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018:セルヴィス

「さあ、ではお前達の修行の成果を見せておくれ」

「程ほどに頼むよ。二人ともまだ小さい子供だし」

「何を言っておる。お前の腕が衰えてないか確認するぞ」


 セルヴィスのやる気にスチュアートはげんなりしていた。

自分とウォルフには事前に剣術のチェックがある事は教えられ、ロロンはまだ小さいからという理由で見逃してもらう予定だった。

レイシア達は簡易テーブルと椅子を持ってきて、日陰でお茶をしながらこちらを見てる。

剣の稽古が出来る服装に着替えると、三名はまず素振りから始めた。


「お爺さま、一手ご指南お願い致します」

「ああ、どこからでもかかってくるが良い。どのような手段でも認めよう」

愚直に習った型を、初めからなぞるようにセルヴィスに打ち込むウォルフ。

それを強請られた玩具を買い与えるような眼差しで、真正面から受けているセルヴィスは好々爺という感じだった。


 一通り終わると、今度はフェイントを混ぜながら実践的な攻撃手段を混ぜてくる。

まだまだ基本からはみ出るような修行をしていないのか、次第に手数が一本調子になっていき、木剣を絡め取られ武器を巻き上げられた。

「今の段階でここまで出来ているなら及第点だな」

「あ、ありがとうございます」


 五十歳を超えている筋肉には見えなかったけど、どうやら技の方に重きを置いているらしい。

スチュアートも軽やかな剣術で、最近はウォルフが稽古で肉薄しているように見えたけど、どうやらかなりの手加減で自信をつけさせる目的だったようだ。

次に名前を呼ばれたけど、お手本がウォルフでまだ彼にも敵わないので、一段落ちるくらいだと判断されたようだ。


「アキラはウォルフと同じくらいか」

「いえ、まだ全然敵いません」

「父さん、アキラ君は稽古を始めて少ししか経っていないんだよ。そういう意味では才能はあるかもね」

「そうかそうか。では、王都にいる間ならいつでも見てあげよう」

「やったな、アキラ」

「うん。ウォルフ、頑張ろう」


 そして、次にスチュアートが呼ばれると、これがアーノルド家の剣術だという見本を見せてもらった。

華麗にして流麗・剣術にして剣舞、それでいて相手を制圧出来る技の数々が冴え渡る。

ロロンがお茶の場所から移動して木剣を持つと、ウォルフの隣で軽く剣の素振りを始めた。

二人の模擬戦はレイシアの拍手により終わった。

剣の腕が衰えていない事を確認したセルヴィスは、とても満足してこの十年で最良の日を噛み締めていた。


「お爺さま、次は僕の番です」

驚く事に、ロロンがこの稽古に混ざりたがったのだ。

ここにある木剣は子供用も混ざってはいるが、若干大き目の木剣を取ったロロンはセルヴィスに期待の眼差しを向けていた。


「そうだな、ロロンだけ仲間はずれは良くないな」

セルヴィスがそう言うと、ロロンのあまりの小ささに戸惑ってしまう。

まずは体に合った木剣を持つところからかと、セルヴィスが別のを選んだがロロンは受け入れなかった。

ならば、その木剣がどうしてダメなのかを教える必要がある。

セルヴィスがロロンの真後ろに行き、膝立ちで剣の持ち方を教えようとする。

すると、ロロンが持ち手を大分余らせてしっかり握ると、まるで切腹のように真後ろのセルヴィスに攻撃をしかけたのだ。


「ふはははは、ロロン。今日の中で一番面白い攻撃だったぞ」

瞬時にその意図を理解したセルヴィスは、持ち手を掴み大人の筋肉で対応したのだった。

「ロロン、何をしてるんだ」

ウォルフが大きな声で注意したが、セルヴィスがどのような手段でも認めると言ったので問題ない攻撃だったとフォローした。

イタズラが失敗したようにうな垂れたが、すぐに木剣を子供サイズのに切り替えると、出来る範囲でセルヴィスに打ち込んだ。


「みんな、今の年では良く出来ているほうだ。もし良かったら、今度学院に来て見学していくと良い」

「父さん? 学園じゃないのかい?」

「ああ、今は私が学院長をさせて貰ってる。大きい私塾のようなものだ」

「へぇぇ、随分王都は変わったんだね」

「ああ、ガレリアさまとリュージ君のおかげでね」


 稽古が終わると一汗流し、女性達は料理を教わって一緒に作っていた。

「それにしても十年は長かったな」

「そうだね、こっちは毎日色々あって忙しくしてたけど」

「男爵領は問題ないか?」

「やっと軌道に乗ったって感じかな? 元々僕達がいなくても、代官が優秀で仕事がまわっていたからね」

「それでもあの男爵領では、血縁者が管理するのが望まれるんだな」


「父さんはこの十年どう過ごしてたんだい?」

「気になるか?」

「それはもう。ウォルフも聞きたいよな」

ウォルフが頷くと尊敬の眼差しで、祖父の一挙手一投足を見逃さないようにしていた。


 アーノルド男爵領はワインで有名な土地だった。

剣の指導としても超一流だったが、仕事としては求められていなかった。

当時当主だったセルヴィスは、見込みのある子供や貴族子弟の剣の稽古をしながら自領の管理を行っていた。

スチュアートは順調に実績と信用を重ね、近衛騎士になっていた。


 お手伝い出来る範囲が終わったのか、ミーシャがこちらの話を聞きに来たようだ。

席に座ると、大人しく話を聞いている。


 ある時、どうしても貴族家の時期当主として、出席しないといけないダンスパーティーがあった。

仮面パーティーという事で、片方で目の周りを隠しながら踊る身分を隠したものだった。

スチュアートは周りのレベルから飛び出たダンスで話題になった。

そこに本来来るべきではない身分の女性が、噂話に夢中になっている女性達を差し置いてダンスを申し込んだのだ。


「正直、一曲踊れば義務は果たせたんだけどね」

「それでは断ったのですか?」

「いや、ミーシャ。僕がレイシアの誘いを断ると思うかい?」

「いいえ、それはないですわ」


 それは周りから仕組まれた事だったらしい。

身分を隠したまま優雅に踊り、会話を楽しむように二人は一曲踊ったのだ。

レイシアはダンスにとても感動したようで、チラッとだけ素顔を見せると、スチュアートも身分を明かす。

ただのイタズラとして、もし出会えたなら面白いと出席を求められたのだが、スチュアート本人はまさか王女が来るとは思っていなかった。その後は数少ない機会だけど、お互いダンスパーティーで踊る仲になった。


 王家と貴族の男爵家とは身分差として天地程の開きがあった。

決して結ばれることのない二人は、僅かな時間を大切に思い、ダンスパーティーの時は必ずカップルを組んでいた。

レイシアには幼い頃から婚約候補者は何人もいた。

この婚約候補者が二人のダンスに口を出さなかったのは、偏に二人のダンスがお似合いだった事と、分かれる運命にあったからだ。世間はこの悲恋を是非ハッピーエンドで終わらせてあげたいと願っていた。


 穏やかな愛は順調に育まれ、優しい瞳がこの女性を守りたいと思うようになった。

そして多くの困難を一つずつ乗り越えながら、二人は結ばれる事になった。

アーノルド男爵家とレイシアの身分を引き換えにして。


 レイシアは失踪した事にして、王位継承権を放棄した。

セルヴィスは責任を取って男爵家当主を引退し、スチュアートが当主を継ぐことになった。

そしてアーノルド男爵家当主夫妻に、王都へ来る事を十年禁じる沙汰があったのだ。


 セルヴィスは王都でただの市民として暮らす為、剣の稽古をつけている子供達を守る為、ある所へ相談したのだ。

過去に団体で法衣男爵に選ばれた、『常春さま』の名前を継ぐ男性で、王国を代表する英雄ガレリアだった。

事件によりその技術は失われたけれど、貴族より市民寄りで奉仕活動をするような男性だった。

そこで紹介されたのが、リュージだった。


 農園の経営者と学生を兼任するリュージは、次々とアイデアを形に変えていった。

二人を中心に多くの仲間が集まり、次第にその輪が広がっていったのだ。

男爵領のワインで事件があり、それならいっそとワインバーを作ることになった。

そのワインバーも順調に業績を上げ、すぐにセルヴィスのものになると言われたのだ。


 セルヴィスはガレリアが管理する基金から、ワインバーが独立する事に難色を示した。

それは、この店を本当の意味で育てたのは、二人のお陰だったからだ。

教えている子供達が剣の修行が出来る環境は整えてもらったし、料理人達も順調に育ち2号店も盛況だ。

セルヴィスはガレリアに相談して、ただのワインを扱う親父に戻る事を願い出たのだ。


 セルヴィスは『先代会』という商会の集まり等、王都での名士のようなポジションになりつつあるので、ガレリアは仕事を手伝って欲しいと逆にお願いをしたのだ。

ワインバーにつては、ワインの味や品質・料理に対する顧問として。

その他は農場に近い場所で建てた施設の責任者として、ガレリアは仕事を依頼したのだ。

ワインバーについては問題なかったが、施設の責任者と言われてもセルヴィスは出来る事がないと思っていた。


 話を聞いてみると、ガレリアが支援している私塾のようなもので、立ち退きにあった為、色々出来る施設にしたのだ。

セルヴィスの教え子が農場の警備として雇われていたが、稽古を農場で行うのは問題があった。

農場では住み込みで働いているが、子供の世話でいちいちその親を呼び出すのは問題があった。

何箇所かの私塾をまとめる為、広い教室と移動手段が必要になった。

部屋が多く余ったので、王国と農場と冒険者ギルドが支援し新しい部門を設けた。


 様々な理由から準学園という事で、通称『学院』と呼ばれることになった。

セルヴィスはそこの初代学院長として、請われてその任に就くことになったのだ。

特に決められた仕事もなく、事務にはエキスパートが用意されている。

主に剣術の稽古をする毎日で、ロロンの不意打ちなんてかわいいものだと言っていた。


「へぇぇ、随分色々経験したんだね」

「ああ、毎日が充実しているぞ」

「それはいいね。是非その教える姿を見てみたいよ」

「王都にいるならば何時でもいいさ。それよりまずは、王国からの正式な約定の解除だな」

「そうだね。多分、家族全員が呼ばれると思うよ」


 料理が出来たのか、レイシア達が料理を運んでいると登城への服装の話になった。

セルヴィス夫妻は、元貴族家当主とはいえ、もうかなり公に出られる服装をしていない。

後は王家のタイミング次第だった。


 ウォルフをはじめ子供達は、あまり事態の深刻さを分かってはいない。

母方の祖父母に会えるという位にしか感じてないのだ。

自分は初めて見る王都を早く探索したいと思った。

まずはウォルフと一緒に、この家の付近から散策出来れば良いなと思っていた。


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