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129:公開実験

『もう絶対ヘルツとは旅をしない』、短期間の旅をした感想はこれに尽きた。


 六月後半から暑さは段々厳しくなっていったが、日本の暑さを考えたら、この土地は湿度的に比較的穏やかだった。

変化と言えば、夏休みに突入した直後のダンスホールでは、生徒達の数が激減していた事だ。

それは早々と避暑地に行っているお嬢さまが多く、長期の休みを使って国元へ戻る者も多いそうだ。


 月曜日の早朝にGR農場に行くと、ヘルツは軽装で馬を二頭引いていた。

馬の訓練はアーノルド領で習ったが、正直言って普通に乗れる程度の実力だ。

見るからに駿馬というのが分かるこの二頭に、かろうじて乗せてもらっているという姿で出発した。


 初日は街道の様子を見る目的があったので、馬にとってはセーブしながら走っているという速度だった。

それが徐々にスピードがのってくる。本当にこの道で合っているのかという道を走り、公爵領に着く頃には臀部にダメージを受け、振動の余波が降りてもまだ続いている状態だった。


「アキラは思ったより体力がないな。スチュアートに、もっと訓練させるように言っておくか」

「ヘルツさん、止めてください。今でもリュージさんの関係で忙しいんですから」

「そうか……。まあ、ここでの訓練は俺も参加するからな。みんなまとめて鍛えなおすとするか」

「まだ小さい子もいるんですから、程ほどでお願いします」


 公爵領には入った瞬間、涼しい風を感じた。

ここは一言で言えば高原の牧場で、ヘルツの説明によると馬の名産だけではなく、羊やヤギなどの牧場もあった。

向かった先は公爵領の中でも、代々隠居をした者が終の棲家として過ごす土地らしく、公爵家の者でもなかなか来ない場所のようだ。ヘルツと一緒に管理人のボヤージュに挨拶をして、みんなが泊まる予定のコテージを案内してもらった。


 コテージと言っても、そこは公爵家管理地だ。

招く相手は認められた者であり、公爵家としてそういう者を蔑ろにすることはない。

したがって派遣された侍女が何名かついても十分な広さと設備があり、コテージは大小含めてかなりの数があった。

王家・伯爵家・アーノルド家・騎士団・冒険者パーティーなど、手伝いの者がいても十分な居住スペースがある。

ヘルツはこの後、周囲の確認をしてみんなの到着を待つようだ。自分は用事を済ませて、一足先に王都へ戻った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「本日は、コロナ嬢の護衛及び行軍を始める。皆準備は良いか?」

「「「「「はっ!」」」」」


 スチュアートは三台の馬車を用意して、騎士四名に冒険者の学園の特待生四名とコロナを連れて公爵領へ出発した。

グレファスは騎士の研修として、シーンは護衛として務めており、小額ながら報酬が発生する。

サラとルーシーは観光気分で、同年代のコロナはサラとシーンとすぐに仲良くなった。

リュージからは半分観光で、半分は訓練だと言われている。サラとシーンは、この旅で新しい魔法を覚えたいと言っていた。


 馬車に揺られて穏やかな旅が始まる。

久しぶりにウォルフに会えると思ったコロナは、何だか胸の高鳴りが止まらなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 王家のプライベートゾーンには、侍女さえも立ち入れない場所が存在する。

特に立ち入りを禁止されている訳ではないが、家族だけが知っていれば良い場所であり、誰も知らない趣味の物や個人的な物が置かれたりする場所だった。ローランドの案内で、リュージと一緒に案内をして貰う。

そして、物置のような小さな部屋に目をつけ、そこに今回の目当てのドアを設置した。


「アキラ君、これで行けるかな?」

「リュージさん、ちょっと待ってください。色々と覚えたので……」

「ほう、早くも魔法使いの才能を見出したか」


 エントやリュージの講義の後で、色々な魔法のバリエーションの模索をしていた。

サリアルからは夏休みの宿題として、何か一つの魔法の精度を上げるようにと言われている。

それとは別件で、時間魔法の事を色々考えた結果、今使える魔法の利便性を上げる事も重要だと思った。


 既にルームの魔法では、ネームプレートをつけることが出来ていた。

では、家や部屋に付随する『重要な物とは何か?』、それは鍵だと思う。あまりに当たり前すぎるが、前におっさんに言われて試してみたけれど、想像力が足りなかったのか、門や襖をゲートとして出現させることは出来なかった。

では、『鍵にはどんな物があるか?』と考えた時、手っ取り早く出入り出来る入館証を思い浮かべた。

普通の鍵でもチェーンでも、かんぬきでも網膜センサーでも何でも良かったが、今回は持っているだけで通れるようにした。


 リュージとローランドにカードを手渡して、使い方を説明する。

今回の条件は、『鍵のついたドアをフリーパス出来る』と設定した。

木工作業所は鍵をつけていないので廊下を追加で設定して、王家プライベートルームと公爵領コテージとGR農場をつなぐ計画だ。後はゲートの魔法で迎えに行けば問題はないと思う。

リュージの話では、オルトは『さくら院』に通うので、作業場を使った移動も問題はないようだ。


「アキラ君、このパスは王家専用にしようか。その他で王都に戻りたい人は、GR農場に来てもらおう」

「わかりました。設定は問題ないようです」

「じゃあ、確認の為一回行ってみよう。後は待ち合わせ時間を決めて一緒に移動で」

「王都を出るのも久しぶりだな。完全にここを留守に出来るのは三日くらいが限界だから、あちらの事はマイクロとヘルツに頼むとするか」


 現在の王国の運営は、ローランド王子が中心となって行っている。

文官や武官も存在しており、ある一定の裁量は与えられている。その上で問題がある場合には、どんどん上への決済を求めていき、最終決定権は王になるのだが、今はローランドが多くの差配をしていた。

夏の間は仕事の進み具合により、短期から長期の休みを取る者も少なくはない。

八月には一週間以上休むのが普通なので、念の為ローランドか王のどちらかがいれば問題なかった。


 ドアをくぐり廊下を少しだけ進むと、すぐに次のドアが現れた。

そしてドアを開けると、ヘルツがソファーでくつろいでいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ヘルツが管理人のボヤージュと公爵に、報告に行った待ち時間。

ローランドと自分は、ゲッペイのその後の事をリュージから聞くことにした。

協会からは早々に許可が下り、アンジェラとザクスが研究班と協会関係者を集めて公開治療を行った。


 ゲッペイの右腕は肘と肩の丁度中間地点で、ばっさり切断されていた。

アンジェラの魔法による早急な治療により止血はされており、王都までの護送期間ではザクスが持たせた鎮痛剤と包帯により応急処置がされていた。これ以上の処置をするとすれば、肉と肉を縫い合わせるくらいしか出来ない。

今回は何が起きるか分からない為、患部はギリギリまで晒さない方向で許可をとった。


「今回は、どこの機関がイニシアチブを取ったんだ?」

「ザクスは面倒な事が嫌いですからね。協会と王国の共同発表になると思います」

「それで実際の研究は、ザクスとアンジェラ夫妻か。慎み深いのも問題だな」

「では、続きを……」


 ゲッペイは上半身裸になり、主に王国から出向している研究班が慎重に包帯を解いていく。

患部付近の汚れを可能な限りキレイにして、ザクスが処方した鎮痛剤を飲んでもらった。

見学者は圧迫感が薄れるくらいまで下がってもらう。それでも十名前後の見学者がおり、ゲッペイは諦めたような顔をしていた。

連日の取調べと、片腕を無くした喪失感は心をすり減らせる。しかし、ゲッペイは自分が蒔いた種だと理解していた。


「ゲッペイさん、今回はこのような大掛かりになりましたが、出来る限りの治療をさせて貰うつもりです」

「これ以上治らない事もあります。その場合は日常生活を送れるようにするのが目的です」

「あぁ、もう逃げも隠れもしないと決めたんだ。信じるよ……」


 ザクスは三種類のポーションを用意していた。

今日いる協会関係者で、アンジェラは神聖魔法の一番の使い手だった。

一般的より少し上の中級回復ポーションを患部にかけ、アンジェラがヒーリングの魔法を唱えた。


「う……ううぅ」

「右腕が光っています」

「なんか苦しがってないか?」

「だ……だいじょ……うぶだ」


 強すぎる光に、思わず祈りだす者までいた。

通常の中級回復ポーションでも、ヒーリングでも効果はほとんど変わりはしない。

傷があれば塞がり、深い傷なら少し後が残る程度の回復量だ。

二倍の薬を使っても、二倍の魔力を使っても効果はほとんど変わることはない。


 ゲッペイの腕の光は、徐々にではあるが先端に向けて広がっていた。

そして、急激にその光が消えるとゲッペイの腕は肘付近まで伸びていて、先端は縫い合わせた後のようにキレイに丸くツルツルしていた。歓声が上がってメモを取る者が多くいたが、ゲッペイは小刻みに震えていて、ザクスはすぐに何かを飲ませていた。

気丈にも二回目にチャレンジするとゲッペイは申し出したが、二回目は腕が光る事がなかった。


「女神さまの奇跡は一度だけか」

「そうですね。ミーシャの蘇生に立ち会ったザクスが言うには、『光の色が違っていた』と言っていました」

「それは最初に止血の為に使ったからか?」

「分かりません。ただ、鎮痛剤の効果まで強化されたようで、魔法と薬の組み合わせと効果はサンプル数を増やさないと、なんとも言えません」

「あの、リュージさん。あの頃の自分の神聖魔法は、アンジェラ先生のものには遠く及ばなかったはずです」

「いつでも、最高の組み合わせが出来るとは限らないからね。あの時使った薬も多すぎて判明出来ないようだし」


 ゲッペイへの魔法的治療はこれで終了となる。

完全な再生とまではいかなかったが、魔法と薬の組み合わせには、ある一定の期待が出来ることが分かった。

後は負傷してから治療するまでの時間と、予後の変化を見守る研究が残っている。

リュージはその話を聞いた後、義手の作成の検討を相談していた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「待たせたようだな」

「公爵、人数が多くなってしまったが宜しく頼む」

「なーに。いくら保養所だからって、静かすぎるのも悲しすぎるだろ」

「日頃我慢させている部分も多いから、騒がしくなると思うが……」

「困った事があったら、ボヤージュに言うと良い。わしもたまに遊びに来るし、食事も招待するさ」


 ローランドからしたら、公爵は親の世代になる。

ただ、セレーネの父でもあり、公爵家と王家は血筋的にも近い関係を保っている。

そして、貴族が一丸となって物を言う時は纏めあげて、時には王家と対立するのも公爵家の役目だった。

レイシアやローラは『おじさま』と呼んで仲良くしているし、実際に王都で公爵の仕事をしているのは息子の世代だ。

本人は隠居をしているように、悠々自適に過ごしていた。


「リュージ君、ありがとう。アキラ君、公爵領を楽しんでいってくれ」

「「ありがとうございます」」

「期間限定だがそういう事になっている。全ての責任は私が持つので……」

「ローランドよ、そう気負うな。貴族家は敵ではないぞ」


 ヘルツからの報告では、公爵領には牧場もあれば川もある。

馬の訓練では落馬や背後に回った際の危険がある。川では水難事故も考えられる。

では、子供に危険を教えず、『部屋の中に匿うのが正解か?』と言われたら、そうではないだろう。

その為の剣術の稽古だし、保護者をつけるのだ。


 王とローランドは交代でやってくるし、スチュアートとセルヴィスは週末に自分が迎えに行く予定だ。

ローラの夫はローランドと一緒に来るようなので、それぞれ休みを取るため前倒しで仕事を片付けているらしい。

準備はこれで終わったので、明日から公爵領での夏休みが始まる。


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