130:公爵領の夏休み
王家のプライベートルームの前で集合する団体は、とあるドアの前で不思議な説明を受けていた。
旅の注意はリュージとレンにより発表される。その両脇には驚く事に王と王妃がいた。
今回、このドアを通って行くのは王家・伯爵家・アーノルド男爵家だ。
最小限の情報統制をしている都合上、近衛は連れていかないらしい。
その代わり、王家からはソアラとチリが、アーノルド男爵家からはソルトがサポート要員として同道することになった。
ドアを開き廊下を抜けると、そこは公爵領だった。
大きなコテージの中で、不自然な場所にドアがある。出迎えた公爵は王さまと抱き合い、肩をバシバシ叩きあっていた。
大人数なので一旦外に出て、大きく深呼吸をする。一言で言えば、土と緑の匂いが濃い土地だ。
公爵さまから歓迎の挨拶があった後、それぞれの住むコテージの案内がボヤージュと侍女により行われた。
「じゃあ、また後で合流しよう」
「リュージさん、ありがとうございます」
「あぁ、うん。みんなも夏休みを楽しんでね」
子供達が大きな声で返事をする。そして、それぞれのコテージに移動をした。
アーノルド家のコテージは、お婆さま・レイシア・ソルトと子供達用になっている。
それぞれ旅の荷物は背負ってきているが、大部分は自分の収納に入れているので、取り出してソルトに整理をお願いした。
長期の滞在となるので結構な大荷物だけど、アーノルド男爵領へはすぐに戻ることができる。
リュージとは分担して荷物を持っているので、ローラ達が住むコテージに荷物を届ける為に移動した。
王家のコテージには、リュージが荷物を出していた。
すぐ近くには侍女や騎士達用の控え室のようなコテージもあり、ソアラとチリはそちらに滞在する予定だ。
このコテージには調理設備が整っており、望めば出張料理人がやってくるらしい。
今日の公爵はボヤージュと侍女を引き連れて、王家のコテージに泊まる予定のようだ。
荷物整理が終わると、十時くらいの時間になる。
公爵が招いたゲストは明日には到着の予定なので、今日はこの後に羊やヤギの牧場に行くそうだ。
ボヤージュは侍女の一人に何かを伝えると、二匹の犬を連れてきた。
多分だけど、シェットランドシープドックだと思う。茶と白の中型犬で、キツネっぽい輪郭に目がたぬきっぽくて愛らしい顔だ。
この二匹は夫婦なのだろうか? そんなことを考えていると、ミーシャとミーアが揃って歓声をあげた。
後ろからトコトコトコと、小さな子犬が五匹もやってきたのだ。
母犬の後をついて歩く三匹、そしてじゃれあって尻尾をお互いに追って、クルクル回っている二匹が楽しそうだ。
「ボヤージュ、失敗したな」
「御館さま、これでは牧場へ行けませんね」
「あぁ、今日はこの子達と仲良くなってもらうとするか。昼食は予定を変えよう」
「はっ、そのように手配を取ります。それにしても、御館さまより人気ですね」
「ほう、挑戦的な事を言いよる。軽口より先に行動だ、手配を頼むぞ」
ボヤージュが動き出そうとした所で、リュージが「昼食はみんなで作ったらどうでしょう」と提案をした。
GR農場からは、すぐにでも食べられる大人数用の食事も用意しているようで、今回は簡単に作れるカレーの準備もしているようだ。十人や二十人程度の食事なら、材料も持ってきているらしい。
そういうことならと、ボヤージュは侍女に指示を出し、テーブルセッティングやサポートの体制を整えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コテージの近くには手水舎のような場所があり、冷たくキレイな水が緩やかに湧き出ている。
水場としても使えるようで、その近くで調理が出来るように、リュージがテーブルを次々と設置していく。
公爵とボヤージュの指示で、食事用のテーブルもセッティングされていく。そして、一人の男性がやってきた。
「リュージさん、レンさん。お久しぶりです」
「おおぉ、アラクさん。お久しぶりです。公爵領はどうですか?」
「えぇ、とても楽しく仕事をさせて頂いています。御館さまの前では、こう言うしかないですが……」
「どうも自由にさせすぎているみたいだな。うちの家人は口が悪くて敵わん」
「これは申し訳御座いません。御舘さまのお陰で、快適に料理が出来ています」
リュージからの紹介で、GR農場の元調理班初期メンバーの一人だと説明があった。
GR農場の初期は農業を中心にやっていた為、全てのスタッフがローテーションで仕事をしていた。
しだいに色々な仕事が増えてきて、適正により正式に調理班が固定化していった。
そんな調理班を上手く回していたのがアラクだった。料理技術で言えばトルテやブリュレの方が上だ。
ところがアラクは人を使うのが上手く、料理には時として待ち時間が発生する。例えば、全員がパンの醗酵時間を、馬鹿正直に見ている必要はない。また、煮込み料理も焦げないようにすれば良いだけで時間が解決する味もある。
公爵は調理班の引き抜きで真っ先にリュージに相談し、希望者を募ったところアラクが手を上げたのだ。
「アラクさん、この後は任せて良いかな?」
「はい、リュージさん。それで、何を作れば?」
「うん。タレは用意してあるから、バーベキューの準備を。それとレシピは届いていると思うけど、カレーは大丈夫?」
「えぇ、ルーさえ用意してあるなら、調理工程は大丈夫です」
「じゃあ、そんな感じで」
アラクはまず、侍女と子供達を一箇所に集めた。
そしていくつか質問を重ねていく。具体的には「包丁を持った事ある人~?」とか「お手伝いしたい人~?」とか。
ミーシャとミーアは強制参加のようで、レイシアとローラがサポートに付き、ソルトがスーパーバイザーとして更に後ろにつく。
ライマードとロメロはバーベキュー班で、ソアラとチリがサポートに入る。
ウォルフとレイルドとロロンと自分で、野菜を洗ったり火の管理をしたり、その他の手伝いをすることになった。
「いいかー。女の子だからって、料理が上手くなきゃいけないってことはないぞ」
「「……」」
「でもな、大抵の男は女の子の料理に弱いんだ。だがな、武器をちらつかせるのは三流だぞ」
「「はい! アラク先生」」
「お、良い返事だ。一流になりたければ、さりげなくが大事だ。それには日頃の努力がものを言うぞ」
野菜の水洗いが終わり、レイルドとロロンがせっせと材料を運ぶ。
アラクが切り方を指導し、それを真似してミーシャとミーアが大量に切っていく。
ライマードとロメロは、一口で食べられる大きさの肉と野菜を交互に刺していった。
王と公爵は暖かく見守り、王妃とお婆さまはハラハラとしているようだ。
犬達は先にお昼の時間にしているようで、終わった後は休憩モードだ。
固まって寝ている姿は愛らしいが、子供達の中心となるムードメーカーの二人が料理に夢中だ。
そういえば、ミーシャとミーアには思い人はいるのだろうか?
初恋といえばこの時期かもしれないし、ミーシャは確か結構人気があったのを思い出した。
「ライマードさま、もっと肉と野菜のバランスを……」
「ロメロさま、手を刺しそうなので代わりましょうか?」
「ソアラにチリ。過保護が過ぎますよ」
「「ソルト先輩……」」
「やる気を出している時は、放っておく位で良いのです。そして、火の前や包丁を持ってふざけている時は……」
「「時は……?」」
アルカイックスマイルのように、微笑みかけるソルト。自分達が叱られている訳ではないのに身震いがしてしまう。
まだ一桁の年齢の王子達は、良くも悪くも身近な大人に影響を受けやすい。
バーベキューの串だって凶器になる。どこまでが過保護でどこまでが指導なのか、これは二人にとっての試練でもあった。
「心配か?」
「えぇ、それはもう。これだけ大人達が揃っているので、万が一もありませんが。ローランドにもさせたことがなかったので」
「やはり母は偉大だの。セレーネはリュークの手をしっかり握り、兄達を見守っておる」
「新しい経験が人を成長させるのですね。そう考えると、一緒に遊んでくれるウォルフとアキラ君が良い子で良かったわ」
「孫に区別はないが、やはり王家を支えると思うと考えてしまうよ。子供達ともっと遊んであげれば良かったと」
王と王妃の会話に、公爵は穏やかな笑みを浮かべている。
王家の役割を考えれば、王子達が料理をする姿は異常だし、今は圧倒的に警備体制が薄い。
しかし、孫達が楽しそうに料理をする姿は、親バカならぬ孫バカが過ぎる程愛らしいと思う。
現に我慢出来なくなったセルヴィスの妻は、ミーシャとミーアの手伝いに参戦している。
それぞれのモチベーションと、作業量を上手くコントロールしているのはアラクだった。
「ウォルフ、火加減はどう?」
「アキラ、こっちは大丈夫だ。リュージさん、焼き始めていいですか?」
「もうちょっと待ってて。こっちのカレーを先に仕上げるから」
大量の野菜は小分けにして炒められ、寸胴にまとめられた後は、丁寧にアクを取り今はルーを入れる段階だ。
その間にアラクはサラダをパーティー用に盛り付け、大きな木のスプーンとフォークと取り皿を並べる。
リュージが取り出した樽は、保冷の魔道具と化したもので、水用とワイン用の二種類があった。
アラクの指示で、次々と仕上がっていく。
ライマードとロメロが串に刺した肉と野菜を、バーベキューコンロに乗せると食事の開始となった。
席は大きく二つに分かれ、王家と公爵が一つのテーブルにつき、もう一つは伯爵家とアーノルド家だった。
ここからは公爵家の侍女がサポートをして、乾杯から食事が始まる。ここでは毒見など必要はない。
子供や孫が作り、それを楽しむだけだ。リュージが出したおひつからご飯をよそい、カレーをかけていく。
真っ先にカレーを食べたのは、農場で昼食をよくとっている王妃だった。
「うん、美味しい。ミーシャにミーア、上手く出来ていますよ」
「「本当ですか? お婆さま」」
「えぇえぇ。トルテさんに負けないくらいにね」
並んで座ったミーシャとミーアは、肩くらいの高さで小さくハイタッチをした。
「野菜を洗ったのは、僕とレイルド君だよ」と、ロロンもアピールしている。
お婆さまはロロンの頭をなでていて、ローラもレイルドに声をかけていた。
一見、色味的に手を出しにくいカレーだが、王妃が真っ先に食べているので、忌避感はないようだった。
特にレイシアとローラ姉妹は、新しい味にも貪欲らしく、リュークの世話をしているセレーネより積極的に食べていた。
アラクはきちんと、バーベキュー串の焼き具合を見極めている。
公爵家の侍女達が上手く動けるのも、アラクの分配の仕方が上手いからだ。
時には率先して動き一言でフォーメーションを変える、群舞のような動きを指揮している姿は、ミューゼ家のようにも見えた。
ようやく自分達の仕事をしたものが現れたライマードとロメロは、是非王と王妃と公爵に早く食べてとせがんだ。
「肉にソーセージに、たまねぎに肉か」
「たまねぎが入っているだけマシではないか」
「肉が体にこたえる年になったとは……。孫達の視線が痛いな」
「「お爺さま、はやくー」」
串からはずし皿の上に並べると、魔法のランプの上半分がないような受け皿からタレを落とす。
王は慎重に熱を冷ましたが、まだまだ熱々なまま口に放り込んで、「美味い」と最上級の笑みを二人の王子に向けた。
「驚いた。腕が衰えてないのは分かっていたけど、アラクさんの良さが際立っていましたね」
「リュージさん、こっちこそ驚きですよ。こんなスパイスの塊を味にするなんて……」
「記憶だけでは再現は無理でしたよ。もし、何か困っているならアキラ君に相談するのも手ですよ」
「アキラ君ですか……。実力を見せつけるつもりが、色々と勉強になりそうです」
子供達の食事は早く終わる。大人はテーブルを一つにまとめ、ワインを楽しみながらゆっくり過ごすようだ。
休憩に入っていた親犬とは対照的に、子犬の何匹かが遊びだした。ライマードとロメロが恐る恐る近付く。
末の弟のリュークが無造作に触ろうとするので、ウォルフが犬との仲良くなり方を教えた。
こうして公爵領での夏休みが始まった。




