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015:鼓動

 ソルトの後ろに現れたレイシアを含めて、みんながミーシャに駆け寄った。

ヴァイスだけは3人の敵にトドメを刺して周る。

不確定要素を排除する為、この後の尋問よりこの場の安全を確保したのだ。


「ザクス、ありったけのポーションを」

「……」

ヴァイスの言葉に、ザクスは近くで一番現状を理解しているソルトを見て、軽く首を横に振った。

「「「ミーシャ」」」

それぞれがミーシャの命を繋ぎとめようと、必死に呼びかけている。

そして、誰もがこの死の空気を感じ取っていた。


 ミーシャは微かに目を開けると、自分に語りかけてくる。

「ア……アキラ君。……みんな無事かな?」

「うん、ミーシャが頑張ったおかげでね」

「……褒めて……欲しいな」

「ミーシャ、それ以上喋るな」

「お……兄さま」

「苦しいよな、今すぐ楽にしてやるぞ」


 ザクスが最高品質のポーションを取り出したが、このままポーションをかけた所で効く訳がない。

この短剣を引き抜かなければならないのだ。

レイシアがウォルフに心の傷を負わせないように「私がやるわ」と話したが、ウォルフは妹を守れない事に責任を感じていた。

誰かがこの短剣を抜かなければならない。そうすれば僅かなりとも、妹を助けることが出来ると信じたからだ。


 ウォルフは決意を込めて短剣を引き抜いた。

ミーシャの胸から血が噴出し、短剣の先にあった闇の粒子がポタポタ落ちる血に絡み付いていた。

その血を押さえ込むように、ヒールの魔法を素早くかけると、ザクスがポーションをかけた。

神聖魔法の光に当てられた闇の粒子は密かに霧散した。


「おい、神聖魔法を使えるのか?」

「はい、覚えたばかりですが」

「どうにか出来ないか? 正直今のままでは……」


 限界まで魔法を使い続ける覚悟はあるが、今の状態では死の気配を跳ね除ける事は出来ない。

レイシアは気丈にもミーシャから目を離すことはせず、ロロンをしっかり抱きしめている。

「ミーシャ、気をしっかり持つのよ。みんなでお爺さま達に会いに行くって決めたでしょ」

レイシアの言葉に僅かに唇を震わすミーシャ、ただ声にすることは出来ずに意識を失いそうになっていた。


 不意にタブレットが勝手にアクティブ化した。

「ああ、こりゃダメだな。まあ、大体生き残ってるから良く頑張った方だろう」

おっさんが冷静に分析しているが、それに構っている暇はない。


「もうその辺で止めてやれよ。いつまで苦しい思いを続けていると思っているんだ」

「ミーシャ、戻ってこい」

「はぁ、やっぱりお前は話を聞かないんだな。その子は長くは生きられなかった。そう、もう数年もつかどうかだったんだ。一言で言えば寿命だよ」

「ミーシャはまだ何も見ていない。そして楽しい事も経験してないんだ」


 光を一層強める。長く魔法を続けていても、助からなければ意味がない。

ただ、目の前の男性からは徐々に諦めの表情が出てきていた。

「もっと薬はないんですか? もうちょっと、後ちょっとで……」

「リュージ君、ミーシャをもう休ませてあげて……」、ソルトが何かを決断をしたようだった。


 ロロンがその言葉で母親に強く抱きつく。

「ミーシャ、戻ってこい」

「ミーシャ……ミーシャ」

ウォルフとレイシアは治療が続く限り、諦める訳にはいかなかった。


「お前の行動が、周りを悲しませている事に気がつけよ。そんな事だから、あの子が死んだんだぞ」

おっさんの言葉に思わず画面に向かって睨みつける。

「ミーシャを救えないで、その先誰を救えるって言うんだ」

「お前の気持ちは分かる。ただな、これは運命……」

「出せよ。絶対使うなっていうあれを」


 みんながミーシャに集中している中、ソルトは冷静に考えていた。

家族のように育ったミーシャが可愛くない訳がない。

心に傷は負うだろうけど、貴族家の存続を考えるなら最悪直系男子の安全が最重要事項だった。

この少年は誰と会話をしているのだろう? そして、もし切り札があるなら、自分の命と引き換えにしてでも使って欲しいという願望があった。


「ハァ、まあいいさ。お前がそう判断したならな。女神さまからの贈り物だ。その子の命が尽きない内に使いな。この先は二度と使えない事を後悔しないようにな」

おっさんが画面から去ると、タブレットは自然に最小化して行った。

いつの間にか足元に香水を入れる瓶が落ちていて、薄桃色の液体が入っていた。


「すいません、手が離せません。その薬をミーシャに」

「これは、見たことが……」

「急いで!」


 ザクスは急いでその瓶を拾いあげると、ミーシャの胸のあたりに液体を落とす。

すると、神聖魔法の光と薄桃色の光が混ざり合い、金色の光がミーシャの体全体を包み込んだ。

ミーシャの頬に赤みが差し、苦悶の表情だったのが、少し穏やかな呼吸へと変化していった。


「アキラ君、もう少し魔法を続けて」

ソルトの指示の変化に、ミーシャが順調に快方に向かっていることが分かるようになった。

「ミーシャ、頑張れ」

「お姉ちゃん、頑張って」

「ミーシャ……戻ってこい」


 力尽きたのか魔力が切れたと同時に意識を失うと、それとは逆にミーシャを包んでいた金色の光がその胸元に収束していく。ソルトが呼吸と脈を確認し、最後に胸元を確認するとレイシアに頷いた。


「ヴァイス、とりあえず大丈夫だ」

「ザクス、今回は俺の判断ミスだった。ソルトさん、申し訳ない」

「二人とも、大変助かってるわ。今回は二人がいなかったら、何も出来ずに終わってたもの」


「ねえ、お姉ちゃんは大丈夫?」

「ロロン、いつもありがとう。みんなが助けてくれたから大丈夫よ」

「アキラお兄ちゃんが倒れてるよ。もう、誰かが倒れるのは嫌だよ」

「ロロン、大丈夫だ。それは魔法の使いすぎだから、寝れば治るさ」


 大人4人がそれぞれ子供達を抱っこして、ウォルフはまだ辺りを警戒しながら家まで歩いた。

ヴァイスとザクスはすぐに街まで戻ると、数名連れて死体の処理を行った。


「なあ、ザクス。正直あれは何が起きたんだ」

「俺にも分からないよ。ただ、あの瓶は見たことがある。あの子が何であれを持っていたのか?」

「リュージに聞ければすぐなんだけどな」

「まあ、帰ってきたら聞いてみるさ」


 アーノルド家では子供達の外での汚れを落としている。

ミーシャはレイシアが世話をしており、心臓の辺りに刺さった傷跡を探そうとして、キレイな肌に安心をしていた。

程よい湯加減できつくタオルを絞ると、血のついた場所を優しく拭う。


 10歳まで生きられないかもしれない。

それが医者から言われていたタイムリミットだと思っていた。

思えば甘やかしてはいたけど、我慢を強いる生活を送らせてしまっていた。

この子の為と思えば、恨まれても仕方がないとレイシアは思っていた。


 あの光はなんだったのだろうか? 神聖魔法の光とも違う。

もしあの光が、ミーシャに纏わりついた不運を全て消し去ってくれたなら、こんな嬉しい事はない。

まずは生きていてくれた事に、最大限の感謝を女神さまに祈ろう。

そして、女神さまの使途かもしれないアキラ君にも……。


 アキラとミーシャは泥のように眠った。

穏やかな呼吸の為、周りが起こすようなこともせず、スチュアートが連れてきた医者が、ミーシャを起こさないように診察をすると、これ以上ないくらい良好だと診断してくれた。


 翌朝二人は同じタイミングで起きる。

ミーシャのベッドにはレイシアが付き添うように眠っていて、いつもとは違う体の軽さに驚き、レイシアに相談したいけど起こして良いかどうか戸惑っていた。


「寝すぎて体がだるい」

昨日の出来事が夢でないか心配になり、タブレットをアクティブ化する。

すると、時計の表示箇所が点滅しているように思えた。

意識して【魂の時計】を起動させる。


 この【魂の時計】、上部に時刻盤がある振り子時計で下部には別に動いていない時刻表示がある。

何の変化があったのだろうか? と不思議に思っていると、下部の時計の針が真上から1の表示の所にカチリと移動した。

「ボーン・ボーン」、この日2箇所で時計の針が進んだのだった。


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