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021:魔法使いなのです

 農場に来た理由、それは学院と密接な関係にあり、王国の話題の中心に上がりやすい場所だったからだ。

今はユーシスとナディア夫妻がメインで運営しており、ガレリアは相談役的立場で、他三名は色々な職場で兼務していた。

セルヴィス以下、ガレリアと職員に挨拶すると話題は意外にも自分の事になった。


「アキラ君はどこの出身なんだい?」

ガレリアの問いかけに、思わずスチュアートを見る。

スチュアートが何か言い出そうとして、ウォルフが「アキラは俺の弟だからアーノルド男爵領だ」と割り込んだ。


「ウォルフ、ありがとう。ガレリアさん、実はどこから来たか分からないんです」

「ふむ、君達を困らせるつもりはなかったんだが……。よく似た環境の人を知っているのでね」

「え? どこの誰ですか?」

「リュージという名前でここの代表だよ。今は旅に出ているけどね」

「少し話してみたいのですが、何時戻るとか分かりますか?」

「本来だったら戻っている頃なんだがね」

「何かあったのかな?」

「いや、緊急事態なら連絡が来る事になっている。仕事が長引く事はよくあるのさ」


 頭の中にリュージという名前を刻み込む。

もしかしたら同じ境遇かもしれないし、女神さまの話をするには程よい遠さなのかもしれない。

リュージという名前が日本人名っぽくもあるし、そうでない可能性もある。

朝会ったレンという名前だって、日本人としてなくはないのだから。


 折角なので農場を見学させてもらう事になった。

ユーシスが先頭に立つと、「さあ、体力勝負ですよ」とにこやかに振り向いた。

スチュアートがロロンの手を握り、ウォルフは唖然としていた。

農場と聞いていたので、精々豪農かな? くらいの意識でいたのだ。

ここって森? それともダンジョン? あまりの広さと密集具合に農場ではなく何処かの隠れ里のように思えた。


 手前は季節の野菜などが収穫期を迎えていた。

トマトやキュウリ・大豆やかぼちゃ……ん? 季節が前後しているような気もするけど、本当の旬なんて魚しか知らない。

自分にとっては、随分前世と同じような野菜が多いんだなという感想しかなかった。

何せまだまだ敷地は広い。時々撃ちあがる水の弾が上空で霧散すると、水を撒くように広範囲に広がった。


「見事だね、これだけ見たことない新種や魔道具を惜しげもなく披露できるなんて」

「ありがとうございます。それもこれもガレリアさまとリュージさんのおかげですね」

「ああ、うちも大分お世話になってるよ」

「レンさんもアーノルド家の事を気にかけていましたからね」


 作業中の職員は見学者が来ると手を振ったりしてくる。

職員には、ほぼ決まった作業着が支給されているようで、みんな熱心に収穫をしていた。

女性が手を振ると、ユーシスが軽く会釈をした。

みんなで手を振りながら歩いているけど、ロロンにはその姿が見えにくかった。

スチュアートが肩車した瞬間、ロロンはその女性を見つけて肩の上で大きく腕を振った。


「ロロン、あまり動くと落ちてしまうよ」

「はい、父さま。気をつけます」


 それから結構な時間をかけて、ぐるっと農場を周る。

樹木が茂るエリアではドワーフが汁気たっぷりの果物をくれ、百葉箱が置かれている場所はなんとも言えない濃密な空気に満ちていた。ところどころにいる警備の者も、ゆったりした感じでこちらの見学を見守っていて、職員の充実した仕事ぶりが伺われた。

外を1時間半くらい、加工場30分くらい見学すると、新種新作が日本のスーパーにあるような商品のように感じた。


 事務棟へ戻ると、応接に案内された。

ガレリアがみんなに感想を聞くと、ウォルフとロロンはとても興奮していた。

スチュアートは穏やかな顔をしているので、大きな感動は表情からはわかりにくいと思う。

あえて自分へ質問しなかったガレリアは、何を思ったのだろうか?


 不意にセルヴィスがウォルフと自分に、「二人は冒険に出たいか?」と質問してきた。

真っ先にロロンが「行きたーい」と言ったが、スチュアートが抱き上げると「まだ早いぞ」と嗜めた。

「「はい、行きたいです」」

二人の声が重なると、ガレリアが合図をした。すると、ノックが聞こえ十代の男女がやってきた。


「ガレリアさま、呼んだ? ザクス兄ちゃんが応接に行けって」

「こらルーシー、まずは挨拶でしょ。初めまして、サラです。こっちはルーシー、小さな冒険者さん宜しくね」

「ウォルフです、宜しくお願いします」

「アキラです、宜しくお願いします」

「ルーシーだよ、改めて宜しく。それにしても、二人とも若いなぁ」


 この部屋にいる誰もが、十代の若者が十歳を若いと言う事に苦笑いをした。

その後ろからザクスが入室すると、セルヴィスに「年が近い方がいいでしょ」と白衣で自慢の弟子の頭をなでた。

「ザクスはいかないのか?」

「おやっさん、勘弁してよ。この間の出迎えだって明らかに人選ミスだったんだから」

「いやいや、ザクスのポーションが無ければ……。まあ、今は言えないがな」

「それなら尚更、俺の価値はないでしょ。この二人は学園で初の魔法科のダブル特待生なんだから」


 通常特待生には寮が用意されている。

ザクスやレンも元特待生で、他3名も合わさって5名は特待生寮で暮らしていた。

通常、こちらの学園では冒険科と騎士科に多く特待生待遇が発生し、魔法科はその年が豊作だと言われる時にしかいなかった。

サラとルーシーは学園に通うずっとずっと前から魔法が使え、その事を王国上層部が知る程有名人だったようだ。

当初は寮に二人して入るつもりが、別の特待生との反りが合わなかったのか、一緒に暮らす事を拒んだのだった。

当然のように学園からガレリアに相談が行き、農場の空き部屋で良いならと提案するとあっさり決まることになった。


 レンがルーシーの面倒を見ると、ザクスがサラの面倒を見る。

同じ系統の魔法使いとして、またザクスとレンを師匠として二人は尊敬するのであった。

近隣の学院にアンジェラがいたのは、二人にとって誤算だった。

知っていたなら迷わず学園でなく学院に通っていたのにと嘆いていた。


 そんなサラとルーシーも学園二年目になると、それなりの戦闘訓練を積むことになる。

元々魔法は得意だったので、それを補完すべく二人は杖術やその他の冒険者の技術を身につけると、その社交性を利用して多くのチームとパーティーを組むようになった。

そのおかげで、王国にあるダンジョンの低層くらいなら案内できるようになっていた。


「二人はセルヴィスさんの孫なら剣は得意だよね」

「ルーシー、決め付けちゃダメでしょ。二人の特技を教えて」

「俺は剣の修行を小さい頃からやっていた」

「自分は剣術を始めたばかりです。後、回復魔法を少し使えます」

「二人とも凄いな。うん、階層を選べばいけるかもね」


 この後実際見てみないと分からないと前置きをした上で、ルーシーは主にスチュアートに聞かせるように話し始めた。

王国にあるダンジョンは主に初心者向けで、1~3層は弱いモンスターしか見ないそうだ。

5層毎にボスがいるようでそこを目標に行って、倒せても倒せなくても帰ると約束出来るなら案内出来るそうだ。

スチュアートは妥当な判断に大きく首を縦に振った。


「二人とも約束は守れるかな?」

「「はい」」

「はっきり言って痛いぞぉ、そして怖いぞぉ」

「こぉら、驚かさないの」

「俺は家族を守れない方が怖い。早く強くならなきゃいけないんだ」

「ウォルフ」


「よっし、じゃあお前達にパーティーを組むにあたって、一つだけ言わなきゃいけないことがある」

「「はい」」

「俺とサラの言うことは絶対服従な」

「これは大事な事だからね」

「「はい」」

「もし、二人が違う事を言ったら俺の言う事が優先。戦えと言ったら戦え、逃げろと言ったらどんな状況でも逃げろ」

「え? でも」

「でもじゃない、絶対服従だ。お前達はダンジョンに行きたくないのか?」

「「「行きたいです」」」


「戦えと言われたら?」

「「全力で戦います」」

「逃げろと言われたら?」

「「全力で逃げます」」

「何か飲み物を持って来いと言われたら?」

「隠してある父さまの極上ワインを持ってきます」


「ああ、この光景どこかで見た事あるなぁ」

「スチュアートよ、歴史は繰り返すな」


 サラの拳骨がコツンとルーシーに下ろされると、大人達に人選間違ったかなとしらけた空気が漂った。

「こう見えても……、こう見えても特待生だから安心してよ。二人とも、推薦した俺の立場も考えて」

「「師匠、ごめんなさい」」

くれぐれも安全第一で案内すると二人は大人達に約束すると、スチュアートは一先ず二人に託す事にした。


 明日はまだ時間があるので、午前に初心者講習を受けて、午後はサラとルーシーが冒険に必要な買い物に付き合ってくれるらしい。スチュアートはロロンを監視しつつ、別邸で休んでいる女性達の相手をしないといけない。

急に事件に巻き込まれるより、やる気を伸ばしつつ防波堤を用意したのだ。


「謁見と挨拶が終わったら、ちゃんと冒険出来る時間を取るよ。それまで二人は待てるよね」

「「「はい」」」

何故か三名が返事をしたので、セルヴィスとスチュアートは頭を抱えるのだった。



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