったわ」
「お爺さま達だって凄いと思うよ」
「母さま、お姫さまみたーい」
「僕達は王子だけど、お父さまもやっぱり王子だね」
孫達が絶賛すると、親や祖父母は張り切るものである。
息切れしながら歓談席まで戻ってくると、サンドイッチの盛り合わせが用意されていた。
途中から軽食に交えてスープやサラダが追加され、デザートを楽しみながらお茶に移行していく。
この日だけは全員仕事を入れていなかった。
年長組が学園に行くのが楽しみだと言うと、その情報を知らなかった年少組が興味深く情報を聞き出していく。
何が必要で、何が出来て、何が足りないか?
自然と剣術・政治・ダンス・社交と、伸ばそうと思う目指すべきジャンルが出てくる。
貴族の学園・もう一つの学園・学院とあるのだ。
一度自領に戻るため、アーノルド一家は王都を離れることになるが、孫達は再開の約束をした。
穏やかな時間が流れる頃、会場には静かに二つの影がやってきた。
一人はローラの旦那さまである伯爵家当主で、農政に関わる事務方の仕事に就いていた。
もう一人は農場の経営者の一人で、リュージという男性だった。
隣にはレンが寄り添い、場の空気を壊すことがないよう王子にだけ帰還が告げられた。
王子はその輪から離れると、端で待機していたリュージに話しかけた。
「リュージ、ご苦労だった。ただ、大分遅刻したようだな」
「申し訳ございません。希望があった箇所はすぐに対処出来たのですが、小出しにあれもこれもと言われてしまい……」
「この事業も良し悪しだな。金さえ出せば自領が良くなると安易に考える奴らが多いこと」
「その場所が豊かになるのは良い事なので、ついつい引き際を見失うことがあります」
「その件については今後の課題としよう。しばらくはこちらの仕事を入れないようにするのでゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
リュージは王家やスチュアートへの挨拶をとりあえず控えるつもりだった。
帰りのお見送りで顔を出せば、後は個別に対応する予定だ。
スチュアートとレイシアが王都から去って、今では3人の子持ちである。
下の子がまだ赤ん坊だったことを考えると、人の子の成長は早い。
この施設は今いるメンバーでは、ローラとアデリアが管理をしている。
王妃は影から支援し、王都でリュージが家を建てた際、多くの侍女を自宅とこの施設の管理用に雇ったのだ。
穏やかな時間はあっという間に過ぎ、最後は家族単位で大浴場を使う事になった。
淡いパステルオレンジの壁に慎ましやか照明。香が炊いてあるのか、微かに柑橘系の香りを感じることが出来た。
スチュアートは鍛え上げた肉体を惜しげもなく披露し、レイシアは元王女だけあって堂々と侍女に成すがままにされていた。
ミーシャも元々過剰な程の甘やかされ方をしていたので問題なく受け入れ、ロロンはロロンだった。
侍女達が大浴場でのあれこれを手伝うと、その行動に慣れていないウォルフと自分はとても恥ずかしがった。
上位の者たちから順次帰宅をしていく。
王と王妃が素晴らしい施設だとルオンとアデリアに賛辞を送ると、ローランド夫妻も今後の利用を約束した。
ダンスに使える施設は多くあるのだが、練習用の施設はそう多くなかったのでここは密かな人気だった。
ローラは今回主催と施設の責任者として最後まで残ることになったのだ。
「お姉さま、いつまで王都に?」
「そうね、スチュアートどうかしら?」
「見るべき所は見れたし、望んだ以上の人達に出会えたからね。後数日したら発とうと思う」
「スチュアートさん、遅れてすいませんでした。王都は楽しめましたか?」
「ああ、リュージ君。色々変わっていて驚いたけど、みんなが元気そうなので安心した」
「え? リュージさん?」
「おや? そういえば君は会った事なかったね。名前を聞いても良いかな?」
「アキラです。是非聞きたい事が……」
お互いに思うところはあったが、その先は言えないでいた。
明日改めて別邸に行くとリュージが話すと、『おかえりなさい会』がお開きとなった。




